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第6章 終末を告げる音と最後のピース
AR36 呼び声
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「その刻限は、もはや目前まで迫っていた。勿論、それは彼女自身も与り知らぬことだったし、君が言葉を尽くして尚、彼女の心の奥底に長らく積み重なってしまっていた劣等感にも、無力感にも、何ら関係のないことだった。けれど――」
***
『帰る……帰らないと……』
どこからともなく聞こえてきた声。
その響きに、何故だか酷く懐かしさを感じる。
『もう一度……一つに戻るために……』
一体、誰の声なんだろう。
ぼんやりとした思考の中で疑問を抱く。
『早く……早く……ここは――』
しかし、それを合図としたように。
意識が急速に浮上し、疑問の答えを得られないまま私は目を覚ました。
「……あれ?」
そして、自分が小さなベッドに横たわっていることに気づく。
そのまま見知らぬ天井から少しだけ視線を動かし、私はここがどこか理解した。
天井までは注視していなかったので記憶になかったけれど、この簡素な壁紙と最小限のものしかない飾り気のなさは覚えがある。
アクエリアル帝国帝都ヴァルナークの中心に存在する厳つい要塞のような建物。
リクウィス宮殿と呼ばれていたそこの内部にある、レンリさんの部屋だ。
どうやら私は彼女のベッドに寝かされていたらしい。
そこまで認識してから、私は起き上がって改めて周囲を見回した。
すると――。
「うぅ、穴があったら入りたいです……」
「気にするな。あれはさすがに仕方がないさ」
椅子に座って顔を赤くしながら頭を抱えているレンリさんと、その隣で苦笑しながら彼女の肩に手を置いて慰めているご主人様の姿が目に映った。
「あ、あの……です……」
「ああ。リクルも、もう大丈夫か? 体におかしなところとかないか?」
おずおずと声をかけると、ご主人様が振り返って心配そうに問いかけてくる。
その口振りからして、私が目を覚ましたことに気づいていたようだ。
少し声を漏らしたり、身動きしてベッドも軋んでいたりしたし、当然か。
「えっと、おかしなところ、です?」
そんな彼の問いを受け、私はそう首を傾げながら言って自分の体を見下ろした。
そうしながら、どうして人様のベッドで眠っていたのか考える。
少しの時間の後、徐々に意識を失う前のことが脳裏に甦ってきて――。
「あっ」
やがて私は、喇叭のような音を聞いた直後、何か物凄く気持ちが沈み込んで自暴自棄になってしまい、その挙句に痴態を演じたことを完全に思い出した。
単なる第六位階に留まらない雲の上の戦いを前に、ご主人様の役にも立てずに眺めていることしかできない自分に絶望し、自ら命を絶とうとした無様な姿。
その短絡的な行動については〈響く音色は本性を暴き立てる〉の影響にせよ、心の奥底で押し殺してきた劣等感は間違いなく本物だ。
未だにそれに囚われていることを、思い切り暴かれてしまった。
「あうう……うぅ」
激しい羞恥心で急激に顔が熱くなり、目が潤んでまできてしまう。
だから私は、真っ赤になった上に涙目になって残念なことになっているだろう表情を隠そうと、素早くレンリさんの枕を手に取って頭を埋めながら呻いた。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
……情けない。
「す、すみません、旦那様。私はお父様と今後について話し合ってきます!」
そうやって私が身悶えしている間に、レンリさんはそう早口で言って逃げるように部屋を出ていってしまった。
気持ちは分からなくもない。と言うか、むしろ深く共感できる。
可能なら、私もこの部屋から逃げ出したい。
そうしたところで、私には他に行き先なんてあるはずがないけれども。
「……今後について、か。一体どうなることやら」
若干嘆息しながらの呟きに枕から少しだけ顔を出すと、ご主人様はレンリさんが勢いよく出ていった扉へと複雑な視線を向けていた。
一先ずフレギウス王国とアクエリアル帝国の戦いは、これで終わるだろう。
喇叭の人形化魔物【終末を告げる音】は消滅したし、フレギウス王国の主要な戦力は、ご主人様が全て氷漬けにしてしまった。
まあ、それは反攻作戦のために戦力を最前線に投入し、〈灰燼新生・輪転〉に多くが巻き込まれたアクエリアル帝国側も似たようなものではあるけれども……。
それを差し引いても現状、アクエリアル帝国が圧倒的に有利な状態だ。
何せ首都たる王都バーンデイトは壊滅状態となり、ファイーリア城にいた要人達も尽く、ご主人様の管理下にあると言っても過言ではないのだから。
既にアチラの行政は機能していない訳で、戦争など続けていられないだろう。
加えて、禁忌の祈望之器クピドの金の矢の件もある。
少女化魔物に望まぬ真性少女契約を強いたことが白日の下に晒されれば、ホウゲツを始めとした諸外国もアクエリアル帝国側につく。
もはやフレギウス王国に逆転の目はない。まな板の鯉も同然だ。
勿論、そこから先どういった対処をするかは偉い人達の考え次第だろうし、私達が積極的に関与すべき話じゃないだろうけれども。
「リクル? 大丈夫か?」
そんな風に頭の中で現実逃避気味に状況を整理していると、こちらを振り返ったご主人様に心配そうに名前を呼ばれ、私は現実に引き戻されてしまった。
……いつまでも目と耳を塞いでばかりではいられない。
いずれにしても、まずはご主人様に迷惑をかけてしまったことを謝らないと。
「ごめんなさいです。足を引っ張ってしまいました、です……」
「いや、リクルが謝らなきゃいけないことなんてないさ。全部【終末を告げる音】のせいなんだから。あのレンリだってあんな風になってた訳だしな」
「ですが、です……」
確かに、元凶がかの人形化魔物なのは間違いない。
けれど、フェリトさんもサユキさんもアスカさんも、その滅尽・複合発露の影響を受けながらも、しっかりとご主人様の手助けをしていた。
イリュファさんも、苦しみに喘ぎながらも私の危機を伝えてくれた。
それもまた確かな事実だ。
そして、今回の戦いにおける私に関する事実は一つ。
ご主人様の役に立てなかったどころか、戦いの邪魔をしてしまった。
戦闘面で力になれなくなってしまったのなら、せめて足手纏いにだけはならないようにしないと。そう常々思っていたはずなのに。
「レンリの暴れっぷりなんか物凄かったぞ。それに比べれば、リクルは大人し過ぎたぐらいだ。そもそも、こんなところまで連れ回してる俺の責任もあるし」
私を責めることなく、尚も優しい言葉をかけてくれるご主人様。
けれど、それはそれで情けない事実でもある。
私が少しばかり暴走したところで、今のご主人様にとっては取るに足らない存在に過ぎないのだ。精々、煩わしい羽虫みたいなものだろう。
「……前にも言ったけど、リクルが最初に少女契約を結んでくれたからフェリトを助けることができて、そのおかげでサユキを救うことができたんだからな。引け目を感じる必要なんて一つもないんだ」
続くフォローに小さく頷きながら、しかし、若干視線を逸らして俯く。
ご主人様がそう言ってくれるからこそ、間違いなく本心からそう思ってくれているからこそ罪悪感が募ってしまう。
本当なら私のような弱い少女化魔物が傍にいるのは相応しくないのだ。
イリュファさんのように知識で役に立てる訳でもなし。
救世の転生者という重い使命を負ったこの人の邪魔をしない。
そんな最低限のことすらできなかった無力感は、これまでの比ではない。
「……まあ、今は休め。多分、アレの影響で精神が滅入ってるんだ」
「…………はい、です」
浮かない顔のままの私を労わるように告げたご主人様に応じ、どうしようもなく暗い気持ちになりながら逃げ込むように影の中に戻ろうとする。
正にその瞬間。
『ここは……私がいていい場所じゃない。元いた場所に早く帰らないと』
再び、目を覚ます直前に聞いた声が脳裏に響いた。
それは他の誰でもない、私自身の声のように聞こえた気がした。
***
「たとえ誰に知られずとも時は進み、その事実は彼女が認識したように声という形で示された。彼女はそれを自分自身の内なる声だと勘違いし……いや、まあ、厳密には勘違いと言い切れないかもしれないけれども、ともあれ、尚一層のこと自らを追い込んでしまう結果となった。だからこそ彼女は、抗おうという意思すら持つことなく、アレの導きを受け入れてしまったのだろうね」
***
『帰る……帰らないと……』
どこからともなく聞こえてきた声。
その響きに、何故だか酷く懐かしさを感じる。
『もう一度……一つに戻るために……』
一体、誰の声なんだろう。
ぼんやりとした思考の中で疑問を抱く。
『早く……早く……ここは――』
しかし、それを合図としたように。
意識が急速に浮上し、疑問の答えを得られないまま私は目を覚ました。
「……あれ?」
そして、自分が小さなベッドに横たわっていることに気づく。
そのまま見知らぬ天井から少しだけ視線を動かし、私はここがどこか理解した。
天井までは注視していなかったので記憶になかったけれど、この簡素な壁紙と最小限のものしかない飾り気のなさは覚えがある。
アクエリアル帝国帝都ヴァルナークの中心に存在する厳つい要塞のような建物。
リクウィス宮殿と呼ばれていたそこの内部にある、レンリさんの部屋だ。
どうやら私は彼女のベッドに寝かされていたらしい。
そこまで認識してから、私は起き上がって改めて周囲を見回した。
すると――。
「うぅ、穴があったら入りたいです……」
「気にするな。あれはさすがに仕方がないさ」
椅子に座って顔を赤くしながら頭を抱えているレンリさんと、その隣で苦笑しながら彼女の肩に手を置いて慰めているご主人様の姿が目に映った。
「あ、あの……です……」
「ああ。リクルも、もう大丈夫か? 体におかしなところとかないか?」
おずおずと声をかけると、ご主人様が振り返って心配そうに問いかけてくる。
その口振りからして、私が目を覚ましたことに気づいていたようだ。
少し声を漏らしたり、身動きしてベッドも軋んでいたりしたし、当然か。
「えっと、おかしなところ、です?」
そんな彼の問いを受け、私はそう首を傾げながら言って自分の体を見下ろした。
そうしながら、どうして人様のベッドで眠っていたのか考える。
少しの時間の後、徐々に意識を失う前のことが脳裏に甦ってきて――。
「あっ」
やがて私は、喇叭のような音を聞いた直後、何か物凄く気持ちが沈み込んで自暴自棄になってしまい、その挙句に痴態を演じたことを完全に思い出した。
単なる第六位階に留まらない雲の上の戦いを前に、ご主人様の役にも立てずに眺めていることしかできない自分に絶望し、自ら命を絶とうとした無様な姿。
その短絡的な行動については〈響く音色は本性を暴き立てる〉の影響にせよ、心の奥底で押し殺してきた劣等感は間違いなく本物だ。
未だにそれに囚われていることを、思い切り暴かれてしまった。
「あうう……うぅ」
激しい羞恥心で急激に顔が熱くなり、目が潤んでまできてしまう。
だから私は、真っ赤になった上に涙目になって残念なことになっているだろう表情を隠そうと、素早くレンリさんの枕を手に取って頭を埋めながら呻いた。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
……情けない。
「す、すみません、旦那様。私はお父様と今後について話し合ってきます!」
そうやって私が身悶えしている間に、レンリさんはそう早口で言って逃げるように部屋を出ていってしまった。
気持ちは分からなくもない。と言うか、むしろ深く共感できる。
可能なら、私もこの部屋から逃げ出したい。
そうしたところで、私には他に行き先なんてあるはずがないけれども。
「……今後について、か。一体どうなることやら」
若干嘆息しながらの呟きに枕から少しだけ顔を出すと、ご主人様はレンリさんが勢いよく出ていった扉へと複雑な視線を向けていた。
一先ずフレギウス王国とアクエリアル帝国の戦いは、これで終わるだろう。
喇叭の人形化魔物【終末を告げる音】は消滅したし、フレギウス王国の主要な戦力は、ご主人様が全て氷漬けにしてしまった。
まあ、それは反攻作戦のために戦力を最前線に投入し、〈灰燼新生・輪転〉に多くが巻き込まれたアクエリアル帝国側も似たようなものではあるけれども……。
それを差し引いても現状、アクエリアル帝国が圧倒的に有利な状態だ。
何せ首都たる王都バーンデイトは壊滅状態となり、ファイーリア城にいた要人達も尽く、ご主人様の管理下にあると言っても過言ではないのだから。
既にアチラの行政は機能していない訳で、戦争など続けていられないだろう。
加えて、禁忌の祈望之器クピドの金の矢の件もある。
少女化魔物に望まぬ真性少女契約を強いたことが白日の下に晒されれば、ホウゲツを始めとした諸外国もアクエリアル帝国側につく。
もはやフレギウス王国に逆転の目はない。まな板の鯉も同然だ。
勿論、そこから先どういった対処をするかは偉い人達の考え次第だろうし、私達が積極的に関与すべき話じゃないだろうけれども。
「リクル? 大丈夫か?」
そんな風に頭の中で現実逃避気味に状況を整理していると、こちらを振り返ったご主人様に心配そうに名前を呼ばれ、私は現実に引き戻されてしまった。
……いつまでも目と耳を塞いでばかりではいられない。
いずれにしても、まずはご主人様に迷惑をかけてしまったことを謝らないと。
「ごめんなさいです。足を引っ張ってしまいました、です……」
「いや、リクルが謝らなきゃいけないことなんてないさ。全部【終末を告げる音】のせいなんだから。あのレンリだってあんな風になってた訳だしな」
「ですが、です……」
確かに、元凶がかの人形化魔物なのは間違いない。
けれど、フェリトさんもサユキさんもアスカさんも、その滅尽・複合発露の影響を受けながらも、しっかりとご主人様の手助けをしていた。
イリュファさんも、苦しみに喘ぎながらも私の危機を伝えてくれた。
それもまた確かな事実だ。
そして、今回の戦いにおける私に関する事実は一つ。
ご主人様の役に立てなかったどころか、戦いの邪魔をしてしまった。
戦闘面で力になれなくなってしまったのなら、せめて足手纏いにだけはならないようにしないと。そう常々思っていたはずなのに。
「レンリの暴れっぷりなんか物凄かったぞ。それに比べれば、リクルは大人し過ぎたぐらいだ。そもそも、こんなところまで連れ回してる俺の責任もあるし」
私を責めることなく、尚も優しい言葉をかけてくれるご主人様。
けれど、それはそれで情けない事実でもある。
私が少しばかり暴走したところで、今のご主人様にとっては取るに足らない存在に過ぎないのだ。精々、煩わしい羽虫みたいなものだろう。
「……前にも言ったけど、リクルが最初に少女契約を結んでくれたからフェリトを助けることができて、そのおかげでサユキを救うことができたんだからな。引け目を感じる必要なんて一つもないんだ」
続くフォローに小さく頷きながら、しかし、若干視線を逸らして俯く。
ご主人様がそう言ってくれるからこそ、間違いなく本心からそう思ってくれているからこそ罪悪感が募ってしまう。
本当なら私のような弱い少女化魔物が傍にいるのは相応しくないのだ。
イリュファさんのように知識で役に立てる訳でもなし。
救世の転生者という重い使命を負ったこの人の邪魔をしない。
そんな最低限のことすらできなかった無力感は、これまでの比ではない。
「……まあ、今は休め。多分、アレの影響で精神が滅入ってるんだ」
「…………はい、です」
浮かない顔のままの私を労わるように告げたご主人様に応じ、どうしようもなく暗い気持ちになりながら逃げ込むように影の中に戻ろうとする。
正にその瞬間。
『ここは……私がいていい場所じゃない。元いた場所に早く帰らないと』
再び、目を覚ます直前に聞いた声が脳裏に響いた。
それは他の誰でもない、私自身の声のように聞こえた気がした。
***
「たとえ誰に知られずとも時は進み、その事実は彼女が認識したように声という形で示された。彼女はそれを自分自身の内なる声だと勘違いし……いや、まあ、厳密には勘違いと言い切れないかもしれないけれども、ともあれ、尚一層のこと自らを追い込んでしまう結果となった。だからこそ彼女は、抗おうという意思すら持つことなく、アレの導きを受け入れてしまったのだろうね」
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