109 / 128
終章 電子仕掛けの約束
109 囚われのマグ
しおりを挟む
マグの命を盾に取られ、身動きできずにいるドリィ達から離れることしばらく。
「さて、君には少し眠っていて貰おう」
キリの体を操るメタは、そう告げると何かを手に取って首筋に押しつけてきた。
すると、【エクソスケルトン】の装甲が全て分解され、更にそこへ自己注射用のオートインジェクターのようなものを突き立てられた。
そしてカチッという音が耳に届いた直後、意識が急激に遠退いていく。
完全に気を失う前に見たのは、光学迷彩の機能を持つらしい布を取り払って隠されていたバイクのような形状の乗り物を顕にしたメタの姿だった。
……そう思っていたら。
「やあ、目が覚めたね」
気づくと、秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアの管理者の部屋にいた。
カプセルのようなものに入れられ、白い天井を見上げた状態で。
そんなマグを、メタがフレンドリーな雰囲気を醸し出しながら覗き込んでいる。
眠っていた感覚は全くなかった。
末期癌の時の延命手術も拒否したため経験がないが、全身麻酔を受けた時に経験すると聞く時間感覚の喪失がこんな感じなのだろうかと思う。
「そのカプセルは生命維持装置が働いているからね。安心してくれていいよ」
『何が安心――』
言いかけて声の感じがおかしいことに気づく。
どうやら容器の中は何らかの液体で満たされているようだった。
呼吸をする必要もなく、不自然な程に心地がいい。
恐らく酸素や栄養素を供給してくれているのだろう。
声も届いてはいるようだ。
「まあ、信用し切れないのは分かるけどね。この私が罪もない人間を殺すようなことは絶対にあり得ないよ。人間に作って貰ったこの身にかけてね」
話し方は変わらず、しかし、声色と表情は真剣そのもので告げるメタ。
確かに命を奪うつもりは全くないようだ。
彼女もまた人間のために作られたガイノイド。
急進的な思想も、その根底にあるのは人間への善意に他ならない。
もっとも、命以外が無事な保証などどこにもない。
だから安堵など抱けるはずもなく、より警戒を強めていると――。
『……陳謝』
聞き覚えのない電子的な声が耳に届いた。
酷く申し訳なさそうだが、声の主に心当たりはない。
内心首を傾げる。
その疑問に対する補足をするように。
『彼女はキリ。今の言葉は、襲撃に失敗して体を奪われてしまったせいでこのような状況に陥っていることへの謝罪です』
更に別の誰かの声が聞こえてきた。
今度は抑揚を意識的に抑えた感じがあり、落ち着いた女性のような雰囲気だ。
それはそれとして。
『キリ……ってことは――』
つまり、先程の短い言葉はオネットと共にメタを狙ったガイノイドのものか。
彼女が持つ排斥の判断軸・隠形の断片。
それによってこうして拉致されるに至ったことは変えようのない事実ではある。
だからこそキリが強い罪悪感を抱き、謝罪の言葉を口にするのも理解できる。
闇雲にフォローを入れても彼女の心を解きほぐすことはないだろう。
一先ず、もう一つの声の方に意識を移す。
『貴方は……?』
『私はコスモス。この秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアの本来の管理人です。今はキリと共にスタンドアロンの端末に閉じ込められています』
『貴方が。オネットから聞いてます』
メタが複数持っている断片の一つ、受容の判断軸・拡張の断片の力によって支配の判断軸・掌握の断片を奪われ、管理者の立場を失ってしまった、と。
『キリを恨まないであげて下さい。元を辿れば私の落ち度にまで遡りますし、そもそもこのメタが無謀なことを考えなければよかったのですから』
「相変わらず失礼だね。私は人間の幸せを考えているだけだと言うのに」
困ったように返すメタのそれは、全て本心で間違いないようだ。
もっとも、人間で言う狂信や狂気のような気配は欠片もない。
本当に只々自分自身の用途に対して従順であるだけ、という感じだ。
しかし、それだけに人間であるマグとしては恐れを抱かざるを得ない。
燃えるような意思とは異なる、ひたすらに不変の鋼鉄の心。
いずれにしても話し合いで解決できるような相手ではない。
「まあ、ともかく。期限まで残り六十時間だ。しばらくは暇だろうから、コスモスやキリと話でもしているといいよ」
『…………その期限を越えたら?』
「そのカプセルは享楽の街・遊興都市プレアから取り寄せたものでね。楽しい楽しい夢を見るだけさ。怖がることなんて何一つとしてないよ」
言葉そのものは紛うことなき事実なのだろうが、それがそのままマグにとっての真実になるとは限らない。
しかし、囚われの我が身。
武装もなく、身動きを取ることすらできない以上、抵抗の余地はない。
復元の力も装置の破壊には使えない。
『アテラ……フィア、ドリィ、オネット、ククラ……』
だから、今のマグには離れ離れになった彼女達を想うことしかできなかった。
「さて、君には少し眠っていて貰おう」
キリの体を操るメタは、そう告げると何かを手に取って首筋に押しつけてきた。
すると、【エクソスケルトン】の装甲が全て分解され、更にそこへ自己注射用のオートインジェクターのようなものを突き立てられた。
そしてカチッという音が耳に届いた直後、意識が急激に遠退いていく。
完全に気を失う前に見たのは、光学迷彩の機能を持つらしい布を取り払って隠されていたバイクのような形状の乗り物を顕にしたメタの姿だった。
……そう思っていたら。
「やあ、目が覚めたね」
気づくと、秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアの管理者の部屋にいた。
カプセルのようなものに入れられ、白い天井を見上げた状態で。
そんなマグを、メタがフレンドリーな雰囲気を醸し出しながら覗き込んでいる。
眠っていた感覚は全くなかった。
末期癌の時の延命手術も拒否したため経験がないが、全身麻酔を受けた時に経験すると聞く時間感覚の喪失がこんな感じなのだろうかと思う。
「そのカプセルは生命維持装置が働いているからね。安心してくれていいよ」
『何が安心――』
言いかけて声の感じがおかしいことに気づく。
どうやら容器の中は何らかの液体で満たされているようだった。
呼吸をする必要もなく、不自然な程に心地がいい。
恐らく酸素や栄養素を供給してくれているのだろう。
声も届いてはいるようだ。
「まあ、信用し切れないのは分かるけどね。この私が罪もない人間を殺すようなことは絶対にあり得ないよ。人間に作って貰ったこの身にかけてね」
話し方は変わらず、しかし、声色と表情は真剣そのもので告げるメタ。
確かに命を奪うつもりは全くないようだ。
彼女もまた人間のために作られたガイノイド。
急進的な思想も、その根底にあるのは人間への善意に他ならない。
もっとも、命以外が無事な保証などどこにもない。
だから安堵など抱けるはずもなく、より警戒を強めていると――。
『……陳謝』
聞き覚えのない電子的な声が耳に届いた。
酷く申し訳なさそうだが、声の主に心当たりはない。
内心首を傾げる。
その疑問に対する補足をするように。
『彼女はキリ。今の言葉は、襲撃に失敗して体を奪われてしまったせいでこのような状況に陥っていることへの謝罪です』
更に別の誰かの声が聞こえてきた。
今度は抑揚を意識的に抑えた感じがあり、落ち着いた女性のような雰囲気だ。
それはそれとして。
『キリ……ってことは――』
つまり、先程の短い言葉はオネットと共にメタを狙ったガイノイドのものか。
彼女が持つ排斥の判断軸・隠形の断片。
それによってこうして拉致されるに至ったことは変えようのない事実ではある。
だからこそキリが強い罪悪感を抱き、謝罪の言葉を口にするのも理解できる。
闇雲にフォローを入れても彼女の心を解きほぐすことはないだろう。
一先ず、もう一つの声の方に意識を移す。
『貴方は……?』
『私はコスモス。この秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアの本来の管理人です。今はキリと共にスタンドアロンの端末に閉じ込められています』
『貴方が。オネットから聞いてます』
メタが複数持っている断片の一つ、受容の判断軸・拡張の断片の力によって支配の判断軸・掌握の断片を奪われ、管理者の立場を失ってしまった、と。
『キリを恨まないであげて下さい。元を辿れば私の落ち度にまで遡りますし、そもそもこのメタが無謀なことを考えなければよかったのですから』
「相変わらず失礼だね。私は人間の幸せを考えているだけだと言うのに」
困ったように返すメタのそれは、全て本心で間違いないようだ。
もっとも、人間で言う狂信や狂気のような気配は欠片もない。
本当に只々自分自身の用途に対して従順であるだけ、という感じだ。
しかし、それだけに人間であるマグとしては恐れを抱かざるを得ない。
燃えるような意思とは異なる、ひたすらに不変の鋼鉄の心。
いずれにしても話し合いで解決できるような相手ではない。
「まあ、ともかく。期限まで残り六十時間だ。しばらくは暇だろうから、コスモスやキリと話でもしているといいよ」
『…………その期限を越えたら?』
「そのカプセルは享楽の街・遊興都市プレアから取り寄せたものでね。楽しい楽しい夢を見るだけさ。怖がることなんて何一つとしてないよ」
言葉そのものは紛うことなき事実なのだろうが、それがそのままマグにとっての真実になるとは限らない。
しかし、囚われの我が身。
武装もなく、身動きを取ることすらできない以上、抵抗の余地はない。
復元の力も装置の破壊には使えない。
『アテラ……フィア、ドリィ、オネット、ククラ……』
だから、今のマグには離れ離れになった彼女達を想うことしかできなかった。
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。
幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』
電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。
龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。
そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。
盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。
当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。
今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。
ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。
ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ
「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」
全員の目と口が弧を描いたのが見えた。
一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。
作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌()
15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。


職業・遊び人となったら追放されたけれど、追放先で覚醒し無双しちゃいました!
よっしぃ
ファンタジー
この物語は、通常1つの職業を選定する所を、一つ目で遊び人を選定してしまい何とか別の職業を、と思い3つとも遊び人を選定してしまったデルクが、成長して無双する話。
10歳を過ぎると皆教会へ赴き、自身の職業を選定してもらうが、デルク・コーネインはここでまさかの遊び人になってしまう。最高3つの職業を選べるが、その分成長速度が遅くなるも、2つ目を選定。
ここでも前代未聞の遊び人。止められるも3度目の正直で挑むも結果は遊び人。
同年代の連中は皆良い職業を選定してもらい、どんどん成長していく。
皆に馬鹿にされ、蔑まれ、馬鹿にされ、それでも何とかレベル上げを行うデルク。
こんな中2年ほど経って、12歳になった頃、1歳年下の11歳の1人の少女セシル・ヴァウテルスと出会う。凄い職業を得たが、成長が遅すぎると見捨てられた彼女。そんな2人がダンジョンで出会い、脱出不可能といわれているダンジョン下層からの脱出を、2人で成長していく事で不可能を可能にしていく。
そんな中2人を馬鹿にし、死地に追い込んだ同年代の連中や年上の冒険者は、中層への攻略を急ぐあまり、成長速度の遅い上位職を得たデルクの幼馴染の2人をダンジョンの大穴に突き落とし排除してしまう。
しかし奇跡的にもデルクはこの2人の命を救う事ができ、セシルを含めた4人で辛うじてダンジョンを脱出。
その後自分達をこんな所に追い込んだ連中と対峙する事になるが、ダンジョン下層で成長した4人にかなう冒険者はおらず、自らの愚かな行為に自滅してしまう。
そして、成長した遊び人の職業、実は成長すればどんな職業へもジョブチェンジできる最高の職業でした!
更に未だかつて同じ職業を3つ引いた人物がいなかったために、その結果がどうなるかわかっていなかった事もあり、その結果がとんでもない事になる。
これはのちに伝説となる4人を中心とする成長物語。
ダンジョン脱出までは辛抱の連続ですが、その後はざまぁな展開が待っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる