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第5章 治癒の少女化魔物と破滅欲求の根源
250 ひずみ
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「イサク様、オ待チシテオリマシタ」
いつも通り祈望之器ターロスの複製改良品が俺を出迎え、少女祭祀国家ホウゲツ最高の複製師であるアマラさんの工房へと案内していく。
それに従って最奥にある部屋に入ると、丁度掛け軸の奥にある隠し階段からアマラさんが布に巻かれた日本刀を手に持って出てくるところだった。
「それが?」
挨拶もそこそこに彼女に問いかける。
その手にあるものこそが今回、人形化魔物【コロセウム】の滅尽・複合発露を突破するために用いられる祈望之器布都御魂の複製改良品なのか、と。
「おう。前回の時に複製したものの内の一つじゃ。それと念のため、アレも巻きつけておいた。恐らく【コロセウム】も強化されておるじゃろうからな」
巻きつけた対象の性能を向上させる祈望之器メギンギョルズ……の複製品か。
人口増加によって急激に人形化魔物が強くなっていると思われる現状、前代と全く同じやり方では結界を傷つけることすらできないかもしれない。
真っ当な判断と言えるだろう。
「ただし、扱いには気をつけるのじゃぞ。たった一度限りとは言え、性能はオリジナルの布都御魂と同等。あらゆるものを断ち切る概念を持つからな」
そのアマラさんの言葉を威力があり過ぎる故の危惧と捉えた俺は、一瞬人形化魔物対策にはこっちを支給した方がよかったんじゃないかと内心首を傾げた。
必中の概念を持つガーンディーヴァを複製改良したクロスボウよりも。
防御力に優れた相手に打ち勝つには、攻撃力が不可欠だろうから。
しかし――。
「下手な使い方をしてしまえば、意図せぬものを断ってしまうやもしれん」
「ええと、意図せぬもの、ですか?」
「うむ。例えば……縁やら絆やらじゃな。あるいは、少女契約を断ち切ることもできるやもしれん。さすがに真性少女契約は無理じゃろうが」
彼女からの答えを聞き、最初に脳裏をよぎった考えを即座に打ち消す。
そんな物騒なものを世に出すべきではない。たとえ後で回収するにしても。
やはり適当に撃っても命中させることのできるクロスボウの方が、対人形化魔物用の武器としては遥かに優れているのだろう。
……まあ、矢の方は対象に破滅の呪いを与えるフラガラッハを複製改良したものなので、物騒さで言えば余り変わらないかもしれないけれども。
もし純粋な威力が足りなければ、その時は俺が出張ればいいだけの話だ。
「もっとも、これはあくまでも刀に過ぎん。その刀身が届かなければ、その効果を発揮することはない。先に挙げたものであっても、両者を近くに立たせた上でその間を切るとかせねば意味はないじゃろう」
更に続けられた彼女の蓋然性の高そうな推論を受け、やはり間合い的な制約も考えると支給品としては尚のこと弓矢の方がいいなと思う。
その辺りもしっかり考えた上でのチョイスだったのだろう。
「それに、例えば【ガラテア】の根源たる破滅欲求なども断ち切ることは不可能じゃろうし、そこまで行かずとも布都御魂よりも概念が強固な、防御系の逸話を持つ祈望之器や身体強化系の複合発露とかち合っても十分な効果を出せまい」
効果が矛盾する場合は、概念としてより強固な方が勝つ。それが世の理だ。
ならば、救世の転生者の使命、とかも断ち切ることはできないのだろう。
いや、勿論、一度死んで生まれ変わるという僥倖を得たこの身。そこに課せられた使命から逃げるつもりは毛頭ないが。
十年以上生きて、この世界にも大切なものが随分と増えたしな。
「まあ、結局のところ。対【コロセウム】用の道具に過ぎんということじゃな」
そう締め括ったアマラさんの結論に頷き、それから彼女からその刀を受け取る。
とにもかくにも、これで準備はできた。そろそろ出発しよう。
「では、アマラさん。行ってきます」
「うむ。気をつけて行ってこい」
アマラさんに一つ頭を下げて、それから速やかに工房を後にする。
そして再び空へと翔け上がり、そのままランブリク共和国へ。
緊急性が高いということで、今日は入国管理局のあるポーランスを経由せずに直接現場へと向かう。トリリス様によれば、ちゃんと許可は得ているとのこと。
いずれにせよ、その辺りの交渉ごとは国の上層部に任せておけばいい。
今回の目的地は、人間と少女化魔物が別々に暮らしているランブリク共和国において人間が住んでいる側のとある街。
元の世界で言うカザフスタンの辺りにあるノースアルという都市だ。
フレギウス王国との国境に割と近い。なので――。
「あれが、万里の長城か」
成層圏まで貫く光。それが割と早い段階で強化された視覚に映る。
数万キロにわたる超巨大祈望之器。
ようやく見ることができた。
「そう言えば、フレギウス王国とランブリク共和国の国境にはこれがあるのに、どうやって【コロセウム】はそれを越えてきたんだ?」
まあ、迂回してきた可能性もあるが……。
トリリス様達の口振りでは、そこまで時間が経過している感じはなかった。
何らかの方法で真っ直ぐに突っ切ってきたようにしか思えないのだが。
「恐らく瞬間的に滅尽・複合発露を展開し、異次元空間を移動してきたのではないでしょうか。万里の長城の防御は実体的なものなので」
いつものように影の中から答えてくれるイリュファ。
確かに遠くに立ち上る光の壁は、完全に物理的な防御にしか見えない。
成程。異次元空間を介してならば普通に通過できそうだ。
そう納得しつつ、真・複合発露〈裂雲雷鳥・不羈〉によって雷光を激しく放ちながら空を翔けていく。
コンパスに従って真っ直ぐ進んでいくと、やがて異変が視界に映り込んだ。
何やら薄い膜のようなものがドーム状に一つの街を包み込んでいる。
ちょっと進行方向からずれていたが、それを誤差とできるぐらいに巨大だ。
高層ビルなどもないため、遠目にもよく分かる。
まあ、迷っても万里の長城に沿っていけば見える位置だとは聞いていたが。
「あれが結界か……」
ともかく、その半球形に展開された膜の境界辺りで地面に降り立ち、一先ず砂をすくって膜へと投げつけてみる。
当たり前のように膜の内側へと飛んでいくその軌道には、通過の際に何の抵抗もなかったことを示すように異常は見られない。
次に手を伸ばしてみることにする。
勿論、念のために〈万有凍結・封緘〉で氷の装甲を纏い、その下は〈支天神鳥・煌翼〉で強化済みだ。
何かしらダメージが入ることも想定していたが、こちらも当然のように氷に覆われた腕は膜を突き抜ける。特段違和感のようなものもない。
ならば、と試しに氷の剣を作り出して切りかかってみるが……やはりと言うべきか刃は空を切るのみ。本当に異次元空間が発生しているようだ。
「やっぱり、こいつじゃなきゃ駄目みたいだな」
一通り確認を終え、影の中からメギンギョルズの複製改良品たる布を巻きつけた状態の日本刀を取り出し、それを鞘から抜き放って上段に構える。
そして特に情緒もなく、俺は即座に一切躊躇せず振り下ろした。
手応えはあった。
「なっ!?」
確かに手応えはあったのだが、あり過ぎた。
甲高い音と共にその膜に受け止められ、傷一つつけることすらできていない。
逆に布都御魂の複製品が圧し折れてしまっていた。
実は既に一度限りの制限が発動していた、という感じは全くなく、普通に切ろうとした対象の硬さに負けてしまった感じだ。
これではもう、祈望之器としての機能は発揮できない。
「……どうやら、トリリス様達の予測を遥かに超えて人形化魔物の強化が進んでしまっているようですね」
イリュファの分析に同意と共に頷く。
これは単純な力負け。
即ち【コロセウム】の滅尽・複合発露には防御系の効果もあり、それがこの祈望之器よりも概念として遥かに強固ということだ。
一度限りとは言え本物と遜色ない力を発揮できる上、メギンギョルズの複製改良品まで使用してこれでは、それぞれのオリジナルを用意しても突破はできまい。
「さて……どうするかな」
そして俺は僅かたりとも変化のない膜の前。
圧し折れた日本刀へと視線を向けながら、自問するように呟いた。
いつも通り祈望之器ターロスの複製改良品が俺を出迎え、少女祭祀国家ホウゲツ最高の複製師であるアマラさんの工房へと案内していく。
それに従って最奥にある部屋に入ると、丁度掛け軸の奥にある隠し階段からアマラさんが布に巻かれた日本刀を手に持って出てくるところだった。
「それが?」
挨拶もそこそこに彼女に問いかける。
その手にあるものこそが今回、人形化魔物【コロセウム】の滅尽・複合発露を突破するために用いられる祈望之器布都御魂の複製改良品なのか、と。
「おう。前回の時に複製したものの内の一つじゃ。それと念のため、アレも巻きつけておいた。恐らく【コロセウム】も強化されておるじゃろうからな」
巻きつけた対象の性能を向上させる祈望之器メギンギョルズ……の複製品か。
人口増加によって急激に人形化魔物が強くなっていると思われる現状、前代と全く同じやり方では結界を傷つけることすらできないかもしれない。
真っ当な判断と言えるだろう。
「ただし、扱いには気をつけるのじゃぞ。たった一度限りとは言え、性能はオリジナルの布都御魂と同等。あらゆるものを断ち切る概念を持つからな」
そのアマラさんの言葉を威力があり過ぎる故の危惧と捉えた俺は、一瞬人形化魔物対策にはこっちを支給した方がよかったんじゃないかと内心首を傾げた。
必中の概念を持つガーンディーヴァを複製改良したクロスボウよりも。
防御力に優れた相手に打ち勝つには、攻撃力が不可欠だろうから。
しかし――。
「下手な使い方をしてしまえば、意図せぬものを断ってしまうやもしれん」
「ええと、意図せぬもの、ですか?」
「うむ。例えば……縁やら絆やらじゃな。あるいは、少女契約を断ち切ることもできるやもしれん。さすがに真性少女契約は無理じゃろうが」
彼女からの答えを聞き、最初に脳裏をよぎった考えを即座に打ち消す。
そんな物騒なものを世に出すべきではない。たとえ後で回収するにしても。
やはり適当に撃っても命中させることのできるクロスボウの方が、対人形化魔物用の武器としては遥かに優れているのだろう。
……まあ、矢の方は対象に破滅の呪いを与えるフラガラッハを複製改良したものなので、物騒さで言えば余り変わらないかもしれないけれども。
もし純粋な威力が足りなければ、その時は俺が出張ればいいだけの話だ。
「もっとも、これはあくまでも刀に過ぎん。その刀身が届かなければ、その効果を発揮することはない。先に挙げたものであっても、両者を近くに立たせた上でその間を切るとかせねば意味はないじゃろう」
更に続けられた彼女の蓋然性の高そうな推論を受け、やはり間合い的な制約も考えると支給品としては尚のこと弓矢の方がいいなと思う。
その辺りもしっかり考えた上でのチョイスだったのだろう。
「それに、例えば【ガラテア】の根源たる破滅欲求なども断ち切ることは不可能じゃろうし、そこまで行かずとも布都御魂よりも概念が強固な、防御系の逸話を持つ祈望之器や身体強化系の複合発露とかち合っても十分な効果を出せまい」
効果が矛盾する場合は、概念としてより強固な方が勝つ。それが世の理だ。
ならば、救世の転生者の使命、とかも断ち切ることはできないのだろう。
いや、勿論、一度死んで生まれ変わるという僥倖を得たこの身。そこに課せられた使命から逃げるつもりは毛頭ないが。
十年以上生きて、この世界にも大切なものが随分と増えたしな。
「まあ、結局のところ。対【コロセウム】用の道具に過ぎんということじゃな」
そう締め括ったアマラさんの結論に頷き、それから彼女からその刀を受け取る。
とにもかくにも、これで準備はできた。そろそろ出発しよう。
「では、アマラさん。行ってきます」
「うむ。気をつけて行ってこい」
アマラさんに一つ頭を下げて、それから速やかに工房を後にする。
そして再び空へと翔け上がり、そのままランブリク共和国へ。
緊急性が高いということで、今日は入国管理局のあるポーランスを経由せずに直接現場へと向かう。トリリス様によれば、ちゃんと許可は得ているとのこと。
いずれにせよ、その辺りの交渉ごとは国の上層部に任せておけばいい。
今回の目的地は、人間と少女化魔物が別々に暮らしているランブリク共和国において人間が住んでいる側のとある街。
元の世界で言うカザフスタンの辺りにあるノースアルという都市だ。
フレギウス王国との国境に割と近い。なので――。
「あれが、万里の長城か」
成層圏まで貫く光。それが割と早い段階で強化された視覚に映る。
数万キロにわたる超巨大祈望之器。
ようやく見ることができた。
「そう言えば、フレギウス王国とランブリク共和国の国境にはこれがあるのに、どうやって【コロセウム】はそれを越えてきたんだ?」
まあ、迂回してきた可能性もあるが……。
トリリス様達の口振りでは、そこまで時間が経過している感じはなかった。
何らかの方法で真っ直ぐに突っ切ってきたようにしか思えないのだが。
「恐らく瞬間的に滅尽・複合発露を展開し、異次元空間を移動してきたのではないでしょうか。万里の長城の防御は実体的なものなので」
いつものように影の中から答えてくれるイリュファ。
確かに遠くに立ち上る光の壁は、完全に物理的な防御にしか見えない。
成程。異次元空間を介してならば普通に通過できそうだ。
そう納得しつつ、真・複合発露〈裂雲雷鳥・不羈〉によって雷光を激しく放ちながら空を翔けていく。
コンパスに従って真っ直ぐ進んでいくと、やがて異変が視界に映り込んだ。
何やら薄い膜のようなものがドーム状に一つの街を包み込んでいる。
ちょっと進行方向からずれていたが、それを誤差とできるぐらいに巨大だ。
高層ビルなどもないため、遠目にもよく分かる。
まあ、迷っても万里の長城に沿っていけば見える位置だとは聞いていたが。
「あれが結界か……」
ともかく、その半球形に展開された膜の境界辺りで地面に降り立ち、一先ず砂をすくって膜へと投げつけてみる。
当たり前のように膜の内側へと飛んでいくその軌道には、通過の際に何の抵抗もなかったことを示すように異常は見られない。
次に手を伸ばしてみることにする。
勿論、念のために〈万有凍結・封緘〉で氷の装甲を纏い、その下は〈支天神鳥・煌翼〉で強化済みだ。
何かしらダメージが入ることも想定していたが、こちらも当然のように氷に覆われた腕は膜を突き抜ける。特段違和感のようなものもない。
ならば、と試しに氷の剣を作り出して切りかかってみるが……やはりと言うべきか刃は空を切るのみ。本当に異次元空間が発生しているようだ。
「やっぱり、こいつじゃなきゃ駄目みたいだな」
一通り確認を終え、影の中からメギンギョルズの複製改良品たる布を巻きつけた状態の日本刀を取り出し、それを鞘から抜き放って上段に構える。
そして特に情緒もなく、俺は即座に一切躊躇せず振り下ろした。
手応えはあった。
「なっ!?」
確かに手応えはあったのだが、あり過ぎた。
甲高い音と共にその膜に受け止められ、傷一つつけることすらできていない。
逆に布都御魂の複製品が圧し折れてしまっていた。
実は既に一度限りの制限が発動していた、という感じは全くなく、普通に切ろうとした対象の硬さに負けてしまった感じだ。
これではもう、祈望之器としての機能は発揮できない。
「……どうやら、トリリス様達の予測を遥かに超えて人形化魔物の強化が進んでしまっているようですね」
イリュファの分析に同意と共に頷く。
これは単純な力負け。
即ち【コロセウム】の滅尽・複合発露には防御系の効果もあり、それがこの祈望之器よりも概念として遥かに強固ということだ。
一度限りとは言え本物と遜色ない力を発揮できる上、メギンギョルズの複製改良品まで使用してこれでは、それぞれのオリジナルを用意しても突破はできまい。
「さて……どうするかな」
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