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第2章 人間⇔少女化魔物
120 後始末
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「あの、二人共」
折角の感動の再会。
場の雰囲気を読むなら、もう少しの間アグリカさんとロジュエさんをその空気に浸らせて上げた方がよかったかもしれない。
しかし、まだちょっと後始末が必要だろう部分が残っている。なので――。
「そろそろいいですか?」
少々心苦しいが、俺は抱き締め合う二人に近づいて声をかけた。
すると、彼女達は二人共、ビクッと体を震わせて俺を振り返る。
完全に二人の世界に入っていたようだ。
「あわわ」
幼子をあやすように優しくロジュエさんの頭を撫でていたアグリカさんは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「だ、誰!?」
対照的にロジュエさんの方は、不審者を見るような厳しい視線を俺に向けながら、アグリカさんを庇うように一歩前に出てきた。
どうやら暴走中、俺の存在については一欠片も認識できていなかったようだ。
「人間が……何の用!?」
暴走状態の後遺症でガラガラになった己の声に一瞬眉をひそめ、しかし、喉の痛みに耐えるようにしながら彼女は更に敵意を向けてくる。
アグリカさんが拉致されたこともあってか、警戒心がかなり高まっているようだ。
妙な真似をすれば、宝石化してやるという意思がヒシヒシと感じられる。が――。
「……って、何か冷たいのが降ってる!?」
次の瞬間、ハラハラと空から降ってきた白いものがロジュエさんの鼻に乗り、彼女は驚いたようにキョロキョロと周囲を見回し始めた。
「な、何、これ」
「ロジュエ、これは雪よ」
混乱した様子のロジュエさんに、アグリカさんが子供を教育するような口調で言う。
言ってから、彼女もまた不思議そうに首を傾げた。
「……でも、サウセンドで雪なんて」
自分の目の前に落ちてきた一粒に手を伸ばしつつ、困惑の声を上げる。
ここサウセンドは、元の世界で言えばベトナムのホーチミン。
気候もそれに準じているだろうから、冬でも普通に最低温度が二十度を超える。
五月初めのこの時期ともなれば、熱帯夜もザラ。
当然、昼過ぎぐらいの今は実のところ滅茶苦茶暑い。
俺は祈念魔法で誤魔化しているので平気だが…………まあ、そこは余談だ。
とにもかくにも、サウセンドは基本的に雪が降らないと考えていい。
まだ生まれて一年程度のロジュエさんが見たことがなくても、何ら不思議ではない。
「もしかして、イサク様が何か?」
そんな環境下にありながら俺が氷を操り、巨人さえ生み出したのを目の当たりにしているアグリカさんは、尚も降り続けている雪が俺の仕業だと考えたようだ。
実際それは正解で、俺はロジュエさんの暴走が静まった辺りから、さり気なく雪を降らせていた。想定している後始末の一助となるように。
「ね、ねえ、リカ姉。そのイサク様って何?」
「暴走した貴方を救うため、ホウゲツから来て下さった補導員の方よ。貴方の暴走・複合発露を掻い潜って、私をここまで連れてきてくれたの。感謝しないと駄目よ」
「ええ!? この子供が!?」
信じられないと言いたげな顔で俺を見るロジュエさん。
まあ、このなりでは仕方がない反応だろうが……。
「こら! 失礼なことを言わない!」
一応、手助けをして貰った立場であるアグリカさんは慌てたように窘める。
「ご、ごめん、リカ姉」
「謝るのは私にじゃないでしょ?」
「う……ごめんなさい、イサク様」
更に彼女に注意され、ロジュエさんは俺に対して素直に謝罪を口にした。
保護者であり、姉のような存在であるアグリカさんには頭が上がらないようだ。
真似をするように敬称をわざわざ使っているところも含め、微笑ましい。
まあ、ここは軽くフォローして本題に入ろう。
「大丈夫ですよ。慣れてますから。それよりもロジュエさん」
「えっと、何、ですか?」
アグリカさんの様子を窺いながら、たどたどしく丁寧語を使うロジュエさん。
「アグリカさんが拉致された後、脅しに来た人間か少女化魔物がいたはずですが――」
「あ、そうだ! あいつら、よくも!!」
彼女は俺の言葉で怒りを思い出したらしく、激しく地団太を踏む。
結構、血気盛んな子だ。だからこそ、あれだけ暴走したとも言えるが……。
それはともかくとして、その辺りを完全に放置して帰国するのは寝覚めが悪い。
ある程度、後始末をつけておかないといけない。
「実行犯達はロジュエさんが暴走した時、真っ先に宝石化したはずです。暴走が静まった今、宝石化が解かれ、泡を食って逃げ出しているでしょう」
「じゃあ、捕まえないと!」
「はい。ですが、その前に……この方角に、慌てふためくようにサウセンドから逃げ出そうとしている四人がいるのですが、心当たりがありますか?」
「え!? 何で分かるの? 確かにあっちのあの場所にいたのは四人だったけど……」
俺が人差し指を向けた先と語った内容に、驚愕を顕にするロジュエさん。
驚きの余り、完全に丁寧語が抜け落ちている。別に構わないので指摘しないが。
「そういう複合発露もあるってことです」
厳密には、サユキの種族特性的なものなので複合発露そのものではないが、それに関してはこの場で一々説明する程のものではないだろう。
その雪を用いた探知だが、今回はサユキとの共同作業ではないため、範囲は少々狭い。
それでも、どうやら引っかかってくれたようだった。
勿論、ロジュエさんがアグリカさんのことで脅された場所は果樹園からそう離れたところではないだろう、と予測していたからこそ単独で使用した訳だが。
「ともかく、その四人を捕まえておきましょう。お二人の今後の平穏のためにも」
自分を拉致したり、脅してきたりした存在が野放しになっている状況では、いくら暴走を鎮めることができたと言っても心にしこりが残る。
捕まえられるものなら捕まえておくべきだ。
「一応、顔の確認をして欲しいので、ロジュエさんには一緒に来て欲しいのですが……」
「うん。分かった」
「アグリカさんは警察に」
「分かりました。ロジュエをお願いします」
そして、浮遊の祈念魔法を自分とロジュエさんを対象に使用し、念のために身体強化も彼女に付与してから、犯人と思われる者達がいるだろう場所へと向かう。
「そ、空、空飛んでる!」
これもまた初体験らしく、一瞬目的を忘れたように慌てふためくロジュエさん。
諸々のコントロールはこちらで行っているから尚のことだろう。しかし――。
「あ、あいつら!!」
サウセンドの外れで街から出ようとしている四人を発見した瞬間、顔色を変える。
「あの四人ですか?」
俺の問いに、怒りを湛えながら頷くロジュエさん。
どうやら彼らで間違いないようだ。
「では」
間髪容れず、真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を発動して四人を凍結させる。
距離的にこちらには気づいていなかったため、当然、悲鳴の一つも上がらない。
「え?」
その光景、展開の速さにロジュエさんも呆然とする。
結果として街一つが宝石化するという大きな事件の切っかけとなった者達だが、余りにも静かで呆気ない幕切れと言えるだろう。
まあ、元々アグリカさんを拉致してロジュエさんに言うことを聞かせようとしていた程度の小物なのだから、当然と言えば当然だが。
「い、一瞬で……」
問答無用の攻撃によって、足早に街から立ち去ろうとしている正にその体勢のまま氷漬けになった彼らを、驚愕と共に呟きながら見下ろすロジュエさん。
そうした感情が先立ち、怒りも引っ込んでしまったようだ。
暴走していた時に貴方も同じようなことをしたんですよ、とは言わないでおく。
少し同情気味になっているところを見るに、無用な罪悪感を抱きそうだし。
ちなみに俺のこの行為。法律違反にはならない。
ちゃんと入国の際、担当の職員に確認してある。
長い間、宝石化していたとは言え、相手は現行犯扱いなので私人逮捕が可能だ。
決して私刑ではない。
法治国家に生きるなら、法には従わなければならない。
「さて、戻りましょうか」
そうして俺は、口を噤んだままでいるロジュエさんを促し、祈念魔法を用いて四つの氷塊を運びながら飛んできた道を引き返した。
その途中、警官を引き連れて俺達が飛んだ方角へと向かってきていたアグリカさんと合流し、そこで犯人達の氷結を解いて引き渡す。
彼らは何が何だか分からないという反応をしていたが、何人もの警官の姿を目の当たりにして観念したらしく、大人しく連れてかれていった。
後には俺とアグリカさん、ロジュエさん。それと一人の警官が残る。
当然ながら宝石化を行った張本人であるロジュエさんも聴取は避けられない。
まあ、その前に病院行きだろうが……。
「彼らとは別に、金で雇われてアグリカさんを拉致した少女化魔物もいるはずです。暴走、宝石化の事実を知って逃げたと思われますが、そちらの捜索はお願いします」
ともかく、その警官には手がかりがなく、探しようのない部分について頼んでおく。
これで後始末は一段落というところだ。
一つ息を吐き、その間ずっと黙り込んでいたロジュエさんを振り返る。
「……ロジュエさん。大丈夫ですか?」
アグリカさんとの再会、犯人の確保。
気を張っていたがために疲労も感じなかったのだろうが、そろそろ限界なのかもしれない。あるいは何か別に、暴走の後遺症が出ているのか。
心配して問いかける。
「世界って広いんだなあって思って」
と、ロジュエさんは俺について特に言うように視線を向けてきた。
少女化魔物として生まれて一年程度である彼女だから尚のこと、一連の事件によって殊更価値観を大きく揺さ振られてしまったようだ。
いずれにしても、人間の犯罪の被害に遭っただけに、俺の手助けで多少なり人間への悪感情が改善されてくれればいいが。
そんなことを思いながら一先ず体調は問題なさそうなロジュエさんに微笑み、それから同じように彼女を見守っていたアグリカさんへと顔を向ける。
「さて、アグリカさん。これで依頼は完了ということでいいですか?」
「あ……はい。イサク様、本当にありがとうございました」
「いえ。最後はアグリカさんの頑張りの賜物ですよ」
深々と頭を下げて感謝を口にするアグリカさんにそう返すと、彼女は少し驚いたような顔をしてから柔らかな表情を見せてくれた。
これが本来のアグリカさんの姿なのだろう。いい追加報酬だ。
「では、そろそろ俺は行きます」
「はい。…………あの、また来て下さい。その時はおいしい果物を用意しますから」
そして俺は、仄かに頬を赤らめながらそう言うアグリカさんに頷いてから、帰国の手続きをするためにポーランスへと飛び立ったのだった。
折角の感動の再会。
場の雰囲気を読むなら、もう少しの間アグリカさんとロジュエさんをその空気に浸らせて上げた方がよかったかもしれない。
しかし、まだちょっと後始末が必要だろう部分が残っている。なので――。
「そろそろいいですか?」
少々心苦しいが、俺は抱き締め合う二人に近づいて声をかけた。
すると、彼女達は二人共、ビクッと体を震わせて俺を振り返る。
完全に二人の世界に入っていたようだ。
「あわわ」
幼子をあやすように優しくロジュエさんの頭を撫でていたアグリカさんは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「だ、誰!?」
対照的にロジュエさんの方は、不審者を見るような厳しい視線を俺に向けながら、アグリカさんを庇うように一歩前に出てきた。
どうやら暴走中、俺の存在については一欠片も認識できていなかったようだ。
「人間が……何の用!?」
暴走状態の後遺症でガラガラになった己の声に一瞬眉をひそめ、しかし、喉の痛みに耐えるようにしながら彼女は更に敵意を向けてくる。
アグリカさんが拉致されたこともあってか、警戒心がかなり高まっているようだ。
妙な真似をすれば、宝石化してやるという意思がヒシヒシと感じられる。が――。
「……って、何か冷たいのが降ってる!?」
次の瞬間、ハラハラと空から降ってきた白いものがロジュエさんの鼻に乗り、彼女は驚いたようにキョロキョロと周囲を見回し始めた。
「な、何、これ」
「ロジュエ、これは雪よ」
混乱した様子のロジュエさんに、アグリカさんが子供を教育するような口調で言う。
言ってから、彼女もまた不思議そうに首を傾げた。
「……でも、サウセンドで雪なんて」
自分の目の前に落ちてきた一粒に手を伸ばしつつ、困惑の声を上げる。
ここサウセンドは、元の世界で言えばベトナムのホーチミン。
気候もそれに準じているだろうから、冬でも普通に最低温度が二十度を超える。
五月初めのこの時期ともなれば、熱帯夜もザラ。
当然、昼過ぎぐらいの今は実のところ滅茶苦茶暑い。
俺は祈念魔法で誤魔化しているので平気だが…………まあ、そこは余談だ。
とにもかくにも、サウセンドは基本的に雪が降らないと考えていい。
まだ生まれて一年程度のロジュエさんが見たことがなくても、何ら不思議ではない。
「もしかして、イサク様が何か?」
そんな環境下にありながら俺が氷を操り、巨人さえ生み出したのを目の当たりにしているアグリカさんは、尚も降り続けている雪が俺の仕業だと考えたようだ。
実際それは正解で、俺はロジュエさんの暴走が静まった辺りから、さり気なく雪を降らせていた。想定している後始末の一助となるように。
「ね、ねえ、リカ姉。そのイサク様って何?」
「暴走した貴方を救うため、ホウゲツから来て下さった補導員の方よ。貴方の暴走・複合発露を掻い潜って、私をここまで連れてきてくれたの。感謝しないと駄目よ」
「ええ!? この子供が!?」
信じられないと言いたげな顔で俺を見るロジュエさん。
まあ、このなりでは仕方がない反応だろうが……。
「こら! 失礼なことを言わない!」
一応、手助けをして貰った立場であるアグリカさんは慌てたように窘める。
「ご、ごめん、リカ姉」
「謝るのは私にじゃないでしょ?」
「う……ごめんなさい、イサク様」
更に彼女に注意され、ロジュエさんは俺に対して素直に謝罪を口にした。
保護者であり、姉のような存在であるアグリカさんには頭が上がらないようだ。
真似をするように敬称をわざわざ使っているところも含め、微笑ましい。
まあ、ここは軽くフォローして本題に入ろう。
「大丈夫ですよ。慣れてますから。それよりもロジュエさん」
「えっと、何、ですか?」
アグリカさんの様子を窺いながら、たどたどしく丁寧語を使うロジュエさん。
「アグリカさんが拉致された後、脅しに来た人間か少女化魔物がいたはずですが――」
「あ、そうだ! あいつら、よくも!!」
彼女は俺の言葉で怒りを思い出したらしく、激しく地団太を踏む。
結構、血気盛んな子だ。だからこそ、あれだけ暴走したとも言えるが……。
それはともかくとして、その辺りを完全に放置して帰国するのは寝覚めが悪い。
ある程度、後始末をつけておかないといけない。
「実行犯達はロジュエさんが暴走した時、真っ先に宝石化したはずです。暴走が静まった今、宝石化が解かれ、泡を食って逃げ出しているでしょう」
「じゃあ、捕まえないと!」
「はい。ですが、その前に……この方角に、慌てふためくようにサウセンドから逃げ出そうとしている四人がいるのですが、心当たりがありますか?」
「え!? 何で分かるの? 確かにあっちのあの場所にいたのは四人だったけど……」
俺が人差し指を向けた先と語った内容に、驚愕を顕にするロジュエさん。
驚きの余り、完全に丁寧語が抜け落ちている。別に構わないので指摘しないが。
「そういう複合発露もあるってことです」
厳密には、サユキの種族特性的なものなので複合発露そのものではないが、それに関してはこの場で一々説明する程のものではないだろう。
その雪を用いた探知だが、今回はサユキとの共同作業ではないため、範囲は少々狭い。
それでも、どうやら引っかかってくれたようだった。
勿論、ロジュエさんがアグリカさんのことで脅された場所は果樹園からそう離れたところではないだろう、と予測していたからこそ単独で使用した訳だが。
「ともかく、その四人を捕まえておきましょう。お二人の今後の平穏のためにも」
自分を拉致したり、脅してきたりした存在が野放しになっている状況では、いくら暴走を鎮めることができたと言っても心にしこりが残る。
捕まえられるものなら捕まえておくべきだ。
「一応、顔の確認をして欲しいので、ロジュエさんには一緒に来て欲しいのですが……」
「うん。分かった」
「アグリカさんは警察に」
「分かりました。ロジュエをお願いします」
そして、浮遊の祈念魔法を自分とロジュエさんを対象に使用し、念のために身体強化も彼女に付与してから、犯人と思われる者達がいるだろう場所へと向かう。
「そ、空、空飛んでる!」
これもまた初体験らしく、一瞬目的を忘れたように慌てふためくロジュエさん。
諸々のコントロールはこちらで行っているから尚のことだろう。しかし――。
「あ、あいつら!!」
サウセンドの外れで街から出ようとしている四人を発見した瞬間、顔色を変える。
「あの四人ですか?」
俺の問いに、怒りを湛えながら頷くロジュエさん。
どうやら彼らで間違いないようだ。
「では」
間髪容れず、真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を発動して四人を凍結させる。
距離的にこちらには気づいていなかったため、当然、悲鳴の一つも上がらない。
「え?」
その光景、展開の速さにロジュエさんも呆然とする。
結果として街一つが宝石化するという大きな事件の切っかけとなった者達だが、余りにも静かで呆気ない幕切れと言えるだろう。
まあ、元々アグリカさんを拉致してロジュエさんに言うことを聞かせようとしていた程度の小物なのだから、当然と言えば当然だが。
「い、一瞬で……」
問答無用の攻撃によって、足早に街から立ち去ろうとしている正にその体勢のまま氷漬けになった彼らを、驚愕と共に呟きながら見下ろすロジュエさん。
そうした感情が先立ち、怒りも引っ込んでしまったようだ。
暴走していた時に貴方も同じようなことをしたんですよ、とは言わないでおく。
少し同情気味になっているところを見るに、無用な罪悪感を抱きそうだし。
ちなみに俺のこの行為。法律違反にはならない。
ちゃんと入国の際、担当の職員に確認してある。
長い間、宝石化していたとは言え、相手は現行犯扱いなので私人逮捕が可能だ。
決して私刑ではない。
法治国家に生きるなら、法には従わなければならない。
「さて、戻りましょうか」
そうして俺は、口を噤んだままでいるロジュエさんを促し、祈念魔法を用いて四つの氷塊を運びながら飛んできた道を引き返した。
その途中、警官を引き連れて俺達が飛んだ方角へと向かってきていたアグリカさんと合流し、そこで犯人達の氷結を解いて引き渡す。
彼らは何が何だか分からないという反応をしていたが、何人もの警官の姿を目の当たりにして観念したらしく、大人しく連れてかれていった。
後には俺とアグリカさん、ロジュエさん。それと一人の警官が残る。
当然ながら宝石化を行った張本人であるロジュエさんも聴取は避けられない。
まあ、その前に病院行きだろうが……。
「彼らとは別に、金で雇われてアグリカさんを拉致した少女化魔物もいるはずです。暴走、宝石化の事実を知って逃げたと思われますが、そちらの捜索はお願いします」
ともかく、その警官には手がかりがなく、探しようのない部分について頼んでおく。
これで後始末は一段落というところだ。
一つ息を吐き、その間ずっと黙り込んでいたロジュエさんを振り返る。
「……ロジュエさん。大丈夫ですか?」
アグリカさんとの再会、犯人の確保。
気を張っていたがために疲労も感じなかったのだろうが、そろそろ限界なのかもしれない。あるいは何か別に、暴走の後遺症が出ているのか。
心配して問いかける。
「世界って広いんだなあって思って」
と、ロジュエさんは俺について特に言うように視線を向けてきた。
少女化魔物として生まれて一年程度である彼女だから尚のこと、一連の事件によって殊更価値観を大きく揺さ振られてしまったようだ。
いずれにしても、人間の犯罪の被害に遭っただけに、俺の手助けで多少なり人間への悪感情が改善されてくれればいいが。
そんなことを思いながら一先ず体調は問題なさそうなロジュエさんに微笑み、それから同じように彼女を見守っていたアグリカさんへと顔を向ける。
「さて、アグリカさん。これで依頼は完了ということでいいですか?」
「あ……はい。イサク様、本当にありがとうございました」
「いえ。最後はアグリカさんの頑張りの賜物ですよ」
深々と頭を下げて感謝を口にするアグリカさんにそう返すと、彼女は少し驚いたような顔をしてから柔らかな表情を見せてくれた。
これが本来のアグリカさんの姿なのだろう。いい追加報酬だ。
「では、そろそろ俺は行きます」
「はい。…………あの、また来て下さい。その時はおいしい果物を用意しますから」
そして俺は、仄かに頬を赤らめながらそう言うアグリカさんに頷いてから、帰国の手続きをするためにポーランスへと飛び立ったのだった。
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