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第3章 絡み合う道

168 根拠と三大特異思念集積体

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「……俺が、救世の転生者だって?」

 断定するように俺をそう呼んだレンリに、努めて平静を装って否定気味に返す。
 それから馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばすような表情を作ろうとするが――。

「お惚けにならなくて結構ですよ」

 そんな俺の機先を制するように、そう彼女はスッパリと告げた。
 己の考えに微塵も疑いを抱いていないかのような、自信満々の笑みを浮かべながら。
 そこまで確信に満ち満ちた顔を向けられると、たとえ本当は全く関係のない人間だったとしても一瞬そうかもしれないと錯覚しかねないぐらいだ。
 まして事実として救世の転生者である身ならば、内心狼狽せずにはいられない。

「……根拠は?」

 それでも何とか誤魔化そうと、俺はなるべく抑揚を抑えて尋ねた。
 まるで、推理小説で追い詰められた犯人の悪足掻きの如く。

「そうですね。いくつかありますが、確信を抱いたのは私が口にした合法ロリという言葉に、何の疑問も抱かなかったことでしょうか」
「ど……どういうことだ?」
「この世界でロリータと言えば少女化した魔物を指します。その存在と恋愛関係になる上で違法も合法もありませんので、そもそも合法ロリなどという区分は存在しません」

 レンリの指摘に、背中の辺りに嫌な汗が湧き出る。
 いや、これも一種の鎌かけ。作り話かもしれない。

「イリュファ?」

 だから俺は、真偽を確認するために自身の影に視線を落とし、身内の中で最も諸々の事情に通じているだろう彼女の名前を問い気味に呼んだ。

「…………事実です」

 すると、そのイリュファは酷く言い辛そうに答える。
 どうやら、本当に本当のことらしい。……これは詰んだ、か?

「合法ロリという言葉の意味をすんなりと理解できるのは、異世界の記憶を持つ救世の転生者以外あり得ません」
「……ま、待て待て。君はその言葉の意味を知っていたじゃないか」

 レンリの言葉の中に矛盾点を見つけ出し、焦り気味に反論する。
 対して彼女は、その問いは想定済みと言うように軽く微笑んでから答えを口にした。

「私は御祖母様から聞いていましたので」
「御祖母様?」
「はい。先代の救世の転生者様と関わりがあり、直に『人間の合法ロリキタコレ』という言葉を賜ったとか。御祖母様御年五十歳の出来事だったそうです」

 ……一体、何をやっているんだ、先輩は。
 い、いや、今そこは置いておこう。
 状況は不利だ。
 とにもかくにも、突っ込みどころを利用して有耶無耶にする以外にない。

「五十歳で幼い外見だったのか? レンリの御祖母様は」
「ええ。当時の御祖母様もまた若くして皇帝の資格を得ましたので。銀の四肢は成長の抑制のみですが、オリジナルのアガートラムは所有者を完全なる不老とします」

 レンリは更に「あ、私も次代の皇帝候補にこれを奪われない限りは、合法ロリであり続けますよ」と思い出したようにつけ加えるが、そこはスルーしておく。

「そんな人物が、どこで救世の転生者と会ったんだよ」

 皇帝の資格を得た者に対して前述のふざけた発言をぶつける機会がどうやって巡ってくるか、全く想像することができない。
 とは言っても、俺も似た境遇のレンリと一応こうして出くわしている訳だけども。

「私は自発的に探し求めましたが、御祖母様の場合は偶然だったそうです。アガートラムを得た後、見識を深めるために諸国を漫遊していた中で。正に運命の出会いですね」

 うっとりと告げたレンリはハッとわざとらしく俺を見て、少し慌てたような素振りを見せながら口を開く。

「勿論、登校初日で出会えた私達も、運命の結びつきの強さでは負けていませんが」

 ちょいちょい気安い感じの口調と共に妙なアピールを入れてくる彼女だが、申し訳ないけれども今は一々拾ってはいられない。
 どこか内容に穴がないものか、集中して探るので手一杯だ。
 そんな俺の様子に張り合いがなさそうな顔をしたレンリは、仕方がないと言うように真面目な表情を作ると「話が逸れてしまいましたね」と一言置いてから続ける。

「そんな御祖母様から救世の転生者を見分ける方法の一つとして教わっていたので、私は合法ロリという言葉を知っていた訳です。ちなみに、このエピソードは先代様の伝記には記載されていませんし、御祖母様も他言していないとのこと。ですので、御祖母様亡き今、私以外の人間が知っている可能性は限りなく低いと言っていいでしょう」

 イリュファが否定しないところを見るに、これもまた事実か。
 さすがにその極小の可能性をつつくのは、この状況では余り有利には働くまい。
 何か別の切り口から……と考えていると――。

「まあ、それがなくとも実際に拳を交えれば、すぐに確信は得ることができていたはずですが。今の私に勝利できるのは、救世の転生者様ぐらいのものでしょうからね」
「…………大した自信家だな」
「厳然たる事実ですよ。……そうでしょう? ラハ」

 レンリは俺の嫌味っぽい言葉を軽く受け流しつつ、自分の足元へと呼びかける。
 すると、彼女の影の中から一人の少女が現れた。
 人間ではありえない、大海を思わせるような群青の非常に長い髪と瞳。
 間違いなく少女化魔物ロリータだ。
 ロシアの民族衣装っぽいワンピースドレスを着た彼女は、レンリと真性少女契約ロリータコントラクトを結んでいる存在と見て間違いないだろう。

「君は……」
「お初にお目にかかります。ワタクシはリヴァイアサンの少女化魔物。名をラハと申します。よろしくお願い致します、救世の転生者様」
「リ――」
「リヴァイアサンの少女化魔物、ですか!?」

 ラハと名乗った少女の流麗な言葉に俺が反応するのを遮るように、イリュファが真っ先に驚愕の声を上げ、どちらかと言うとそんな彼女の方に吃驚してしまう。
 リヴァイアサンと言えば聖書に登場する海の怪物だが、一般的なファンタジーというジャンルにおいてもかなり名の知れた存在だ。
 RPGなら後半にボスとして登場することが多く、強大な力を持つイメージがある。
 その辺の知識から俺も驚きを抱いてはいたのだが、彼女のそれは俺の比ではない。

「イリュファ、どうしたんだ?」
「は、はい。その、リヴァイアサンという魔物は……その……」
「リヴァイアサンはこの世界において特別強大とされる魔物です。時代時代に一体ずつしか存在しない魔物たる特異思念コンプレックス集積体ユニークの最も有名な事例の一つと言えるでしょう」

 俺の問いに言葉を詰まらせて完全に口を噤んでしまったイリュファに代わり、レンリが紛うことなき事実として淡々と並べるかのように告げる。

「そうした特異思念集積体の中でも、海のリヴァイアサン、地のベヒモス、そして空のジズ。これらは三大特異思念集積体と呼ばれ、特別視されています」
「三大、特異思念集積体…………」
「これらが少女化魔物と化した際に持つ複合発露エクスコンプレックスは他の魔物とは一線を画し、複数の効果を持つものとなります。勿論、それは付随能力ではありませんので、複合発露としての位階を保ちます。ラハの場合、水の生成と操作、そして身体強化と変身ですね」

 位階を保つということは、それら全てが第六位階ということか。
 確かに、魔物の状態で第六位階に相当する力を持つという特異思念集積体ならば、そういうこともあり得るのかもしれない。
 しかし、いくら何でもチート過ぎやしないか。
 そんな感想が口から出そうになるが、何とか飲み込む。
 それ程の力に勝利してしまった俺という構造を鑑みて。
 もはや無駄な足掻きとしか言えないような気がするけれども。

「そして。特異思念集積体たるラハのアーク複合発露エクスコンプレックス制海アビィサル神龍・ヴォーテクス・轟渦インカーネイト〉は第六位階の中でも最高峰の力を持ちます」
「にもかかわらず、いくら真・複合発露とは言え、有り触れた少女化魔物の力で互角に持ち込むなど突出してイメージ力に優れた救世の転生者以外あり得ません」
「要は、勝利のために本気で対抗し過ぎたのです。貴方は。それこそが、何よりの救世の転生者である証明となってしまうと思いもせず」

 交互に告げたレンリとラハを前に、完全に二の句が継げなくなる。

「その刀も。並の相手と戦う分には十分に誤魔化せるでしょうが、さすがにアガートラムと〈制海神龍・轟渦〉による身体強化を重ねた肉体を断ち切るなど、印刀ホウゲツに関連したものでもなければ不可能です」
「そこらの祈望之器では、決してなし得ないことですからね。世界で最も思念が蓄積されているが故に、切れ味も強度も最強である印刀ホウゲツ以外には」
「……つまるところ……この勝負は――」

 死体蹴りのように根拠を重ねる二人に勝利の安堵感は完全に霧散し、言い知れぬ敗北感に肩を落としながら何とか言葉を絞り出す。

「はい。正直なところ。勝とうが負けようが、私はどちらでも構いませんでした。いずれにせよ、私には得るものがありましたので」

 勝てば手駒を、負ければ確信を。
 模擬戦に持ち込まれた時点で、俺は半ば詰んでいたという訳だ。
 いや、セト達との関連性を知られた時点で、と言った方が正しいか。
 ……しかし。それでも。
 模擬戦に勝ったという結果は、様々な結末の中ではまだベターなものであることに違いはないはずだ。今はそう思っておくしかない。
 救世の転生者が個人の下僕では目も当てられない。

「……セト達のことは、約束通り守って貰うぞ」
「はい。他ならぬ私の旦那様のためですから。全力を以って努めます」
「…………私の、旦那様?」
「指切りの契約に、イサク様を主人と仰ぐとあったはずです。その文言通り、主人を立てる妻として今後はお傍で誠心誠意尽くしますので、よろしくお願い致します」

 更にそのように、俺へと追い打ちをかけるように言いながら。
 レンリはキラキラと充実したような笑顔を見せ、美しい姿勢で頭を下げる。
 そんな彼女の酷い屁理屈にもはや、主人違いでは、などと突っ込む気力もなく。
 俺は酷い疲労感を抱きながら、長い長い溜息をつかざるを得なかった。
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