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第2章 人間⇔少女化魔物

146 ピリオドはまだつけられない

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 暴走したリビングデッドの上位少女化魔物エイペクスロリータ暴走パラ複合発露エクスコンプレックス不死鎖縛ロットホラー感染パンデミック〉が引き起こした未曾有の事態は、精神干渉による暴走の鎮静化を以って収束し、一連の出来事はウラバ大事変と名づけられて区切りがついたようだった。
 俺としては正直なところ、ウラバ大災害として分離して貰いたかったところだが。
 被害者でもある彼女、ルコ・ヴィクトちゃんのためにも。

 とは言え、あくまでも根本的な原因は人間至上主義者による人体実験である以上、公には人為的に引き起こされたものとして一緒くたに扱われることになるのだろう。
 事変。少なくとも災害よりは人の手が介在したニュアンスが強いその呼称を前に、彼女が妙な重荷、言わば加害者意識的な罪悪感を持ったりしないで欲しいものだ。

 と、初っ端から話が逸れたが、あの夜の緊急依頼から既に三日の時が過ぎていた。
 その間。つまりルコちゃんを受け渡してから今日までの間、全く音沙汰がなく、ルトアさんやルーフさんから断片的な噂を聞くぐらいしかなかったのだが……。

「今回は、本当に助かったゾ」

 いつものようにルトアさんを通じて呼び出され、今はホウゲツ学園の学園長室の中。
 いつもと違って悪ふざけすることなく、トリリス様は心労を吐き出すように言った。
 ちょっと調子が狂うが、それだけ今回は危険な状況だったという証だろう。
 勿論、彼女達にとっては、トラウマとなった事件をなぞるような展開だったからというところもあるかもしれないが。

「私からも礼を言わせて欲しいのです。イサクのおかげで、過去の事例からすると比較にならない程に被害が少なく終わったのです……」

 ディームさんもまた、珍しく心の底から安堵したような声を出す。
 感染者を殺処分して強引に解決した過去の時とは雲泥の差だけに、以前を知る彼女達からすると、考え得る限り最良の結果だったという感覚になっているのだろう。

 ただ。残念ながら死者がゼロとまではいかなかった。
 と言うのも、最初も最初の段階において。
 ウラバの隣街であるアカハにリビングデッドの群れが到達した際、突発的な魔物の襲撃と見なした警察の要請で魔物駆除専門の少女征服者ロリコン達が対処に出たからだ。
 それによって、数名の感染者が帰らぬ人となってしまったことが判明している。
 勿論、アカハの人々は何も悪くはない。
 まだ事態を把握できていない中で、自分や家族、街の人々を守るための行動に出た者達を、責めることなどできようはずもない。
 当然ながら国も、多くの感染者達も、ルコちゃんも。
 こればかりは予知能力でもない限りは、完全に防ぐことは不可能だ。

 責があるとすれば、人間至上主義組織スプレマシー唯一つ。
 元凶たる彼らへの怒りは募るばかりだ。
 だが、今は。一先ず事態が収束したことを喜んでおこう。

「ヒメも深く感謝していたゾ」
「忙しくて今日は来られなかったですが、よろしく伝えて欲しいと頼まれたのです……」

 どうやら国の象徴、奉献の巫女たるヒメ様は各所への対応に追われているようだ。
 一時的に複数の街の機能が完全に停止してしまったのだ。当然だろう。
 ……しかし、当たり前のことをして殊更褒められると痒くなるな。

「まあ、救世の転生者として当然のことをしたまでですから」
「それは、当然のことでは、ないのです……」

 軽く謙遜した俺に、ディームさんは首を横に振って申し訳なさそうに呟く。
 そう言えば。確か、アコさんもそんなようなことを言っていたっけ。
 彼女達にとっての救世の転生者は、あくまでも最凶の人形化魔物ピグマリオンガラテアへのカウンター的な存在。だから、それ以外の事態ではなるべく無理をさせたくはない、と。
 であれば、言い直しておこう。

「イサク・ファイム・ヨスキとして当然のことをしたまでです」
「……そう、カ」

 アコさんを通じて自分達の考えが伝わっていると理解したようだが、しかし、トリリス様は尚のこと済まなさそうに視線を落として呟いた。
 そんな顔をして欲しくて言った訳ではないのだが……。
 こういう反応をされると、更にフォローしようとするのは逆効果かもしれないな。
 そう考えて、それ以上は何も言わずにおく。

「…………ともあれ、この緊急依頼はこの上ない形で達成して貰った」

 少しの沈黙の後、そこに関しては年の功とでも言うべきか、気持ちを切り替えたように顔を上げて仕切り直すトリリス様。
 続けてディームさんが口を開く。

「ついては、イサクをEX級補導員へと昇格することが決まったのです……」
「………………ん?」

 彼女にサラッと告げられた内容に、一瞬反応が遅れる。
 内容を理解して驚き、脳裏に疑問が湧く。

「い、いやいや、確か昇格の条件は難易度EX級の補導依頼を五回、でしたよね? さすがに救世の転生者だからって贔屓はまずいんじゃないですか? 目立ちますし」
「言いたいことは分からなくもないゾ。しかし、先日イサクに依頼したランブリクの事件もEX級になる訳だけどナ。今回の件が同じ難易度だと思うカ?」
「えっと、それは……まあ……」

 そりゃあ、暴走する少女化魔物ロジュエさんのところへ友人アグリカさんをつれていくだけの簡単なお仕事だったアレとは、段違いだったとは思うけれども。
 単純な難易度的にも、被害的にも、放置した場合に世界へ与える影響的にも。

 EX級という脅威度は、文明社会を滅ぼすことが可能な複合発露エクスコンプレックスを持つ少女化魔物ロリータに与えられるものだが、実際の強さや影響度は千差万別なのだ。

「今回、過去の事例を確実に上回る脅威だったとして、この緊急依頼は特EX級と認定されました。依頼達成でEX級補導員となっても何ら不思議なことはないのです……」
「むしろ足りないぐらいだゾ。特EX級と言えば、ガラテア級の脅威度だからナ」
「余計目立つじゃないですか! 俺が救世の転生者だと広まっちゃいますよ!」
「大丈夫なのです。そもそもホウゲツの高級官僚なら救世の転生者が誰か既に知っていますし、この決定はそちらも承知の上なのです。事件解決の細かな経緯も公には発表されませんし、こうした個人情報はそもそも対外的には秘匿されているのです……」

 ……と言うことは、少なくとも事情を知る者が現時点より増えることはなさそうか。
 事件の現場に新聞記者などが残っているはずもないし、情報源は国に限定される。
 ちょっとしたことでもすぐに拡散されるネット時代に生きていたから強く危機感を抱いたものの、時代的にまだまだ情報統制は容易いだろう。

 高級官僚まで俺が救世の転生者だと把握しているというのは初耳だが、よくよく考えれば、そんな重要な情報を国の上層部で共有していないはずがない。
 そして、そこから情報が漏れる可能性は限りなく低いと考えていい。
 アコさんチェックが定期的にあると予測できるし。

「だから、自分からEX級だと触れ回りでもしない限り、目立つということはあり得ないゾ。ジャスターやシニッドとは違って、完全に内内の話に過ぎないからナ」

 今回の件は何とか国内で収まった訳だから、俺が気をつければ問題なさそうだ。
 むしろランブリクで依頼をこなしてきたことの方が、目立っているかもしれない。
 まあ、五百年もの間、救世の転生者をサポートする役割を果たしてきた彼女達が、俺の不利になるような真似をするはずがない。
 そちらも違和感を持たれないように手を回しているに違いない。

「重い使命を果たす分、イサクにはいい生活を送って欲しいのです……」
「先払いの対価、という奴だナ。ああ、勿論、特別手当も別に出るゾ」
「…………まあ、そういうことなら。ありがたく頂戴します」

 強く乞うように、必死さのようなものを声色に滲ませて言う二人に頷く。
 そこまで言ってくれるのに拒否するのは彼女達にも悪い。
 金があれば、セト達弟達にいいものを食べさせたりしてやれる訳だし。
 貰えるものは貰っておくとしよう。

「ところで、ルコちゃんの様子はどうです?」

 一先ず話は一区切りしたと考えて、気になっていた部分について尋ねる。
 あれから三日。そろそろ目を覚ましてもいい頃合いだが――。

「まだ意識が戻ったという話は……ん?」

 トリリス様の返答を遮るように、学園長室の扉が少し荒めにノックされる。

「トリリス様、ルトアです!」
「入っていいゾ」
「失礼します!!」

 食い気味に言いながら入ってきたルトアさん。
 ちょっと慌てているようだ。

「そんなに急いで一体どうしたのです……?」
「イサク君にアコ様から緊急依頼です!」
「ん? 俺ですか?」
「はい! 至急、特別収容施設ハスノハまで来て欲しいとのことです!」
「……何の用件かは言ってました?」

 このタイミングで? と思いながら、嫌な予感がして問いかける。

「ええと、今回の被害者の少女が目を覚ましたそうなのですが……」
「何か問題でもあったのカ?」
「はい。その、詳細は分かりませんが、命に関わる事態、だそうです!」
「命!?」

 ルトアさんの言葉に、思わず声が大きくなる。
 人間至上主義者の人体実験に巻き込まれ、リビングデッドの上位少女化魔物と成り果てた挙句に暴走した不幸な少女。
 ようやく鎮静化して助け出されたばかりだと言うのに、一体何があったと言うのか。
 疑問の視線をルトアさんに向ける。が、彼女はそこまでは知らないようだ。
 アコさんに直接聞くしかない。

「トリリス様」
「ワタシ達の話は終わった。行っていいゾ」
「はい。失礼します」

 だから俺は、そう断ると学園長室を出て、特別収容施設ハスノハへと急いだ。
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