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第二章 ガイノイドが管理する街々
087 街の行く末
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翌日の正午過ぎ。
世話役の少女が持ってきてくれた昼食を取るために【エクソスケルトン】を解除したマグは、その途端に感じた熱気に思わず眉をひそめた。
窓から差し込む陽光は強烈で、気温がグングン上がっていっているのが分かる。
「凄い気温差だな」
「砂漠の夜は冷えますからね」
昨晩は急激に乾燥して放射冷却が進んだのか、寒さで目が覚めてしまった。
そのため、温度調節機能もある【エクソスケルトン】を起動して寝たのだ。
オートフィッティング機能や姿勢制御機能のおかげか、最高級ベッドもかくやという寝心地だったのは一つの発見だったが……それは余談だろう。
「これがあの過ごし易い気候に調整されてたって訳ね」
「迷宮遺跡の力によって、か」
改めて、かの施設が超文明の遺産に他ならないことを実感する。
少し前に環境コントロールシステムが暴走した未踏破領域を訪れたことがあったが、正しく機能していれば人類の生活圏をどこまでも広げてくれるものなのだ。
「逆に言えば、そうまでしないと住めない場所だったということでもあります」
アテラが言うように、実際この寒暖差と湿度の低さは相当厳しい環境だ。
今のところはまだ大丈夫だろうが、恵みの森も水源も近い内に枯れ果て、辺り一帯が砂漠に飲み込まれてしまうことになるだろう。
迷宮遺跡を再起動させる選択を取らない限り、この街を放棄する選択肢も十二分にあり得る状況のように思える。
そんな中でこの街の住民達はどう判断するのか。そう考えていると――。
「……どうやら彼が来たみたいですね」
機人の聴覚でウィードの来訪を察知したらしく、アテラがそう告げた。
それに頷き、客室を出て拝殿に向かう。
「どうした? ウィード。黙っていては分からぬぞ」
中に入ると無言で俯いていた彼に、タリアが困ったように尋ねていた。
対してウィードは更に少し時間を置いてから、ようやく口を開いた。
「昨日、あれから迷宮遺跡を確認してきた。確かに機能は完全に停止していて、最奥まで容易く辿り着くことができてしまった」
そうであって欲しくなかったという感じの声色。
しかし、事実は事実。拒んでも嘘になることはない。
「それで?」
「…………この街の気候が迷宮遺跡の力で調整されていたことは疑いようもない」
またしばらく葛藤するような間を取ってから、彼女の促すような問いかけに応じて言葉を再開するウィード。
「それは受け入れたし、ここで生きるためには不可欠であることも理解した」
彼はそこで一度区切ると「だが」と前置くと、絞り出すように続けた。
「迷宮遺跡に頼り切りでいる訳にはいかない。何かしらの原因で停止したり、暴走してしまったりすることもあり得る以上は」
今現在正に停止している以上は、この先起こり得ることでもある。
人為的にせよ、そうでないにせよ。
そうである以上、今の科学技術では再現することができないもの。迷宮遺跡のみならず、出土品にも依存してしまうのは危険だ。
「だから、迷宮遺跡がなくともここで生きていけるように努力をしようと思う」
「努力……とな?」
「具体的には分からない。緑化を目指せばいいのか、俺達自身が生活様式を変える必要があるのか。しかし、以前のように享受するのみではいけないことは分かる」
かつて拘っていた思想。目の前の現実。
それらが入り混じって価値観が揺らいでいるのだろう。
だが、それこそ盲目的だった以前よりは一歩先に進んでいるように見える。
そのウィードは、二人の会話を見守っていたマグ達へと体を向けて頭を下げた。
「すまなかった。だが、今は迷宮遺跡を再起動させて欲しい」
揺らいだ価値観とは言え、即座に切り替えることができる訳もない。
表情には様々な感情が滲んでいる。
それでも、素直にそう口にすることができるだけ印象はマシだ。
水に流すとまではいかないが、必要以上に責める理由はなくなった。
「……分かった」
だから、マグはタリアに一度視線をやってから頷いた。
「礼を言う」
そしてウィードの感謝を受けて速やかに。
マグ達は再び迷宮遺跡に向かい、破壊した最深部を復元させた。
帰り道は特殊環境が再現された部屋を潜り抜け、身を以って再起動を確認しながら街に戻ってタリアに完了の報告をした。
「面倒をかけてすまぬな」
「いえ。乗りかかった舟でしたから」
この街の行く末がどうなるかは未知数だが、これで一区切りと言えるだろう。
心置きなく依頼を終えることができる。
そのタイミングを狙っていたかのように。
否、そのタイミングを狙って端末が起動し、空中ディスプレイが開く。
「む。依頼か?」
「ええ。そうみたいです」
そこに表示されたのは、また別の街からの依頼。
しかし、今回はオネットが捏造したものだ。
内容は標本の街・機械都市ジアムと交響の街・奏楽都市ロディアへの訪問。
二ヶ所共、当面の目的地たる向学の街・学園都市メイアに向かう経路上にある。
「もう行くのか?」
「はい。どうやら急ぎの依頼のようなので」
そうして。
マグ達は彼女に挨拶をし、裏口から街を出て装甲車に乗り込んだ。
「それにしても、本当に雰囲気が全然違ったな。ラヴィリアと」
「これから行く街も、それぞれがそれぞれの特色を持ってるデスよ」
新たな二つの街には訪れたことがあるのか、オネットがそう続く。
しかし、どういうものなのかは教えてくれないようだ。
アテラが何も言わない以上、危険性はないのだろうが……。
一体どんな場所なのか。
新たな街に思いを馳せつつ、マグは加速していく装甲車の座席に背中を預けた。
世話役の少女が持ってきてくれた昼食を取るために【エクソスケルトン】を解除したマグは、その途端に感じた熱気に思わず眉をひそめた。
窓から差し込む陽光は強烈で、気温がグングン上がっていっているのが分かる。
「凄い気温差だな」
「砂漠の夜は冷えますからね」
昨晩は急激に乾燥して放射冷却が進んだのか、寒さで目が覚めてしまった。
そのため、温度調節機能もある【エクソスケルトン】を起動して寝たのだ。
オートフィッティング機能や姿勢制御機能のおかげか、最高級ベッドもかくやという寝心地だったのは一つの発見だったが……それは余談だろう。
「これがあの過ごし易い気候に調整されてたって訳ね」
「迷宮遺跡の力によって、か」
改めて、かの施設が超文明の遺産に他ならないことを実感する。
少し前に環境コントロールシステムが暴走した未踏破領域を訪れたことがあったが、正しく機能していれば人類の生活圏をどこまでも広げてくれるものなのだ。
「逆に言えば、そうまでしないと住めない場所だったということでもあります」
アテラが言うように、実際この寒暖差と湿度の低さは相当厳しい環境だ。
今のところはまだ大丈夫だろうが、恵みの森も水源も近い内に枯れ果て、辺り一帯が砂漠に飲み込まれてしまうことになるだろう。
迷宮遺跡を再起動させる選択を取らない限り、この街を放棄する選択肢も十二分にあり得る状況のように思える。
そんな中でこの街の住民達はどう判断するのか。そう考えていると――。
「……どうやら彼が来たみたいですね」
機人の聴覚でウィードの来訪を察知したらしく、アテラがそう告げた。
それに頷き、客室を出て拝殿に向かう。
「どうした? ウィード。黙っていては分からぬぞ」
中に入ると無言で俯いていた彼に、タリアが困ったように尋ねていた。
対してウィードは更に少し時間を置いてから、ようやく口を開いた。
「昨日、あれから迷宮遺跡を確認してきた。確かに機能は完全に停止していて、最奥まで容易く辿り着くことができてしまった」
そうであって欲しくなかったという感じの声色。
しかし、事実は事実。拒んでも嘘になることはない。
「それで?」
「…………この街の気候が迷宮遺跡の力で調整されていたことは疑いようもない」
またしばらく葛藤するような間を取ってから、彼女の促すような問いかけに応じて言葉を再開するウィード。
「それは受け入れたし、ここで生きるためには不可欠であることも理解した」
彼はそこで一度区切ると「だが」と前置くと、絞り出すように続けた。
「迷宮遺跡に頼り切りでいる訳にはいかない。何かしらの原因で停止したり、暴走してしまったりすることもあり得る以上は」
今現在正に停止している以上は、この先起こり得ることでもある。
人為的にせよ、そうでないにせよ。
そうである以上、今の科学技術では再現することができないもの。迷宮遺跡のみならず、出土品にも依存してしまうのは危険だ。
「だから、迷宮遺跡がなくともここで生きていけるように努力をしようと思う」
「努力……とな?」
「具体的には分からない。緑化を目指せばいいのか、俺達自身が生活様式を変える必要があるのか。しかし、以前のように享受するのみではいけないことは分かる」
かつて拘っていた思想。目の前の現実。
それらが入り混じって価値観が揺らいでいるのだろう。
だが、それこそ盲目的だった以前よりは一歩先に進んでいるように見える。
そのウィードは、二人の会話を見守っていたマグ達へと体を向けて頭を下げた。
「すまなかった。だが、今は迷宮遺跡を再起動させて欲しい」
揺らいだ価値観とは言え、即座に切り替えることができる訳もない。
表情には様々な感情が滲んでいる。
それでも、素直にそう口にすることができるだけ印象はマシだ。
水に流すとまではいかないが、必要以上に責める理由はなくなった。
「……分かった」
だから、マグはタリアに一度視線をやってから頷いた。
「礼を言う」
そしてウィードの感謝を受けて速やかに。
マグ達は再び迷宮遺跡に向かい、破壊した最深部を復元させた。
帰り道は特殊環境が再現された部屋を潜り抜け、身を以って再起動を確認しながら街に戻ってタリアに完了の報告をした。
「面倒をかけてすまぬな」
「いえ。乗りかかった舟でしたから」
この街の行く末がどうなるかは未知数だが、これで一区切りと言えるだろう。
心置きなく依頼を終えることができる。
そのタイミングを狙っていたかのように。
否、そのタイミングを狙って端末が起動し、空中ディスプレイが開く。
「む。依頼か?」
「ええ。そうみたいです」
そこに表示されたのは、また別の街からの依頼。
しかし、今回はオネットが捏造したものだ。
内容は標本の街・機械都市ジアムと交響の街・奏楽都市ロディアへの訪問。
二ヶ所共、当面の目的地たる向学の街・学園都市メイアに向かう経路上にある。
「もう行くのか?」
「はい。どうやら急ぎの依頼のようなので」
そうして。
マグ達は彼女に挨拶をし、裏口から街を出て装甲車に乗り込んだ。
「それにしても、本当に雰囲気が全然違ったな。ラヴィリアと」
「これから行く街も、それぞれがそれぞれの特色を持ってるデスよ」
新たな二つの街には訪れたことがあるのか、オネットがそう続く。
しかし、どういうものなのかは教えてくれないようだ。
アテラが何も言わない以上、危険性はないのだろうが……。
一体どんな場所なのか。
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