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第1章 少女が統べる国と嘱託補導員

074 とりあえず服を繕う

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 トリリス様の複合発露エクスコンプレックス迷宮悪戯メイズプランク〉を利用し、ホウゲツ学園地下にある秘密の部屋から学園長室に戻ってから。
 俺達は彼女達と別れると、一先ず職員寮にある自室に戻ってきていた。
 勿論、今回の会合で引き渡された最重要とも言える存在と共に。

「何はともあれ、まずはテアの格好を何とかしないとだね」

 部屋に入るや否やサユキが、ぼんやりと佇むテアを見ながら言う。
 少女型球体関節人形の人形化魔物ピグマリオン
 救世の転生者が最後に倒すべき最悪の敵として知られる、女の子の形をした人外。
 この世界の人々からすれば仇敵と言って過言ではない存在だけに、お世辞にもいい扱いを受けているようには見えなかった。
 勿論、暴力などの極悪非道な真似をされていた訳ではないようだし、あくまでもそれは人外ロリコンである俺の感覚においての話だが。

 恐らくテアは、人間や少女化魔物ロリータと同じような一つの意思を持つ存在としてではなく、単なる備品として扱われてきたのだろう。
 まあ、世界に仇なす敵であるガラテアと長らく戦い続けてきた者からすれば、それでも上等な対応なのかもしれない。
 あるいは形が形だけに、情が移らないよう意図的にそうしているのか。
 とは言え――。

「いくら何でも、これはかわいそうだもん」

 サユキが眉をひそめているテアの姿。
 人型であるだけに無地の貫頭衣だけという粗雑な服装は、余りにも不憫だ。
 一応ボロ衣という訳ではなく、新品同然ではあるが、見た目は悪い。

「そうだな。……けど、その前に――」

 部屋に入るなり影の中から出てきたフェリトと、その傍にいるリクル。それから微妙に硬い表情をしているイリュファを見回しながら、俺は言葉を続けた。

「こんなことになちゃったけど、皆、大丈夫か?」
「大丈夫って?」

 俺の問いかけに、フェリトが首を傾げながら問い返してくる。

「いや、中身は違うって言っても、ガラテアの体であることに間違いはないみたいだからさ。納得できない部分があるんじゃないかと思って」

 諸々の事情を知るヒメ様達でさえそうだった訳だから。

「うーん。私は特にないわ。ガラテアについて詳しく知らないし」

 対して、特別深刻な雰囲気を作らずに腕を組みながら答えるフェリト。

「わたしは何か凄い化物だと思ってました、です。けど、この子は怖くないので大丈夫です。それに多分、必要なことなんだと思いますし、です」

 続けて、リクルもまた彼女に同意するように告げる。
 少なくとも二人に関しては、知識の乏しさが幸いしたのだろう。
 加えて、イリュファがヒメ様達の指示で俺に対してガラテアの情報を制限したのに巻き込まれる形で、余り偏見が育たなかったのかもしれない。

 サユキについては……まあ、知識もそうだが、性格、性質に依るところが大きい。
 自分で言うのもなんだが、彼女はその成り立ちが成り立ちだけに俺を通して世界というものに相対している感がある。
 例外もなくはないが、基本的に俺と考えを一致させることが幸福だと信じ切っている。
 有り体に言えば、依存気味だ。
 とは言え、排他的なタイプではないから特に問題視するつもりはないけれども。

「どうしたの? イサク」
「ん。いや、何でもない」

 俺の視線に不思議そうな顔をするサユキに軽く笑いかけながら言い、それから確実に何かしら思うところがあるだろう彼女の方へと顔を向ける。

「イリュファは、大丈夫か?」

 人形化魔物やガラテアの説明に際し、見間違えようのない憤怒を表情に滲ませていた彼女だ。この状況に心の底から納得している訳がない。

「問題ありません。これは救世の必要なプロセスですから」

 しかし、イリュファはそうした感情の乱れを表に出さないようにするためか、静かに目を瞑りながら淡々と言った。
 この件はそもそも、彼女にとってみれば上司のような存在であるヒメ様直々の指示。
 何より救世をサポートするのがイリュファの役目でもあるのだから、己の感情を優先して拒絶することなど許されないのだろう。
 それを彼女も重々承知している訳だ。たとえ感情的には納得できなかろうと。

「そうか。……ガラテアの情報を制限してた理由も必要だからか?」
「その通りです。私の行動は全てイサク様が使命を確実に果たすためのものです」

 迷いなく、真っ直ぐに俺を見据えながらハッキリ口にするイリュファ。
 しばらく目線を合わせ続けるが、彼女は逸らさない。

「……分かった」

 なら、これ以上は追及すまい。
 テアの件を許容できるかについても。
 余り負担をかけたくないが、俺にとって最初の味方である彼女を信じるとしよう。

「それで、この子の服はどうするの?」

 と、その辺の問題には特に興味はないという風に、サユキが話題を元に戻す。
 マイペースな子だと苦笑するが、話も終わったところなので丁度いい。

「とりあえず、余ってる布を集めてくれ。俺が仕立てるから」
「色は?」
「……黒、かな。一応、白も」
「うん!」

 俺の指示にサユキは楽しそうに頷くと、箪笥から指定の色の布を取りに行った。
 祈念魔法で衣服を作るための材料だ。

 少女化魔物は、時に自身を象徴するような形状の服を身に着けて発生するのだが、存在が確立した後は普通の人間と同じように着替えなければ汚れてしまう。
 だから、替えの服が必要な訳だが……。
 少女化魔物によっては発生時の服と全く同じデザインのものに拘る者もいる。
 と言うか、俺が契約している彼女達が正にそうだ。
 しかも、模様一つまで気にするため、店に頼むのも少々面倒臭い。
 何よりサユキの一つ目の予備を作る時に、雪妖精スノーフェアリーの頃に俺と作った着物だからか絶対に脱ぎたくないとごね、店に預けることができなかった。
 その時、何とか自力で予備を作って以降は、皆の分も俺が作るようになっている。
 現物と祈念魔法さえあれば、服飾の素人でも模造は容易い。異世界の法則様様だ。
 リクルの液体っぽい感じの服だけは、構造を把握するのに少し苦労したが。

「じゃあ、フェリトとリクルはこの子の寸法を測ってくれ」
「分かったわ」「はいです」
「私も手伝います」

 イリュファに少し気を遣ったが、彼女は気にせずにフェリトとリクルに続く。
 三人の中でそういう繊細な作業が一番得意なのはイリュファだからな。
 気を回し過ぎたか。

「それで、どういうデザインにするの?」

 と、布を持って戻ってきたサユキに問われ、俺はサイズを測られているテアの全身にイメージした服装を頭の中で重ね合わせてから一つ頷いて口を開いた。

「こういう感じかな。どう思う?」

 昔、サユキに見せたのと似た手法で空間にデザインを投影しつつ、皆に問いかける。

「……成程。この世界では中々珍しいファッションスタイルですが――」
「テアには似合いそう!」
「ですです」
「肌の露出がほとんどなくて球体関節が見えたりもなさそうだし、いいかもね。あ、でも、ここのヒラヒラはもう少しボリュームを出した方がいいんじゃない?」

 唯一、改善案を出してきたフェリトの意見を取り入れ、イメージ図を修正する。
 確かにいい感じのバランスになった。
 フェリトはファッションセンスがあるのかもしれない。
 半袖のシャツにホットパンツという相変わらずな身なりからは今一想像できないが。

「じゃあ、これで作るぞ」

 とにもかくにも、決定に反対意見がなかったので、俺はイリュファ達がきっちり測ってくれた寸法に従って服を作り始めた。
 用意した布を、祈念魔法を駆使して裁断し、縫い合わせて作り上げていく。
 これまでとは違い、単なる模造ではないため、それなりに時間がかかったが……。

「よし。できた」

 それでも長年予備を作ってきたことで、それなりに技術も身についていたのだろう。
 夜が深くなる前には作業は終わり、その服はイメージ通りに完成した。
 そして、イリュファ達に手伝って貰い、テアにそれを身につけさせる。

「わあ、可愛いです!」
「お人形さんみたいね! あ、えっと、正体を揶揄してるんじゃなく」
「……馬子にも衣装、でしょうか」

 はしゃぐリクルや、生真面目にフォローを入れながらも素直な感想を口にしたフェリトとは反対に、すんなりとは褒められない様子のイリュファ。

「そんなことないよ。テアちゃん自身が可愛いから似合ってるんだよ」

 そんな彼女に、サユキが少し頬を膨らませながら反論する。
 正直、サユキの言う通りだと思う。
 思った以上に合っているように感じられるのは、少女の形をした人形として人々の理想が蓄積されているからか、テア自身が整った容姿をしているからだ。

 そこに俺が作った服。
 いわゆるゴシックアンドロリータに分類されるだろう黒を基調としたワンピース。
 レースやリボンで装飾されながらも華奢な体格に合わせた、すっきりとした上半身。
 対照的に下半身は愛らしく膨らみ、フリルのあしらわれたスカート。
 中身を失ったが故に表情の乏しいテア自身と相まって、得も言われぬ美しさと少女性を兼ね備えた雰囲気を醸し出している。

 我ながらいい仕事をしたと満足できる姿だ。
 いつまでも眺めていられる。

「うん。これでテアちゃんもサユキ達の仲間だね。今日からよろしくね!」

 と、サユキがテアへと近寄り、その手を取って笑う。
 服を俺にデザインして貰った者同士、同族意識のようなものを抱いたのかもしれない。
 握った手をぶんぶんと振るサユキに他の皆も……イリュファは少しばかり複雑そうな感情も混じっているが、表情を和らげる。
 そんな彼女達の中で、テアの無表情もまた何となく柔らかくなったような気がした。
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