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「なんてことだ……」

王女の告白にいち早く反応したのは、父親であるアレキウス国王陛下だった。周りの上級貴族たちもあまりの衝撃に言葉を失っている。

「ち、ちがっ!こ、これは王女殿下のお戯れで」
「戯れ?これが冗談だと言うの?」
「証拠がないっ!殿下に子がいることも、その父親が私だという証拠がないだろう?!」

よほど余裕がないのかオルガンは叫び続けた。

「は、ははは……いい加減にして下さいよ殿下。いくらなんでもこれは笑えない!私がこれまで殿下に尽力してきたことを全てお忘れですか?!」
「そうね、笑い事なんかでは済ませてあげない」

殿下を近くの椅子に座らせオルガンに詰め寄る。

「証拠があればいいのね?」
「……どういう、」
「あと二ヶ月もすれば子がいるかどうかなんて見て分かる。それに、生まれた赤子の父親だって調べることは出来るのよ」
「っそんな馬鹿な!」
「アレキウス教会が何故王国から独立した機関なのかご存知?大司教様は特殊な魔術が扱えるの、その方にお願いすれば殿下の子の父親が誰か調べることは容易いでしょう」

アレキウス教会の大司教様は特別な力を授かっている。
その強大な力はいとも簡単に国家を転覆させることが出来るため、彼らはどこにも属さない独立機関として存在できているのだ。
しかし彼らの信念は固く、定義された4つの理のためならば正式な手続きを取ることでその力を貸してもらえる。
望まれる子の血筋を調べるなんて、本来であれば定義に沿っていないでしょうけど……

「あら?どうしたの子爵、顔色が悪いわね」
「……そ、そんな簡単に、で出来るわけ」
「今、フェルナンドがその手続きを行っているわ。すぐには無理でもきっと認可はおりるでしょう」

だって王女殿下の御子だもの。
そう付け加えればオルガンの顔は鬼のような形相で私の胸元にあるネックレスを掴みあげた。
皮膚にチェーンが食い込んだ痛みで声が出そうになる。

「調子にのるなよ……っお前なんか、お前なんか守られているだけの無能のくせに……っ」

今にも泣きそうに声を絞り出すオルガンは、更にネックレスを持ち上げる。
持ち上げる手を何とか離そうとするが、細腕とはいえ力では到底及ばない。

「っ!」
「どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。本当に有能な者を見抜けない……っ口を開けばミリオン、ミリオンと」

オルガンの目は焦点が合わず、ただぶつぶつと独り言を続けていた。ルーシャス様への恨みが彼を正気じゃなくさせている。

「アイツと俺の何が違う?アイツが宰相になれて何故俺がなれない?家柄か?顔か?いつもそうだ、涼しい顔をして俺の前を歩く……アイツだってどうせ汚い手を使って王族に取り入ったくせに」
「っ……そんなこと、するわけない」
「減らず口を」
「貴方なんか、相手に……されてないんだから」

神経を逆撫でるようにへらっと笑ってみせた。きっとこれがプライドだけ高いオルガンが一番嫌う方法だ。

「うるさい……っるさいうるさいうるさい!」

発狂したオルガンは空いている手を胸元に突っ込み、そこから鈍く光るナイフを取り出した。

「「ひいぃぃっ!!」」
「俺はアイツを……アイツよりも上だ!お前なんかが俺を見下すなぁぁぁああ!」

衛兵が駆け寄るのが見える。でももう遅い、オルガンの振り下ろしたナイフは私のすぐ側まで迫っていた。

それでも私は何故か穏やかな気持ちだった。恐怖で動けないとか負け惜しみではなく、単純に怖いと思っていなかったんだろう。


「ステラ、目を瞑っていて」


オルガンがナイフを振り下ろす瞬間、あの人の声が聞こえたから。
静かに目を閉じれば耳のすぐ近くでヒュンと風を切る音がした。それと同時にぴちゃっと何かが頬に飛んでくる。

「あぎゃっあぁああああああぅあうああ!」
「「「ぅあああっ!!」」」
「きゃああああ!!!」

目を閉じてじっとしていると、鮮明にオルガンの断末魔と周りの悲鳴が頭の中に響いてくる。

一体何が起きているのか。
オルガンはどうしているのか。
周りの人たちは無事なのか。

さっきまで苦しかったはずの首元から、にして力がなくなったのは何故なのか。

疑問は山ほどあるけど、私はただ静かに目を瞑る。
だって……

「もう目を開けていいよ」

何かに包まれる感触のままゆっくりと目を開けると真っ先に見えたのは金のエンブレム。このアレキウス王国の騎士の証だ。

「……おかえりなさい」

抱き締められながら顔をあげると、久しぶりに見る愛しい人の笑顔が。ルーシャス様は片手で私の腰を抱き、もう片方の手で頬をそっと撫でる。

「ただいまステラ」

愛しげに私を見つめる彼の後ろで、うずくまるオルガンの右腕が綺麗になくなっていることに気付くのは……それから数秒後のことだった。
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