鷹村商事の恋模様

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それから

確定のこと

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「…何?紗枝さん」
今度は、愁君が泣きそうな顔をしていた。
何で?

さっきまで、私が泣きそうだったのに。
怖いとか思っていたのに。
「どうしたの?愁君」
「何が?」

「だって、泣きそうな…」
「それは、涙も出てくるよ!紗枝さんが俺と別れることを思っていたなんて知ったら。俺のこと捨てるなんて、酷いでしょ!」
「違うよ!捨てるって、何でそんな風に?」

「だって、紗枝さん俺といても俺のこと、見てない時あるし」
「それは…」
愁君の眩しさを、直視できなかっただけで。

「俺のこと、避ける時あるし」
「えぇと…」
愁君を付き合わせているって思っていたから、後ろめたくて…で。

「…ほら、また黙る」
ポタリと、繋がれた手に落ちる涙。
下を向いた愁君の目から、涙が零れていた。

愁君が、泣いている。
初めて見た。
どうしよう。

可愛い。
困ったな。
でも、違う。
まずは伝えないといけないこと。

「愁君?」
私の問いかけに、ピクリと揺れる広い肩。
「…何?」
繋がれた手は、離さない。
「私は、愁君が好きです」
「へ?」

私の空気を読まない告白に、愁君が目を開いて私を見る。
私も、繋いだ手にしっかりと力を入れる。
そして、ちゃんと愁君を見る。

「だから、まずは別れるくだりは省いてください」
仕事のようにしっかりと宣言すると、愁君はコクリと頷いた。
「…はい」
スンと鼻を鳴らす彼が、本当に可愛い。
ポケットに入っていたハンカチ…は、くたくただから近くにあったティッシュを取ろうとする。

けれど、手を離してくれなさそう。
「あのね、ティッシュを取らせて?」
私が自分のポケットを見ていたからか、愁君も私の腰元を辺りをチラリと見た。
「…ハンカチじゃなくて?」
「今日使った物だから、くたくたでしょ?」

「それが良い」
急に甘えたようになる愁君に、笑いながら溜め息が出た。
「…もう」
右手を揺らせば、しっかりと繋がれた手が自由になる。

ポケットから、ハンカチを取り出す。
「愁君、好きよ?」
「うぅ、泣かせないでよ」
涙を拭いながら言う私に、愁君の頬を伝う涙を拭う。

とりあえず、そっとハンカチを押し当てて拭っていく。
涙が拭われ、愁君の潤んだ瞳が瞬く。
綺麗な目、キラキラしている。

「あのね?」
私が続きを話そうとすると、愁君が左手を開いて見せた。
「手」
「はい?」
「手、握りたい」

「…はい」
自由になった右手は、また愁君と繋がれる。
「愁君?私はね、不安でした」
どこから言ったら良いのか分からないなら、私も最初から言おう。

愁君が勝手に家にお婿さんに来るくらいなら、私が話すことでそんな妄想がなくなるのなら。
「愁君が好きで、同じ会社になって、すごく嬉しい」
「…うん」
「だけど、愁君はこれからの人生がまだまだ長いでしょ?」
「紗枝さんもね?」

「でも、社会に出るともっともっと、魅力的な環境とでも言うのかな?愁君にとって、やりがいのあることや、やりたいと思う仕事とか出てくるでしょう?」
「ないよ」
「え?」
「俺、最初から紗枝さんと過ごすために、しか考えてない」

えぇと。
どうしたら…。
じゃない、考えないで言葉にしないと。

「何で、そんな極端な話に?」
「紗枝さんのせいです」
「どうして?」

「俺のこと、甘やかすだけ甘やかして」
「…えぇ?」
「家の親、いつも言ってるでしょ?甘え過ぎって」

「まぁ?」
「だから、父さんと意見が違くなるんだし」
「意見?」
「俺が甘え過ぎで、自立しなくなるとか言うから。だから、だったら俺が家を継がないで、紗枝さんの家に婿養子に行くって言った」

また極論を。
というか、勝手にそんな話をしているの?
家で?
困っちゃう。

「何てことを…」
「でも、母さんはそれでも良いって。長男だから、家を継ぐとか古いって味方してくれたし。弟がいるから、それはこの先に決めれば良いって」

「でもね?」
「それに、紗枝さんはずっと俺のこと、ドキドキさせるし」
愁君は、恨みがましい視線になった。
何、それ?
「えぇ?」
「俺、初めて年上のお姉さんって、良いなって思ったのあの時からだし」

「…そうなの?」
「友達のねーちゃんとか従妹とかさ、がさつというかすごい乱暴で。年上の女って、ただ怖いだけの存在だったんだけど」
「うん?それは、偶然そういう環境だっただけではなくて?」

「違う。本当に俺のこと『ぶっ飛ばす』とか『締めんぞ』とか言う人が多くて、ちなみに要はその頃から珍しいタイプの女子でした。でも、友成さんに嫌われないために、あいつも猫被ってたし」
「そうなんだ…」
意外。

「でも、紗枝さんは最初から、すごく女性?って感じだった。…優しくて、可愛くて、おっとりしていて、本当に守りたくなるような?アイドルみたいな?もう、本当に好きだなって」
言いながら、顔を赤くさせる愁君。
中学生にしたら、大学生はそうなるの?
それとも愁君だけ?

「そんなことないでしょ?私だって、文句を言ったり、嫌な顔をしたり、愁君が知らないだけで…」
「知ってるよ?だって、佳奈さんに聞いたし。昔からおっとりしてるって」
佳奈さんは、お母さんだ。
「茉奈さんも言ってたし、昔からボーっとしていて心配になる子だって」
茉奈さんは、お母さんのお姉さんだ。

愁君の勉強を見ることになったきっかけ。
そして、私が鷹村で働くことになったきっかけでもある。
伯母の茉奈さんが鷹村で、経理課にいたことで私の進路や就職に影響をくれた。

茉奈さん。
「おばちゃんは、紗枝さんのこと自慢の姪っ子だっていつも言ってたし。俺が『女怖い』って言ってたら、怖くない女もいるって、ちゃんと会わせてやるって」

だから、トントン拍子に決まったのかな?
私の都合なんて、関係なかったあの時。
「そうだね。でも、私だってすごいドキドキしたんだよ?」

「うん、それが新鮮ですごく良かった」
「そうなの?」
「こんな中学生のガキに、礼儀正しく勉強を教えてくれてさ?毎回来る度に、課題とか進んでいるとしっかり褒めてくれてさ?そんなの、もう惚れるに決まってるじゃん?」

繋がれた手は、離されることはない。
「俺は、すごく懐いて、紗枝さんが他の男とか見ないでくれたら、それだけで良いって思ってた」
「…そう、なの?」

「でも、会社で紗枝さんが1人になったって、話を聞いて。早く大人になりたいって、俺本当に思ったんだ」
「…ありがとう」
茉奈さん、伯母さんは鷹村商事で経理課に所属していた。
今の副社長の叔父さん、社長の弟さんが課長として一緒に働いていた。
でも、ある日それは崩れた。

課長が、会社のお金を自分の物にしていることが発覚したから。
伯母さんは直接の関りはなく、横領したお金も一切手元に入っていない。
だけど、間接的に課長の手助けをしていた部分があった。

そのことを後悔した伯母さんは、会社を辞めた。
勿論、会社の人達は伯母さんを引き留めた。
伯母さんが巻き込まれたことを、みんな知ってくれたから。
でも1年目の私がいたことで、『若い子に、現場を仕切り直してもらいましょう』ってさっぱり辞めたんだ。

だから、私は1年目で経理課が解散するという現実に直面した。
伯母さんは、個人的にも何度も謝ってくれた。
でも、それこそ伯母さんのせいじゃない。
その当時の経理課課長が全ていけない。

経理課が総務課の管轄になったのは、その当時の総務課課長だった倉橋さんが役員とは別の組織を立ち上げたから。
それが、会社を客観的に見るための機関だ。
そこは本部と呼ばれるようになり、倉橋課長は本部の部長になった。
だから、それから私は倉橋さんを本部長と呼ぶようになった。

今は、会社の役員でも部長になったけれど。
副社長が、今年経理課を新しく立ち上げると言っていた。
この場合は、再発足とでも言うのだろうか。

だけど、私は同じことが起こらないためにも、このまま総務課の経理部で良いと返事をした。
経理課となった部署を守れるほどの自信がなかったから。
今年、愁君が就職するのなら余計に新しいことはしたくないと思ってしまった。
その位、愁君との関りが大事だ。

だけど仕事は辞めたくなかった。
もう少しだけ、お世話になった会社に恩返しがしたい。
伯母さんの分まで、しっかり勤務したい。
そう思っていた。

あの頃は、社会人1年目で愁君との関係と言うか、繋がりを断とうとしたんだっけ。
それを繋ぎとめてくれたのも、愁君だ。

「ありがとう、私のことを支えてくれて」
そうだ、愁君が私のことをちゃんと認めて、社会人として恥ずかしくないように行動できる戒めになったんだっけ。
「支えるって言っても、励ますくらいしかできなかったんだけど…」
「ううん。それだけで十分だったの。本当に。だけどあの頃は余裕がなくて、あまり、その…返信とかマメにできなくてごめんなさい」

「全然。だって繋がりがなくなるのは嫌だし、その頃はもっと欲が出て…。母さんとかおばちゃんが、『良い男になれば、紗枝さんだって男として認めてくれる』とか言うから。早く進学して、早く大人になって、早く紗枝さんと同列になるために、ずっとずっと背伸びしていたんだ」

伯母さんは、今は別の会社で働いている。
同じ経理の仕事を、今でも続けている。
鷹村とは関係のない会社だけど。
私と同じ、経理の仕事をしている。
ご近所さん、愁君の家とは変わらず交流があるみたいだけど…。

愁君にそんなことを吹き込んで、全く無責任なんだから。
でも、それを別にしても愁君は、落ち着いていた。
無邪気さはあったけれど。

いつでも余裕のように見えた愁君。
それでも、背伸びをしているという雰囲気ではなかった。
昔の愁君も、今の愁君も。

「愁君」
「何?」
「嬉しい」
私の返答に、愁君が困ったような顔をした。

「…カッコ悪くない?」
「何で?すごく嬉しい」
「…みっともなくない?」
「どこが?可愛くて、とても愛おしいと思った」

私の言葉に、愁君が顔を赤くする。
「紗枝さん?」
「何?」
「今日、泊っても良いよね?」
「…何で?」

「…こんな状態で帰れない。絶対にモヤモヤするから。紗枝さんとくっついていたい。お願いします、ご褒美をください」
「愁君、そのご褒美って言うのは…」
「大事。俺にとっては、紗枝さんといることが全部ご褒美」

「大袈裟な」
笑う私に、愁君が距離を近くする。
「だって、もうイチャイチャしたい。紗枝さんしか感じたくない」
「あのね、愁君」

「紗枝さんが、そうやって俺のこと煽るから、俺もう我慢してばっかり」
「愁君…」
困ったように名前を呼ぶ私に、愁君が上目遣いで甘える。

いや、私だって…。
本音を言えば、くっついていたい。
でも、それじゃ社会人としてどうなの?
明日、愁君がここから出勤するの?

「ダメ?ダメって言っても、ここにいたい?紗枝さん怒る?俺のこと嫌いになる?」
「…なりません」
「やった」
「でもね」

「紗枝さんが、俺のこと嫌いじゃなくて、別れ話じゃないならもう良いから」
「何を?」
「紗枝さんが考えていたこと。俺に言わなくても良いよ?」
「えぇ?」
「紗枝さんは、そうやって俺の隣で、ずっとのんびりしていてください」


朝の気配に、ふ、と目が開く。
感じるぬくもりに、すごく落ち着く。
落ち着いている場合じゃないんだけど。

慣れたぬくもりに、週末と勘違いしそうになる。
違う、今日は平日。
そのメリハリを付けたくて、愁君には週末しかお泊まりを許可していなかった。
今日は、お仕事…。
行きたくないと思ったのは、初めてかも…。

チラリと目覚ましを見ると、6:00を過ぎた辺りだった。
昨日は、結局なし崩しに愁君が泊まって。
ごはんとか、もう遅い時間にそうめんを食べて…。

愁君には、家に連絡を入れることは絶対にしてもらった。
もう、次からどんな顔をして愁君のお母さんに会えば良いのか。
恥ずかしい。
年上の私が、しっかりしないといけないのに。

「百面相?」
少し掠れた声に、思わずドキリとする。
「おはよう、ごめん起こした?」
「ううん。起きた、おはよう、幸せ」

少し舌足らずの言葉に、まだ眠そうだと苦笑する。
愁君の言う“幸せ”に、私もキュンとする。
幸せって、確かにそうかも。

「うん。私も幸せ。…もう少し寝ていて良いよ?朝、何食べたい?」
確認する私に、愁君がふふっと笑った。
「こういうの、最高。俺は、何でも良い…。は、駄目なんだっけ?渡来チーフが言ってた」

「え?渡来さん?」
「そう、奥さんが臨月の…」
「接点あったんだ?」
「うん、既婚者の男性社員さんには、早めにコンタクト取ったから」

「そうなの?」
意外なネットワーク。
「うん。いつ入籍しても良いように?」
また、極論。

「愁君?」
「何?」
「私は、まだ仕事は辞めませんよ?」
「経理の関係?」

「…それもあるけど、もう少し愁君と一緒に働きたいから」
「…可愛すぎ。もう俺の癒しは紗枝さんだけ」
「癒しは、愁君と要さんの方でしょ?」
「違う。俺のはフェイク。紗枝さんは天然もの」

「違いが分からない」
「そういう所」
「話が逸れた。仕事は…」

「おばちゃんの分も働きたいから?」
「…そう」
「そっか。…うん、分かった。今後も気を付けます」
「何を?」
「その…家族計画的な…?」

「…ありがとう、よろしくお願いします」
顔は赤くなってしまったけれど、そこは確かにお願いしたいこと。
いずれは、愁君と家族になるのだろう。
それはもう、確定のこと。

そうなんでしょうね。
この状態の愁君では。
でも、ちゃんと確認しないと。
それからじゃないと、行動はできないかな?
この先も思わぬすれ違いとか、お互いの勘違いとか起こるかもしれないから。

愁君と生きていくために、一緒に過ごす未来をはっきりと描いていくためにも…。
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