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第3章 日本プロ野球1部リーグ編

218 交流戦前最終戦

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 場面は9回の表。2アウトランナー1塁。
 今日の対戦相手である横浜ポートドルフィンズの攻撃。
 フルカウントから松本選手に投じさせた低めの変化球は甘く入ってしまい――。

 ――カンッ!

 相手バッターに芯で捉えられてしまった。
 打球は低く鋭く二遊間へと飛んでいく。
 更に詳しく言えば、セカンドベースから少しショート寄りのところへ。
 通常のシフト、普通の内野陣なら間違いなく内野を抜かれていたことだろう。
 しかし、今日ショートに入っていたあーちゃんは己の【直感】に従い、ボールが松本選手の手から離れた段階で既に駆け出していた。
 彼女はそれでも間に合わないと見るや、ダイビングキャッチを敢行する。
 ボールはギリギリのところでグラブの中へ。
 だが、直前でワンバウンドしてしまっていた。
 まだ誰もアウトにはなっていない。
 それでも打球が速かったため、ファーストも間に合うタイミングではあった。
 ただ、全力で飛びついた直後の送球だ。
 ボールが逸れてしまうことを懸念、いや、恐らく【直感】したのだろう。

「みっく!」

 あーちゃんはそう声を上げながら、ダイビングキャッチ直後のグラウンドに倒れ込んだ状態からグラブトスでセカンドにボールを送った。
 それをベースに入っていた今日セカンドの倉本さんがしっかりと捕球する。
 その段階で、1塁ランナーは塁間の真ん中過ぎぐらいまでしか来ておらず――。

「ヒズアウトッ!」
「ゲーム(セット)ッ!!」

 3アウトとなり、試合終了のコールが球場に響き渡った。
 セカンドベースの奥側でユニフォームについた土を払いながら何ごともなかったかのように立ち上がったあーちゃんを見て、ホッと一息つく。
 今日も怪我なく無事に勝利することができたようだ。

「「「「わああああああっ!!」」」

 5月下旬の日曜日に開催されていたホームでのデーゲーム。
 本拠地球場である山形きらきらスタジアムは今日も満員御礼だ。
 最後にファインプレイで締め括って交流戦前の最終戦を勝利で飾った村山マダーレッドサフフラワーズに、詰めかけた観客達が大きな歓声を上げている。
 その大音量の中、ベンチから出てきたチームメイト達とハイタッチを交わす。
 それから全員で声援に頭を下げて応じ、俺達は一旦ダグアウトへ向かった。
 途中で昇二と倉本さんが呼ばれ、グラウンドへと戻っていく。
 彼らが今日のヒーローだ。

「放送席、放送席。並びに山形きらきらスタジアムにお集まりのファンの皆様、お待たせいたしました! ヒーローインタビューを行います!」
「「「「わあああああああああっ!!」」」

 球場内に響き渡った声に煽られるように、歓声が更に大きくなった。
 昇二は照れた様子。
 倉本さんは堂々と胸を張っている。

「まずは本日4打数3安打1本塁打5打点と勝利に大きく貢献した瀬川昇二選手にお話を伺いたいと思います! 昇二選手、よろしくお願いします」
「は、はい!」

 もう何度かヒーローインタビューに呼ばれているにもかかわらず、試合外で観衆の前に立つことには全く慣れていないのが見て取れる。
 これは緊張とかではなく、単純に性格的な問題だ。
 ファンも彼のそういったキャラクター性は既に理解している。
【超晩成】によって日本人離れしてしまっているガタイのよさと小動物的な言動とのギャップで、特定の層に物凄く人気が出ていると聞いている。

「2番の秀治郎選手が全打席申告敬遠となる中、クリーンナップとしての役目を果たしました。開幕から2ヶ月、そのような状況が多くなっているように思います」
「そ、そうですね。秀治郎は別格だと僕も思いますから、勝負を避けたくなる気持ちは分かります。ただ、そのせいで負けた、という状況は作りたくありません」

 受け答えそのものは大分うまくなったように思う。
 控え目な性格は変わっていないが、その辺りは技術的な部分も大きいからな。
 そんな彼のヒーローインタビューに耳を傾けながら、ホームゲームの勝利イベントとして予定されているサインボールプレゼントの準備を手伝う。
 試合後に選手がスタンドにボールを投げ込んでいるアレだ。
 場合によっては試合前にも行われる。

「続いて、4番打者として4打数4安打4打点。殊勲打を放ちました倉本未来選手にお話を伺います! 倉本選手、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまっす!」
「投手陣が踏ん張れずに同点に追いつかれた後の、嫌な雰囲気を一掃する1打でした。感触は如何でしたでしょうか」
「芯は食ってたと思うっすけど、やっぱりパワー不足は否めないっすね。飛んだ先がよかったとしか言いようがないっす」
「あ、相変わらず、ご自身に厳しいですね……」
「ウチはもっと上を目指せるって秀治郎君にも言われてるっすからね。今シーズンはどこかで特大のホームランを打つのが目標っす!」

 その後、倉本さんも俺の全打席申告敬遠についてインタビュアーに尋ねられる。
 返答はとりあえず昇二と似たような無難な感じ。
 申告敬遠そのものには特に否定的なことは言わず、作戦として認めつつも、それでもチームが負けないように頑張るといった内容だ。
 これは事前に打ち合わせをしている。
 そうしないと、倉本さん辺りは相当キツい言葉を吐いていた可能性がある。

「しゅー君が打たせて貰えないのはムカつく」

 今正にあーちゃんが俺の隣で唇を尖らせながら口にしたのと似たような内容を。
 彼女もヒーローインタビューに呼ばれた時は我慢して取り繕っているので、ベンチ裏ではこうして文句を言って気持ちをコントロールしようとしているのだろう。

「まあまあ、それだけ脅威に思ってくれてる訳だから」

 そんなあーちゃんを宥めようとするが、不満は日々募り続けているようだ。
 都度ガス抜きをしていても、根本的なところを解消できないとこればかりはな。
 あーちゃんが1塁に出塁していても全く意に介さず申告敬遠してくるし、それどころか満塁の場面でも押し出し上等でやってきた球団もあった。
 さすがにそれはと思わなくもないが、あくまでもルールの範疇での戦術。
 である以上、今のところは後続の選手が打ちまくる以外に対処方法はない。

「ウチよりも兵庫ブルーヴォルテックスと東京プレスギガンテス、それと宮城オーラムアステリオスの方がなあ」
「ん。目に見えて影響を受けてる」

 磐城君と大松君、それから宮城オーラムアステリオスの山崎選手も。
 開幕戦から破竹の勢いで活躍し続けた結果、今や四球攻めの餌食となっていた。
 チームの順位は維持できているものの、勝率は間違いなく悪くなっている。
 それ以上に3人共、打撃成績の伸びが鈍っているのがもどかしい。
 出塁率は馬鹿みたいなことになっているが、本塁打や打点が稼げていない。
 そのせいで、ちょっと数字の見栄えが悪い。

「世間でも大分問題視されてきてるからなあ」

 3部リーグや2部リーグにいた頃の俺に対する四球攻めとは違い、今回のは日本プロ野球界最高峰の1部リーグでの出来事。
 しかも、1人や2人ではなく4人もの選手が同じようなことになっている。
 その事実は物議を醸し、とうとう申告敬遠や敬遠気味の四球に制限を設けるべきではないかという議論が表立って行われるようになってきていた。
 今生の大リーグに追従するように。

「ここまで打っていると、その内お2方も敬遠されてしまうのでは?」

 地元山形のテレビの局アナインタビュアーも冗談っぽくそんな質問をしてくる辺り、この問題が世の中に浸透してしまっているのが分かるだろう。

「僕は後に倉本さんがいるので、特に気にしません」
「茜っちが打って秀治郎君が敬遠で、昇二君まで敬遠されたら満塁っすよ。そこでウチまで敬遠したりしたら押し出しじゃないっすか。それでもいいならいんじゃないっすかね。後ろに控えるムサシさんと大法さんも強打者っすけど」

 村山マダーレッドサフフラワーズとしてのスタンスは特に変わらない。
 強打者を並べて戦術ごと捻じ伏せて勝利を重ねていくのみだ。
 今年の俺の打撃成績については気にしない。
 とりあえず投手成績の方で記録を作る、という程度の意識でいい。

「それでは最後に一言お願いいたします」
「次の試合から初めての交流戦になります。私営イーストリーグの威信にかけ、交流戦優勝を目指して頑張っていきたいと思います」
「交流戦でも打って打って打ちまくるっす!」
「ありがとうございました。今日のヒーロー、そしてヒロインは瀬川昇二選手と倉本未来選手でした! 放送席どうぞ!」

 ヒーローインタビューが終ったのを見計らい、サインボールプレゼントのためにベンチからグラウンドに出ていく。
 昇二のサインボールを彼のところに運んでやる。
 あーちゃんは倉本さんの分を持っていく。

「変じゃなかったかな」
「ああ。全然問題なかったぞ」

 不安げな昇二にそう声をかけてから、グラウンドの外周を回っていく。
 そうしてサインボールを全てスタンドに投げ込み、今度こそ撤収となる。

「……みなみー、大丈夫かな」
「交流戦最初の登板で早々にアイツとの直接対決があるからな」

 この場にはいない美海ちゃんを心配して呟くあーちゃんに対し、そう補足するように応じながら頷いて共感を示す。
 今日は投げる予定がなかったので、彼女は練習球場で調整の予定となっていた。
 次の登板に向けて。

「戦力的には相手にもならないと思うけど」
「あそこはもう自力優勝も消滅してるからなあ」

 埼玉セルヴァグレーツは日を追う毎に無残な状態になっていっている。
 今日も負けて7勝38敗とかになっていたはず。
 その直接の原因は勿論、海峰永徳選手の【マイナススキル】【不幸の置物】だ。
 さすがにあそこまで悲惨な状況は見るに堪えない。
 日本代表の件もそうだが、とにかく彼をどうにかしないことには改善はない。
 とは言え、交流戦は1球団当たり合計4試合だ。
 そこでやれることなど高が知れている。

「とりあえず。美海ちゃんの名誉挽回ぐらいはしとかないとな」
「登板日はアウェーのドーム球場。あの番組の意趣返しには持ってこい」

 交流戦の序盤は長期遠征。
 まずは軽く20連戦。日本各地を行ったり来たり。
 かけ値なしの死のロード。
 その最初の方で因縁の相手との試合がある訳だ。
 まあ、俺は実際に彼と顔を合わせたことはないけどな。
 何にせよ、美海ちゃんにとってはタイミングがよかったかもしれない。
 2連戦の2試合目の方は俺が先発でもあるしな。

「ま。気負わず、サクッと叩き潰してやるとしよう」
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