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しおりを挟む『ステラ、君は王女殿下に付き添ってあげて』
ルーシャス様は優しく私の頭を撫で、早々にその部屋から私と王女を退出させた。
(あの人は優しすぎるからこれ以上私を巻き込みたくなかったんだろうな……)
これから始まるのは国を揺るがす重大な話し合い。……いや、場合によっては話し合いではすまないかもしれないのだから。
アレキウス王国国王。
アレキウス教会の大司教。
ウェルディン国国王。
完全無欠のアレキウス王国元宰相。
そして……哀れな子爵。
その場にいなくともオルガンがどんな目に合うのかは想像できる。
「ぅっ」
小さな呻き声にハッと我にかえった。
「殿下、お加減はいかがですか」
「……最悪よ」
寝間着に着替えさせられた王女殿下はゆっくりとベットから起き上がる。その背中を支えると彼女は何か言いたげな表情をするものの、手を振り払うことなく身体を預けてくれた。
「何でまだ居んのよ……それに、何その格好」
「え?あぁ、これですか?服が汚れてしまったので侍女の方に貸してもらったのです。さすがに殿下のお召し物をお借りするわけにはいきませんので」
「……ふふっ、アンタ本当に地味ねぇ。侍女服がそんなに似合う令嬢もなかなかいないわよぉ」
さすがに吐瀉物のついたドレスを着続けられず、王宮侍女に頼み侍女服を貸してもらえた。もともと華やかさのない見た目のせいで、このまま侍女として働いていても違和感は全く感じられない。
殿下もそれを汲み取ったのか、いつものように鼻で笑ってみせた。
「良かった、少し元気が出てきましたね。そろそろ侍女を呼んでまいります」
「……待ちなさい」
立ち上がろうとする私の袖をぐっと引っ張られる。
「……話が、あるわ」
「?はい」
「…あ、謝らないからっ」
(え?このタイミングでそれ?)
拍子抜けする彼女の言葉に思わず眉がつり上がる。わざわざ引き留めてまで嫌みを言ってくるなんて……頑固どころじゃない。
「でも………………あ、りがと」
「?すみません、よく聞こえなくて」
「っ!!!うるさい!もう寝る!」
頭からバフンと毛布をかぶる彼女に苦笑した。
(大っ嫌いなんだけどなぁ……)
何故か憎みきれない。
「……殿下、今から話すのは私の独り言です。なので聞いてしまっていてもそのままスルーしてくださいね」
「…………」
「これから殿下に訪れるのは、至極困難な人生でしょう」
子供を寝かし付けるようにゆっくりと、静かな声で語りかける。
「まずこの国で未婚の女性が子を産む場合、その子の所有権は一度アレキウス教会に託されます。最低でも3年間は会うことすら叶いません、これは貴族や平民関係なく定められています」
「………」
「次に王家は婚姻の儀が済まされるまでは純潔を守らなくてはなりません。なぜなら王家の婚姻は国同士を繋ぐもの、後継者問題を明確にするためにもその操は守らなくてはなりません。王女教育でこの辺りは習いましたよね?」
私の問いかけにビクンと布団が跳ねた。が、当初のルール通り返事は返ってこない。
「今回のこと……最も厳重な処罰を受けるのは当然オルガン=ロブスです。ですがこのルールを破った以上、王女殿下も罰せられることでしょう」
「っ私は、無理矢理っ!」
「ですがその危険分子を近付けたのは殿下です」
耐えきれず布団から飛び出してきた殿下の言葉を冷静に跳ね返す。
「下級貴族の大半は自分の価値を高めるよりも、相手を引きずり落とし自分を上げる方を選びます。その方がとても楽だからです。そのために最も利用されやすいのは国民たちの象徴である王族です。上級貴族は王家を守り、なおかつ下級を見張りながら管理しなくてはならない」
「それが……オスカート、の役目?」
「ええ」
ニコッと微笑めば殿下は泣きそうな顔で私を見る。
「わたし………わ、私っ!!!」
「貴女を待ち構えているのは修羅の道、今までのように知らぬ存ぜぬは通用しません。ですからこれからは、お腹の子のことだけを考えて生きて下さい。それが、貴女と彼の罪滅ぼしだと思うから」
「か、彼……?」
ゆっくりと部屋の扉が開き、見慣れたふわふわの金髪が飛び込んできた。
殿下は彼を見た途端、大声で泣き出し……そんな殿下をフェルナンドは優しく抱き締めた。
(殿下とフェルナンド……よく似ている)
弱くて、自分に甘くて、考えなし。
でも2人はもう逃げ出せない。我が儘やあざとさで乗り切れるほど、これから待ち受ける彼らの人生は甘くない。
だからこそ……そんな2人が手を取り合えれば乗り越えられるんじゃないか。
子供を守るために苦しさを我慢してきた王女。
そしてそんな2人を守ろうと……兄に歯向かい、捨て身で助けを求めてきたフェルナンド。
憎しみは消えた訳じゃないけど……
(ほんの少しでいい、2人の人生にどうか光を)
子供のように泣きじゃくる2人を眺めながら、私はそっと部屋を後にする。
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