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最終話 玉祈征示は諦めない①
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空が歪む。空間が裂け、世界を繋ぐ扉が開く。
「……来たか」
それを確認したテレジアが〈リントヴルム〉の面々を振り返った。その表情には未だかつてない緊張の色が見て取れる。
既にこの現象は世界各地で先行して発生していた。そして、そこから夥しい数の魔導機兵が現れ、それぞれの場所で戦闘が勃発している。
現在、各地に配置された精鋭達がことに当たっているが、魔導機兵は無尽蔵に生じ続けていて膠着状態に陥っていた。恐らく増援は、ヘルシャフト・フォン・ヴェルトラウムを打倒するまで続くことだろう。
「作戦を確認する」
テレジアはその場にいる一人一人の顔を確認した後、再び口を開いた。
「まず征示はヘルシャフト・フォン・ヴェルトラウムの足止め。次に模糊は〈浮遊城ヒメルヴェルツ〉の警護。残りの者は征示と〈六元連環魔導砲〉への魔力供給だ。各々魔導水晶は身につけたな?」
テレジアの問いにそれぞれ自身の魔導水晶を確認して頷く一同。
皆に与えられたのは二つの魔導水晶だ。一つは〈六元連環魔導砲〉への魔力供給を行うものであり、もう一つは征示に対して非接触で魔力の譲渡を行うためのもの。
これさえあれば、供給源の魔力切れがない限り、征示でも普通の魔導師のように魔法を使い続けることができる。それも六属性全ての魔法を、だ。
実のところ、今までもテレジアとアンナからは常に魔力の補給を受けていた。が、今回は相手が相手だけに属性のバリエーションは多いに越したことはない。
それでも尚、切り札なしには勝算がないと断言してもいい程の相手が敵なのだから。
「最後に、〈六元連環魔導砲〉が臨界に達し次第その一撃を以って敵を討つ。以上だ。全員配置に着け」
彼女が言葉を終えると同時に、それぞれが持ち場へと動く。
征示もまた亀裂の入った空へと向かうために、外壁に出ようと歩き出した。
「征示」
一歩踏み出したところをテレジアに呼び止められ、振り返って彼女に視線を落とす。
「……どうしました?」
少し躊躇うように口を噤んでいるテレジアに問いかけると、彼女は頼りなさげに見上げてきた。そして、絞り出すように苦渋に満ちた声を出す。
「最も危険な役目を押しつけておいて何だが……死ぬなよ」
「………………はい、テレジア様。必ず」
征示がそう返すと、テレジアはその言葉を胸に刻み込むように目を閉じた。それから彼女は一つ頷いて、不安の色を顔から無理矢理消して小さな苦笑いを見せた。
「アンナもそうだが、いい加減、私を様づけで呼ぶのは止めてくれ。私達は家族のようなものだろう?」
「それはそうですけど、一応、家来でもありますからね」
始まりの誓いを引き合いに出して言い訳をする。とは言え、最も大きな理由は「長年続けてきた呼び方を変えるのは今更照れ臭いから」だ。
「全くお前は……あれは言葉の綾だと何度も言っただろうに」
「けど、俺にとってはあれが救いでしたから」
真っ直ぐにテレジアの赤い瞳を見詰めて言葉を返す。と、彼女は白く木目細かい頬を仄かに朱に染めた。こういう時、白磁のような肌は変化が目立って感情が分かり易い。
彼女はそれを隠すように表情を引き締めて、しかし、ほんのり赤い頬を尚のこと紅潮させながら再び口を開いた。
「この戦いが終わったら、主従関係は解消だ。ただ家族として傍にいてくれ」
「……テレジア様、それ、完全にフラグですよ」
「当人が気づいているのだから心配ないさ。だから、必ず生きて戻れ」
「……分かりました」
征示は誰よりも大切な恩人に頷き、それからひび割れた空を見据えた。
「では、行きます」
そして、テレジアに背を向けて、今度こそ外壁へと向かう。
「……信じているぞ。お前の、強さを」
そう背中に投げかけられた言葉を心に深く留め、しかし、振り返りはしない。そのまま飛行補助用の魔導水晶を用いて決戦の場へと翔ける。
虚空に開いた穴の直下。その内部から漏れ出す強大な力の気配を一身に受けながら、征示は右手を高く掲げた。
「土闇連関〈闇を纏い、鎧と成す〉。そして……来い、〈魔剣グレンツェン〉」
その身に闇の鎧を纏い、さらに手の先に生じた暗黒の渦から剣を掴む。
「覚醒しろ」
魔導水晶を通じてテレジアから供給され続ける莫大な魔力を取り込み、〈魔剣グレンツェン〉が目を覚ます。と同時に、剣は異世界への門の周囲に無数の空間の穴を生じさせた。
「ヘルシャフト・フォン・ヴェルトラウム……覚悟!」
やがて空の全てを闇に染めながら、真の敵が姿を現す。正にその瞬間――。
「〈大収斂・流星煌雨・無量大数〉!」
征示は目の前に作り出した穴に無限の輝きを叩き込み、同時に世界を繋ぐ扉を取り巻く全ての空間の穴から極限まで収束された光を解き放った。
「〈無限次元蜂刺〉ッ!」
初手にしてシュタルクを仕留めた一撃。
異世界に降り立ったばかりのヘルシャフトへと全方位から凄まじい威力を持った光が襲いかかる。回避は不可能だ。
世界を賭した一戦である以上、卑怯も糞もない。しかし――。
「……少しくらいダメージがあるかと思ったけど、そう都合よくはいかないか」
目を潰す程の輝きが弱まった後、そこには身に纏った黒衣すらも無傷のヘルシャフトがあり、彼は無感情に征示を見下していた。避けた様子は見られない。
「この程度の攻撃で余がどうにかできると思ったか?」
「ふん。単なる小手調べだ」
それは虚勢に近かったが、そう気取られないように〈魔導界ヴェルタール〉の言語で強く言葉を放つ。しかし、ヘルシャフトは欠片も意に介していないように口を開いた。
「テレジアはどうした?」
その問いに対して征示は魔導通信機を懐から取り出した。
『お久しぶりです、父上』
「挨拶などよい。それよりも、貴様が余に挑むのではないのか?」
『そこにいる征示は私よりも遥かに強い。私は彼に全てを託しました』
「……いずれ化けるかとも思ったが、所詮は出来損ないか」
感情の見えない言葉で告げたヘルシャフトに、魔導通信機越しにテレジアが奥歯を噛み締める気配を感じる。そんな彼女の気持ちを思い、怒りが込み上げてきた。
「それは違う! 俺の強さはテレジア様の強さだ!」
「貴様が強いと仮定して、それは貴様自身の強さだろう」
「テレジア様がいなければ……俺の強さはない!」
『征示……』
見出してくれたこと。今も尚、魔力を与え続けてくれていること。それは事実として厳然とあることだ。ヘルシャフトがそれを知らずとも、否定させる訳にはいかない。
「見解の相違だな。ならば、力を示せ。力なき言葉に価値はない」
ヘルシャフトは淡々と言葉を放つと共に闇の魔力を励起させた。
その瞬間、空を染める闇が彼の内に収束した。空は青さを取り戻したが、ただ一点の漆黒によって全てがくすんで見えてしまう。
空を染めていたのは彼が意図せず放出していた魔力でしかなかったのだ。
そして征示は知った。次元の扉から溢れていた力の気配など大海から零れ落ちた一滴に過ぎなかったことを。
(こ、これが本当に一人の人間が抱ける魔力なのか?)
その余りの大きさに圧倒され、体が無意識に彼から遠ざかろうとする。
それを意識的に抑え込みつつも、征示は歯噛みしながら彼を睨みつけた。
「では、淘汰を始めようか」
ヘルシャフトが静かに告げる。そして、最終決戦の幕が切って落とされた。
「……来たか」
それを確認したテレジアが〈リントヴルム〉の面々を振り返った。その表情には未だかつてない緊張の色が見て取れる。
既にこの現象は世界各地で先行して発生していた。そして、そこから夥しい数の魔導機兵が現れ、それぞれの場所で戦闘が勃発している。
現在、各地に配置された精鋭達がことに当たっているが、魔導機兵は無尽蔵に生じ続けていて膠着状態に陥っていた。恐らく増援は、ヘルシャフト・フォン・ヴェルトラウムを打倒するまで続くことだろう。
「作戦を確認する」
テレジアはその場にいる一人一人の顔を確認した後、再び口を開いた。
「まず征示はヘルシャフト・フォン・ヴェルトラウムの足止め。次に模糊は〈浮遊城ヒメルヴェルツ〉の警護。残りの者は征示と〈六元連環魔導砲〉への魔力供給だ。各々魔導水晶は身につけたな?」
テレジアの問いにそれぞれ自身の魔導水晶を確認して頷く一同。
皆に与えられたのは二つの魔導水晶だ。一つは〈六元連環魔導砲〉への魔力供給を行うものであり、もう一つは征示に対して非接触で魔力の譲渡を行うためのもの。
これさえあれば、供給源の魔力切れがない限り、征示でも普通の魔導師のように魔法を使い続けることができる。それも六属性全ての魔法を、だ。
実のところ、今までもテレジアとアンナからは常に魔力の補給を受けていた。が、今回は相手が相手だけに属性のバリエーションは多いに越したことはない。
それでも尚、切り札なしには勝算がないと断言してもいい程の相手が敵なのだから。
「最後に、〈六元連環魔導砲〉が臨界に達し次第その一撃を以って敵を討つ。以上だ。全員配置に着け」
彼女が言葉を終えると同時に、それぞれが持ち場へと動く。
征示もまた亀裂の入った空へと向かうために、外壁に出ようと歩き出した。
「征示」
一歩踏み出したところをテレジアに呼び止められ、振り返って彼女に視線を落とす。
「……どうしました?」
少し躊躇うように口を噤んでいるテレジアに問いかけると、彼女は頼りなさげに見上げてきた。そして、絞り出すように苦渋に満ちた声を出す。
「最も危険な役目を押しつけておいて何だが……死ぬなよ」
「………………はい、テレジア様。必ず」
征示がそう返すと、テレジアはその言葉を胸に刻み込むように目を閉じた。それから彼女は一つ頷いて、不安の色を顔から無理矢理消して小さな苦笑いを見せた。
「アンナもそうだが、いい加減、私を様づけで呼ぶのは止めてくれ。私達は家族のようなものだろう?」
「それはそうですけど、一応、家来でもありますからね」
始まりの誓いを引き合いに出して言い訳をする。とは言え、最も大きな理由は「長年続けてきた呼び方を変えるのは今更照れ臭いから」だ。
「全くお前は……あれは言葉の綾だと何度も言っただろうに」
「けど、俺にとってはあれが救いでしたから」
真っ直ぐにテレジアの赤い瞳を見詰めて言葉を返す。と、彼女は白く木目細かい頬を仄かに朱に染めた。こういう時、白磁のような肌は変化が目立って感情が分かり易い。
彼女はそれを隠すように表情を引き締めて、しかし、ほんのり赤い頬を尚のこと紅潮させながら再び口を開いた。
「この戦いが終わったら、主従関係は解消だ。ただ家族として傍にいてくれ」
「……テレジア様、それ、完全にフラグですよ」
「当人が気づいているのだから心配ないさ。だから、必ず生きて戻れ」
「……分かりました」
征示は誰よりも大切な恩人に頷き、それからひび割れた空を見据えた。
「では、行きます」
そして、テレジアに背を向けて、今度こそ外壁へと向かう。
「……信じているぞ。お前の、強さを」
そう背中に投げかけられた言葉を心に深く留め、しかし、振り返りはしない。そのまま飛行補助用の魔導水晶を用いて決戦の場へと翔ける。
虚空に開いた穴の直下。その内部から漏れ出す強大な力の気配を一身に受けながら、征示は右手を高く掲げた。
「土闇連関〈闇を纏い、鎧と成す〉。そして……来い、〈魔剣グレンツェン〉」
その身に闇の鎧を纏い、さらに手の先に生じた暗黒の渦から剣を掴む。
「覚醒しろ」
魔導水晶を通じてテレジアから供給され続ける莫大な魔力を取り込み、〈魔剣グレンツェン〉が目を覚ます。と同時に、剣は異世界への門の周囲に無数の空間の穴を生じさせた。
「ヘルシャフト・フォン・ヴェルトラウム……覚悟!」
やがて空の全てを闇に染めながら、真の敵が姿を現す。正にその瞬間――。
「〈大収斂・流星煌雨・無量大数〉!」
征示は目の前に作り出した穴に無限の輝きを叩き込み、同時に世界を繋ぐ扉を取り巻く全ての空間の穴から極限まで収束された光を解き放った。
「〈無限次元蜂刺〉ッ!」
初手にしてシュタルクを仕留めた一撃。
異世界に降り立ったばかりのヘルシャフトへと全方位から凄まじい威力を持った光が襲いかかる。回避は不可能だ。
世界を賭した一戦である以上、卑怯も糞もない。しかし――。
「……少しくらいダメージがあるかと思ったけど、そう都合よくはいかないか」
目を潰す程の輝きが弱まった後、そこには身に纏った黒衣すらも無傷のヘルシャフトがあり、彼は無感情に征示を見下していた。避けた様子は見られない。
「この程度の攻撃で余がどうにかできると思ったか?」
「ふん。単なる小手調べだ」
それは虚勢に近かったが、そう気取られないように〈魔導界ヴェルタール〉の言語で強く言葉を放つ。しかし、ヘルシャフトは欠片も意に介していないように口を開いた。
「テレジアはどうした?」
その問いに対して征示は魔導通信機を懐から取り出した。
『お久しぶりです、父上』
「挨拶などよい。それよりも、貴様が余に挑むのではないのか?」
『そこにいる征示は私よりも遥かに強い。私は彼に全てを託しました』
「……いずれ化けるかとも思ったが、所詮は出来損ないか」
感情の見えない言葉で告げたヘルシャフトに、魔導通信機越しにテレジアが奥歯を噛み締める気配を感じる。そんな彼女の気持ちを思い、怒りが込み上げてきた。
「それは違う! 俺の強さはテレジア様の強さだ!」
「貴様が強いと仮定して、それは貴様自身の強さだろう」
「テレジア様がいなければ……俺の強さはない!」
『征示……』
見出してくれたこと。今も尚、魔力を与え続けてくれていること。それは事実として厳然とあることだ。ヘルシャフトがそれを知らずとも、否定させる訳にはいかない。
「見解の相違だな。ならば、力を示せ。力なき言葉に価値はない」
ヘルシャフトは淡々と言葉を放つと共に闇の魔力を励起させた。
その瞬間、空を染める闇が彼の内に収束した。空は青さを取り戻したが、ただ一点の漆黒によって全てがくすんで見えてしまう。
空を染めていたのは彼が意図せず放出していた魔力でしかなかったのだ。
そして征示は知った。次元の扉から溢れていた力の気配など大海から零れ落ちた一滴に過ぎなかったことを。
(こ、これが本当に一人の人間が抱ける魔力なのか?)
その余りの大きさに圧倒され、体が無意識に彼から遠ざかろうとする。
それを意識的に抑え込みつつも、征示は歯噛みしながら彼を睨みつけた。
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