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最終章 英雄の燔祭と最後の救世
325 戸惑い
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動きを妨げるように四方に配置された不可視の壁。
それに阻まれて空中に留められてしまった俺に、重量感のある見た目とは裏腹に空を翔けることが可能な雨樋の人形化魔物【ガーゴイル】達が一斉に迫る。
その様はさながら、船から宙に投げ入れられた餌に群がる海鳥のようだ。
「けど、ただの結界だったらっ!」
対して俺は、影の中から取り出した新たな結界通しを振るって周囲の結界を切り裂くと、【ガーゴイル】達の密度の薄い場所を突き抜けて体勢を立て直した。
探知をすり抜ける不可視の結界。
厄介ではあるものの、概念的に結界として判定されない実体のある牙の方でさえなければ、この祈望之器だけで十分対処可能だ。
同時に使ってこないところ見るに、牙はあの近辺にしか発生させることができないのだろう。とは言え――。
「一回使い切りのそれでいつまで持つかな? こちらは無尽蔵だぞ?」
一撃でボロボロに崩れ落ちてしまう刀を見て、少女化魔物の腕に抱え込まれるように抱かれたままの熊のぬいぐるみが楽しそうに問いかける。
実際、直近になって改良されたこの祈望之器の数はそう多くない。
それでも。後数十回はこれを以って切り抜けることができるだろう。
だが、ただ耐えているだけでは何の意味もなさない。
時間稼ぎも結局のところは相手に有利に作用するだけだ。
今も尚、世界各地では【ガラテア】に操られた行方不明者達の無差別的な奇襲による被害が出続けているのだから。
加えて陽動部隊。それから両親やレンリ、シニッドさん達も心配だ。
「さあ、踊れ踊れ」
「ちっ」
的確に邪魔をしてくる見えない障害物に舌打ちをしながら、結界通しを用いて無理矢理進路を確保すると共に、殺到してくる人形化魔物の攻撃を回避していく。
統率している頭脳が一つだからか連携がよく取れており、面倒この上ない。
結界も実に嫌らしい配置とタイミングで出現している。
性格の悪さが滲み出ている。
「あの結界と牙が特に厄介でありまするな。複数の能力ということは、あの少女化魔物は特異思念集積体ということなのでありましょう」
俺と同じく風で周囲の状況を把握しているであろうアスカが忌々しげに言う。
【ガラテア】を抱きかかえた少女化魔物。
その外見には、俺達がここに入ってきた瞬間から悪魔的な特徴が現れている。
複合発露を使い続けていることは、見た目で一目瞭然だ。
何に由来する少女化魔物なのか、正確なところは分からないが。
「ふ、ふふふ、はははははっ!」
しかし、そんなアスカの言葉を耳にして【ガラテア】が哄笑する。
まるで見当違いの結論を笑い飛ばすかのように。
「何がおかしいのでありますか」
対して影の中からアスカが不快げに問う。
それに【ガラテア】はそのまま答えることなく――。
「……ふむ。やはり私の力は通用しないか。ならば、私の本来の肉体以外は皆、救世の転生者と契約した少女化魔物という訳だな」
そう全く関係のないことを呟いた。
恐らくはアスカに対して滅尽・複合発露を発動させたのだろう。
その効果が不発に終わったことについて口にしたようだ。
やはりなどと言うからには、ルトアさんが人形化魔物の種類について話していた時に彼女にも同様のことをしたのかもしれない。
【ガラテア】はそれから「まあ、いい」と呟き、言葉を続ける。
「いいことを教えよう。これは結界とは何の関わりもない。悪魔(シャイターン)の少女化魔物マニ。この男と真性少女契約を結ばせている。その真・暴走・複合発露〈魔王統制・蹂躙〉は己の陣営に属する者の力を大幅に増幅する効果を持つ」
「それは……」
つまるところマニと呼ばれた少女化魔物とアロン兄さんの間で、俺とフェリトの循環共鳴に似た状態を作り出せるということなのだろう。
それによって人形化魔物を含め、あれ程までに強化されているという訳だ。
「……随分と舐めてくれるな。手の内を明かすとは」
「それに類する絡繰りがあることは、ある程度予測できていただろう? さあ、この二体を殺せば、私は大幅に弱体化することになるが……どうする?」
俺の言葉に対し、【ガラテア】は嫌らしい笑みの気配を湛えて問いかけてくる。
成程。救世の転生者という存在がそれを選ぶようなことなど決してあり得ないと分かった上で、わざと俺を煽るために告げた訳か。
実際、この俺が人外ロリや実の兄を犠牲にする方法を取ることはない。
既に命を救う手段が皆無ならともかくとして。
いずれにせよ――。
「そんな選択肢、俺には必要ないな」
「ふ、その虚勢、いつまで続くか見ものだな」
嘲る【ガラテア】を睨みつけながら、頭の中で状況を再確認する。
視界に映る少女化魔物は結界を生む複合発露を持つ者ではない。
つまり、また別に少女化魔物が存在するということになる。
しかし、風の探知は周囲にその存在を認めない。
ならば、それが届かない場所にいるということになる。
怪しいのはアロン兄さんの影の中か。
「闇の根源に我は希う。『反転』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈冥府〉之〈傾覆〉」
そう推測した俺は即座に【ガラテア】に接近し、祈念魔法を以ってアロン兄さんの影に干渉して中の存在を全て吐き出させようとした。だが――。
「それもまた当然の選択だな。しかし、そこには何も存在しない」
【ガラテア】が告げた通り。いや、そもそも。
アロン兄さんの影には空間ができていなかった。
完全に予測が裏切られ、僅かに焦りを抱く。
「シャテン。やれ」
そこへ。俺が接近してくるのを待っていたのか、【ガラテア】の言葉を合図に所在不明の少女化魔物が結界と牙を連携させて攻撃を仕かけてきた。
「くっ」
対して俺は右手に結界通し、左手に印刀ホウゲツを持ち、己を囲む結界を破りながら牙による攻撃を受け流して後方に飛び上がった。
しかし、それを待ち構えていた複数の【ガーゴイル】が上から数で圧し潰すように襲いかかってきて、下で待ち構えていた【アイアンゴーレム】と【アイアンメイデン】のところへと追いやられる。
「この私。そしてマニとアロンによって大幅に強化された、特異思念集積体ヴィナーヤカの少女化魔物シャテンの真・暴走・複合発露〈生障滅障・擯斥〉の力。さすがの救世の転生者も突破する術がないようだな」
「ヴィナーヤカ、だと? ……確か――」
「障害を司るとされる存在の名でありまするな」
俺の呟きを引き継ぐようにアスカが答える。
少なくとも特異思念集積体であることは、彼女が予想した通りだった訳だ。
特異思念集積体の真・暴走・複合発露に複数の強化。結界の強固さも頷ける。
……しかし、この【ガラテア】。本当によく喋るものだ。
他の人形化魔物達に比べ、無数の思念の蓄積によって遥かに高度な人格を持つようであるそれ。紛うことなき人類の敵として歴史に深く刻まれている者であるが故に、こうして他者と話をするような機会などなかったのだろう。
そう考えると、渇望していた救世の転生者、唯一対等と言える存在との対峙に際して多弁になってしまうのは無理もないことなのかもしれない。
「邪魔だっ!!」
そう考えながら、風の刃を放って迫る人形化魔物を押しのける。
だが、やはり傷は負わせることができない。
結界によって攻撃が届いていない部分もある。
間違いなく、強化の程は過去類を見ないレベルだ。しかし――。
「……こんなものか? 救世の転生者。拍子抜けだな」
煽るように告げる【ガラテア】に、俺は心の中で似たような言葉を返した。
最凶と謳われたドールの人形化魔物【ガラテア】。
もしこの程度だと言うのなら、拍子抜けにも程がある。
俺達が強くなり過ぎてしまったのか。十数年もの間、宿命の敵だと言われ続けて俺の中のイメージが肥大化し過ぎてしまっていたのか。
あるいは、俺達と同じように敢えて全力を出していないのか。
「どうした? 言葉を交わす余裕もなくなったか?」
尚も迫ってくる人形化魔物達を戸惑い気味に無言でいなしていると、そんな俺の姿に【ガラテア】がつまらなそうに告げる。
これが様子見だと言うのなら、それはそれでもいい。
これまでの攻防で相手は十分俺を侮ってくれたことだろう。
【ガラテア】の強さはともかくとして確かに厄介ではあるこの状況。
それを最短最速の一手で覆す。
そのためにこうして力を抑えていたのだから。
……さあ、今日ここで全てを終わらせよう。
「リクル。出番だ」
「はいです。ご主人様」
それに阻まれて空中に留められてしまった俺に、重量感のある見た目とは裏腹に空を翔けることが可能な雨樋の人形化魔物【ガーゴイル】達が一斉に迫る。
その様はさながら、船から宙に投げ入れられた餌に群がる海鳥のようだ。
「けど、ただの結界だったらっ!」
対して俺は、影の中から取り出した新たな結界通しを振るって周囲の結界を切り裂くと、【ガーゴイル】達の密度の薄い場所を突き抜けて体勢を立て直した。
探知をすり抜ける不可視の結界。
厄介ではあるものの、概念的に結界として判定されない実体のある牙の方でさえなければ、この祈望之器だけで十分対処可能だ。
同時に使ってこないところ見るに、牙はあの近辺にしか発生させることができないのだろう。とは言え――。
「一回使い切りのそれでいつまで持つかな? こちらは無尽蔵だぞ?」
一撃でボロボロに崩れ落ちてしまう刀を見て、少女化魔物の腕に抱え込まれるように抱かれたままの熊のぬいぐるみが楽しそうに問いかける。
実際、直近になって改良されたこの祈望之器の数はそう多くない。
それでも。後数十回はこれを以って切り抜けることができるだろう。
だが、ただ耐えているだけでは何の意味もなさない。
時間稼ぎも結局のところは相手に有利に作用するだけだ。
今も尚、世界各地では【ガラテア】に操られた行方不明者達の無差別的な奇襲による被害が出続けているのだから。
加えて陽動部隊。それから両親やレンリ、シニッドさん達も心配だ。
「さあ、踊れ踊れ」
「ちっ」
的確に邪魔をしてくる見えない障害物に舌打ちをしながら、結界通しを用いて無理矢理進路を確保すると共に、殺到してくる人形化魔物の攻撃を回避していく。
統率している頭脳が一つだからか連携がよく取れており、面倒この上ない。
結界も実に嫌らしい配置とタイミングで出現している。
性格の悪さが滲み出ている。
「あの結界と牙が特に厄介でありまするな。複数の能力ということは、あの少女化魔物は特異思念集積体ということなのでありましょう」
俺と同じく風で周囲の状況を把握しているであろうアスカが忌々しげに言う。
【ガラテア】を抱きかかえた少女化魔物。
その外見には、俺達がここに入ってきた瞬間から悪魔的な特徴が現れている。
複合発露を使い続けていることは、見た目で一目瞭然だ。
何に由来する少女化魔物なのか、正確なところは分からないが。
「ふ、ふふふ、はははははっ!」
しかし、そんなアスカの言葉を耳にして【ガラテア】が哄笑する。
まるで見当違いの結論を笑い飛ばすかのように。
「何がおかしいのでありますか」
対して影の中からアスカが不快げに問う。
それに【ガラテア】はそのまま答えることなく――。
「……ふむ。やはり私の力は通用しないか。ならば、私の本来の肉体以外は皆、救世の転生者と契約した少女化魔物という訳だな」
そう全く関係のないことを呟いた。
恐らくはアスカに対して滅尽・複合発露を発動させたのだろう。
その効果が不発に終わったことについて口にしたようだ。
やはりなどと言うからには、ルトアさんが人形化魔物の種類について話していた時に彼女にも同様のことをしたのかもしれない。
【ガラテア】はそれから「まあ、いい」と呟き、言葉を続ける。
「いいことを教えよう。これは結界とは何の関わりもない。悪魔(シャイターン)の少女化魔物マニ。この男と真性少女契約を結ばせている。その真・暴走・複合発露〈魔王統制・蹂躙〉は己の陣営に属する者の力を大幅に増幅する効果を持つ」
「それは……」
つまるところマニと呼ばれた少女化魔物とアロン兄さんの間で、俺とフェリトの循環共鳴に似た状態を作り出せるということなのだろう。
それによって人形化魔物を含め、あれ程までに強化されているという訳だ。
「……随分と舐めてくれるな。手の内を明かすとは」
「それに類する絡繰りがあることは、ある程度予測できていただろう? さあ、この二体を殺せば、私は大幅に弱体化することになるが……どうする?」
俺の言葉に対し、【ガラテア】は嫌らしい笑みの気配を湛えて問いかけてくる。
成程。救世の転生者という存在がそれを選ぶようなことなど決してあり得ないと分かった上で、わざと俺を煽るために告げた訳か。
実際、この俺が人外ロリや実の兄を犠牲にする方法を取ることはない。
既に命を救う手段が皆無ならともかくとして。
いずれにせよ――。
「そんな選択肢、俺には必要ないな」
「ふ、その虚勢、いつまで続くか見ものだな」
嘲る【ガラテア】を睨みつけながら、頭の中で状況を再確認する。
視界に映る少女化魔物は結界を生む複合発露を持つ者ではない。
つまり、また別に少女化魔物が存在するということになる。
しかし、風の探知は周囲にその存在を認めない。
ならば、それが届かない場所にいるということになる。
怪しいのはアロン兄さんの影の中か。
「闇の根源に我は希う。『反転』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈冥府〉之〈傾覆〉」
そう推測した俺は即座に【ガラテア】に接近し、祈念魔法を以ってアロン兄さんの影に干渉して中の存在を全て吐き出させようとした。だが――。
「それもまた当然の選択だな。しかし、そこには何も存在しない」
【ガラテア】が告げた通り。いや、そもそも。
アロン兄さんの影には空間ができていなかった。
完全に予測が裏切られ、僅かに焦りを抱く。
「シャテン。やれ」
そこへ。俺が接近してくるのを待っていたのか、【ガラテア】の言葉を合図に所在不明の少女化魔物が結界と牙を連携させて攻撃を仕かけてきた。
「くっ」
対して俺は右手に結界通し、左手に印刀ホウゲツを持ち、己を囲む結界を破りながら牙による攻撃を受け流して後方に飛び上がった。
しかし、それを待ち構えていた複数の【ガーゴイル】が上から数で圧し潰すように襲いかかってきて、下で待ち構えていた【アイアンゴーレム】と【アイアンメイデン】のところへと追いやられる。
「この私。そしてマニとアロンによって大幅に強化された、特異思念集積体ヴィナーヤカの少女化魔物シャテンの真・暴走・複合発露〈生障滅障・擯斥〉の力。さすがの救世の転生者も突破する術がないようだな」
「ヴィナーヤカ、だと? ……確か――」
「障害を司るとされる存在の名でありまするな」
俺の呟きを引き継ぐようにアスカが答える。
少なくとも特異思念集積体であることは、彼女が予想した通りだった訳だ。
特異思念集積体の真・暴走・複合発露に複数の強化。結界の強固さも頷ける。
……しかし、この【ガラテア】。本当によく喋るものだ。
他の人形化魔物達に比べ、無数の思念の蓄積によって遥かに高度な人格を持つようであるそれ。紛うことなき人類の敵として歴史に深く刻まれている者であるが故に、こうして他者と話をするような機会などなかったのだろう。
そう考えると、渇望していた救世の転生者、唯一対等と言える存在との対峙に際して多弁になってしまうのは無理もないことなのかもしれない。
「邪魔だっ!!」
そう考えながら、風の刃を放って迫る人形化魔物を押しのける。
だが、やはり傷は負わせることができない。
結界によって攻撃が届いていない部分もある。
間違いなく、強化の程は過去類を見ないレベルだ。しかし――。
「……こんなものか? 救世の転生者。拍子抜けだな」
煽るように告げる【ガラテア】に、俺は心の中で似たような言葉を返した。
最凶と謳われたドールの人形化魔物【ガラテア】。
もしこの程度だと言うのなら、拍子抜けにも程がある。
俺達が強くなり過ぎてしまったのか。十数年もの間、宿命の敵だと言われ続けて俺の中のイメージが肥大化し過ぎてしまっていたのか。
あるいは、俺達と同じように敢えて全力を出していないのか。
「どうした? 言葉を交わす余裕もなくなったか?」
尚も迫ってくる人形化魔物達を戸惑い気味に無言でいなしていると、そんな俺の姿に【ガラテア】がつまらなそうに告げる。
これが様子見だと言うのなら、それはそれでもいい。
これまでの攻防で相手は十分俺を侮ってくれたことだろう。
【ガラテア】の強さはともかくとして確かに厄介ではあるこの状況。
それを最短最速の一手で覆す。
そのためにこうして力を抑えていたのだから。
……さあ、今日ここで全てを終わらせよう。
「リクル。出番だ」
「はいです。ご主人様」
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