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給食の終わり

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「先生、春川が出たいって言っても、駄目なんですか?」
「出たいのは、理解できる。でも、それで危険が伴うのなら、話は別だということ。現に昨日、体育に“見学”で参加しているのに捻挫をするって、どうなのか私は疑問に思っている」

林先生の言葉に、私は口をぎゅっと結ぶ。
“見えていなかったから”
だから、怪我をしてしまった。
私が体育に出たいなんて我儘を言わなければ、怪我はしなかったと確かに思う。

「それは、春川の保護者と決まっていること。私達は、児童の安全を確保することも仕事の内になっている。わざわざ危ないことをするのを黙って見ているのは違うと思うから」
「はい、ご心配をおかけしてすみません」

「だからって、春川が自分の意思で決めたことを、捻じ曲げてまで制止する権利もない。つまりは、春川が安全に参加できることなら、私達も心配をしないで済むってこと」
私が、安全に…?

「もっと正確なことを言うなら、きちんと春川の状態を知らないと、こちらもその判断ができないと思った方が良い」
つまり、見えない時に誤魔化さない。
林先生が言いたいのは、そういうことだろう。

「はい、気を付けます。すみません」
「悪いと思うなら、保護者にきちんと本当のことを言った方が良いと私は思うけど?」
林先生の言葉に、素直に頷く。

「春川の状態を?」
乃田さんの言葉に、ハッとする。
「あ、その…。乃田さん、あのね、あの…」
どう言えば良い?

何て言えば良いんだろう?
私の目のことを。
どうやって理解してもらえば良いんだろう?
この状態を。

伝えることができるのだろうか?
「あのね、聞いてほしいことがあるの。だから、今日の放課後に…少し時間をもらっても、良い?」
「勿論!」
内容も分からないのに、即答だった。
乃田さんの言葉に、私がポカンとする。

「春川、ゼリー食べよ」
乃田さんは、給食を完食していた。
いつの間に、食べていたんだろう?
私の意識していない内に、空になっているお皿。
ゼリーが残っている状態で、そう言われてもう1度頷く。

「うん」
ゆっくりと、過ぎて行く時間。
「溶けかけているの、うまいな」
冷凍のリンゴゼリーは、給食を食べている間に少しずつ解凍されていた。
「うん。冷たくておいしいね」

「2人で仲良く、デザートタイムかしら?」
不意に聞こえた声で、保健室の入り口にいた布之さんに気付く。
「はっや!かすみ、ちゃんと給食食べて来たんだろうな?」
「当たり前じゃない。お食事中失礼します」

布之さんは、林先生にお辞儀し保健室に入って来た。
「春川、給食をほとんど食べていないじゃない?今日のメニューは、気に入らなかったの?」
「え?」
自分のトレーを確認し、確かに残っている物が多いことを思う。
「勿体ない…ね。少し少なくしてもらえば良かったかな?」

「そんなの、足りないより余る位の方が良いでしょ?満たされれば良いんだけど、今日のメニューではね…」
「私、ぶりのお魚、好きだよ」
残してしまったけれど。
「あら、そうなの?メニューにしては渋いけれど、春川が好きな物なら仕方ないわね」

「お前は、本当にどこの立ち位置にいるんだよ?何様だよ」
「いやね、そんな偉そうなことは言ってないじゃない。ただの、いち生徒よ」
「そんなわけあるか」
「本当に、3人そろうと急にうるさくなるね。はしゃぐなら、外でしなさいな」
林先生に言われ、確かにうるさかったと反省する。
「すみません…」

「怒っているわけじゃないの。ただ、ここに来るのは元気な人ばかりじゃないから」
「そうですよね、私が来てうるさくなったのだとしたら謝ります。ただ、春川との貴重な時間を削られてしまった故の乱心と思っていただければ」
布之さんの言葉に、林先生が声を出して笑う。
「相変わらず、布之は独自の見解になるね」

「そうですか?あくまで、客観的に見た自分の状態だと思いますが」
「はいはい、本当に乱心しているのなら、休むことをお勧めするよ」
「このまま、春川と昼休みを過ごしても良いというお許しですか?」
「ううん、ここ以外でね」
「それは残念です」

さっきの、大谷先生との話のように、布之さんと林先生の会話はサラサラと流れて行く。
追いかけるのが大変なほど。
「というわけで、昼休みよ春川。今日は図書室に行くのかしら?それとも、仲良く歯磨きタイムにでも行くかしら?」
歯磨きは、確かに行きたい。

「布之さんは、給食を全部食べたの?」
急に気になったので問いかける。
「ほぼ全部、と言った方がいいかしらね?勿論食べたわ。肉じゃがに牛乳なんて、学校でしか食べられない組み合わせだもの、嫌でも食べるしかないと思ってね」

布之さんの言葉は、肯定なのか否定なのか良く分からない。
「そうなんだ」
でも、表情が変わっていないので、いつもの布之さんだと思う。
「春川は、肉じゃがも好きなの?」
「えぇと…。肉じゃがの、人参が好き」

「良いチョイスだわ」
「そうなの?」
「えぇ、春川が選んだと言うだけで、人参が今日の給食のMVPと言っても過言ではなくなったと思うの」
「…?人参が?」

給食にMVPなんてあるの?
みんな、そういう話をしているの?
「春川、かすみに流されるな」
乃田さんの言葉で、ハッとする。
「流される?」

「今、完全に流されてたぞ。もう少しで会話に溺れるくらい。…かすみ、いい加減にしろよ?」
「それは、こっちのセリフだわ。あかり、流されるって何?春川を流すわけないでしょ?人聞きの悪い」
「いや、今のはどう見ても、春川を翻弄していた。何だよ給食のMVPって、先生もそう思うでしょ?」
乃田さんに振られ、林先生は何とも言えない顔をしていた。

「うーん、これが今時の中学生の会話なのかと思えば、特には。ただ、まさか給食のメニューとかおかずではなくて、食材に焦点を当てるのは斬新だと思って、私には付いていけなかったかな?」
「せんせー!違う。絶対違う。クラスでそんな話になったこと、1回もないから。大谷先生にも確認してみてって」

「あかり?保健室で騒ぐのは、いただけないわ。ほら、給食を片付けて、教室に戻りましょう?」
「お前の、その常識ぶったところ、マジで腹立つな」
『殴りたくなる』
物騒な言葉が聞こえ、思わず乃田さんを見る。

「ほら、あかり?春川が怯えているわ。いくら春川と給食を食べて機嫌が良いからって、普段の状態を晒すのはいけないわ。R指定になってしまうもの」
「マジで、ぶっ飛ばしたい。これって、私がいけないんですか?先生」
乃田さんの言葉に、林先生は腕を組む。
私は、2人がケンカをしてしまうのではないかと、ハラハラしながら2人を見ていることしかできない。

「流石に手を出すのは、容認できないかな?耐えろとしか言いようのない状況だけど、布之?そろそろいい加減にした方が良いと思うぞ」
「そうですね、あかり?ごめんなさいね。私も、少し気が立っていたんだと思うの、反省するわ」
「どうしよう、このイライラを抑える術を持ってないな」

「だったら、七不思議でも探しに行けば良い。その有り余る熱量を、他のことに当てたら良いんだ。春川の気になることを探す方向に持って行けば、どうにか解消できないか?」
林先生の言葉に、乃田さんが唸る。
「なあに、春川。七不思議に興味があるの?」

「あの、えぇと…。興味はあるけれど、その…怖いのは苦手、で…。だから、探すっていうのは…」
「そうなのね、じゃあ探すのなんて一生しない方が良いわ。謎は解明されない方が、魅力的だもの」
「そう、なの?」
思わずホッとしてしまった。
探しに行って、何か怖い目に遭ってしまったらと思うと、こんなに明るくても、もう学校を歩けなくなりそうな気持ちになる。

「そうよ。春川が嫌だと思うことを、何でしないといけないの?誰?七不思議の話とか持ち出したのは?」
「あ、それは私だ。ごめん、今時の子達が何に興味を持っているのか、良く分からなくて」
「林先生、困ります。もう昭和の時代は終了したんですから、いつまでも引きずらないでください」
「それは私も怒るぞ。誰が昭和の人間にしろと?私はれっきとした平成産まれだから」

「それは、知らなかったとはいえ失礼しました。先生、口調とか雰囲気が落ち着いているので、てっきり…。勘違いをしていました。大谷先生は平成だと確信していたんですけど…」
「…何なら、大谷先生と同期になるから」
「そうなんですか?意外です」

「どういう意味だ?」
「大谷先生は、良い意味でまだ熱意に燃えていると言うか…」
「枯れていて悪かったね」
「だから、そういう意味で言ったんじゃなくて…」

「やーい、いい気味」
乃田さんが、布之さんに向かって小さく舌を出す。
さっきまでの、怒っていたような乃田さんはもういない。

そのことに、少しだけホッとする。
私が口を挟む隙間も、介入できるタイミングもなかった。
ただ、オロオロするばかりで、何の役にも立っていない。
こういう時、私の存在に少し焦りを感じてしまう。

「失礼します。春川、大谷先生が呼んでいる」
高杉君の声がした。
保健室に入って来て、高杉君が側に来る。
大谷先生は、多分この後のことを確認したいはずだ。

昨日の怪我のこともあるし、目のことも知りたいと思っているはず。
「はい、今行きます」
トレーを持って、立ち上がろうとする。
「あれ、もう食べない?ゼリーも、残っているけど」

そうだった。
高杉君の言葉に、まだゼリーを食べ途中だったことを思い出す。
乃田さんのトレーを見ると、ゼリーも奇麗に食べていた。
いつの間に?
私と一緒に食べ始めたはずなのに、布之さんが来てお話をしていて…。

「あの、大丈夫。これは、もう」
「待っているから、ゆっくり食べたら良い」
「…はい」
静かに、紙のスプーンを持ちゼリーをすくう。

慎重に食べようとしたけれど、みんなから見られていることに気付いてしまい手が止まる。
「あ、あの…。そんなに見られていると、食べにくい…です」
小さな声で言ったけれど、きちんと聞こえたようだった。
自然と視線が逸れて行く。

「食べさせたい、そう思うでしょ?高杉」
布之さんの言葉に、ゼリーを飲み込む寸前で咽てしまった。
「あぁ、ごめんなさい!これは、私がいけないわ」
布之さんが、珍しく大きな声を出していた。

咽てしまい、咳が出る。
林先生が、背中をさするように撫でてくれた。
「こらこら、春川を窒息させる気なの?食事くらい、ゆっくり食べさせてあげなさい」
「すみません。春川、苦しいわよね?ごめんなさい」

布之さんの神妙な表情に、首を振る。
「大、丈夫…。ごめん、なさい、驚いて…しまって」
「お前は、本当にいい加減にしろよ」
乃田さんが、パシンと布之さんの肩を叩いた。
驚きで、更に呼吸が乱れる。

「…この痛みは、春川の痛み。甘んじて受けましょう」
「本当、気持ち悪いな。かすみ、春川のトレーを持て、片付けに行くぞ」
「えぇ、そうするわ」
私が咳込んでいる内に、布之さんが私のトレーを両手に持つ。

「落ち着いたら、先に先生の所に行っていても良いから」
乃田さんの言葉に、どうにか頷く。
ここから近い給食室に、片付けに行くのだろう。
「ごめんなさいね、春川。これを片付けて、少し反省するわ」

そんな、とんでもない。
「じゃ、春川、また一緒に食べような。楽しかった」
乃田さんが、笑ってくれた。
そんなの。
私の方が言いたい言葉なのに、咽てしまい上手に言葉が出ない。

「乃田さ…わた…し。一緒で…」
「もう、春川喋らないの。落ち着いたら、ゆっくり話しなさい」
2人は、トレーを持って保健室から出て行くのを、視線のみで見送る。
林先生の手が撫でる動きから、トントンと背中をマッサージするような動きになった。
多分、器官に入ってしまったであろうゼリーを、ゆっくりと出すような動きだった。

自分でも、呼吸をしようとゆっくりと息を吸って吐く。
涙目になりながら、呼吸を整える。
「もう、大丈夫?」
「はい、すみませんでした」

「あれは、布之が悪い」
林先生の言葉に、首を振る。
「違います。誰も悪くない、です。私の器官が、受け入れられなかっただけです」
私の言葉に、高杉君が口元を手で覆った。

「春川の、器官のせいにするの?変わった否定の仕方」
「誰だって、飲み込む寸前に驚くようなことを言われれば、咽るのは当たり前」
「でも…」
「でもじゃない。それで、このことを保護者に言われたら、気まずいのは誰になるの?」

私と、布之さんかな?
それとも、私だけ?
悩む私。
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