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第2章 雄飛の青少年期編

123 よくない知らせ

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 スルーしていた全国高校生硬式野球選手権大会について軽く触れよう。

 結論から言えば、高校野球部は今年も県大会決勝で敗北という結果に終わった。
 チーム構成は3年生中心で一部2年生。
 俺達1年生は全員応援とサポートに回った。
 そこには、特に深くもないが切実な理由がある。
 ……大学受験のためだ。
 推薦入試然り。総合型選抜然り。
 この野球に狂った世界では、公式戦に出場して勝利できれば大きく評価される。
 故に3年生を1人でも多く試合に出す。
 来年以降は俺達のせいで枠の余裕が減ることも考え、2年生も優先しておく。
 そんな方針でベンチ入りメンバーも含めて決定していた。

 勿論、俺達がしゃしゃり出れば全国に行くことはできただろう。
 しかし、それでメンバーから弾かれてしまってスタンドで応援しているだけとなったら十分な内申点は得られない。
 全国までキャリーして後はバトンタッチというのも印象が悪い。
 今回は結果が伴わなかったが、3年生中心のチームでも県大会を勝ち抜くことができるだけの実力は有していた。
 大学受験に限れば、県大会上位進出でかなりのアドバンテージになるとも聞く。
 であれば、恩恵に預かることができる人数を最大にしたい。
 何せ、高校は元々筋トレ研究部にお願いして移ってきて貰った生徒が大多数。
 補助金の維持に貢献してくれた彼らには、それぐらいの対価があってもいい。

 ……にしても、県大会決勝戦で中々勝てないな。
 大会は年に2回だから、これでもう4回目か?
 平均ステータスはこちら側が上回っているので、後はメンタル面の差だろうな。
 あるいは自信、プライドと言い換えてもいいかもしれない。
 試合内容自体は年々よくなってきている。
 チームとしての実績を積み重ねれば、相応の自負を持って臨めるはずだ。

 とは言っても。
 来年は現2年生に配慮しつつ、大松君を主軸としたチーム作りをする。
 再来年は大松君と美海ちゃんのダブルエースで売り出す予定。
 この2年間の出来事は、完全なるイレギュラーな状況として山形県立向上冠中学高等学校野球部の歴史に刻み込まれることだろう。
 そこから先になってようやく通常営業の野球部になる。
 山形県立向上冠中学高等学校が本当に強豪校としての地位を確立できるかどうかは、俺達がいなくなった後次第だな。

 それはともかくとして。

「昇二、正樹と連絡は取れたか?」
「うん。まあ」

 今正に最大の懸念事項となっていることについて昇二に尋ねる。

 山形県立向上冠中学高等学校野球部の結果は先述の通り。
 では、全国高校生硬式野球選手権大会の全国大会、通称夏の甲子園でどこが優勝したかと言えば……。
 正樹がいる東京プレスギガンテスユースチームではなかった。
 勝者は地元兵庫県代表にして優勝候補として名前を挙げられていた、プロ野球国営1部パーマネントリーグの兵庫ブルーヴォルテックス傘下のユースチーム。
 そう。磐城君が入団したあのチームだ。
 前評判通り、さすがの総合力で他チームを圧倒して危なげなく優勝。
 僅かに手間取った相手は東京プレスギガンテスユースチームぐらいだった。

 しかし、それは正樹のおかげではない。
 東京プレスギガンテスユースチームは彼が持つ【経験ポイント】増加系のスキルによって全選手が効率よく成長している。
 勿論、それらのスキルは磐城君も持っているが……。
 味方に効果を及ぼしていた時間の長さが違う。
 おかげでステータスの平均値は兵庫ブルーヴォルテックスユースチームより上。
 そんなチームメイトの力で食い下がったのだ。
 東京プレスギガンテスユースチームの試合を一通り見た限り、むしろ正樹自身は足を引っ張ってしまっている方だった。
 小中と神童と謳われた姿は見る影もない。
 何故そんなことになっているかと言えば……。

「兄さん、やっぱり肘の調子がよくないって」
「そう、か」

 昇二が深刻そうに告げた通り、どうやら正樹は肘を痛めてしまったらしい。
 俺や昇二なら【生得スキル】【怪我しない】を持っているので、どれだけハードなトレーニングをしようが怪我をすることはない。
 しかし、正樹の【生得スキル】は【超早熟】と【衰え知らず】だ。
 無理をすれば普通に怪我をしてしまう。

 勿論。
 正樹にも怪我しにくくなる効果を持つスキルを取得させてはいる。
 だが、絶対ではない。
 可能性はゼロではないのだ。

 ……とは言え。
 限りなくゼロに近いのも事実ではある。

「よっぽど無茶なトレーニングをしたんだろうな」

 それ以外には考えられない。
 そうせざるを得ない程、精神的に追い込まれていたのだろう。
 怪我をしてしまったという事実が、それを示唆している。

「磐城君に負けたからかな?」
「多分……いや、間違いなくそうだろうな」

 全国中学生硬式野球選手権大会の全国大会決勝での完敗。
 完全上位互換とでも言うべき磐城君との勝負の果てに、正樹は何を思ったか。
 当人ではない以上、全て分かるとはとても言えないが、想像することはできる。

 成長しない自分。
 成長していくチームメイト。
 自分の時と同じように神童として華々しく世に出た磐城君。
 焦燥。苛立ち。怒り。羨望。

 ぐちゃぐちゃの感情の中で、練習に打ち込むしかなかったのだろう。
 怪我率低減スキルによる補正を上回る程に、がむしゃらに。
 力を込め過ぎて、フォームも崩れてしまっていたかもしれない。
 そうして。
 夏の大会の時には既に体にダメージが蓄積し、調子を落としてしまった。
 結果、磐城君に2度目の敗北を喫してしまった。
 そうなっては鬱屈した感情は大きくなるばかり。
 より負荷の強いトレーニングを自分に課すことでしか、乱れに乱れた気持ちを制御することができなかったのだろう。
 悪循環極まりない。

「正樹に一度こっちに戻ってくるようにって、昇二からも伝えてくれたか?」
「連絡はしたよ。でも、今はそんな暇ないって」
「そうか……」

 完全に視野狭窄に陥っているようだ。
 練習以外に目を向けている余裕すらなくなる程に。

 さすがに怪我そのものは【マニュアル操作】では直接的に改善できない。
 スキルが何らかの悪影響を及ぼしていない限り、メンタル面も同様だ。
 それでも変化球の1つでも増やしてやれば、無茶をしなくなるかもしれない。
 成長の実感が心の余裕を生むかもしれない。
 そう思って夏からこっち、帰省を促してはいた。効果はなかったが。

「どうにか説得してくれ。俺もまた連絡してみる」
「やってみる」

 言えば言う程、頑なになるかもしれない。
 だが、大きな怪我になってからでは遅いのだ。

 ……しかし、数日後。
 その懸念は現実となってしまった。
 いや、既にそうなっていたものが発覚したと言うべきか。

「秀治郎。兄さんが……」

 朝。登校するや否や昇二が深刻な顔で傍に来た。
 その時点で最悪を想像した。

「どうした?」
「兄さんの肘。軽度の靱帯損傷みたい」

 軽度の損傷、か。
 靭帯断裂ではないのであれば、最悪よりはマシといったところだろう。
 まだ保存療法で済む可能性が高い。

「医者からは何て?」
「1ヶ月はノースローだって」
「そうか……」

 今の正樹がそれに耐えられるのだろうか。
 心配だが、耐えて貰わなければならない。
 無理をすれば、それこそ靭帯断裂からの靭帯再建手術コースになりかねない。
 復帰までに年単位の時間が必要になってくるだろう。

 野球に、スポーツに怪我はつきもの。
 悲しいことだが、この世界でも怪我に泣く選手は山のようにいる。
 だからプロ野球の試合を見ていても、今生では特定の選手のファンには決してならないように気をつけてきた。
 感情移入して、選手が怪我をした時に自分まで苦しい気持ちにならないように。
 しかし、ここに来て幼馴染の1人である正樹の身に降りかかるとは。
 スポーツに関わる以上、どうあっても回避できないということなのか。

「とにかく正樹には医者の言いつけを守るように言い含めないとな」
「うん。分かってる」

 怪我とのつき合い方は、さすがに俺には分からない。
 素人の考えて余計なことをして悪化させては元も子もない。
 少なくともプロ傘下のユースチームなら、その辺りの知見は多いはずだ。
 まあ、こうなる前にとめて欲しかったところではあるけれども。

 不幸中の幸いなのは、正樹が【生得スキル】【衰え知らず】を持つこと。
 そのおかげでステータスが下がることはない。
 しっかりと怪我を治せば、即座に以前と同じパフォーマンスを発揮できる。

 いずれにしても、俺達にできることはない。
 チームドクターがしっかりとケアをしてくれて、正樹が以前と変わらぬ姿で復帰してくれることを信じよう。
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