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第二章 ガイノイドが管理する街々

091 いくつかの街を経て

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 次に訪れた交響の街・奏楽都市ロディア。
 そこでは事前にオネットが示唆していた通り、標本の街・機械都市ジアムと同じように過去の音楽について覚えていることをこと細かに尋ねられた。
 もっとも、底辺労働者として日々のゆとりもなく生きていたマグでは、この時代の記録に残っていない音楽を復活させるようなことはできなかったが……。
 相手方もそこまで期待はしていなかったようで、どのような曲を心地よく感じるかといった調査を受けるのみで依頼は達成としてくれた。
 とは言え――。

「数時間ぶっ続けで音楽を聞かされたのは正直きつかったな」

 その内容を振り返りながら、マグは嘆息気味に呟く。

「街を見る時間も余り取れなかったし」
「まあ、あそこは軽く触れるだけに留めるのがいい街デスよ。余程素養があって音楽漬けの生活を楽しめるような人間さんや機人以外は」

 半ば苦笑するように言うオネットに、街の様子を思い出して確かにと納得する。
 道を歩けば、そこかしこから音楽が聞こえてくる。
 ジャンルやBPMで区画が分かれているらしく、何とも不可思議な空間だった。
 各所に楽譜をモチーフにしたような意匠が散見され、あちらこちらで人間も機人も入り乱れてひたすら音楽に興じている。
 街の管理者たるフォノンもまた、音楽狂としか言いようがない性格だった。
 傍から見ているだけならともかくとして、その中に飛び込んでいくには相応の覚悟と技術が不可欠に違いない。
 ミュージシャンにとって天国なのか、はたまた地獄なのかは正直判断できない。
 走り続けられるなら最高の環境だろうが、ふと立ちどまってしまったら……。
 まあ、それは他の分野でも似たようなものなのかもしれないが。

「それより、見えてきたデスよ」

 そのオネットの言葉に気持ちを切り替え、視線を前に向ける。
 すると、スタンダードな背の高い城壁が視界に映った。
 これまで経由してきた三つの街とは対照的だ。
 最初に訪れた秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアを思い出させる。
 何と言うか、想像の範疇から逸脱していないという感じだ。

「あれが……向学の街・学園都市メイア?」

 首を傾げている間にも装甲車は進み、街の外壁の前で一旦停止する。
 しかし、左右を見ても門らしきものは見当たらない。

「どこから入るんだ?」

 オネットにそう尋ねた直後。
 それに答えるように地面が駆動音と共に開き、地下へと続く道が現れた。
 ようやく特徴的な挙動が見え、驚きと共に口を開きかける。
 だが、自動運転の装甲車は即座に動き出し、反応を示す暇もなかった。
 情緒も何もない。

「ちょっと急ぐデスよ」

 そのまま地下道を爆走していくと、やがて広大な空間に出る。
 どうやら駐車場らしく、マグ達はそこで停車した装甲車から降りた。

「ここからはアレ……パーソナルモビリティを移動に使うようですね」

 外に出たことでオネットの代わりに告げるアテラ。
 彼女が指差す先には、一人用の乗り物が何台も並んでいた。
 重心移動で動かすことを想定しているような独特な形状だ。
 こんなものが用意してあるところを見るに、この街の中では結構な距離を移動させられると考えておいた方がよさそうだ。

「……とりあえず、乗ってみるか」

 一台選び、早速足場に立ってみる。
 ちゃんと乗りこなせるか少し不安だったが……。
 これも自動で姿勢制御してくれるのか、すぐ安定した状態で落ち着いてくれた。

「ようこそ。向学の街・学園都市メイアへ」

 と、ハンドルのところに備えられていたディスプレイが起動し、若干抑揚の乏しい女性的な機械音声が流れ始めた。

「ここは、その名の通り学園を中心に据えた街です」

 かと思えば、街の中を映したプロモーション映像と共に観光案内が始まった。

「学びこそ人間の幸福と定め、それに応じた街作りをしています」

 一通り見聞きした感じ、街の中央に巨大な学び舎がある……と言うよりも、一つの超巨大な円形の構造物があり、校舎たるそれ全体を街と称しているようだ。
 城壁と思っていたものは、外壁だったらしい。
 老若男女問わず、この学園に通う学生であり、生活空間もこの中だそうだ。
 交響の街・奏楽都市ロディアが音楽家のための街ならば、ここは学者や研究員のために存在する街ということになるのだろう。

「今、地上二階か三階ぐらいか?」

 街の紹介を聞いている間にもパーソナルモビリティは自動で移動を続け、リノリウムの廊下のバリアフリー的なスロープを登っていく。
 やがて大きな扉の前に至り、緩やかに一時停止した。
 学長室と書かれたルームプレートがかけられたそれは自然と開き、マグ達はパーソナルモビリティによって部屋の中へと導かれる。
 正面の机の奥には老魔法使いのような長い髭を貯えた老人がいた。
 失礼極まりない入室の仕方に感じたが、彼は特段気にした様子もなく――。

「よく来てくれた。儂がこの街の管理者ローフェである。それとオネットよ、よく戻ってきてくれたな」

 しわの深い穏やかな表情としわがれた声で歓迎の意を示したのだった。
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