上 下
187 / 396
第3章 絡み合う道

172 ガラテアと破滅欲求

しおりを挟む
「救世の転生者に依らずガラテアから世界を救う?」
「はい。そもそも、この世界アントロゴスの危機を異世界の人間に強制的に背負わせるなど言語道断。本来ならば、この世界に生きる人間が解決すべき話でしょう」

 レンリが告げた言葉を問い気味に繰り返した俺に対し、彼女は本心からそう思っていることを示すように至極真面目な顔で答えた。
 まあ、正論ではあるだろう。
 その正論で世の中が回ればそれに越したことはないが……。
 しかし、この世界のみで対処できなかったからこそ多くの人々が救済を望み、結果として人間原理に基づいた救世の転生者というシステムが生まれたのではなかったか。

「……そんなことが可能なのか?」
「分かりません。ですが、この世界に生きる者としての誇りを失わないためにも、それを追い求め続けることはやめてはならないと思います」
「それは、そうだろうけどな」

 実現可能かどうかはさて置き、彼女の言い分は何も間違っていないとは俺も思う。
 このシステムがなければ、前世の記憶を保ったままこの世界に生を受けることはなかった可能性が高いことを思うと複雑な気持ちが生じない訳ではないが。
 それでもやはり、健全な状態とは言えないのは間違いない。

「けど、それが目的だとして、何で第一目標が救世の転生者を探し出すことなんだ?」
「……業腹ですが、長らく救世の転生者様に頼り切りで代案など誰も考えつかなかったのが現実です。この世界に染まった考え方では、停滞した状況を打破できないのかもしれません。何か、根本から異なる考え方が必要なのだと思います」
「成程。そこで異世界の記憶を持つ俺か」
「はい。結局は救世の転生者様頼りになってしまっていることは本当に情けない限りではありますが、次代以降に負の遺産を引き継がせないためにも、異世界の知識を持つ旦那様にその方法を見つけ出す御助力をお願いしたいのです」

 そう言うと、真剣さを湛えた瞳で見詰めてくるレンリ。
 実際のところ。
 最終的にその目論見が果たせず、旧来の救世の転生者による救済をなさねばならないとしても、ガラテアから世界を救う他の方法を考えておくことは無駄ではない。
 この五百年はうまくいっていたようだが、偶然が重なって救世の転生者による救済が失敗する可能性はゼロとは言えないだろうから。
 実際にそんな方法が確立すれば救世の転生者は用済みだが、別に俺も富や名声が欲しい訳ではない。いや、貰えるなら貰うけども、対価に命懸けの戦いを要求されるぐらいなら。

 今生の目的は親孝行。それと先達として後進を導いていくような人生を歩むことだ。
 なので、救世の転生者が無用の長物となる別の救済方法がいくらあっても構わない。
 そんな思いと共に、了承の意を示そうと口を開くと――。

「それが高度に政治的な判断を要する理由は何なのでしょうか」

 俺の言葉を遮るように、イリュファが横から問う。
 トリリス様に近い彼女も予想がつかないのか、と心の中で疑問を抱く。
 あるいは、分かっていて尋ねているのか。

「ザックリ言うと、救世の転生者に依らない救済方法を確保することは、国にとって一つの外交カードとなり得るからです。もし、その手段を得られたとしても、アクエリアル帝国は勿論、ホウゲツも詳細を他国に伝えることはないでしょう」

 そんなイリュファの問いに、レンリは少々不本意そうな顔をしながら答える。
 ……まあ、それはそうだろう。
 たとえ百年に一度のみの災害のようなものだったとしても。
 自らの力でそれを乗り越えられる術を持つというのは、大きなアドバンテージだ。
 国が占有したくなるのも分かる。

「……あの、幻滅なさいましたか?」

 俺が黙っているのを見て、不安そうな上目遣いを向けてくるレンリ。
 合わせて、どうやらイリュファも俺の様子を窺っているようだ。
 もしかすると先程の問いは、そうした裏側の部分が存在することも理解した上でレンリに協力するか否か判断させようと考えてのものだったのかもしれない。
 とは言え、俺の答えは変わらないが。

「いや、国の対応としては理解できる範疇だし、さすがにそこに口を出すつもりはないよ。俺自身、秘匿されて庇護されている側だしな」

 正直なところ何も考えずに、全て詳らかにしろ、などとは言えない立場にある。

「と言うか、その辺の話は新しい方法を確立できないことには意味がないじゃないか」

 現段階では取らぬ狸の皮算用でしかない。
 あるいは世界中の人の力が必要になる可能性もあるし、逆に、隠匿して封印しなければならないような人道にもとる手段が出てきてしまう可能性だってある。
 時と場合によって対応は臨機応変になるだろうし、ここで是非を論じる意味はない。
 勿論、国の上の方では早々に話し合っておく必要はあるのかもしれないけれども。
 俺にとって、この場で判断材料とすべきことは一つだ。

「それに、最初に言っていた理由はレンリの本心なんだろ?」
「勿論です!」
「だったら、俺は手伝うよ。レンリの考えは間違ってないと思うから」
「あ、ありがとう、ございます。旦那様」

 俺の賛同を得たことが余程嬉しかったのか、安堵と共に瞳を潤ませて微笑むレンリ。
 そんな彼女と図らずも見詰め合う形になり、数秒会話が途切れる。

「そ、それはそれとして。そもそも救世の転生者による救済って、具体的にどういう形なんだ? 今まで聞いたことがなかったけど」

 何となく照れ臭くなって、俺は誤魔化すように話を戻した。
 新しい方法を探すにせよ、旧来の方法は知っておいた方がいいのは確かだ。

「それは……私にも分かりません。が、ガラテアは倒しても百年の間に蓄積された破滅欲求が存在する限り、別の物体を依り代に復活すると言われています。救世の転生者様は、蓄積された破滅欲求自体を消滅させる術をお持ちだったのではないでしょうか」
「少なくとも、俺に心当たりはないけど……イリュファは何か知らないか?」
「詳しいことは私も承知していません。しかし、思念の蓄積により、救世の転生者という属性に自然とそうした力が備わっている可能性はあります」
「成程。けど、それだと参考にはならないな……」

 先天的なガラテア特効みたいなものに頼らずに、ガラテアをどうにかしたい訳で。
 こうなると完全に一から考えないといけないようだ。
 やはり一筋縄ではいかないか。

「世界に蓄積された破滅欲求自体を消し去る方法……」

 そう思考を巡らしながら、頭の中を整理するために呟く。

「そんなもの、個々人が処理すればいいのにな」
「……そう言えば、旦那様の前世の世界では魔物や少女化魔物ロリータ人形化魔物ピグマリオンのような存在はいないんですよね?」

 俺が小さな声で更に続けると、それを聞いていたレンリが顔を上げて口を開く。

「ああ。似たような存在は架空のものとして知られてるけど、実物はいないな」

 今一質問の意図が分からないが、とりあえず答えておく。

「この世界では人間の欲望や悪意、破滅欲求が世界に放出されて蓄積され、それらの存在が生まれますけど、その機構が存在しない世界で人間はどうやって負の感情を処理していたんですか? 恐ろしく殺伐した世界になりそうですけど」
「え? いや、どうやってって言われてもな……普通に、としか言いようがないけど」

 思念を一種のエネルギーと見るなら、世界に負の感情が積み重なれば個人のそれは目減りするのは当然の帰結というものだろう。
 その事実を言い換えれば、この世界の人間はこの機構のおかげで負の感情を抱きにくくなっているということになる。
 しかしながら……。
 俺は正直、新聞などを見る限りでは犯罪率はそんなに変わらない気がしていた。

「普通に、ですか?」
「うん。敢えて言うなら忍耐力で、かな」

 と、答えてから何となく元の世界と大して変わらない理由に思い至る。
 筋肉もそうだが、精神もまた負荷がかからなければ成長はない。
 部分的にせよ、負の感情を世界に持っていかれて自力で抑え込む必要の少ないこの世界の人間は、いわゆる忍耐力が余り育っていないのではないだろうか。
 その結果として、元の世界と同程度に落ち着いてしまっているのだ。
 あくまで推測だが、一つ根拠っぽいものもある。
 この世界での俺。微妙に欲が薄い気がするのだ。
 元の世界で生きていた俺なら、もう少し富や名声への欲求もあったはずなのに。

 しかし、いずれにしても。その状態で一定の釣り合いが取れているのならば、そういうものだとして受け入れておくしかないのだろう。
 この辺はちょっと余談かもしれない。

「何はともあれ、世界に蓄積された破滅欲求をどうにかするというのが基本になるのは確かだと思います。勿論、すぐにアイデアが浮かぶとは考えていません。とりあえずは頭の片隅に置いておいて下さい」
「……分かった。皆も、何か思いついたら教えてくれ」

 レンリの言葉に頷いて、それから周りの皆を見回しながら言う。
 対して彼女達が頷いて応えてくれたのを確認してから、俺は視線を戻した。

「ありがとうございます。旦那様、皆さん」

 ほんの少しだけ肩の荷が下りたと言うように、レンリは表情を和らげて頭を下げる。
 それから姿勢を正した彼女は、しかし、一転して躊躇いがちにもじもじし始めた。

「そ、それはそれとして、一つ旦那様にお願いしたいことがあるのですが」
「何を?」
「明日は学園がお休みなのですが、その連れていって頂きたい場所があるのです。えっと、その……デートがてらに」

 おずおずと言いながら、最後に頬を赤らめて恥ずかしげにつけ加えるレンリ。
 しおらしくしていると純粋に美少女な彼女だけに、ちょっと心臓が高鳴ってしまう。
 軽く深呼吸して心を落ち着ける。

「それは構わないけど、どこに行きたいんだ?」

 そして、努めて平静を装いながら尋ねると――。

「はい。実は……この国で最も優秀な複製師の工房に、連れていって頂きたいのです」

 彼女はそう、余り可愛げのない目的地を告げたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。 目覚めると彼は真っ白な空間にいた。 動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。 神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。 龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。 六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。 神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。 気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...