隻腕の聖女

王の野望編

第28話

翌日、私達は、リスバートのことを気にしながらも、
ヴィアの村の西にある街、フルトへと向かった。

フルトの一番の特徴と言えば、街のすぐ東に広がるレト湖だ。
その大きさは、街一つすっぽり入るほどで、
濁り気味ではあるが、その濁りが栄養になるのか、
生物が豊富で、魚が多く、
それを食する鳥類も集まってくる。

レト湖から北に延びる川は、海へと繋がっており、
船を使っての輸送が行われているため、
フルトは北の港町ゼクートとの交易も盛んだ。

そのため、フルトは内陸で、山のすぐそばにありながらも、
外国製品や海産物がゼクートを通じて比較的容易に手に入る。

レト湖はフルトの人達のライフラインであり、誇りだった。


私達は、ヴィアの村からフルトを目指して西へ進んでいると、
そんなレト湖へと突き当たった。

レト湖は濁っているとは聞いていたが、
毒々しい赤色に濁っており、
湖というより、毒沼と呼んだ方が相応しそうだ。

「この湖の水は飲まない方がいいだろうな。」
ガイツが水を掬って色を確かめ、臭いを嗅いだ後、
すぐに湖に戻して言った。

見れば、鳥や魚の影もなく、
栄養豊富な湖はどこへやら、死んだ湖となり果てていた。

「これも悪魔の仕業、なんでしょうね。」
私は、今までフルトの街の人々の苦しみを
気付かずに暮らしていたことを恥じた。
目の届く人だけを救っていてなにが聖女か・・・。

この旅は私を本当の意味での聖女にしてくれた。

きっかけは禍々しい声。
今ではウェナ様ではないと確信している。

それでも、私を本当の聖女に変えてくれたあの声には
感謝していた。

あの声の主の本当の目的は今でも分からない。

それでも、悪魔に苦しめられている人々を助けるために、
力を借りるしかない。
実際に、それで救われてきた人達がいるのだ。

私はこの身を悪魔に捧げたとしても、
悪魔を滅ぼし平和な世界を取り戻す。

私は、覚悟を新たにレト湖を迂回して、フルトの街を目指した。


港町ゼクートや、山を越えた城下街との交易も盛んで、
かなり発展している街という前評判から、
さぞ活気のあるのだろうと期待していたが、
ヴィアの村で聞いた流行り病のせいなのか、
街中には、数えるほどの人しか出歩いていなかった。

「死んだ湖に、死んだ街か・・・今までで一番ひどいかもな。」
ガイツが苦虫を噛み潰したような顔で街を見つめる。

「リスバートが、ロスタートに私達のことを報告しているかも。
　街の中でも気を抜かないようにしましょう。」
私は街を見渡しながら言った。
悪魔の気配はなさそうだ。
悪魔達はロスタートの周りを固めているのだろうか。

今回は、これまでのように、
ルースやアリウスが都合のいい道を作ってくれることはないだろう。

しかし、ヴェリの力を手に入れて、
溢れるほどの魔力が満ちていることを感じていた。

力の制御も上達し、思い通りに力を発現させることができるようになっていた。

今の私ならば、きっと十邪星と同等ほどの力を持っているだろう。
先に仕掛けることができれば勝機は十分だ。

しかし、そのためには、相手を先に認知しなければいけない。

相手の魔力を遠くから感じることができれば、どれほど楽だろう。
私はそう考えて、目を閉じて神経を集中させた。
真っ暗な視界の中に、薄っすらと赤黒い炎が踊っていた。

これは？

悪魔の場所が感じられるようになったのだろうか？

目を開けてみると、赤黒い炎は、
ちょうど、湖のほとりにある宮殿のような豪華な建物を指していた。
「ガイツ、多分あそこにロスタートは居る。」
私は建物を指さしてガイツに伝えた。

「イヴ、俺が先頭を務める。
　また何か気になるものを見つけたら言ってくれ。」
私達は、ガイツを先頭にして建物へと向かった。