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2章

一緒に

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「お友達のね、乃田さんと布之さんと、高杉君。髪の毛が短いのが乃田さんで、運動神経が良くて学校でする運動はほとんど出来るんだよ。布之さんは学級委員をしている子でね、字も綺麗でノートのまとめ方がすごく上手なの」
私の言葉をうんうんと聞いてくれるみーちゃん。

「でね、高杉君は…」
「接点があるの?」
私が説明する前にみーちゃんがそう聞いてくる。

「え?うん。去年、図書委員会で一緒になって…」
「あー、なるほど。だけど、一緒に下校するようになるか?いやでも…」
「みーちゃん?」
途中で聞こえなくなるほど小さな声で何かを言うみーちゃん。

「ん?何でもないよ。去年一緒に図書員だった子だね」
「…?うん、それでね高杉君はいつでも…」
「それよりのんちゃん!今日は途中でお昼を食べようね」
急な話題とみーちゃんの勢いに『うん』と返事をする。
私の返事に機嫌を良くしたのか、みーちゃんは『楽しみだね』と言った。
私は何を言おうと思っていたのか混乱したみたいで、言葉が止まってしまった。

「あー、もう来ちゃったのか?残念」
みーちゃんの声に、首を傾げる。
「残念?」
聞き返す私の言葉に、みーちゃんが頭を撫でてくれた。
何が残念なんだろう。
というか、まだ高杉君のことをちゃんと説明できていないのに。

「もう少し、のんちゃんと話したかったって思っただけ」
みーちゃんの顔は笑顔だ。
そのことに嬉しくなる。
「みーちゃんとは、このあとも喋れるし…」
そう、久しぶりに電車に乗るから。

おじいちゃんとおばあちゃんの家に行くまで、ずっと一緒。
そのことにも、少しワクワクしている私。
「みーちゃんと、電車に乗るの。楽しみ」
言う私に、みーちゃんがぎゅっと手に力を入れる。
「そうだね」

だから、納得する。
そう、みーちゃんは呟いた。
納得?何に?
私に言うわけではない言い方。
そのことに、不思議さが湧く。

「可愛いのんちゃん」
みーちゃんの言い方がすごく優しかった。
だから、私も手に力を込める。
「優しいみーちゃん」
私も嬉しくなってそう返す。

「本当に、僕だけのお姫様」
みーちゃんの声は、とても小さかったけれどしっかりと私の耳に届いた。
「だから、この時間も我慢するよ」
みーちゃんの言葉に、また首を傾げる。

「春川!」
乃田さんの声が聞こえ、みーちゃんの言葉を聞き返すタイミングを逃してしまった。
だけど、名前を呼ばれて嬉しいと思う気持ちに気付く。
みーちゃんの肩越しに、後ろから来る乃田さんと布之さんと高杉君を探す。
自転車は速いと思うスピードなのに、まっすぐに進んでいた。
3人ともヘルメットをしっかり被り、こちらに近付いてくる。

乃田さんはふらつくこともなく、まっすぐに自転車を漕いでいる。
あっという間に近くに来てくれた。
スピードを落とし、自転車から降りる動きはとても身軽だった。
続いて、布之さんと高杉君も自転車から慣れた動きで降りていた。
運動神経が良いんだろうな、と思える素早い動きだった。
歩く私達に合わせてか、3人とも歩き出す。

乃田さんの横に、布之さんも歩き出す。
「自転車から降りたから平気だろ?」
乃田さんの明るい声に、自転車は並列してはいけないことを思い出した。
「そうそう、自転車に乗ってないから少しは見逃してほしいわね」
布之さんも気にしていないように答えていた。

降りたから、平気なのかな?
自転車に乗っていないから大丈夫かな?
少しだけドキドキしたけれど、2人とも気にしていないようだった。
ドキドキしながらも、並んで歩いてくれることが嬉しいから先生に見つからないようにこっそりと願う。
高杉君は、乃田さんと布之さんの後ろで自転車を押している。

乃田さんと布之さんと高杉くんと一緒に下校していること。
まだ気持ちはドキドキしている。
この場にみーちゃんがいることを、すごく不思議に感じる。
一緒になることのない人達が、一緒にいてくれること。
やっぱり、すごく嬉しい。

私の中に、さっきの乃田さんの動きが繰り返される。
まるで早送りの映像を見ているみたいだった。
「乃田さん、自転車に乗るの上手だね」
思わず口にした言葉に、乃田さんはぽかんとしていた。

「え?そうか?」
戸惑ったような返答に、私は変なことを言ってしまったのかもしれないと思った。
「…あ、あの」
聞き返され、私の方が困ってしまう。
褒めない方が良かった?

「…良かったじゃない?あかり?春川に褒められて」
布之さんの言葉に、乃田さんは急に笑い出した。
「そっか、そうだよな」
乃田さんが何で笑うのか、私には分からなかった。
「え?あの?」
固まる私に、乃田さんは「違う違う」と手を振った。

「春川に褒められたから、嬉しいなって思ってただけ」
乃田さんの言葉に、嫌がられたわけじゃないと知りホッとする。
「…そう、なの?」
言っても良かったのかな。
「うん。チャリはもう乗って長いからな」
乃田さんのしみじみした言い方に私も頷く。

「それこそ、春川は自転車に乗っているの?」
布之さんの問いかけに、また首を傾げる。
私?
私は、自転車の練習を少ししかしていない。

小学生になってから、お母さんと一緒に練習した記憶。
私はみんなよりも自転車に乗れるのが遅かったと思う。
さやかは、幼稚園の時には補助輪を外していた。
みーちゃんや智ちゃんも、気が付いたら乗れていたように感じる。

私だけ、何もかもがみんなと違う。
何でも出来る3人を羨ましいと思ったのも、懐かしい記憶だ。
その頃のまま、私の自転車に乗った記憶は更新していない。
だから、あんなにまっすぐに乗れるか自信はない。

「どした?春川?」
「…みんなみたいに、上手にまっすぐ?は乗れない、と…思う」
「はぁ、良いわねぇ」
布之さんの言葉に、私の返事は間違ってたのかもしれないと思った。

「あ、あの…」
慌てる私に布之さんは『良いじゃない』と笑ってくれた。
「お前、1人で何完結してるんだよ?」
「自転車の乗り方で褒めるっていう、春川の柔軟な思考回路を羨ましいと思っただけ」

羨ましい。
布之さんはそう言ってくれた。
私がお兄ちゃんや妹に感じていた気持ちと同じ?

大丈夫?
間違ってなかった?
嫌がられていないかな?
「私?柔軟?何で?」

布之さんの言葉に、私も首を傾げる。
「良いの。私だけが分かっていれば」
「本当にお前は…」

乃田さんが布之さんのことを呆れたように見ている。
何でだろう。
「君達は、ずいぶんのんちゃんと親しいみたいだね?」

会話を聞いていたみーちゃんが、私を見ながらそう言った。
“親しい”
言われたみーちゃんの言葉に、私の方が嬉しくなる。
「え!…そうかな?」
思わず腕を伸ばして、みーちゃんの顔をしっかりと見てしまった。

柔らかい眼差しをしたみーちゃんは、苦笑していた。
「のんちゃんの喜んだ顔と声で、そう思うのは当たり前でしょ?」
私を見返しながら、みーちゃんがににこりと笑う。
優しい、いつでも優しいお兄ちゃん。

お兄ちゃんのみーちゃんから見て、そう思ってもらえるのはすごく嬉しい。
「う、うん」
だけど、少しだけ恥ずかしい気持ちになるのは何でだろう。
「照れたのんちゃんも、可愛い可愛い」
少しからかう口調になったみーちゃんに伸ばしていた手を戻し、また抱っこの形に戻る。

「あれ?ご機嫌斜め?」
みーちゃんの言葉に少しだけ口を尖らせる。
「違うもん」
私が意地になっても、みーちゃんはクスクス笑うのみだ。
悔しいなぁ。

「そういえば春川、腕は平気?」
みーちゃんから視線を逸らしていると、布之さんがそう聞いてくれた。
「腕…」
半袖から覗く、白い不健康そうな腕に意識を向ける。

布之さんの言葉に、そういえばと思い出す。
「今日は、曇っているから…」
天気は、晴れそして時々曇り。
朝、さやかがそう言っていた。

今週お泊まりに行くことを伝えると、昨日も今朝も過保護になったさやか。
『晴れるなら、一応塗っとこう』
そう言って日焼け止めを塗ってくれた優しい妹。

お日様はそこまで強くない、と思う。
雲が多いから、あまり気にしていなかったけれど。
だけど、日焼けに注意しないといけないのかもしれない。

青空に、白い雲がたくさん流れていく。
時々覗くお日様は眩しいけれど、風が涼しいから気持ち良い。
雲が流れて、日陰を作ってくれるから平気だと思っていた。
「そうね。だけど、曇りの日も紫外線は強いのよ?」

布之さんの言葉に、『そうなの?』と驚く。
「知らなかった。布之さんは物知りだね」
「あぁ、姉がね?そういうことを言うのよ」

布之さんのお姉ちゃん。
「女子にとっての紫外線は敵だ、って…ね?」
「確かにかすみに似て、癖つよだよな」
「あら失礼ね。あかりが言っていたって伝えておくわ」
「やめてくれよ」

前にも話を聞いたことがある。
年上のお姉ちゃんがいるって言っていた。
とても優しいお姉ちゃんなのだろう。
「まぁ、春川には素敵なお兄さんがいるものね」
言われて、近い距離にいるみーちゃんを見る。

「うん、みーちゃんも智ちゃんも素敵なお兄ちゃんだよ」
さっき口を尖らせていたことなど忘れて、そう答える。
「はぁー、可愛いのんちゃん」
抱っこされた腕にぎゅっと力が入る。
ずっと私を抱っこしているみーちゃん。
重くないのかな?

「みーちゃん、そろそろ重くない?」
気になってしまう。
降りて歩けるのに。
そう思ってみーちゃんを見る。

表情は全然変わらない。
さっき私がむっとしたのも、気にしていない様子のお兄ちゃん。
「全然。むしろもっと重くても良いのに」

みーちゃんの言葉に、そんなことはないと思う。
「だって、もう中学生だよ?子どもじゃないんだから」
「…こんな抱っこされて、文句も言わないのんちゃんは、十分お子様ですー」
少しふざける言い方に、再びムッとしてしまう。

「私、歩けるよ?」
強めの口調で告げるけれど、みーちゃんはそれに笑って答える。
「何を言われても降ろしませーん」
「何で?」
「この後歩く時間があるから、のんちゃんの足はまだ温存です」
温存?

何のために?
「歩かないといけない場所があるので、そこまでは抱っこです」
中学校からの帰り道、決して近くない距離を歩いているのに。
もう、足だって日常生活なら平気なのに。

「春川、お兄さんは春川の足に負荷をかけたくないんだって」
乃田さんの言葉に、乃田さんを見る。
「甘えとけって」
乃田さんの言葉にこくりと頷く。
「あら、素直ね」

「本当、のんちゃんてばお兄ちゃんの言葉には反抗期なのに、オトモダチの言葉には素直なんだね」
みーちゃんの言う“お友達”という言葉が少し不思議だった。
みーちゃんはお友達が多い方だった。
いつでも人気者のみーちゃん。
みーちゃんのお迎えに行くと、いつでもその周りにはたくさんの人がいた。

だけど、いつからかお友達よりも私を優先するようになってしまった。
それは紛れもない私のせい。
私の目が原因で、みーちゃんが心配症になってしまったから。
「のんちゃん?」
みーちゃんの問いかけにハッとする。
覗き込むようにみーちゃんが私を見ていた。

いけない。
心配をかけている。
慌てて首を振る、乃田さんと布之さんも私を見ていた。
ぼうっとしている場合じゃなかった。

「大丈夫?日差しが強かった?カーディガンあるよ?帽子も」
心配する口調に首を振る。
「…何でもないよ。心配してくれてありがとう」
みーちゃんは何かを言おうとして、だけど口を閉ざした。

「春川は、日焼けだって火傷になるんだから大事にしないとね」
布之さんの言葉にもこくりと頷く。
「朝、さやかが…日焼け止めを塗ってくれて…だから、大丈夫?だよ」
何とか言葉を繋いで、そう告げる。
「心配してくれて、ありがとう」
乃田さんと布之さん、高杉君に聞こえるようにそう伝える。

「さて、そろそろ僕達はここら辺で、ね?」
みーちゃんがピタリと止まり、3人にそう言う。
見渡すと通学路の途中にあるバス停だった。
駅に向かうバスが停まる場所。

お家の側のバス停から乗ったことは、何回かあった。
智ちゃんと一緒に、みーちゃんと一緒に乗ったことのあるバス。
懐かしい気持ちが湧いてくる。

もうお別れだ。
寂しいな。
「じゃあ、春川また来週な」
だけど、乃田さんのその言葉に沈みそうになる気持ちが留まった。
笑顔の乃田さんに、何だか胸がぎゅっとした。

落ち込んでいる場合じゃない。
また来週会えるんだから。
私が悲しい顔をするのは違うと、自分でぎゅっと目を瞑る。

『また来週』
嬉しくなる言葉をいつでも言ってくれる乃田さん。
それに何より、今私は見えている。
見ることが出来ている。

「うん。乃田さん、また来週」
笑えているかな?
きちんと笑えていると良いな。

「バイバイ春川」
布之さんにも口をぎゅっと結んで、出そうになる涙を抑える。
「また、来週」
布之さんに言いながら、後ろにいる高杉君にも視線を送る。
ずっと一緒にいてくれた高杉君。
「高杉君も、また来週」

「遠出するんだから、気を付けて」
「…うん、気を付けるね」
答える私に、高杉君は少しだけ笑ったように見えた。
「だけど折角だから、楽しんでくれれば…」
そう言ってくれた。

「…うん!ありがとう高杉君」
「結局最後は、高杉に持ってかれる」
「ま、この一言のために帰り道ずーっと待っていたと思えば可愛いものじゃない?」
乃田さんと布之さんの言葉に、首を傾げる。

待っていた?何を?
「良いのよ春川、高杉のことは置いといて」
「置くなよ」
布之さんと乃田さんのやり取りにも首を傾げる。

「はいはい、そろそろバスが来るから」
みーちゃんの言葉に、通りの向こうから路線バスが見えた。
久しぶりのバス、久しぶりの電車。
そして何よりもみーちゃんとのお出かけ。
うん、楽しみたい。

高杉君の言葉通り、折角の機会だからと思う自分がいた。
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