上 下
88 / 396
第1章 少女が統べる国と嘱託補導員

082 幽霊目撃談の出どころ

しおりを挟む
「とりあえず、その話。詳しく聞かせて下さいますか?」

 元の世界で生きていた時ならいざ知らず、人の思念が影響力を持つこの世界ならば幽霊の存在も頭ごなしには否定できない。
 そもそも俺自身、一度死んで転生している訳だしな。
 幽霊の一つや二つ存在してもおかしくはない。
 幽霊を見たなどと言う眉唾な話も、調査する価値はある。

「リヴェスさん。私からもお願いします!」
「勿論いいわよ、と言いたいところだけれど……私も幽霊を見たって以上のことは知らないの。本人から直接聞いた方がいいんじゃないかしら」
「本人から?」
「そうそう。丁度あそこのテーブル席で食事してるわ」

 リヴェスさんの視線を辿ると、一人の男性がパートナーの少女化魔物ロリータと思しき少女と共に、俺達と同じ特選カレーライスを食べていた。
 こちらと違うのは、酒と思しき飲みものが置かれている点か。

「……分かりました。そうします」

 リヴェスさんに頷き、彼らが食事を終えて一息つくのを見計らって席を立つ。
 背後でルトアさんも続いて立ち上がるのを感じながら、俺はその男女へと近づいた。

「すみません」
「ん?」

 テーブル席の傍まで行き、声をかけると彼らは不審そうに顔を上げる。
 男性はシニッドさんに似た筋骨隆々とした大男。髪はフサフサだ。
 少女の方は少しきつい目つきの、虎を思わせるような筋肉質な少女化魔物だった。
 初対面だが、何となく不機嫌そうだ。

「子供が俺達に何の用だ?」
「あ、はい。実は幽霊を見たという話について、お聞きしたいのですが――」
「……てめえも俺達を馬鹿にしに来たのか?」

 俺の言葉に一層機嫌を悪くし、こちらを睨みつける男性。
 少女化魔物の方もパートナーに合わせるように目つきを鋭くする。

「ひ、ひえっ」

 二人の視線にルトアさんが小さく悲鳴を上げ、怯えて俺の背中に隠れようとする。
 残念ながら俺の方がまだ背が小さいため、微妙にはみ出てしまっているが。

「いえ、そんなつもりは……」
「なら、どういうつもりなんだ」
「実はある事件の調査をしておりまして、貴方の話がそれに関係している可能性があるので情報を頂きたいのです」
「調査? お前みたいな子供が? からかってるのか?」

 若干慌て気味にした弁明は、どうやら逆効果になってしまったようだ。
 世知辛い話だが、やはり社会においては見た目というものは重要だ。
 子供の外見と大人の外見では当然ながら信用度が全く違う。

「何かの遊びなら、さっさと謝った方がいいよ。この人、最近虫の居所が悪いからね」

 と、彼の隣の少女化魔物から忠告される。
 一応、彼女は俺を気遣ってくれているらしい。悪い人ではなさそうだ。
 そんな人のパートナーなのだから、男性の方も本来は真っ当な人柄だったに違いない。

 客観的に見て、不躾な真似をしているのはこちらだろうしな。
 俺の見てくれだと、馬鹿にしているようにしか見えないし。
 信用できないのも理解できる。
 いずれにせよ、証拠も出さずにうだうだ問答を続けるのは不義理というものだ。

「これでも、俺も少女征服者ロリコン、ホウゲツ学園の嘱託補導員です」

 と言う訳で、影の中から身分証を取り出して提示する。

「なっ!?」
「嘱託補導員……それもA級!? 本物?」

 当然ながら驚愕を顕にする二人。
 ……証明として見せたが、偽装と思われる可能性もあるか?

「ホウゲツ学園の補導員事務局員である私が保証します! それに身分証の偽造は重罪です! 貴方がたもご存知のはずです!」

 成程。行為のリスクが相当高いとすれば、偽造は疑われにくいか。
 未だ俺の陰に隠れながら口にしたルトアさんのフォローにそう思う。
 そのリスクを恐れない人間ならば、相応の実力は持っていそうなものでもあるし。

「……まあ、A級補導員ってのは理解した。だが、わざわざ補導員に依頼が来るような事件の調査。A級程度で受けられるはずがないだろう」
「A級レベルなら警察にだって普通にいる訳だしね」

 今度は調査をしているという部分に疑いを向けられてしまったようだ。
 しかし、さすがに救世の転生者だからとは言えないしな。
 はてさて、どう答えたものやら。

「彼は期待の新人ですから!」

 一瞬迷っていると、ルトアさんが誇らしげに言う。
 俺の背中から少し顔を出しながら。

「だったら、力を見せて貰おうか」

 そんな彼女の言葉に男は表情を険しくすると、複合発露エクスコンプレックスを発動させたようだった。
 一瞬にして、全身に虎のような特徴が現れ始める。
 これもまたシニッドさんに似た、身体強化系の複合発露か。

アーク複合発露エクスコンプレックスですか」
「ああ。亜人(ウェアタイガー)の少女化魔物であるコイツとの真・複合発露〈虎威発現タイガライズ覚醒コアーション〉だ」

 言われて女性を見ると、彼女もまた同じく虎人間、人虎のような姿となっていた。
 ……身体強化系は種が割れても純粋に強いからな。
 大っぴらに能力を明かしても不都合はない部類に入る。

「俺達はフリーの補導員だが、ランクはS級だ。その俺達が納得できるだけの力を――」

 恐らく、見せてみろ、と続けたかったに違いない。
 だが、彼らは立ち上がろうとした体勢で動きを止め、口を噤んでしまった。
 驚愕で目を見開きながら。

「お前、何を――」
「ガ、ガイオ! 足が……」

 パートナーの女性に言われ、ガイオと呼ばれた男性は自身の足を見た。
 ふとももの辺りから足の裏、店の床まで完全に凍りついている。
 サユキとの真性少女契約ロリータコントラクトによって得た力。
 真・複合発露〈万有アブソリュート凍結コンジール封緘サスペンド〉によって。

「く、この」

 彼らは力任せに氷を破壊して自由を取り戻そうとするが、同じ位階ならば基本的には俺の方がイメージ力で優位にある。
 虎の如く鋭い爪も体勢とテーブルとの位置関係的に叩きつけることができず、二人はなす術もなく、その場から一歩も動くことができないでいるようだった。

「すみません。身体強化系の複合発露は今一なので」

 やがて諦めて足掻くのをやめたのを確認してから、そう言いながら凍結を解除する。
 すると、ほぼ同時に彼らも複合発露を解き、微妙に不機嫌そうにしつつ腰を下ろした。

「……どうやら伊達じゃなかったみたいだな。悪かった」

 そうして素直に頭は下げるガイオさん(仮)。

「ごめんなさいね。いたずらに噂を広められたくなかったから」

 同様に、少女化魔物の彼女もまた申し訳なさそうに謝罪を口にした。
 どうやら調査と謳って話を聞き、面白おかしく吹聴する輩かと疑われていたようだ。
 何だか荒れている様子だったのは、そんな感じで風聞が広まって風評被害のようなものを受けていたからなのかもしれない。
 警戒するのも当然か。
 だが、一先ず疑いは晴れたらしい。

「ところで、ここってどんなお酒がおいしんですか?」
「何だ。藪から棒に。……まあ、基本は清酒やビール、米や麦の焼酎だが、最近は蜜酒が流行ってるらしい。俺は清酒の方が好きだがな」
「私は蜜酒が好きよ」

 蜂蜜酒ではなく蜜酒。
 ヘイズルーンの少女化魔物であるハルさんの蜜から作ったのだろう。
 一体どうやって生成しているのかは分からないが……今はそれはいい。

「成程。ルトアさん、リヴェスさんに――」
「はい! 清酒と蜂蜜酒ですね!」
「お、おい」
「情報料です。経費として上に請求しますので気にしないで下さい」

 酒場で情報を収集するなら奢りは定番。
 まだ補導員としての給料が出ていないので、この場は母さんがくれたなけなしの小遣いから出すが、事件の調査の一環なのでトリリス様に払って貰おう。

「それでええと、ガイオさんでよろしかったでしょうか」
「ああ。こっちは俺のパートナーのタイルだ」
「よろしく」

 ガイオさんの紹介に、軽く微笑むタイルさん。
 筋肉質な体と相まって、頼もしいという感じの印象が先立つ。

「よろしくお願いします。俺はイサク・ファイム・ヨスキと言います。先程身分証をお見せした通り、ホウゲツ学園の嘱託補導員をしています」
「ヨスキ、か。どうりで」
「と言うか、ファイムって言うとあのジャスターの……」

 自己紹介すると、二人はより一層納得したような反応を示した。
 ……どうやら父さんや母さんの名前の方が、ホウゲツ学園の身分証よりも影響力が強いらしい。さすがに呆れ気味に苦笑いしてしまう。
 とは言え、それについては一先ず脇に置いておこう。

「それでその、幽霊を見たという話についてですが……」
「ああ…………まあ、酒も奢ってくれる訳だしな。話してやるよ」
「ありがとうございます」

 そうして俺はすっかり落ち着いた風のガイオさんに頭を下げ、彼の話に耳を傾けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです

熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。 そこまではわりと良くある?お話だと思う。 ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。 しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。 ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。 生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。 これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。 比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。 P.S 最近、右半身にリンゴがなるようになりました。 やったね(´・ω・`) 火、木曜と土日更新でいきたいと思います。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語

京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。 なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。 要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。 <ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

処理中です...