7 / 38
第一話 大原旋風は従わない⑥
しおりを挟む
「それで征示。いつの間に土の属性魔力を蓄えていたんだ?」
気がつくと保健室のベッドの上。
周囲を見回すと征示が那由多から追求を受けていた。
「まあ、それは、こんなこともあろうかと、という奴さ」
征示はそう言うと中指で眼鏡を押し上げる。
「……しかし、何故ゲベットには使わなかった?」
「奴に土属性の魔法は効果が薄いからな。金属を射出しても回避されるのが関の山。命中してもダメージは少ない。その上、身体の物質化や属性魔力化は余りに消費魔力が大きくて短時間しか使用できない。ただでさえ燃費の悪い俺には向かない魔法だ」
「ふむ。我らが参謀殿がそう言うのであれば、そうなのだろう。だが、むう、一体誰から土属性の魔力を……」
妙なところで納得がいっていない雰囲気の那由多だったが、旋風が目を覚ました気配を感じたのか表情を引き締めて顔を向けてきた。
「気がついたか?」
「…………うちは、負けたんやな」
起き上がって尋ねると那由多は「そうだ」と頷いた。
今日という一日の間に連続して経験した、人生初と二度目の敗北。
しかし、旋風の心は澄んだ空のように穏やかだった。
「あの瞬間、あれは先輩の姿を模した人形に過ぎなかったんやな」
「ああ。魔法を発動した時点で俺もまた身体を属性魔力化させていた。あれは単なる金属の塊だ。さすがに属性魔力と化した者の位置を正確には特定できないからな」
故に人形を操作して囮として使い、旋風が実体化するのを待った、という訳か。
自分にできることを相手はできないと思い込んだが故の敗北、としか言いようがない。
「にしても、先輩。うちの最初の高速移動、どうやって見極めたんや」
「ああ、それは――」
「そこは私が説明しよう」
那由多が征示の言葉を遮り、自分の存在を主張するように一歩前に出る。
「それは光の属性魔力を利用した反響定位によるものだ」
「反響定位?」
「超音波などの反射で周囲の物体との位置関係を把握することだ。自然界ではコウモリやイルカが行っているし、潜水艦のソナーなどにも使われている」
「つまり、光の反射でうちの位置を?」
「うむ。厳密には魔力で発生させた特殊な光の反射だがな。光属性の特権という奴だ。勿論、風属性でも反響定位は可能だが、あれ程の高速移動では光の速さが必要だろうな」
そこまで語って満足気に一歩下がる那由多。
もしかすると、話の流れ的に征示との対話が続きそうだったから、無理に会話に入り込んできたのかもしれない。
(面倒な人やな……)
「……何はともあれ、勝負は決した。これからは俺の指示に従って貰うぞ、大原さん」
「まあ、勝負は勝負やからな。しゃあないわ」
渋々、という感じを装って旋風は呟いた。
「けど、一つ条件がある」
「ん? 何だ?」
「うちのことは下の名前を呼び捨てで呼ぶこと。ええな」
顔を背けて不機嫌な口調で簡潔に言う。と、保健室に僅かな沈黙が下りた。
「………………うん?」
「せ、せやから、先輩は年上やし、うちより強いんやから、名字でさんづけなんてあり得へんやろ。下手な謙虚は嫌味や。そんな奴には従えへん!」
顔が熱くなるのを自覚しながら、旋風はやや早口で捲し立てた。
「しかしな、大原さん――」
「うちは先輩を認めたんやから、あんまり他人行儀なんは嫌や……」
「む……わ、分かった。旋風」
征示の口からフルネーム以外で初めて下の名を呼ばれ、旋風は心臓がドクンと高鳴るのを感じた。恐らく、顔ははっきりと赤くなっていることだろう。
(ちゃ、ちゃうで、そういう感情やない。そう。これは敬愛いう奴や)
自分に言い訳しつつも、頬が妙に緩むのを抑えられない。見ると、征示もどこか気恥ずかしげに視線を逸らしていた。
「こほん。征示、これはどういうことかな?」
咳払いと共に穏やかなはずなのに威圧感のある那由多の声が場に響く。
「い、いや、那由多。これは――」
「これは?」
「た、単純に仲間としての信頼が増しただけで、だな」
しどろもどろに弁明をしながら、じりじりと出口へと近づいていく征示。
しかし、その思惑は、素早く回り込んで扉の前に仁王立ちした那由多に阻まれる。
「旋風君も旋風君だ。あれだけ反発していたというのに。そもそも君は自由が信条だったのではないのか?」
「そ、そうやけど、ただ、うちは先輩になら束縛されてもええ思うただけや」
「ちょ、大原……じゃなかった、旋風、何を――」
旋風の半分からかい気味の言葉に、那由多の顔色を窺いながら焦ったような表情を見せる征示。その様子は戦闘の時とはかけ離れていておかしかった。
「く、くくく、先輩も隊長も意外とおもろい人やなあ」
だから、つい声に出して笑ってしまった。〈リントヴルム〉に参加している時にこんな風に楽しい気分になったのは初めてかもしれない。
思えば、自由という言葉に囚われて、一人常に気を張っていたから。
「これから退屈せんで済みそうやわ」
そう本心から言うと、征示と那由多は互いに顔を見合わせてから、からかわれていたと気づいたのか苦笑していた。
「なら、改めて――」
征示は旋風の傍に来ると、優しい笑みを見せて手を差し出してきた。
「〈リントヴルム〉の仲間として、これからよろしく頼む」
そんな彼の姿に速くなる鼓動を隠しながら、旋風はその手をしっかりと握り締めた。
「よろしく頼むで、征示先輩!」
気がつくと保健室のベッドの上。
周囲を見回すと征示が那由多から追求を受けていた。
「まあ、それは、こんなこともあろうかと、という奴さ」
征示はそう言うと中指で眼鏡を押し上げる。
「……しかし、何故ゲベットには使わなかった?」
「奴に土属性の魔法は効果が薄いからな。金属を射出しても回避されるのが関の山。命中してもダメージは少ない。その上、身体の物質化や属性魔力化は余りに消費魔力が大きくて短時間しか使用できない。ただでさえ燃費の悪い俺には向かない魔法だ」
「ふむ。我らが参謀殿がそう言うのであれば、そうなのだろう。だが、むう、一体誰から土属性の魔力を……」
妙なところで納得がいっていない雰囲気の那由多だったが、旋風が目を覚ました気配を感じたのか表情を引き締めて顔を向けてきた。
「気がついたか?」
「…………うちは、負けたんやな」
起き上がって尋ねると那由多は「そうだ」と頷いた。
今日という一日の間に連続して経験した、人生初と二度目の敗北。
しかし、旋風の心は澄んだ空のように穏やかだった。
「あの瞬間、あれは先輩の姿を模した人形に過ぎなかったんやな」
「ああ。魔法を発動した時点で俺もまた身体を属性魔力化させていた。あれは単なる金属の塊だ。さすがに属性魔力と化した者の位置を正確には特定できないからな」
故に人形を操作して囮として使い、旋風が実体化するのを待った、という訳か。
自分にできることを相手はできないと思い込んだが故の敗北、としか言いようがない。
「にしても、先輩。うちの最初の高速移動、どうやって見極めたんや」
「ああ、それは――」
「そこは私が説明しよう」
那由多が征示の言葉を遮り、自分の存在を主張するように一歩前に出る。
「それは光の属性魔力を利用した反響定位によるものだ」
「反響定位?」
「超音波などの反射で周囲の物体との位置関係を把握することだ。自然界ではコウモリやイルカが行っているし、潜水艦のソナーなどにも使われている」
「つまり、光の反射でうちの位置を?」
「うむ。厳密には魔力で発生させた特殊な光の反射だがな。光属性の特権という奴だ。勿論、風属性でも反響定位は可能だが、あれ程の高速移動では光の速さが必要だろうな」
そこまで語って満足気に一歩下がる那由多。
もしかすると、話の流れ的に征示との対話が続きそうだったから、無理に会話に入り込んできたのかもしれない。
(面倒な人やな……)
「……何はともあれ、勝負は決した。これからは俺の指示に従って貰うぞ、大原さん」
「まあ、勝負は勝負やからな。しゃあないわ」
渋々、という感じを装って旋風は呟いた。
「けど、一つ条件がある」
「ん? 何だ?」
「うちのことは下の名前を呼び捨てで呼ぶこと。ええな」
顔を背けて不機嫌な口調で簡潔に言う。と、保健室に僅かな沈黙が下りた。
「………………うん?」
「せ、せやから、先輩は年上やし、うちより強いんやから、名字でさんづけなんてあり得へんやろ。下手な謙虚は嫌味や。そんな奴には従えへん!」
顔が熱くなるのを自覚しながら、旋風はやや早口で捲し立てた。
「しかしな、大原さん――」
「うちは先輩を認めたんやから、あんまり他人行儀なんは嫌や……」
「む……わ、分かった。旋風」
征示の口からフルネーム以外で初めて下の名を呼ばれ、旋風は心臓がドクンと高鳴るのを感じた。恐らく、顔ははっきりと赤くなっていることだろう。
(ちゃ、ちゃうで、そういう感情やない。そう。これは敬愛いう奴や)
自分に言い訳しつつも、頬が妙に緩むのを抑えられない。見ると、征示もどこか気恥ずかしげに視線を逸らしていた。
「こほん。征示、これはどういうことかな?」
咳払いと共に穏やかなはずなのに威圧感のある那由多の声が場に響く。
「い、いや、那由多。これは――」
「これは?」
「た、単純に仲間としての信頼が増しただけで、だな」
しどろもどろに弁明をしながら、じりじりと出口へと近づいていく征示。
しかし、その思惑は、素早く回り込んで扉の前に仁王立ちした那由多に阻まれる。
「旋風君も旋風君だ。あれだけ反発していたというのに。そもそも君は自由が信条だったのではないのか?」
「そ、そうやけど、ただ、うちは先輩になら束縛されてもええ思うただけや」
「ちょ、大原……じゃなかった、旋風、何を――」
旋風の半分からかい気味の言葉に、那由多の顔色を窺いながら焦ったような表情を見せる征示。その様子は戦闘の時とはかけ離れていておかしかった。
「く、くくく、先輩も隊長も意外とおもろい人やなあ」
だから、つい声に出して笑ってしまった。〈リントヴルム〉に参加している時にこんな風に楽しい気分になったのは初めてかもしれない。
思えば、自由という言葉に囚われて、一人常に気を張っていたから。
「これから退屈せんで済みそうやわ」
そう本心から言うと、征示と那由多は互いに顔を見合わせてから、からかわれていたと気づいたのか苦笑していた。
「なら、改めて――」
征示は旋風の傍に来ると、優しい笑みを見せて手を差し出してきた。
「〈リントヴルム〉の仲間として、これからよろしく頼む」
そんな彼の姿に速くなる鼓動を隠しながら、旋風はその手をしっかりと握り締めた。
「よろしく頼むで、征示先輩!」
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる