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第6章 終末を告げる音と最後のピース

274 妹と母親

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 遠くフレギウス王国へと不法入国し、妹を救出してホウゲツに帰ってきた翌日。
 朝一で補導員事務局に一人向かった俺は、受付のルトアさんに方々への連絡をお願いすると回収してきた矢を全て預け、すぐさま寮へと戻ってきた。
 そして玄関の扉を開けると――。

「イサク様、そろそろ目を覚ましそうです」

 出迎えに来ていたイリュファにそう言われ、俺は彼女に頷いてから布団で静かに横になっている妹の傍らに座った。
 さすがは特異思念集積体コンプレックスユニーク少女化魔物ロリータと言うべきか外傷らしい外傷は全くないものの、余程精神的に消耗していたのか、あれから意識が戻らずにいた妹。
 しかし、気を失う直前の様子から見て、少女化魔物特有の肉体に直接影響が出る程の神経衰弱状態にはないはずなので、部屋に寝かせて様子を見ていたのだ。
 暴走を鎮静化した際の流れを鑑み、俺がいない状態で目を覚ますと暴走が再発する可能性もあると考えて、特別収容施設に預けることはせず。

「う……ん……」

 そうやって現状を振り返りながら妹の寝顔を眺めていると、ほとんど間を置かずに彼女が僅かに声を漏らしながら身じろぎをして覚醒の予兆を示す。
 眠っている様子の微細な変化から判断したのだろうイリュファの予測通りだ。
 やがて妹は瞼をゆっくりと開け、ぼんやりと天井をしばらく眺め……。
 ハッとしたように目を見開くと、勢いよくその小さな体を起こして警戒するように真紅の瞳をあちらこちらに向け始めた。

「え、あれ?」

 まず、当然見覚えなどないはずの部屋。次に、少し離れた位置で見守っていたイリュファ達の姿を認識したのか、警戒は混乱したような気配へと変化する。
 そのまま更に彼女は周囲を見回し、最後に枕元にいた俺と目が合った。

「あ……」

 すると、少しだけ安堵したように表情を和らげる。
 念のため、彼女が目覚める直前に母さんから受け継いだ複合発露エクスコンプレックス擬竜転身デミドラゴナイズ〉を使用しておいたおかげかもしれない。
 どの程度かは分からないが、暴走していた時のことも覚えているようだ。
 とは言え、この厳つい姿で話をするのも何なので〈擬竜転身〉は解除しておく。
 一先ず、俺とあの姿が紐づけされれば大丈夫だろう。
 実際、妹の表情を見るにそこは問題ないようだった。
 しかし――。

「あ、あの、その……」

 彼女は俺に何と声をかければいいのか分からないらしく、躊躇うように視線を揺らしながら口の中でもにょもにょし出した。
 生まれたばかりで、まともに他人と話すのも初めてのはずだから無理もない。
 少女化魔物として、生まれながらにどの程度の知識を持っているのかは分からないが、経験が皆無であれば子供であることに変わりはない。
 だから俺は、そんな彼女に可能な限り穏やかな微笑みを向けながら口を開いた。

「おはよう」
「え? あ、お、おはよう、ございます」
「よく眠れたか?」
「は、はい……」
「そうか。よかった」

 言いながら妹の頭に手を伸ばし、長い真紅の髪の流れに逆らわずに撫でる。
 すると彼女は一瞬だけ驚いたように目を開いたが、すぐに体の力を抜いて、されるがまま気持ちよさそうに目を細めた。
 それから少しして落ち着いた様子の妹は、上目遣いと共におずおずと口を開く。

「ええと、その、兄様?」

 どこか縋るような、確認の問いかけ。
 それに対して俺が笑顔で頷くと、彼女はパッと表情を明るくして「兄様!」と嬉しそうに言いながら抱き着いてきた。

「おっと」

 そんな彼女を受け止めて、そのまま続けて柔らかく頭を撫でる。
 対する妹の方は、甘えるように俺の胸元に顔を擦りつけていた。
 微笑ましい兄妹のスキンシップだ。
 ……が、個人的に、お互い第二次性徴前の割と近しい体格のせいで、ほんの少しだけ微妙な気持ちになる。
 妹が俺よりも少しだけ小さいから、何とか格好がついているという感じだ。
 いや、まあ、俺以外は誰も気にしていないかもだけども。
 この小さな体が半ばコンプレックスになっている俺の、無駄で勝手な感傷だ。

「……ところで、名前はあるのか?」

 そんな余計な思考に彼女が気づかないように、誤魔化し気味に問いかける。

「はい! ロナです、兄様!」

 それを受けて一度顔を離して言うと、再び胸元に顔を埋めてくる妹、ロナ。
 恐らくは、両親の頭の中に漠然とあった名前がそれなのだろう。
 女の子が生まれるのは割と珍しい事例とは言え、そうなり得ることを致している以上は頭の片隅にはあっただろうから。

「そっか、これからよろしくな。ロナ」
「はい! 兄様!」

 ロナは名前を呼ばれたのが嬉しいかのように屈託のない笑顔を見せると、スキンシップに満足したのか体を離し、俺のすぐ隣にペタンと女の子座りで座った。

「それで、あの、兄様。この方達は……?」
「俺の……まあ、家族みたいなものだな。だから、ロナのお姉さん達だ」
「姉様……?」

 コテンと首を傾げて繰り返すように問うロナ。
 そんな彼女の対し――。

「そうだよ。サユキはサユキって言うの。雪女の少女化魔物でイサクのお嫁さん。だから、ロナちゃんのお姉ちゃんで間違いないよ」

 当たり前の顔で真っ先に答えたサユキを皮切りに、一人一人自己紹介していく。
 イリュファとリクルは真性少女契約ロリータコントラクトを結んでいないことを気にしてか、大分簡潔な感じだったが、俺の言葉を否定するようなことは言わなかった。

「サユキ姉様、フェリト姉様、テア姉様、アスカ姉様、イリュファ姉様、リクル姉様。家族がいっぱいです!」

 嬉しそうに笑うロナ。その子供っぽい姿に、皆一様に表情を和らげる。
 正に、無邪気で可愛らしい末っ子という感じだ。

「ロナはとてもとてもいい子」

 それだけに、お姉さん風を吹かせたくてたまらないテアは早速、彼女の傍に寄って猫可愛がりしている。
 アスカとは方向性の違う、妹らしい妹であることを喜んでいるようだ。
 そんなテアの様子に元末っ子の立場から不満を抱いたりしないものかとチラリとアスカの方を見る。
 すると、彼女はその様子を微笑ましげに見ていた。
 アスカは目上(?)を立てるできた妹タイプなので問題なさそうだ。

「私が色んな遊びを教えて上げる」

 そうして。
 張り切るテアを筆頭に皆でカード遊びをしたり、ロナの髪型を変えたり、着せ替えをしたりして親睦を深めていると……。

「イサク様」
「分かってる。テア」
「……うん」

 凄い速度で接近してくる、覚えのある気配を感じて【ガラテア】の肉体であるテアと、つき添いでアスカに影の中に入って貰う。
 その直後、玄関のドアの鍵が解錠されて壊れそうな勢いで開いた。

「娘が見つかったというのは本当か!? イサク!」

 そんな言葉と共に駆け込んで来たのは、我らが母さん。
 その後ろには父さんもいる。
 補導員事務局で俺からの伝言を受け取ったのだろう。
 そんな二人の目的であるところのロナは、大きな音に驚いて俺の背中に隠れてしまった。そうしながら顔を半分だけ出し、母さん達の様子を窺っている。

「母さん、母さん。落ち着いて、大丈夫だから」
「う、うむ。そうじゃな。すまぬ」

 ロナの行動を見て警戒させてしまったかと思ったのか、深呼吸をして逸る気持ちを抑え込もうとする母さん。
 とは言え、脇から顔を出すロナを見るに、警戒も無きにしも非ずではあるが、どちらかと言うと興味が勝っているように感じられる。
 俺が使用した複合発露〈擬竜転身〉からでさえ血の繋がりを感じ取っていたのだから、思念の蓄積によって生ずる同じ少女化魔物であれば尚更だろう。

「ふう……」

 母さんは最後に一つ深く息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと俺に近づくと後ろにいる改めてロナを頭から爪先まで確認するように見た。

「この髪、この瞳、この顔立ち。何より、この感覚。間違いなく、妾の娘じゃ」

 深く安堵したように、喜びの笑みと共に言う母さん。
 その姿を見られれば、俺も横紙破りをした甲斐があったというものだ。
 そう思っていると――。

「サユキ達は間違い?」
「そ、そんなことはないぞ! お前達も妾の大切な娘じゃ!」

 サユキが空気を読まずに突っ込み、慌てたように母さんは弁明する。
 当然、冗談以外の何ものでもないが、尋常でなく狼狽した母さんの様子がおかしかったのかロナが後ろで小さく笑う。
 それから彼女は、俺の背中から恐る恐るという感じに出てきて口を開いた。

「えっと、その、母様……?」
「……う、うむ。そうじゃ。妾がお前の母じゃ」

 気を取り直したように小さく咳払いをしてから告げた母さんに、ロナは俺の時と同じように明るい笑顔を見せて「母様!」と言いながら勢いよく抱き着いた。
 母さんもまたロナをしっかりと受け止め、その頭を優しく撫でる。

「よしよし。我が娘よ、名を教えてくれるか?」
「はい! ロナです!」
「そうか。ロナ。よくぞ、無事に妾の前に現れてくれた」

 そして母さんはそう言いながら、俺に意味ありげな視線を向ける。
 何やら尋ねたいことでもあるかのような表情だが、母さんは一度目を瞑り、しばらくしてから開くとロナに目線を戻した。
 それから後ろに控える父さんを始め、この部屋にいる俺達一人一人を見る。

「孤独に生まれ、多くに疎まれた妾がこんなにも多くの家族を得られるとは、妾は幸せ者じゃな。…………後は、アロンさえおれば」
「母様?」

 つけ加えるように俯いて呟いた母さんに、心配そうに顔を上げるロナ。
 そんな娘の姿に、母さんは小さく首を振ってから「いや、今はロナの無事を喜ぼう」と続けて少し強めにロナを改めて抱き締めた。
 妹の件は突発的に湧いた、親孝行できる絶好の機会だった。
 だが、やはり。
 アロン兄さんを救い出してこそ、真に親孝行を果たせたと言えるのだろう。
 二人の姿を見て俺は改めてそう思い、日々近づく【ガラテア】との決戦では何としても彼を助け出さなければと強く自分に言い聞かせた。
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