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第3章 日本プロ野球1部リーグ編

207 日本の悪夢と希望

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『第31回を数える世界野球大戦は本日朝8時、現地時間19時より実施された決勝戦にて圧倒的な勝利を収めたアメリカ代表の優勝を以って幕を閉じました』

 テレビ画面の中。スタジオの中心に陣取った司会役のアナウンサーが、複雑な感情を抑え込もうとしているかのように淡々と抑揚なく告げる。
 彼が口にした通り、正に今日の話だ。
 第31回WBW決勝戦はフロリダのバンクノート・パークにて行われた。
 対戦カードはアメリカ対メキシコ。スコアは17-0だった。

「いや、まあ。知ってた、って感じっすけどね」
「そうね。と言うか、むしろ決勝戦は健闘した方なんじゃない?」
「ん。前回大会の日本はもっと点差をつけられてた」

 一応、日本代表は戦力温存で途中から登板した野手相手に海峰選手が2ランホームランを打って、何とか完封負けだけは逃れることができたけどな。
 今大会の決勝戦は本職が継投した結果だから、比較すると一層惨めだけれども。

『この番組では、世界最強を誇るアメリカ代表の今大会における軌跡を振り返りながら、その強さの秘密に迫っていきたいと思います』

 アナウンサーがそう言ったのを合図にするように画面が切り替わり、WBWの名場面を切り取って編集したオープニングムービーが流れ出す。
 今し方放送が始まったのは、毎度お馴染みWBW関連の特別番組だ。
 前述した通り、今日は第31回WBW決勝戦が行われた当日。
 3月も下旬となっており、日本プロ野球界ではオープン戦の最終盤。
 シーズン開幕を間近に控えた最終調整の時期の出来事となる。

 当然ながら1部リーグへの昇格を果たした村山マダーレッドサフフラワーズもまた、他球団と同じように各地でオープン戦に臨んでいる。
 そして今は遠征先でのデーゲームを終え、ホテルに戻って夕食を取った後。
 チームメイトがそれぞれ自由時間を過ごす中、俺とあーちゃんに宛てがわれたツインルームにいつもの5人で集まったところだ。
 目的はオープン戦に出場した体を休めるのもそうだが、メインは陸玖ちゃん先輩達に作って貰った特製の野球資料でケーススタディをすること。
 その傍ら、テレビにも耳を傾けている感じだ。

「アメリカ代表の軌跡? ってことは、今回は日本代表の特集はしないのね」
「できる訳がないっすよ、あんな結果じゃ」
「うん、まあ、それはそうよね」

 倉本さんの突き放すような言葉に対し、苦笑気味に同意する美海ちゃん。
 正直、日本代表を取り上げても恥の上塗りにしかならない。
 それは俺達だけの考えではなく、日本国民全員の共通認識だろう。
 何故なら……。

「グループリーグ全敗の最下位で敗退と、いいところなしだったものね」
「しかも、下馬評で格下の国と熱い戦いを繰り広げた上で負けてるっすからね」

 熱い戦い云々は勿論、皮肉。

「実態は泥仕合」

 最後にあーちゃんがポツリと呟く。

 今大会の日本代表は、クジ運には割と恵まれていた。
 同一グループになった他の3ヶ国の内、2ヶ国は明らかな格下だったからだ。
 壮行試合は酷い結果になっていたものの、それはあくまでも日本人同士の戦い。
 さすがに決勝トーナメント進出は堅いだろう。
 国民の大半はそんな意識を持っていたのだが……。
 蓋を開けてみれば、この有様だった。

「あの2試合はホントにつまらない試合だったっす」

 格下相手に展開はほぼほぼ同じ。
 両チーム共にランナーが得点圏まで進まない淡白な攻撃を繰り返し……。
 互いに0行進した挙句、9回に出会い頭のホームランで取られた1点に泣いた。
 相手は勝ったから許せるだろうが、日本にとっては本当に酷い試合だった。
 試合時間も短く、盛り上がるような場面も特になく、いつの間にか負けていた。
 そんな感じの印象しか残っていない。
 敗因を分析する程の要素もない、正に塩試合と呼ぶ以外にない内容だった。

「僕としては、ただ普通の負けただけのもう1試合の方が酷かった気がするけど」

 昇二が言及したのは、世界ランキングでは同格だった残る1国との試合の方だ。
 アレも確かに微妙としか言いようのない負け方だった。
 早い段階で先制され、細かく追加点を挙げられて徐々に点差が広がっていく。
 反対に日本代表は得点できないままズルズル終盤まで行き、最後に海峰選手がソロホームランを打って申し訳程度の反撃をして終わった。
 全てを知る俺からすると、正に現状の日本代表を象徴するような試合だった。

「……にしても司会の人、元気がないわね」
「いや、そりゃそうっすよ」

 アメリカ代表に大差負けを食らった前回大会もそれはそれは悲惨な内容で、日本国民は大層ショックを受けてしまったけれども……今回はその比じゃない。
 スタジオの中のみならず、日本全体がお通夜ムードに包まれている。
 相手が悪かったという言い訳すらできない状況なのだから、仕方がないだろう。
 日本敗退はグループリーグでの話なので既に10日以上経っているが、今も社会全体に重苦しい雰囲気が漂っている辺り絶望感が伝わろうというものだ。

『まずはアメリカ代表の試合を1つずつ振り返っていきましょう』

 日本代表の話には少しも触れないまま、アナウンサーは司会進行を行う。
 画面にはアメリカ代表のスコアが一覧で表示された。
 グループリーグまでの点数の下には、全てに括弧書きがついている。
 その中に書かれているのは一言一句同じ文字だ。

『アメリカ代表は正に盤石でした。御覧の通り、グループリーグでは全試合5回コールド・・・・・・勝ちでグループ1位となって決勝トーナメントに勝ち進んでいます』

 実際のところ、アメリカ代表の勝利の軌跡は前回大会とほとんど変わらない。
 全ての国を蹂躙して優勝した。
 端的に言えば、それだけだ。
 そんなアメリカ代表との試合においては、グループリーグまでは採用されているコールドゲームの制度はむしろ有情というものだろう。
 それがない決勝トーナメント以降では、どれだけ点差が離れようともそこで試合が終わるということはないのだから。
 もはや死体蹴りもいいところだ。

『決勝トーナメントでも全ての試合で2桁得点を達成するなど圧倒的な破壊力を見せつけ、全く危なげもなく31度目の優勝を飾りました』
「…………ウチらはこれに挑まないといけないんすよね」

 アナウンサーの言葉を受け、倉本さんが噛み締めるように呟く。
 改めて見ても隔絶している。
 個々の選手の実力のみならず、チームの総合力としても。

「まあ、その前に日本代表に選ばれないとだけどね」
「その上で、予選リーグの突破もしないと」

 補足するように昇二が言う。
 実際、今回の敗戦で日本国民はそれすらも不安視するようになっている。
 次回大会ではアジア予選で敗退してしまうのではないか、と。

「秀治郎君が加われば、問題ないだろうけどね」
「当然」
「……まあ、そうだな」

 信頼の視線を向けてくる美海ちゃんとあーちゃんに頷き、表向き肯定しておく。
 しかし、不安要素が全くない訳ではなかった。
 海峰選手もその1つではあるが、それ以外の部分で。
 それを【以心伝心】で感じ取ったのか、あーちゃんが不思議そうに首を傾げる。
 野球狂神関連の話なので、こればかりは彼女にも伝えられない話だ。

『ここで、アメリカ代表の優勝記者会見の様子をお送りします』

 映像が切り替わり、会見場に並んでいるアメリカ代表の選手達が映し出される。
 当然ながら面子は前回大会と変わっていない。
 今年で彼らは22歳。まだまだ若手。大卒選手の年齢だ。
 少なくとも次回大会も、その次も、そのまた次も全く同じメンバーだろう。

『WBW優勝の感想は如何ですか?』
『義務を果たすことができ、大変嬉しく思います』

 記者の質問にそう答えたのは、第30回WBWの時と同じくアメリカ代表のチームキャプテンを務めるバンビーノ・G・ビート選手。
 その発言内容は、前回大会の優勝記者会見の時と一言一句同じだった。
 やはり彼らは、WBWに対しては本当に義務感しか抱いていないのだろう。
 今大会でも結果で証明した通り、余りにも力の差があり過ぎて。
 だからか相変わらず、どこか寂しそうにも見える。

『印象に残ったチーム、あるいは選手はいますか?』
『そうですね。やはり決勝戦のメキシコ代表でしょうか』

 これもおおよそ前回と同じ話だ。

『前回大会に引き続き、エドアルド・ルイス選手は頭1つ抜けています。チームとしても全体的にレベルアップしていたと思います』

 エドアルド・ルイス・ロペス・ガルシア。
 俺と同じく、魂ドラフトを経て転生したと思われる男。
 全開既にカンストしていた能力値は変わらず、チームも相変わらずのワンマン。
 それでもバンビーノ選手の言う通り、全体的に能力が底上げされている。
 おかげで、順当に決勝まで進むことができたようだ。
 まあ、アメリカ代表と反対の山を引き当てたおかげでもあるが。

 いずれにしても。
 今大会で唯一アメリカ代表に勝利できる可能性があったのは、エドアルド・ルイス選手率いるメキシコ代表のみだったのは間違いない。
 もっとも、宝くじで1等を当てるよりも低い確率ではあるだろうが。
 アメリカ代表に届き得るのは転生者のみと言わざるを得ないのが現状だ。

 それは見方を変えれば、転生者にとっても転生者は脅威になるということ。
 2年後に開催予定の次回大会。各地域の予選に至っては1年後。
 俺が出場を狙っているように、恐らくは他の転生者も姿を現すはずだ。
 あの野球狂神が実際に何人転生させたのかは分からない。
 だが、もしアジア予選参加国に紛れ込んでいたら苦戦する可能性もなくはない。
 それが俺の脳裏を過ぎった不安要素だった。
 とは言え――。

「何にせよ、やるべきことは変わらない。今はまず開幕戦で圧倒的なパフォーマンスを見せつけること。それが今後のロードマップの第1歩だ」

 同時にそれは、この敗戦の空気も打破することにも繋がるはずだ。
 そして人々に壮行試合での出来事をも想起させ、日本にはまだ希望があることを知らしめることができるだろう。

「ん。全部、妻として支える」
「はいはい。隙あらばイチャイチャしようとしないで、勉強の続きをするわよ」

 益体もないアメリカの分析を始めたテレビは、もう見るべきものがないと判断。
 俺達は陸玖ちゃん先輩の資料に意識を戻し、ケーススタディに戻ったのだった。
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