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プロローグ ロリコン村の転生者

AR01 待ち侘びた日

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「彼女にとって君の存在は確かに福音だった。けれど――」

***

「ですから、イサク様には強くなって頂かなければなりません。誰よりも、何よりも」

 転生者が対峙すべき存在。人形化魔物ピグマリオン
 その脅威を知ったイサク様は、己の未来に危機感を抱いたようで表情を硬くした。

「……協力、してくれるか? イリュファ」

 それから、真剣な口調でそう問いかけてくる。

「勿論です。戦い方からこの世界の常識、ご両親への隠蔽まで私にお任せ下さい」

 それに対して私は即答した。
 何故なら、それこそが私の役割。
 今、私が存在している意味なのだから。

「ああ。頼む」
「はい!」

 どこかホッとした様子のイサク様の言葉に、精一杯の笑顔を作って答える。
 これでおおよそ望み通りの立ち位置に収まることができたという安堵。
 目的に一歩近づくことができた喜び。
 それらを、頼られたことへの喜びだとイサク様の目に映るように表情を調整して。
 同時に、心の奥に鈍い痛みが走るが、それだけは表に出さないように努める。
 これから先、その気持ちに囚われて歩みを止めては百年の月日が無駄になる。
 救世も私の目的も果たせず、この世界が危機に瀕してしまうのだから。

「では、明日からは戦い方について学んでいきましょう」

 様々な感情を抑え、今後の方針について軽く説明するために口を開く。

「とは言え、二歳半の体で無理はできませんから、まずは魔法から」
「おお! 魔法か!」

 すると、イサク様は一転して子供っぽい無邪気な反応を示した。
 いや、体は子供、と言うか幼児そのものだが。
 何でも、転生者は誰もが魔法に強い興味を示すと言う。
 イサク様も例外ではないようだ。

「今日からじゃ駄目なのか?」

 そして、そわそわしながら問いかけてくるイサク様。
 何歳で転生したか分からないが、男というものはいつまで経っても少年心を持っているものらしい。外見が外見だけに少し微笑ましい。

「今日はイサク様のことを教えて下さい。その上で訓練のプランを練りますので」
「性格に合わせて、か。道理だな」

 納得してくれたらしく、逸る気持ちを抑るように頷いたイサク様は軽く自己紹介を始めた。内容は割愛するが、思った通りの人物像だった。
 救世の転生者は、おおよそどんな人間が選ばれるか分かっている。
 そも、世界を救うように頼まれて拒否するような性格では全く以って意味がない。
 文明を激変させる過度な知識や技術を広めようなどという意思があっても困る。
 自身の行動は火種になりにくい、やや受動的で人がいい人間がベスト。
 そして絶対条件として少々特殊な性癖ロリコンでなければならない。
 これは外せない。救世の工程を聞いた限り、必須だ。
 その点、イサク様であれば救世の転生者として申し分なかった。

「ありがとうございます。イサク様なら世界を救うことができると確信できました」
「そう、なのか? ま、まあ、明日からよろしく頼むよ、イリュファ」

 私の発言に微妙に戸惑う素振りを見せながらも最後には笑顔を見せて言い、そろそろ夕飯の時間だからと幼児らしい演技に戻るイサク様。
 雰囲気は柔らかくなったし、多少は評価を回復して貰えたと思う。
 最初の会話で気が逸って「道具として使って欲しい」などと言った時には少し引かれて、不信感を抱かせてしまったようで焦ったが。
 ……しかし、今度はその少しだけ強くなった信頼感が痛い。

「……ふう」

 夜。一人自室で胸の奥の重苦しいものを吐き出すように嘆息する。
 他でもない私の前に現れた転生者。
 幸運……と言うべきなのだろう。
 私と同じく転生者を救世の英雄へと導く役目を負い、転生者が生まれる可能性の高いいくつかの村にいるはずの見も知らぬ仲間達と比べれば。
 私自身も今日という日を待ち侘びていた。
 しかし、実際に相対すると……心が軋むばかりだ。

 転生者の道行きは過酷。
 挙句その結末は、余りにも残酷だ。
 そんな未来へと罪もない人間を、それどころか世界を救う苦難の道を歩んでもいいと思う程度には善良な人間を叩き落とす所業は非道にも程がある。
 しかし、それ以外に世界の安寧を保つ術はない。

 加えて、外れくじを引いた皆もまた私と似た境遇で、同じ目的を持っていると聞く。
 そんな彼女達の意思を裏切ることもできない。

(イサク様、全てを語ることができず申し訳ありません。ですが、この身は全て貴方様に捧げます。どうか、それでお許し下さい)

 目的さえ果たせれば、もはや自分がどうなろうと構わない。
 命を以って償うことになってもいい。
 そして救世の時までは、イサク様が恙なく過ごせるように全力で支援していこう。
 そう自分に強く言い聞かせ……私は胸の内にある痛み、罪悪感から必死に目を背けながら、明日からの計画を立て始めたのだった。

***

「彼女にとって君の存在は間違いなく福音だった。けれど、だからこそ同時に、彼女がその日から犯し続ける罪過を常に傍で責め立てる存在でもあった訳だね」
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