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第2章 雄飛の青少年期編

117 ナックルの問題点

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 放課後。部活動の時間。
 グラウンドの隅に整備された投球練習場に個別練習のタイミングで集まる。
 公式戦で実績を積んだおかげか拡張され、昨冬の少し前から屋根がついている。
 見た目にはもう強豪校のそれと遜色ない。
 4つに増えたレーンの内の1つでは大松君が昇二相手に投げ込みをしている。
 俺達がいるのは、その2つ隣のピッチャープレートの辺りだ。

「……あれから色々考えたんだけど、ナックルって本当に使える変化球なの?」

 と、美海ちゃんがボールを弄りながら首を傾げて尋ねてくる。
 どうやら昼休みに話をしたせいで悩ませてしまったようだ。
 午後の授業に集中できなかったようであれば、ちょっと申し訳ない。
 とりあえず、先生に当てられたりはしていなかったのでよしとしておこう。
 それはともかくとして。

「そんなに使える球だったら、もっとプロとかで見かけてもいいと思うんだけど」

 美海ちゃんの疑問はもっともだ。
 前世にやっていた野球選手育成ゲームだったら簡単にナックルボーラーを育成できたが、現実には数える程しか存在していない。
 アンダースローの投手も大概だが、ナックルボーラーはそれよりも更に希少だ。
 それは間違いない。
 とは言え、その理由はナックルが使えない変化球だからという訳ではない。

「まあ、そもそも習得難易度が高いからな」

 野球に触れたことがあるなら、試したことがない者はまずいないだろう。
 しかし、それを試合で使えるレベルまで昇華できる選手はほぼいない。
 それだけナックルというのは扱い辛い球種なのだ。

「けど、1番打ちにくい変化球なのは間違いないよ。完璧に制御することさえできれば、の話ではあるけど」
「……それって大分矛盾してるわよね。投げた本人でもどこに行くか分からないからこそ、バッターも打てない訳でしょ? 制御と対極にあるじゃない」
「うん。それはその通り」

 美海ちゃんの質問に対し、誤魔化しを入れることなく肯定する。
 彼女は彼女でちゃんと自ら考えてくれている。
 だからこそ、ちゃんとデメリットも伝えなくてはならない。
 そして納得した上で選んで貰いたい。
 自分からやるのとやらされているのでは、練習への意欲が大きく変わるからな。

「ナックルは知っての通り、回転を抑えることで不規則な変化を生む変化球だ。美海ちゃんが言った通り、だからこそ予測ができずバットに当てるのが難しい」

 美海ちゃんは小さく頷いて俺に続きを促す。

「その分だけキャッチャーも捕りにくく、技術と言うか、適性がないと簡単にパスボールしてしまう。1イニングの間に捕逸4回なんて記録もあるぐらいだ」

 珍プレー再現会でもう毎年恒例にもなっている空中イレギュラーを、ピッチングで意図的に起こしているようなものだからな。
 キャッチングが困難なのは当然だ。

「だから専属のキャッチャーが必要になってくる。それがまず厄介なハードルの1つだ。試合に出られる人数は限られてるからな」

 球団としての登録枠にも上限がある。
 ナックルボーラーとキャッチャーのセットで2人。
 結構コストが高い。
 都合よくナックルを捕れるキャッチャーがいるとも限らないしな。

「……聞く程に厳しいわね」
「まだまだ」

 デメリットはそれだけじゃない。

「適性のあるキャッチャーがいたとしてもキャッチングに全神経を集中させないといけないから、盗塁された時に送球に移るのが難しくて盗塁され易い」
「まあ、基本的にナックルってスピードも遅いものね」
「だから、キャッチャーは勿論、ピッチャーにも牽制やクイックといった盗塁阻止の技術も相当レベルで要求される。常時セットポジションみたいな工夫も必要だ」

 俺が言葉を重ねる程に微妙な顔になっていく美海ちゃん。
 気持ちは分かる。
 だからこそ中学生までは頭の中から除外していた。

「ナックル自体の習得難易度に加えてそれだからな。常識的に考えると、そこにリソースを割くよりも普通に正統派のピッチャーを目指した方がいい」
「……それでも、私にそれをしろって?」
「そうなる。美海ちゃんが野球で成り上がる最善の方法なのは確かだ」

 ジト目の美海ちゃんと正面から向かい合い、真面目な顔で答える。
【体格補正】を覆し、アメリカ代表に挑む。
 それにはこれぐらい奇をてらった手段しかない。
 そう伝えるように、そのまま彼女としばらく見詰め合う。

「……はあ」

 やがて、美海ちゃんは折れたように視線を逸らして深く息を吐いた。

「ま、野村君がそこまで言うんだから、その辺の問題はクリアできるんでしょ?」
「ああ。考えはある」
「そ。なら、いいわ。試してみる」
「ありがとう」

 頭を下げると、礼は不要と美海ちゃんは手をひらひらさせた。

「で? まず何をすればいいの?」
「とりあえず、美海ちゃんはナックルを投げられるようになるところからだな」
「野村君が受けてくれるの?」
「いや、まあ、捕ることはできるとは思うけど、ナックルボーラーの能力を十二分に引き出すとなると俺じゃ不十分だ」
「じゃあ、茜?」
「あーちゃんでも似たようなもんだな」

【生得スキル】【直感】がある分だけキャッチングについては俺より適性がある。
 実際、珍プレー再現会でも空中イレギュラーを普通に捕ってたりもするし。
 けど、【直感】は割とタイムスケールが短いんだよな。
 あーちゃんに確認したところ1秒未満の出来事に作用する感じだった。
 投球動作に入ってからキャッチャーにボールが届くまで、ぐらいだ。
 それではナックルを完全に制御するというところまではいかない。
 ベターな選択肢ではあるが……。

「やっぱり新しく専属のキャッチャーを作るのがベストだ」
「新しく、専属のキャッチャーを……」
「まあ、そこは当てがある。だから、まずはナックルの投げ方から練習しよう。一先ずキャッチャーはあーちゃんで」
「……分かったわ。茜、お願い」
「ん」

 防具をつけてキャッチャーミットを手に離れていくあーちゃん。
 その間に握り方やリリースの仕方を美海ちゃんに教えつつ、ナックルに【経験ポイント】を少しずつ割り振っていく。
 何球か試すのを見守っていると、補正によって徐々に改善されていく。
 そうして【経験ポイント】の効果が出ているのを確認してから。

「よし。このまましばらく練習しててくれ」

 俺はそう美海ちゃんに指示を出し、専属キャッチャーを用意するために投球練習場を離れたのだった。
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