上 下
131 / 396
第2章 人間⇔少女化魔物

120 後始末

しおりを挟む
「あの、二人共」

 折角の感動の再会。
 場の雰囲気を読むなら、もう少しの間アグリカさんとロジュエさんをその空気に浸らせて上げた方がよかったかもしれない。
 しかし、まだちょっと後始末が必要だろう部分が残っている。なので――。

「そろそろいいですか?」

 少々心苦しいが、俺は抱き締め合う二人に近づいて声をかけた。
 すると、彼女達は二人共、ビクッと体を震わせて俺を振り返る。
 完全に二人の世界に入っていたようだ。

「あわわ」

 幼子をあやすように優しくロジュエさんの頭を撫でていたアグリカさんは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして視線を逸らす。

「だ、誰!?」

 対照的にロジュエさんの方は、不審者を見るような厳しい視線を俺に向けながら、アグリカさんを庇うように一歩前に出てきた。
 どうやら暴走中、俺の存在については一欠片も認識できていなかったようだ。

「人間が……何の用!?」

 暴走状態の後遺症でガラガラになった己の声に一瞬眉をひそめ、しかし、喉の痛みに耐えるようにしながら彼女は更に敵意を向けてくる。
 アグリカさんが拉致されたこともあってか、警戒心がかなり高まっているようだ。
 妙な真似をすれば、宝石化してやるという意思がヒシヒシと感じられる。が――。

「……って、何か冷たいのが降ってる!?」

 次の瞬間、ハラハラと空から降ってきた白いものがロジュエさんの鼻に乗り、彼女は驚いたようにキョロキョロと周囲を見回し始めた。

「な、何、これ」
「ロジュエ、これは雪よ」

 混乱した様子のロジュエさんに、アグリカさんが子供を教育するような口調で言う。
 言ってから、彼女もまた不思議そうに首を傾げた。

「……でも、サウセンドで雪なんて」

 自分の目の前に落ちてきた一粒に手を伸ばしつつ、困惑の声を上げる。
 ここサウセンドは、元の世界で言えばベトナムのホーチミン。
 気候もそれに準じているだろうから、冬でも普通に最低・・温度が二十度を超える。
 五月初めのこの時期ともなれば、熱帯夜もザラ。
 当然、昼過ぎぐらいの今は実のところ滅茶苦茶暑い。
 俺は祈念魔法で誤魔化しているので平気だが…………まあ、そこは余談だ。
 とにもかくにも、サウセンドは基本的に雪が降らないと考えていい。
 まだ生まれて一年程度のロジュエさんが見たことがなくても、何ら不思議ではない。

「もしかして、イサク様が何か?」

 そんな環境下にありながら俺が氷を操り、巨人さえ生み出したのを目の当たりにしているアグリカさんは、尚も降り続けている雪が俺の仕業だと考えたようだ。
 実際それは正解で、俺はロジュエさんの暴走が静まった辺りから、さり気なく雪を降らせていた。想定している後始末の一助となるように。

「ね、ねえ、リカ姉。そのイサク様って何?」
「暴走した貴方を救うため、ホウゲツから来て下さった補導員の方よ。貴方の暴走パラ複合発露エクスコンプレックスを掻い潜って、私をここまで連れてきてくれたの。感謝しないと駄目よ」
「ええ!? この子供が!?」

 信じられないと言いたげな顔で俺を見るロジュエさん。
 まあ、このなりでは仕方がない反応だろうが……。

「こら! 失礼なことを言わない!」

 一応、手助けをして貰った立場であるアグリカさんは慌てたように窘める。

「ご、ごめん、リカ姉」
「謝るのは私にじゃないでしょ?」
「う……ごめんなさい、イサク様」

 更に彼女に注意され、ロジュエさんは俺に対して素直に謝罪を口にした。
 保護者であり、姉のような存在であるアグリカさんには頭が上がらないようだ。
 真似をするように敬称をわざわざ使っているところも含め、微笑ましい。
 まあ、ここは軽くフォローして本題に入ろう。

「大丈夫ですよ。慣れてますから。それよりもロジュエさん」
「えっと、何、ですか?」

 アグリカさんの様子を窺いながら、たどたどしく丁寧語を使うロジュエさん。

「アグリカさんが拉致された後、脅しに来た人間か少女化魔物ロリータがいたはずですが――」
「あ、そうだ! あいつら、よくも!!」

 彼女は俺の言葉で怒りを思い出したらしく、激しく地団太を踏む。
 結構、血気盛んな子だ。だからこそ、あれだけ暴走したとも言えるが……。
 それはともかくとして、その辺りを完全に放置して帰国するのは寝覚めが悪い。
 ある程度、後始末をつけておかないといけない。

「実行犯達はロジュエさんが暴走した時、真っ先に宝石化したはずです。暴走が静まった今、宝石化が解かれ、泡を食って逃げ出しているでしょう」
「じゃあ、捕まえないと!」
「はい。ですが、その前に……この方角に、慌てふためくようにサウセンドから逃げ出そうとしている四人がいるのですが、心当たりがありますか?」
「え!? 何で分かるの? 確かにあっちのあの場所にいたのは四人だったけど……」

 俺が人差し指を向けた先と語った内容に、驚愕を顕にするロジュエさん。
 驚きの余り、完全に丁寧語が抜け落ちている。別に構わないので指摘しないが。

「そういう複合発露エクスコンプレックスもあるってことです」

 厳密には、サユキの種族特性的なものなので複合発露そのものではないが、それに関してはこの場で一々説明する程のものではないだろう。
 その雪を用いた探知だが、今回はサユキとの共同作業ではないため、範囲は少々狭い。
 それでも、どうやら引っかかってくれたようだった。
 勿論、ロジュエさんがアグリカさんのことで脅された場所は果樹園からそう離れたところではないだろう、と予測していたからこそ単独で使用した訳だが。

「ともかく、その四人を捕まえておきましょう。お二人の今後の平穏のためにも」

 自分を拉致したり、脅してきたりした存在が野放しになっている状況では、いくら暴走を鎮めることができたと言っても心にしこりが残る。
 捕まえられるものなら捕まえておくべきだ。

「一応、顔の確認をして欲しいので、ロジュエさんには一緒に来て欲しいのですが……」
「うん。分かった」
「アグリカさんは警察に」
「分かりました。ロジュエをお願いします」

 そして、浮遊の祈念魔法を自分とロジュエさんを対象に使用し、念のために身体強化も彼女に付与してから、犯人と思われる者達がいるだろう場所へと向かう。

「そ、空、空飛んでる!」

 これもまた初体験らしく、一瞬目的を忘れたように慌てふためくロジュエさん。
 諸々のコントロールはこちらで行っているから尚のことだろう。しかし――。

「あ、あいつら!!」

 サウセンドの外れで街から出ようとしている四人を発見した瞬間、顔色を変える。

「あの四人ですか?」

 俺の問いに、怒りを湛えながら頷くロジュエさん。
 どうやら彼らで間違いないようだ。

「では」

 間髪容れず、アーク複合発露エクスコンプレックス万有アブソリュート凍結コンジール封緘サスペンド〉を発動して四人を凍結させる。
 距離的にこちらには気づいていなかったため、当然、悲鳴の一つも上がらない。

「え?」

 その光景、展開の速さにロジュエさんも呆然とする。
 結果として街一つが宝石化するという大きな事件の切っかけとなった者達だが、余りにも静かで呆気ない幕切れと言えるだろう。
 まあ、元々アグリカさんを拉致してロジュエさんに言うことを聞かせようとしていた程度の小物なのだから、当然と言えば当然だが。

「い、一瞬で……」

 問答無用の攻撃によって、足早に街から立ち去ろうとしている正にその体勢のまま氷漬けになった彼らを、驚愕と共に呟きながら見下ろすロジュエさん。
 そうした感情が先立ち、怒りも引っ込んでしまったようだ。
 暴走していた時に貴方も同じようなことをしたんですよ、とは言わないでおく。
 少し同情気味になっているところを見るに、無用な罪悪感を抱きそうだし。

 ちなみに俺のこの行為。法律違反にはならない。
 ちゃんと入国の際、担当の職員に確認してある。
 長い間、宝石化していたとは言え、相手は現行犯扱いなので私人逮捕が可能だ。
 決して私刑ではない。
 法治国家に生きるなら、法には従わなければならない。

「さて、戻りましょうか」

 そうして俺は、口を噤んだままでいるロジュエさんを促し、祈念魔法を用いて四つの氷塊を運びながら飛んできた道を引き返した。
 その途中、警官を引き連れて俺達が飛んだ方角へと向かってきていたアグリカさんと合流し、そこで犯人達の氷結を解いて引き渡す。
 彼らは何が何だか分からないという反応をしていたが、何人もの警官の姿を目の当たりにして観念したらしく、大人しく連れてかれていった。

 後には俺とアグリカさん、ロジュエさん。それと一人の警官が残る。
 当然ながら宝石化を行った張本人であるロジュエさんも聴取は避けられない。
 まあ、その前に病院行きだろうが……。

「彼らとは別に、金で雇われてアグリカさんを拉致した少女化魔物もいるはずです。暴走、宝石化の事実を知って逃げたと思われますが、そちらの捜索はお願いします」

 ともかく、その警官には手がかりがなく、探しようのない部分について頼んでおく。
 これで後始末は一段落というところだ。
 一つ息を吐き、その間ずっと黙り込んでいたロジュエさんを振り返る。

「……ロジュエさん。大丈夫ですか?」

 アグリカさんとの再会、犯人の確保。
 気を張っていたがために疲労も感じなかったのだろうが、そろそろ限界なのかもしれない。あるいは何か別に、暴走の後遺症が出ているのか。
 心配して問いかける。

「世界って広いんだなあって思って」

 と、ロジュエさんは俺について特に言うように視線を向けてきた。
 少女化魔物として生まれて一年程度である彼女だから尚のこと、一連の事件によって殊更価値観を大きく揺さ振られてしまったようだ。
 いずれにしても、人間の犯罪の被害に遭っただけに、俺の手助けで多少なり人間への悪感情が改善されてくれればいいが。
 そんなことを思いながら一先ず体調は問題なさそうなロジュエさんに微笑み、それから同じように彼女を見守っていたアグリカさんへと顔を向ける。

「さて、アグリカさん。これで依頼は完了ということでいいですか?」
「あ……はい。イサク様、本当にありがとうございました」
「いえ。最後はアグリカさんの頑張りの賜物ですよ」

 深々と頭を下げて感謝を口にするアグリカさんにそう返すと、彼女は少し驚いたような顔をしてから柔らかな表情を見せてくれた。
 これが本来のアグリカさんの姿なのだろう。いい追加報酬だ。

「では、そろそろ俺は行きます」
「はい。…………あの、また来て下さい。その時はおいしい果物を用意しますから」

 そして俺は、仄かに頬を赤らめながらそう言うアグリカさんに頷いてから、帰国の手続きをするためにポーランスへと飛び立ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語

京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。 なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。 要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。 <ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜

平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。 途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。 さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。 魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。

処理中です...