上 下
314 / 396
第6章 終末を告げる音と最後のピース

279 そして彼女の祖国へ

しおりを挟む
 ホウゲツ学園地下にある秘密の部屋にてヒメ様達と会合を持った後。
 アクエリアル帝国への出発はアチラへの連絡等々の関係で明後日となり、その日は学園の案内を受けていた妹のロナを迎えに行って職員寮に戻った。
 そして翌日の午後。夕暮れの茜色に染まった少女化魔物寮の前にて。

「もし困ったことがあったら、すぐに言うんだぞ。明日みたいに俺が出かけている時に問題が起きたらセトか母さん達、それかトリリス様を頼れ。いいな?」
「……はい、イサク兄様」

 入寮に際して不安そうに見上げてくるロナが少しでも安心できるように優しく微笑みかけ、俺はその頭を柔らかく撫でてから顔を上げた。
 視線の先、寮の出入口の前には見知った少女化魔物ロリータの姿が三つある。

「じゃあ、よろしくお願いします。ヴィオレさん、ランさん、トリンさん」
「それはいいけどさ。イサク、ちょっと過保護じゃないか? と言うか、さっきの言い様だとアタシ達は頼りにならないみたいで余りいい気はしないぞ」

 と、俺の呼びかけに対して、三人を代表してオーガの少女化魔物であるヴィオレさんが呆れたような表情を浮かべながら苦言を呈する。
 その指摘に俺はハッとして慌てて口を開いた。

「い、いや、そういうつもりじゃ……すみません」

 彼女の声に怒りや不愉快の色は感じられないが、失礼だったのは間違いない。
 妹のことを考える余り、少し視野狭窄に陥っていたようだ。

「別にいい。イサクの気持ちは分からなくもない」
「そうだね。それに、そういうイサク君は新鮮だったしね」

 そうヴィオレさんと同じように苦笑気味に告げたのは、ランさんとトリンさん。
 二人もまた全く気にしていないようだが、そんな彼女達に俺はもう一度「すみません」と謝った。親しき仲にも礼儀というものはある。
 この三人はかつて、人間至上主義組織スプレマシーの過激派によるヨスキ村襲撃事件において隷属の矢によって操られていた少女化魔物達だ。
 ランさんはアルラウネ、トリンさんはアラクネの少女化魔物であり、今はヴィオレさん共々学園で教育を受けながらダンの鍛錬の手伝いもしてくれている。
 ちなみに、村を出た当初ヴィオレさんはトバルと少女契約ロリータコントラクトを結んでいたが、彼は現在複製師の修行に熱を入れているので契約変更をしたらしい。

 それはともかくとして。
 昨日、ここを案内されていたロナを迎えに来た際に、そんな彼女達と丁度話をすることができたので、妹を気にかけてくれるように頼んでおいた訳だ。
 ……まあ、そういった流れだったのだから尚のこと、真っ先に頼る相手として三人の名前を出しておくべきだった。

「ええと、改めて。寮や学園ではロナをよろしくお願いします」

 重ねて頭の中で反省しながら、その気持ちも込めて頭を下げる。

「あいよ」

 対して、そんなに気を遣わなくていいと言うようにヴィオレさんは軽く応じた。
 さっきのもちょっとした冗談のつもりだったのだろう。
 何にせよ、彼女達が快く引き受けてくれたおかげで僅かでも肩が軽くなった。
 ヴィオレさん達の存在は非常に助かる。

「さ、行こうか。ロナ」
「はい。よろしくお願いします、皆さん」
「うん。礼儀正しい子。これなら問題も起きそうにない」
「寮の少女化魔物も皆いい子だからね。きっと、すぐに馴染めるよ」

 そんなこんなでロナは少女化魔物寮に入り、この件に関しては一段落。
 後はちょくちょく様子を見に行くとして……。
 その日は夜に職員寮の自室にやってきた両親(主に入寮が急過ぎると騒いだ母さん)を宥めて終わり、アクエリアル帝国へと出発する日となった。

「じゃあ、行ってきます」
「気をつけるのじゃぞ」

 内容は伏せて大事な仕事があるからと両親と別れ、まずは学園長室へ。
 そこで計画に変更がないことを確認した上で、早速ホウゲツ学園を離れる。
 目指すはアクエリアル帝国の帝都ヴァルナーク。
 俺はアーク複合発露エクスコンプレックス裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉を用いて空を翔け、ランブリク共和国との国境にある巨大祈望之器ディザイアード万里の長城を迂回するためにまずは一気に北上し――。

「主様、もう少し左でありまする」

 途中から、アスカのナビゲーションに従って方向を修正しながら西進を始めた。
 帝都ヴァルナークは元の世界で言うロシアの首都モスクワ……ではなく、その遥か東、バイカル湖の少し北の辺りにあると聞いている。
 しかし、如何せんアクエリアル帝国はロシアのように広い。
 少し北という感覚になるのはアクエリアル帝国の全体地図の縮尺のせいで、実際には日本の本州の端から端ぐらいの距離がある。
 手元に地図やコンパスがあっても、正確に目的地へと進むのは難しい。
 特に速度が速度なので、少しのズレであらぬ方向に行ってしまいかねない。

「主様、更に少し左でありまする」

 そこでアスカの探知を頼っている訳だが、三大特異思念集積体コンプレックスユニークが一体、ジズの少女化魔物たる彼女のそれは空に属しているものに限られる。
 つまり空にマーカーがある訳だが、何をそれに利用しているかと言うと――。

「あ、レンリちゃん見えた」

 強化した視覚で気づいたサユキが楽しそうに口にした通り、ホウゲツからの連絡を受けて帝都ヴァルナーク付近の空で待ち構えていたレンリだった。
 勿論、サユキがそう言った時には既に俺も感知して急制動をかけており、安定して滞空している彼女の少し手前で一旦停止した。

「…………!」

 正面のレンリは挨拶でもしているのか、笑顔と共に口をパクパクさせる。
 が、残念ながら外界の音は今、とある理由で俺には届かないようになっている。

「…………?」

 そのせいでリアクションが乏しい俺に、レンリはどこか不安げに首を傾げた。
 僅かながら警戒の色も見て取れる。
 戦争のさ中であることを考えれば、仕方のない反応だろう。
 そんなレンリに対し、俺はちょいちょいと手招きした。
 それで彼女は少しホッとしたように近づいてきて、俺が差し出した手を取った。

「あの、旦那様? どうされたんですか?」

 そして若干戸惑い気味に問いかけてくるレンリ。
 今度はしっかりとその声が耳に届く。
 それを確かめながら俺は、このままちゃんと会話を続けることができるように彼女を引き寄せて、ガッチリと華奢な腰を抱きながら口を開いた。

「悪かった。人形化魔物ピグマリオン【終末を告げる音】への対策をしてたからさ」
「た、対策、ですか?」

 俺の方から抱き寄せたからか、レンリは少し恥ずかしそうに尋ねてくる。
 そんな彼女に頷いて、俺はトリリス様達から提示されたそれの内容を口にした。

 喇叭ラッパの人形化魔物【終末を告げる音】。
 その滅尽ネガ複合発露エクスコンプレックス響く音色は本性をプロヴォーク暴き立てるメギド〉は、元となったものが喇叭であるだけに音こそが干渉の要であることが予想される。
 故に、音という音を遮断しさえすれば干渉を受けずに済む可能性が高い。
 だからこそ俺は、真・複合発露〈支天神鳥セレスティアルレクス煌翼インカーネイト〉を用いて風を操り、音を遮断する空間を周囲に発生させていたのだ。

「成程。一理ありますね」

 それを聞き、先程自分の声が届かなかったことも含めて理解の意を示すレンリ。

「……ですが――」
「ああ。常時無音状態で生活なんてできないからな。こうしてくっついていないと碌に話をすることもできないし」
「それにそもそも、これを再現することができる者も限られます。これだけで【終末を告げる音】の影響を完全に防ぐということは不可能でしょう」

 つまるところ、極々限られた実力者が干渉を受けないようにするための方法。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 まあ、最終的に【終末を告げる音】を討つことができれば、今正に干渉下にある者達も解放されるはずだから、それだけでも十分メリットはあるが。

「それはそれとして、レンリはどこまで話を聞いてるんだ?」
「おおよそは。加えて、彼女達の真の思惑についても想像がついています」
「……真の思惑?」
「詳しいことは落ち着ける場所で話しましょう。旦那様、まずはあちらへ」

 意味深なことを言いながら、人差し指で行き先を指し示すレンリ。
 対して俺は内心首を傾げながら、一先ずレンリの指示に従ってアクエリアル帝国帝都ヴァルナークに入ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語

京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。 なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。 要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。 <ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜

平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。 途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。 さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。 魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。

処理中です...