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最終章 英雄の燔祭と最後の救世

322 それは敵であり、人質でもある

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「……ちっ、結局あ奴らの言う通りじゃったか」

 行く手を阻む不可視の壁を前にして、母さんが忌々しげに呟く。
 転移や超高速移動の類には何かしらの対策がなされているはず。
 正にトリリス様達の予測通りの状況だ。
 もしも父さんが生来持つ複合発露エクスコンプレックス擬光転移デミライトナイズ〉を使用して突入しようとしていたなら、この見えない壁に勢いよく叩きつけられて命を落としていたことだろう。
 身体強化状態にあったはずのムートが割と勢いよくぶつかってもビクともしていない硬さなのだから、むしろ形が残れば御の字に違いない。
 二人が先走った行動を取らなくて本当によかった。

「とにかく、この先に進むには結界を破らねえといけねえ訳だ」

 そう告げたシニッドさんの声色には、強い警戒が滲んでいながらも焦りはない。
【ガラテア】がこうした手法を取ってくることを予期していたのなら、こちらもまた相応の対策を用意していて然るべきというもの。
 問題はどちらかと言えば、その後。つまり結界を破ってからの話だ。

「さすがに結界を破壊してしまえば」
「敵は間違いなく私達の存在に気づくでしょう」

 ウルさんとルーさんが口にした通り、こうも簡単に【ガラテア】の本拠地に近づくことができるのはここまでということになるだろう。

「むしろ、既に気づいておっても不思議ではないじゃろうな」

 そんな二人の言葉を受け、硬い口調で続ける母さん。
 実際、たとえムートにその意図がなかったとしても、あのレベルの身体強化状態にある存在の体当たりは攻撃と認識されても何らおかしくはない。
 とりあえず今のところは周囲に変化がないようではあるが……。
 結界の強度に余程の自信があるのか、結界が強固過ぎて野生生物がぶつかったのと区別がついていないのか、罠でも仕かけようとしているのか。
 それは分からないが、いずれにしても。
 結界が失われたその瞬間から、激しい戦闘が始まると考えておいた方がいい。

「……ムート、陽動部隊の様子はどうだ?」

 なので、周囲を警戒しながらも一旦状況を確認しようと彼女に問いかける。
 少なくとも身体強化状態の俺達の耳に戦闘音が届いてこない辺り、余り順調に進攻できていないことは容易に予想できるが……。

「かなり押され気味なのですー。瓦解してしまうのは時間の問題かとー」
「なっ……完全複製されたメギンギョルズで強化されていてもか?」

 ムートの呑気な口調に反した厳しい分析に、思わず驚きと共に問いを口にする。
 あくまでも陽動部隊に過ぎないとは言っても、最終決戦のために特別に編成された優れた少女征服者ロリコン少女化魔物ロリータ達だ。
 かの祈望之器ディザイア―ドによって底上げがなされれば、アーク暴走パラ複合発露エクスコンプレックスを上回る力を発揮することぐらい容易いはずだが……。

「アチラの強さは更にその一段階以上は上なのですー。メギンギョルズや狂化制御の矢に匹敵する隠し玉がありそうですねー」

 滅尽ネガ複合発露エクスコンプレックスによる強化のみではない、と。
 あるいは、こちらで言うところの循環共鳴に近い何かがあるのかもしれない。

「……【ガラテア】と思しき存在は?」
「移動してませんねー。あの拠点の最奥にいるのですー。ちなみにー、あそこの中には私達の数倍の敵が潜んでいるのですー。半分は人形化魔物ピグマリオンのようですねー」

 最凶の人形化魔物【ガラテア】。
 どうやら他者を操るというその力は、人間や少女化魔物のみならず、他の人形化魔物にまで作用しているようだ。

「ちなみにー、陽動部隊が対峙しているのはー、人間と少女化魔物だけですー」

 にもかかわらず、劣勢。
 こちらが万全と思って用意した強化を、あちらは容易く超えてきている訳だ。
 しかも人形化魔物を温存した状態で。
 正直、状況は芳しくないと言わざるを得ない。
 それでも。陽動の目的自体はしっかりと果されている以上、今この状態こそが先制攻撃を受けた中では最善の状況であることに間違いはない。

「……いずれにしても、時間はかけるだけ不利か」

 ならば、覚悟を決めて突き進むしかないだろう。

「よし。俺が結界を破壊しよう。イサク達はバックアップを頼む」

 そんな俺の呟きを受け、父さんはそう言って影から一振りの刀を取り出した。
 完全複製を応用して何度でも使うことができるようになった結界通し。
 その上で改めて一度しか使用できないという制約を設定することによって、結界に対する特効を最大限に高めた祈望之器として昇華されたもの。
 予期された妨害への備えの一つがこれだ。

「分かった」

 速やかに構えを取った父さんに頷き、一歩下がって身構える。
 直後、鋭く振るわれる刀。
 その刃は不可視の壁など存在しないかのように空間を滑る。
 一瞬の静寂。
 直後、ガラスが砕け散ったかのような音が響き渡った。
 行く手を阻む結界が消え去ったと見て間違いないだろう。
 敵の動きを警戒し、緊張感が俺達を包み込む。しかし――。

「何も起きんな」

 母さんが首を傾げた通り、反応は全くなかった。
 気味の悪い静けさが場に満ちる。
 俺は拍子抜けしながらムートに視線をやった。

「中に動きはないのですー」

 対して、意図を察して言外の問いに答える彼女。
 あれだけ派手な音もしていたし、まさか気づいていない訳はないと思うが……。

「とにかく前に進むしかねえ。行くぞ」

 警戒する余り、ここで身動きを取れなくなっていても何の解決にもならない。
 そう告げるように先陣を切って歩き出したシニッドさんに続き、俺達もまた【ガラテア】の拠点、陰鬱な印象を抱かせる黒く巨大な城へと近づいていく。
 勿論、正門には向かわない。
 どこかから壁を破壊して侵入するつもりだ。
 もしここにいるのが【ガラテア】や人形化魔物のみだったら大規模な攻撃で拠点ごと潰すという選択肢もあったが、建物の中には行方不明者がいる。
 無理矢理抜け道を作るぐらいしか、乱暴な手段を取ることはできない。
 だから俺達は最小限の力で壁を破壊し、手薄な側面から城に侵入した。
 手薄だと十分確認したはずだったが、正にその直後――。

「何っ!?」
「これはー、伏兵ですねー」

 突如として、城の外壁を取り囲むように多数の気配が発生した。

「さすがに影の中までは感知できないですからねー」

 その状況を前にムートが言い訳するように続けるが、今はそれどころではない。
 比較的狭いこの廊下にも、燭台の影から数人の人間と少女化魔物、それから見覚えのある人形化魔物まで現れ出てきている。
 あれは確か【イヴィルソード】と【リビングアーマー】だったか。

「ちっ」

 舌打ちしながら、咄嗟に前方の彼らを凍結させる。
 それによって人間と少女化魔物は完全に凍りつくが……。
 更に強化された人形化魔物には通用せず、氷をぶち破った全身鎧は装備した西洋的な両手剣を大きく振りかぶった。そして――。

「こいつ!」

 剣と鎧の人形化魔物は俺達に目もくれず、その凶刃をつい一瞬前まで共に俺達を襲おうとしていた彼らへと振り下ろそうとした。
 即座に影から印刀ホウゲツを取り出しながら間に入る。
 そして俺は、刃ごと鎧を切り裂くつもりで刀を振るった。
 しかし、敵の斬撃を受けとめるのみで終わってしまった。
 以前対峙した時よりも強度が遥かに増しているようだ。

「イサクッ!」

 そこへ父さんが駆け寄り、火竜の特徴を得た体で横合いから鎧を蹴り飛ばす。
【イヴィルソード】を手にした【リビングアーマー】が壁を突き抜けて床を転がっていき、僅かながら突発的な戦いの中に間が生じた。

「アイツら、操って利用するだけじゃなく人質に」

 その光景を前に怒りを滲ませるガイオさん。
 そこが最凶の人形化魔物【ガラテア】の最も悪辣なところだろう。
 拉致された被害者達は操られ、俺達にとっての敵にも人質にもなる訳だ。
 そも人形化魔物にとっては、彼らも最終的には殺すべき対象。
 一時的に利用しているだけで、使い捨てるのに躊躇いなどあろうはずがない。

「循環共鳴と狂化制御の矢を使って完全に凍結すれば、人形化魔物にも破壊できないだろうから、人質にならないようにすることもできるはずだけど……」
「【ガラテア】に至る前に消耗するのは得策じゃない。それに――」
「逐次投入される彼らに対処し続けていては、無駄に時間を取られるのみじゃ」

 父さんに続いて母さんが言った通り、燭台の影から更に人間が現れる。
 敵であり、人質にもなり得る存在。厄介極まりない。
 だが、だからと言って被害者を無視することはできない。
 これは、そうした心理を利用した足止めという訳だ。

「外の敵も私達が開けた穴に集まってきているのですー」

 どうやら出入り口を塞ぎ、こちらを消耗させていくつもりらしい。
 時間稼ぎも目的の一つか。

「…………イサク。お前は先に行け」

 シニッドさんもそう認識したらしく、首をクイッと動かして城の奥を示す。

「ですが、人間と少女化魔物は行動不能にして保護しないと……」

 それには前提として凍結か、それに類する力を持っていなければ不可能だ。
 世界各地に先行して現れた行方不明者達との戦いから【ガラテア】の力は精神干渉とは異なり、意識を失っても戦い続けると分かっているから尚のことだ。

「……こういう時のために、俺が選ばれたんだろう」
「ロト……」
「ここにいる者達は俺が助け出す。任せろ」

 確かに。石化の力を有する彼ならば、人間と少女化魔物を傷つけることなく無力化することができるだろう。しかし、人形化魔物相手では不十分だ。
 身動きができない庇護対象が増え続ける戦場で、彼らを守りながら戦い続けなければならない。不利にも程がある。

「旦那様、一人で背負い込まないで下さい。救世の転生者だからと言って、そうしなければならない理由にはならないはずです」

 逡巡した俺に、真っ直ぐな視線と共にレンリが告げる。
 見回すと他の面々も同じような目をこちらに向けていた。
 世界を救い、人々を守る。
 その気持ちは何も救世の転生者だけのものではない。
 そして、彼女達は救世の転生者に守られるだけの存在ではない。
 レンリと同じく救世の転生者に依らない未来を目指す者として、救世の転生者ではない者達の意思や力を信じることができなくて一体どうするのか。
 俺はそう自分に言い聞かせ――。

「……分かった。ここは任せた。ムート」
「【ガラテア】はこの方向ですー」

 指差しながら返答した彼女に頷き、皆をこの場に残して宿命の相手が待つ城の奥へと駆け出したのだった。
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