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第2章 雄飛の青少年期編

069 勉強勉強勉強

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 翌日の部活動の時間。
 俺達は皆で部室棟にあるミーティングルームに集まっていた。
 昨日の内に陸玖ちゃん先輩にお願いし、場を用意して貰ったのだ。
 尚、主役は俺ではなく彼女だ。

「えっと、えっと」

 その陸玖ちゃん先輩は今、プロジェクタースクリーンの脇でオロオロしている。
 部活紹介の時より人数は少ないのに、部活紹介の時より緊張している様子だ。
 見知った顔になったことで逆に自己暗示をかけにくくなったのかもしれない。

「陸玖ちゃん先輩、頑張って下さい。観客はカボチャです」
「う、うん」

 すーはーと深呼吸し、それから意識を切り替えたようにプロジェクターに繋いだノートパソコンの操作を始める陸玖ちゃん先輩。
 これから何をするかと言えば――。

「……今日は珍しい状況下で起こったプレーについて分析と考察を行います」

 いわゆるケーススタディ。
 勉強、座学だ。
 珍プレー再現が先行してしまっていたが、あくまでそれは美海ちゃん達の不安を解消するためであり、陸玖ちゃん先輩と親交を深めるため。
 元々の予定はまずこちらから。
 もう少し段階を踏んでから、珍プレー再現やケース練習に進むつもりだった。

「これはサヨナラインフィールドフライという珍しい状況のプレー映像です」

 スクリーンに試合映像が映し出される。
 部活紹介の時と同じような形式だ。

「同点で9回裏1アウト満塁。打球は力のない内野フライ。審判からインフィールドフライが宣告されました」

 特定の塁にランナーがいる状況で内野フライが上がった際、捕球するより早く審判の宣告によって打者がアウトになる。
 それがインフィールドフライだ。
 ランナーはゴロの時には次の塁に進まなければならないが、反面フライアウトの時は一旦帰塁しなければならない。
 そこを突いて、わざとボールを落としてダブルプレーを狙う。
 そういった明らかにランナーに不利なプレーを防ぐためのルールだ。

「緊迫する状況が続く中、内野手はタイムをかけてピッチャーの下に集まり、守備位置の確認などを行います。カメラはそこをアップで映しました。その直後です」

 映像の中でどよめきが起こる。
 守備側の選手達が、何が起こったのか分からないといった表情を見せる。

「うふふ……」

 小さく笑う陸玖ちゃん先輩。
 ちょっと間が悪く、守備の選手を嘲笑っているかのようなタイミングだ。
 だが、単純に珍しいシーンを見て悦に浸っているだけだろう。

 映像がリプレイに変わる。
 3塁ランナーがホームベースに滑り込んでガッツポーズをしている。

「……3塁ランナーがホームイン。9回裏サヨナラでゲームセット。守備側の選手は抗議をしましたが、判定が覆ることはありませんでした」

 突然の幕切れ。
 観客の戸惑いがカメラを通しても分かる。

「勿論、この判定はルールに則った正当なものです」
「えー? タイムをかけたらプレーはとまるんじゃないのー?」

 と、泉南さんが手を挙げて軽い口調で尋ねる。
 疑問が湧いて、反射的に質問したという感じだ。
 それは陸玖ちゃん先輩にとって想定外。

「あ、あうあう」
「陸玖ちゃん先輩、落ち着いて」
「う、うん。……こ、ここを見て下さい」

 必死に取り繕った陸玖ちゃん先輩によって、映像が少し巻き戻される。
 内野フライが上がってインフィールドフライが宣告され、少しして落ちてきたボールをショートが捕った後だ。

「3塁ランナーは帰塁してすぐ、ベースを離れました。守備側がタイムをかけたのはその後。審判はタイムを認めていません」

 それはつまり、タイムはかかっていなかった、ということになる。

「えー、何でー?」

 泉南さんの問いかけに、一瞬硬直する陸玖ちゃん先輩。
 だが、すぐ再起動して口を開く。

「インフィールドフライ直後はボールインプレー。つまりランナーは走ってもいい状態です。そこでベースから離れると守備側がタイムをかけることはできません」
「何で、何でー?」
「この状況でタイムをかけることができてしまうと、例えば犠牲フライで捕球後にランナーが走るのをタイムをかけて妨害できるようになってしまうからです」

 そういうルールだから、で終わらずに例を出してくれるのは分かり易い。
 陸玖ちゃん先輩はよく勉強しているようだ。
 珍プレーを味わい尽くすための努力は惜しまないのだろう。

「タイムは選手の一存ではかけられません。審判が認めて初めてタイムが成立します。守備側はタイムがちゃんとかかっているか審判に確認すべきでした。
 あるいは、3塁ランナーに注意を払い、ベースから離れているようであれば3塁に送球してランナーをベースに戻してからタイムをかける。
 そうすれば、審判もタイムを認めていたことでしょう」

 1アウト満塁という緊迫した状況から2アウト目を取った僅かな気の弛み。
 それによって注意を怠ってしまった訳だ。
 逆に攻撃側はうまく隙をついて1点をもぎ取り、勝利を手にした。
 間違いなくランナーのファインプレイだ。

 その後も陸玖ちゃん先輩によるいくつかの珍プレー解説が続く。
 慣れてきたのか、後半は質問にノータイムで答えられるようになり、問題を出してくる余裕も出てきたようだった。
 普通の授業よりも遥かに面白い講義になっていたと思う。

「どうだった?」

 最も心配な4人に尋ねる。
 あの動画きっかけで入部して、尚且つ動画配信者になりたくて。
 そうなると興味を持ってくれるか少し不安だったが……。

「面白かったー」
「ええと、撮影とか編集とかの話じゃなかったけど、大丈夫だった?」
「全然、問題ないよ!」
「野球系の動画配信者を目指すなら、知識があるに越したことがありません」
「むしろー、棚から牡丹餅ー、みたいなー」

 まあ、ガチで動画配信者を目指すなら、貪欲に情報を収集するものだろう。
 生放送でのトークにせよ、目を引く動画を作るにせよ。
 引き出しが多い方がいいのは間違いないからな。

「あの、一応、部活紹介でもこういう感じでやってたんだけど……」

 望外の喜びみたいな表現する諏訪北さんに、小声で突っ込む陸玖ちゃん先輩。
 とりあえず彼女達にも慣れてきたようだ。

「……申し訳ありません。前半の部活しか聞いていませんでした」

 と、仁科さんが頭を下げる。
 本当に申し訳なさそうで、陸玖ちゃん先輩は文句を言えずに肩を落とした。
 まあ、部活紹介の構成だと仕方がない部分もある……と思う。
 最後の最後に同好会3連発だしな。

 いずれにしても、彼女達の反応が悪くなくてよかった。
 この座学は個人的に最重要だと思ってるからな。
 今後も継続的に実施する必要がある。
 ただ、俺としても押しつけたい訳ではない。
 何とか自発的にやる方向に持っていきたいところだ。

 とは言え、当面は人数の維持が優先だ。
 彼女達の意見も参考にしながら、うまいことやっていくとしよう。

 ……ちなみに、磐城君は自分の勉強を優先するかと思いきや、真面目に陸玖ちゃん先輩の講義に耳を傾けていた。
 教室で参考書を流し見ていた時よりも遥かに真剣だった。
 大松君は……まあ、うん。
 4人をチラチラ見ていて、注意力が散漫だったとだけ言っておく。
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