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第1章 雌伏の幼少期編

閑話03 恐怖の神童(敵チーム目線)

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 地区大会を終え、全国に戦いの場を移した全国小学6年生硬式野球選手権大会。
 予選を勝ち抜いてきた48都道府県の代表の中に、異色なチームがあった。
 山形県の強豪として知られる楯岡フラッシュスターズを圧倒したことで一躍注目の的となった、山形県村山市立耕穣小学校クラブ活動チーム。
 学外野球チームからこぼれた才能を発掘することが目的の大会とは言え、学内クラブ活動チームが全国大会に出場するのは極めて稀。
 耕穣小学校クラブ活動チームが成し遂げたそれは、十数年振りの快挙だと言う。

「ストライークッ! ワンッ!」
「振れ! 振ってかないと当たらないぞ!! ボールを期待するな!!」

 私も監督として、いや、一野球人として関心を持ち、情報は集めていた。
 全国大会初戦で当たることが決まる前から。

 特筆すべきは、やはり瀬川正樹君。
 ストレートは150km/hを超え、コントロールも一級品。
 バッターとしてもホームランを量産している。
 驚くべき逸材としか表現しようがない。

 とは言え、実際に目の当たりにするまでは正直誇張された話だと思っていた。
 しかし、実態はその逆。
 実物から受けた印象は、伝聞の比ではなかった。

 150km/hを超えるストレートはキレもよく、プロレベル。
 もはや小学生どころかアマチュアの範疇から逸脱している。
 小学6年生の大会に登板するのは、ハッキリ言って反則染みている。
 マウンドの距離を考えると、プロ2部リーグを経験した私でも打てないだろう。

「ストライクッ! ツーッ!」

 バッターボックスに立つ教え子は、バットを振ることもできずにいた。
 振れという指示は出しているものの、球速に怖気づいて体が強張っている。
 結果、見逃し三振。
 しかし、それを責めることはできない。
 実力差があり過ぎるのもそうだし、振れば当たるという訳でもないのだから。

 キャッチャーの指示なのか、瀬川正樹君自身の判断なのか。
 きっちりとコースを突いてくる。
 恐怖に打ち克って振ってくるバッターにはインハイで上体を起こし、アウトローで仕留める。あるいは、その逆。
 基本中の基本の投球術だ。
 あの球速でストライクゾーンの四隅を狙われると尚のこと厳しい。

「こんなの、無理だ……」

 教え子達は皆一様に絶望の表情で打席から帰ってくる。
 圧倒的なピッチングを前に諦めムードが漂っている。
 この雰囲気は私がいくら鼓舞しても変えられなかった。
 気休めにもならない。
 その時点で私自身も無理だと思った。

 もはや相対する前から気持ちで負けているような状況。
 自分の中で敵の姿が強大になり、それに畏怖して尚更萎縮する負のスパイラル。
 名門のネームバリューに威圧されるのとどこか似ている。
 しかし、それはあくまでも何年もの積み重ねの結果。
 僅か1試合で同様の状態を作り出してしまうのは異常極まりない。
 圧倒的な力量差が存在する証拠と言える。
 果たして、私のチームは4回コールド負けを喫してしまった。
 かつてない惨敗だ。
 私にとっても、選手達にとっても。

「あれ、本当に同い年なの?」
「信じられない」

 帰りのマイクロバスの中。
 大半が落ち込んで黙り込んでしまっている。
 一方、話をしている子の話題は当然の如く瀬川正樹君のこと。

「全国制覇するにはアレに勝たないといけないの?」
「中学生でも、高校生でも……?」
「絶対無理だ……」
「そんなことない! 同い年なら俺だってもっと練習すればっ!」

 立ち直るのに相当時間がかかりそうな子もいれば、すぐさま闘志を燃やすことができる子もいるにはいる。
 本気でトップを目指すのであれば、これでへこたれるようでは困るが……。
 私が子供の頃に彼と対峙して、強い気持ちを持ち続けられるかは自信がない。
 逆に乗り越えることができれば、断固たる決意に変わるかもしれない。

 瀬川正樹君。
 神童とでも言うべき凄まじい実力は、日本野球界の毒にも薬にもなり得る。
 リトルリーグの監督である私が彼のチームと戦うことは恐らくもうない。
 しかし、今後瀬川正樹君は上の世代で燦然と輝く星となる。間違いなく。
 その影響を子供達が受けないはずがない。
 憧れが無理な練習に繋がったり、自分と比較して心が折れたり。
 直接的ではないにせよ、私も無関係ではいられない。

 指導者として、同時に教育者として。
 今後は、そうしたものを織り込みながら考えていく必要がある。
 ……時代の岐路に、私達は立っているのかもしれないな。

「日本野球界の未来は、よくも悪くもこれから大きく変わっていくだろう」
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