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第2章 雄飛の青少年期編

160 スペックの暴力

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 とは言え、加隈さんには非常に申し訳ないことをしてしまった。
 彼は7回裏に炎上して降板した山田さんの後を引き継いで登板した訳だが……。
 俺以外に唯一残っていたピッチャーだったせいで、タコ殴りにされてもイニングが変わるまで途中交代できなかったのだ。
 結果、1回未満とは言え、ほとんど晒し投げみたいな状態になってしまった。

 一応、そんな状況を彼に強いてしまった理由はある。
 最後のピッチャーである俺がキャッチャーとして出場していたからだ。
 自由度の割と高い練習試合ではあるものの、今回はシーズンと同じルール。
 なので、一度ベンチに戻ったら再出場することはできない設定になっている。
 そんな状況では回の途中で投球練習をしにブルペンに向かうことはできない。

 まあ、もっとも。
 俺には【生得スキル】【怪我しない】があるので肩を作るのは最小限でいい。
 何なら、ぶっつけ本番でもステータスの能力を発揮することは十分可能だろう。
 けれども、世間的には俺は17歳の未成年ピッチャーだ。
 僅かな投球練習のみで緊急登板するのは、ちょっとばかし外聞が悪い。
 と言う訳で、俺の登板は8回の裏からということになり、加隈さんには頑張って7回の裏3アウトまで投げ抜いて貰ったのだった。

 いや、本当に悪いと思っている。
 勿論、滅多打ちにされてしまったのは実力不足が最たる原因ではあるけれども。
 そうなる可能性が高いと認識した上で敢えて起用したのは俺達だからな。
 彼には何らかの形で報いなければならないだろう。

 だが、まあ。今は試合の真っ只中だ。
 一先ずそれは脇に置いておくことにする。

「じゃあ、ラスト1球で」

 場所は久米島第1野球場のブルペン。
 投球練習の相手を務めてくれている新垣さんに告げ、大きく振りかぶる。
 少しだけ時は遡り、試合の方は8回表2アウトランナーなしの場面。
 バッターボックスに立つ9番打者は、既に追い込まれつつあった。

 ちなみに俺の専属キャッチャーを自任するあーちゃんは今、ネクストバッターズサークルの中で不満そうな表情を浮かべながら待機している。
 打順の関係で俺の投球練習の相手を他人に譲ることになったからだろう。
 ……こっちも後でフォローしておかないといけないな。
 とは言え、特にゴネたりはしなかった辺り、意識の変化と成長が感じ取れる。

 ――パァンッ!

 新垣さんのミットが綺麗な真っ直ぐを捕球し、いい音を鳴らす。
 構えたところと寸分違わず。

「よし」

 右バッターから見て外角低めいっぱいに決まったところで切り上げる。

「ありがとうございました、新垣さん」
「ああ。……しかし、いつ見ても肩を作るのが早いな」
「まあ、今日はむしろ遅いぐらいですけどね」

 チーム内でも俺の肩を作る早さは周知の事実だ。
 プロ野球選手の中で特に早いと言われる投手を目安に5、6球程度。
 これはチームメイトに対するアリバイ作りのようなもの。
 そこから先は外部に対するパフォーマンスに過ぎない。
 7回終了後すぐにブルペン入りしたので、普段より多く投げてしまった形だ。
 スキルで怪我はしないが、疲労はゼロではないので正直無駄球ではある。
 しかし、興行の側面を持つ以上、世間の目は気にせざるを得ないのだ。

「っと、3アウトになったか。やっぱり1部リーグのピッチャーは流石ですね」
「調整とは言え、ローテーション投手と対戦させてくれるのは本当にありがたい」
「全くです」

 新垣さんの言葉はチームの総意。
 俺も心底同意しながら、急ぎベンチに向かう。
 すぐに次の回が始まる。
 早く準備をしなくては。

「あーちゃん、手伝うよ」
「ん。お願い」

 これから俺がマウンドに上がることになる訳だが、それはつまりキャッチャーがあーちゃんに変わるということだ。
 その彼女は直前までネクストバッターズサークルにいて結局打席に立つことなく戻ってきたため、まだ防具を身に着けていなかった。
 忙しいキャッチャーの用意を、今度は俺が手伝う。

「よし。大丈夫」
「しゅー君、ありがとう」
「うん。行こうか」
「ん」

 互いに頷き合ってから、2人一緒にグラウンドへと駆けていく。
 その姿に、この練習試合を見に来てくれていた稀有な観客達が歓声を上げた。
 俺とあーちゃんのバッテリーに期待してくれているようだ。

 ちなみに。
 俺の起用方法としてリリーフ登板は全く想定されていない。
 なので、これは大分イレギュラーな状況ということになる。
 レアな光景として目に焼きつけていって貰いたい。

 まあ、もっとも。
 本格的にシーズンが始まったら、この程度のことは全く足元にも及ばない非常識を目の当たりにすることになるだろうけどな。

 前期の段階で2部昇格。そのまま今年中の1部昇格。
 それを果たすにはピッチャーの枚数が少々心許ない。
 反面、ここに絶対に使い減りしない都合のいいピッチャーがいる。
 兼任投手コーチとしても、これを酷使しない手はない。
 怪我をしないと分かっているなら、誰だってそーする。
 世間の目との兼ね合いは……多分、言い訳ができるはずだ。

「じゃあ、いつも通り」
「ん。わたしとしゅー君は以心伝心」

 勿論、彼女はスキルというものが存在すると知っている訳ではない。
 だが、長年サインなしで球種のやり取りをしている以上、互いの間にそれっぽい能力があることは彼女も理解している。
 なので、常にサインはなし。
 俺が勝手に投げて、あーちゃんが何かしらの技術で全て的確に捕っているかのようなスタイルを投球練習でも披露してから打席に3番の真木啓二選手を迎える。

「さて……」

 彼はアウトコース低めが弱点。
 インコース低めも比較的弱い。
 数字にもしっかりと表れているし、周知の事実だろう。
 それでも尚、1部リーグでレギュラーを張ることができて一流の成績を残しているのは、ちょっとでも甘く来れば見逃さずに仕留めてきたからだ。
 今も真木選手は虎視眈々と甘い球を狙っている。
 しかし、ステータスに裏打ちされた俺の制球力で意図せず甘くなることはない。

「ストライクワンッ!」

 まずは初球。
 インコース低め。
 フロントドアのシュートが決まって1ストライク。

「ストライクツーッ!」

 2球目はアウトコース低めいっぱいにボールゾーンから入ってくるカーブ。
 簡単にノーボール2ストライクと追い込む。
 そして3球目。
 振りかぶり、同じく外角低めに構えられたミット目がけて直球を投げ込む。

「「「おおっ!」」」

 掲示板に表示された球速に球場がどよめいた。
 真木選手は161km/hのストレートに手が出ず、見逃し三振。1アウト。
 彼は悔しそうにベンチに戻っていく。
 1度もバットを振ることなく、というのはバッターにとって1番の屈辱だろう。
 しかし、彼は一流のバッターだ。
 俺が何か働きかけずとも、これも糧にして次に活かしてくれるはずだ。

 続いて4番打者の安藤譲治選手が打席に入る。
 弱点らしい弱点は見当たらないタイプで選球眼もいい。
 ここは球威とキレで四隅を突いて圧倒しよう。

「ファウルッ!」

 インコース高めへの高速スライダーを、安藤選手は初球から振ってきた。
 1度も振らずに終わった真木選手を見ていたからというのもあるだろう。
 しかし、バットの根本に当たってファウル。
 2球目も同様にインコース低めへのシンカーにバットが掠り、連続ファウル。
 またもノーボール2ストライク。
 選球眼のいい相手に無駄球は不要だ。
 3球勝負でアウトコース低めにスプリットを投げる。

「ストライクスリーッ!」

 いいところから急速に落ちてバウンドした球を、安藤選手は空振り。
 あーちゃんは難なくキャッチして、ボールをバッターにタッチする。
 連続三振で2アウト。

 彼らにとって俺は、いわゆる初物のピッチャー。
 事前情報も乏しい上に一巡目で慣れもない。
 客観的な事実として、前までの投手との実力差もある。
 それだけ俺に有利な状況だ。
 故に、まだ完成形には程遠い山崎選手では残念ながらまだ力不足だ。
 スペックの暴力で3者連続3球三振に切って取り、3アウトチェンジ。

「……次の勝負を楽しみにしてますからね」

 バッターボックスから肩を落として去っていく背に小さく呟く。
 彼もまた、これをバネにして成長してくれることだろう。
 さて。ベンチに戻ろう。

「しゅー君。観客の人達、盛り上がってる」

 その途中であーちゃんに言われ、チラッと観客席へと目を向ける。
 ……うん。楽しんでくれているようだ。
 3部リーグ所属の17歳投手が1部リーグのクリーンナップを圧倒した。
 そう書くと中々の一大事だ。
 そのおかげか、1-23という大差で負けている試合にもかかわらず、まるで村山マダーレッドサフフラワーズが優勢であるかのような雰囲気だ。

 後は9回表の攻撃を残すのみ。
 まあ、いくら何でもここから逆転勝利は無理だろうが……。
 次は1番あーちゃんからの打順。
 折角、離島の球場にまで見に来てくれたのだ。
 もう一盛り上がりして貰えるようにしたいところだな。
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