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第3章 絡み合う道
188 戦略的な勝敗
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テネシスが大きな隙を見せた理由。
それは当然ながら、インシェの複合発露〈清風共生〉を応用した感知を乱されてしまったからに他ならない。
俺やレンリも使用している、ある種のセンサーを散布する方法によって得た情報。
当たり前だが、それは視覚で捉えたものとは大幅に異なっている。
色など勿論ついていないし、判別できるのは物体の有無と形状ぐらいのもの。
だが、それに付随して対象の位置や攻撃の軌道などを読むことは可能だ。
思念に直接紐づけされているのか、感知するのにタイムラグがないおかげで戦闘時の状況把握にも奇襲の察知にも十分に耐え得る。
更に複合発露の産物であるが故か、複合発露による直接的な干渉が迫ってくる気配を読み取ることも不可能ではない。が、これについてはこの場では余り関係のない話だ。
「なっ!?」
装甲が砕かれて剥がれ落ちたことで、生身の体を露出したテネシス。
彼が驚愕の表情を浮かべているのは、突如として周囲全てのセンサーが一斉に反応を示したことで混乱してしまったからだ。
彼がセンサーとして使用している空気は、俺の氷の粒子よりも遥かに密度が小さい。
その認識から逸脱することもできていない。
だから、周りに散布した氷の粒子を意図的に操ることによって空気の流れを大きく乱してやれば、そこに何らかの気配を感じ取ってしまうのは避けられない。
勿論、氷の巨人とは存在感が全く異なるが、視界に制限がある状況で外界を認識するのに頼っているものに異常が出れば戸惑うのは当然のことだ。
時間にすると一瞬のことかもしれないが、この場においては致命的で大きな隙だ。
後はその隙を逃さず、この目に捉えたテネシスを真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を以って行動不能にすることができれば、こちらの勝ちだ。
「これで――」
しかし、勝利を確信した瞬間こそが最も油断する瞬間だということは、常識と言っても差し支えない事実であるだろう。
俺が勝利という結末に突き進まんと、複合発露を行使しようとした正にその瞬間。
無数の鋭い脅威が氷の巨人に迫ってくるのが、氷の粒子から読み取れた。
形状としては薄い刃。
速度は超音速。
数は十や百では利かない。
恐らくは、インシェが複合発露を用いて生み出した風の刃だろう。
俺が複合発露を発動するよりも早く、氷の巨人に到達することが分かる。
しかし、本体たる俺自身に命中する軌道のものはない。
それ以前に、単なる複合発露、第五位階の力に第六位階である真・複合発露によって作られた氷の装甲を突破することは不可能だ。
そんなものに心を乱され、テネシスと同じ轍を踏む訳にはいかない。
刹那の内にそう判断し、俺は彼から目を逸らさずに複合発露の発動を継続し……。
その選択が誤りだと気付いたのは、直後のことだった。
「まさかっ!?」
氷の装甲に命中した風の刃は、予想に反して巨人を容赦なく切り刻んでいく。
第五位階。通常の複合発露では決してあり得ない光景を目の当たりにして驚愕してしまい、思わずテネシスから意識を切ってしまう。
眼前の現象が幻ではないのなら、この攻撃は第六位階のもの。
即ち、インシェは少女契約どころか真性少女契約を彼と結んでいることになる。
少女化魔物が人間至上主義組織の代表に、命を丸ごと預ける契約を。
その事実が余りにも衝撃的過ぎて心を揺るがされ、テネシスと同じ失敗はするまいという意思はあっさりと砕け散ってしまった。
「……今日はここまでだ。救世の転生者よ、さらば」
ハッとして視線をテネシスに戻した時には、彼の姿は既にそこにはなく石の巨人は風化したかのように砂と化して消えていく。
周囲に出現する兆候もない。
どうやら転移の複合発露により、遠くへと逃げられてしまったようだ。
「くそっ!」
悪態をつきながら、無理矢理意識を切り替える。
まんまと敵の首魁を逃してしまったが、それで事態が完全に収束した訳ではない。
代わりに、テネシスに与する者達の気配が突然探知の中に現れ出ている。
即座に態勢を立て直さなければならない。
風の刃に切り刻まれた巨人の状態を確認する。
第六位階の力を持つ風は、フェリトの姉の暴走・複合発露〈不協調律・凶歌〉の影響で弱体化した氷の装甲を容易く切り裂き、四肢を完全に切断していた。
細切れにされたそれらは落下して、今にも眼下の建物に直撃しそうになっている。
「ちっ」
己が作り出したものによって街に被害を出すなど、万が一にもあってはならない。
俺は咄嗟に右腕と両足だった部分については全て消滅させ、左腕はイアスを掴んでいる状態で残っていた手首から先だけを何とか本体に引き寄せようとした。
だが、風が纏わりついて制御を乱され、石像が露出しないように氷を維持したまま道路に墜落させることしかできなかった。
ならばと氷の巨人を再生し、地面を陥没させた拳状の巨大な氷の塊へと新たに生成した左手を伸ばす。
しかし、それもまた風の刃にて切断されてしまい――。
「イアスは、確かに返して頂きました」
次の瞬間、そんなインシェの淡々とした言葉と共に、地面にめり込んだ氷の左手の上に四人の少女化魔物が忽然と姿を現した。
かと思えば、彼女らの内の一人、石化の複合発露を持つ少女化魔物がこちらと彼女達との間に、俺の視界を遮るように石のドームが作り出される。
間髪容れず氷塊を撃ち出すも、ある程度表面を削るのみ。
すぐさま防壁は修復されてしまった。
その少女の隣にいたセレスさんが未だに周りの状況など意に介さぬまま暴走・複合発露の効果を乗せた歌を歌い続けているせいで、本来の威力が出ない。
これでは石の壁を突破することも、中身にまで凍結の効果を及ぼすこともできない。
「姉さんっ! 姉さんっ!!」
影から飛び出てきたフェリトが必死に呼びかけるが……。
その声もセレスさんには届かず、虚しくも狂った歌声は続く。
この状態では、俺に効果のある手は残されていない。奥歯を噛み締める。
「旦那様、ここは私が!」
と、そこへイアスに操られていた少女化魔物の介抱をしていたレンリが駆け寄ってきて、石のドームを破壊せんと全身を使って全力で殴りつけた。
石が砕かれる大きな衝撃音と共に、破片が派手に飛び散る。
が、壁は余りにも分厚く内部までは届いていない。
どころか、やはり即座に修復されてしまう。
竜の特徴を発現させた見た目からレンリが真・複合発露〈制海神龍・轟渦〉を発動させていることが分かるが、明らかにこれも大幅に弱体化されている。
その度合いは俺の場合よりも甚だしく、以前見た時に比べて酷く弱々しい。
今の一撃の威力は、ほとんど第六位階の祈望之器アガートラムが有する身体強化の効果によるものだけと言っても過言ではない。
「陽動のおかげで目的を果たせました。これ以上ここに留まる意味はありませんね」
どうやらインシェを始めとした彼女達四人は、どこかのタイミングで転移してテネシスとは別の場所に潜み、機を窺っていたらしい。
俺自身は常に皆を影に伴っているため、無意識にその可能性を排除していた。
この恥ずべき失態は、テネシスもまた近しい戦い方をしているだけに少女化魔物を常に近く置いているだろうという思い込みもまた一つの要因だったと言わざるを得ない。
いずれにしても、もはや挽回のしようはない。
忸怩たる思いと共に、石の壁を睨み続ける。
「では、イサク様。またお会いしましょう。……トラレ、頼みます」
そんな俺を嘲笑うかのようにインシェが穏やかな声でそう告げた瞬間、転移の複合発露の持ち主だろうトラレと呼ばれた少女化魔物がその力を発動したらしく……。
石のドームが崩壊して風にさらわれるままに消え去った後、その中にあったはずのイアスの石像と彼女達の姿は影も形もなくなってしまっていた。
それは当然ながら、インシェの複合発露〈清風共生〉を応用した感知を乱されてしまったからに他ならない。
俺やレンリも使用している、ある種のセンサーを散布する方法によって得た情報。
当たり前だが、それは視覚で捉えたものとは大幅に異なっている。
色など勿論ついていないし、判別できるのは物体の有無と形状ぐらいのもの。
だが、それに付随して対象の位置や攻撃の軌道などを読むことは可能だ。
思念に直接紐づけされているのか、感知するのにタイムラグがないおかげで戦闘時の状況把握にも奇襲の察知にも十分に耐え得る。
更に複合発露の産物であるが故か、複合発露による直接的な干渉が迫ってくる気配を読み取ることも不可能ではない。が、これについてはこの場では余り関係のない話だ。
「なっ!?」
装甲が砕かれて剥がれ落ちたことで、生身の体を露出したテネシス。
彼が驚愕の表情を浮かべているのは、突如として周囲全てのセンサーが一斉に反応を示したことで混乱してしまったからだ。
彼がセンサーとして使用している空気は、俺の氷の粒子よりも遥かに密度が小さい。
その認識から逸脱することもできていない。
だから、周りに散布した氷の粒子を意図的に操ることによって空気の流れを大きく乱してやれば、そこに何らかの気配を感じ取ってしまうのは避けられない。
勿論、氷の巨人とは存在感が全く異なるが、視界に制限がある状況で外界を認識するのに頼っているものに異常が出れば戸惑うのは当然のことだ。
時間にすると一瞬のことかもしれないが、この場においては致命的で大きな隙だ。
後はその隙を逃さず、この目に捉えたテネシスを真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を以って行動不能にすることができれば、こちらの勝ちだ。
「これで――」
しかし、勝利を確信した瞬間こそが最も油断する瞬間だということは、常識と言っても差し支えない事実であるだろう。
俺が勝利という結末に突き進まんと、複合発露を行使しようとした正にその瞬間。
無数の鋭い脅威が氷の巨人に迫ってくるのが、氷の粒子から読み取れた。
形状としては薄い刃。
速度は超音速。
数は十や百では利かない。
恐らくは、インシェが複合発露を用いて生み出した風の刃だろう。
俺が複合発露を発動するよりも早く、氷の巨人に到達することが分かる。
しかし、本体たる俺自身に命中する軌道のものはない。
それ以前に、単なる複合発露、第五位階の力に第六位階である真・複合発露によって作られた氷の装甲を突破することは不可能だ。
そんなものに心を乱され、テネシスと同じ轍を踏む訳にはいかない。
刹那の内にそう判断し、俺は彼から目を逸らさずに複合発露の発動を継続し……。
その選択が誤りだと気付いたのは、直後のことだった。
「まさかっ!?」
氷の装甲に命中した風の刃は、予想に反して巨人を容赦なく切り刻んでいく。
第五位階。通常の複合発露では決してあり得ない光景を目の当たりにして驚愕してしまい、思わずテネシスから意識を切ってしまう。
眼前の現象が幻ではないのなら、この攻撃は第六位階のもの。
即ち、インシェは少女契約どころか真性少女契約を彼と結んでいることになる。
少女化魔物が人間至上主義組織の代表に、命を丸ごと預ける契約を。
その事実が余りにも衝撃的過ぎて心を揺るがされ、テネシスと同じ失敗はするまいという意思はあっさりと砕け散ってしまった。
「……今日はここまでだ。救世の転生者よ、さらば」
ハッとして視線をテネシスに戻した時には、彼の姿は既にそこにはなく石の巨人は風化したかのように砂と化して消えていく。
周囲に出現する兆候もない。
どうやら転移の複合発露により、遠くへと逃げられてしまったようだ。
「くそっ!」
悪態をつきながら、無理矢理意識を切り替える。
まんまと敵の首魁を逃してしまったが、それで事態が完全に収束した訳ではない。
代わりに、テネシスに与する者達の気配が突然探知の中に現れ出ている。
即座に態勢を立て直さなければならない。
風の刃に切り刻まれた巨人の状態を確認する。
第六位階の力を持つ風は、フェリトの姉の暴走・複合発露〈不協調律・凶歌〉の影響で弱体化した氷の装甲を容易く切り裂き、四肢を完全に切断していた。
細切れにされたそれらは落下して、今にも眼下の建物に直撃しそうになっている。
「ちっ」
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俺は咄嗟に右腕と両足だった部分については全て消滅させ、左腕はイアスを掴んでいる状態で残っていた手首から先だけを何とか本体に引き寄せようとした。
だが、風が纏わりついて制御を乱され、石像が露出しないように氷を維持したまま道路に墜落させることしかできなかった。
ならばと氷の巨人を再生し、地面を陥没させた拳状の巨大な氷の塊へと新たに生成した左手を伸ばす。
しかし、それもまた風の刃にて切断されてしまい――。
「イアスは、確かに返して頂きました」
次の瞬間、そんなインシェの淡々とした言葉と共に、地面にめり込んだ氷の左手の上に四人の少女化魔物が忽然と姿を現した。
かと思えば、彼女らの内の一人、石化の複合発露を持つ少女化魔物がこちらと彼女達との間に、俺の視界を遮るように石のドームが作り出される。
間髪容れず氷塊を撃ち出すも、ある程度表面を削るのみ。
すぐさま防壁は修復されてしまった。
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これでは石の壁を突破することも、中身にまで凍結の効果を及ぼすこともできない。
「姉さんっ! 姉さんっ!!」
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その声もセレスさんには届かず、虚しくも狂った歌声は続く。
この状態では、俺に効果のある手は残されていない。奥歯を噛み締める。
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石が砕かれる大きな衝撃音と共に、破片が派手に飛び散る。
が、壁は余りにも分厚く内部までは届いていない。
どころか、やはり即座に修復されてしまう。
竜の特徴を発現させた見た目からレンリが真・複合発露〈制海神龍・轟渦〉を発動させていることが分かるが、明らかにこれも大幅に弱体化されている。
その度合いは俺の場合よりも甚だしく、以前見た時に比べて酷く弱々しい。
今の一撃の威力は、ほとんど第六位階の祈望之器アガートラムが有する身体強化の効果によるものだけと言っても過言ではない。
「陽動のおかげで目的を果たせました。これ以上ここに留まる意味はありませんね」
どうやらインシェを始めとした彼女達四人は、どこかのタイミングで転移してテネシスとは別の場所に潜み、機を窺っていたらしい。
俺自身は常に皆を影に伴っているため、無意識にその可能性を排除していた。
この恥ずべき失態は、テネシスもまた近しい戦い方をしているだけに少女化魔物を常に近く置いているだろうという思い込みもまた一つの要因だったと言わざるを得ない。
いずれにしても、もはや挽回のしようはない。
忸怩たる思いと共に、石の壁を睨み続ける。
「では、イサク様。またお会いしましょう。……トラレ、頼みます」
そんな俺を嘲笑うかのようにインシェが穏やかな声でそう告げた瞬間、転移の複合発露の持ち主だろうトラレと呼ばれた少女化魔物がその力を発動したらしく……。
石のドームが崩壊して風にさらわれるままに消え去った後、その中にあったはずのイアスの石像と彼女達の姿は影も形もなくなってしまっていた。
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