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「はぁっ……はぁっ!」

長い廊下を私は全力で走り抜ける。

何人かの候補生たちとすれ違い振り向かれるものの、そんなのお構いなしにただ走り続けた。
建物の中にいても歓声が地鳴りのように響いてくる。興奮は未だ冷めず、新たな騎士の誕生に皆が祝福の言葉を投げ掛けていた。

そして今、その騎士が目の前にいる。

「ステラ」

息が上がり汗だくの私を見て、ルーシャス様は少し驚いていた。

「はぁ……っ、」
「ステラ」
「っ……ルーシャス、さま」

おめでとうございますという言葉よりも先に、私は勢いよく彼に抱き着いた。
この気持ちを上手く表現できず、ただ力いっぱい彼の首にしがみつく。

「約束通り、騎士になったよ」
「はいっ……!」
「これでようやく君を守り続けられる」
「っ…!」

いつものような紳士的なハグとは違い、私の存在を確かめるように力強く包み込まれた。
本当は無茶苦茶な条件をのんでしまった彼に一言文句を言ってやろうと思っていたのに。

「ルーシャス様、騎士団への入団、誠におめでとうございます」
「うん、ありがとう」

ちゅっと額にキスを落とされようやく我に戻った。

「わ、私ってば……ごめんなさい!」
「ん?いいよ、このままで」
「だだだダメですっ!人がいっぱい……」

試合直後の闘技場にはまだ人が沢山残っていた。彼らは私たちをニヤニヤと生暖かい眼差しで見守っている。
咄嗟に離れようとルーシャス様の胸を押し返そうとするけど、やはりびくとも動かない。

(は、恥ずかしすぎる……)

「る、ルーシャス様」
「……そんな可愛い顔をされるとますます離れがたいんだけど」
「うぅっ……!」
「でもその顔は俺にだけ見せて欲しいからね」

ひょいっと身体を抱き上げられ、お姫様のように横抱きにされてしまった。

「それに君に伝えたいことがあるんだ。2人きりになれる場所へ移動しよう」
「え?あ、こ、このまま……?」
「もちろん」

……どうやら私に拒否権はないらしい。





■□■□■□■□■□

「ここは……」

連れてこられた場所は闘技場の裏手にある小さな広場。ベンチが一つと花壇が一つ、周りは少し背の高い植栽があるだけの場所だった。

「君の秘密の場所だろ?」
「どうしてそれを……」

確かに幼い頃よくここへ遊びに来ていた。こっそりお花を育てたり、勉強が嫌な日はここへサボりに来た覚えもある。

(でもそんなこと、ルーシャス様にお話したことはなかったわ)

ましてやこの場所を教えたこともないのに。

「……昔、俺はここに来たことがある」

ベンチにそっと降ろされ、その隣にルーシャス様は静かに腰かけた。

「オスカート家主催の武道会に伯父が出席してそのついでに遊びに来た。子供だった俺にはそれがすごく退屈で、暇だから敷地内を探検してたんだ」
「探検……」
「でも先客がいてね?小さな女の子と大きな犬がいた」

ぽつりぽつりと話して下さる内容が、私には徐々に映像のように浮かび上がる。

「恐らくその犬は野犬だろうね、お腹をすかせているせいか凄く荒ぶっていた」
「黒くて……牙が、鋭くて……」
「そう。涎を垂らしていて今にも女の子に噛み付きそうだった」

(そうよ……あの日、武道会を抜け出してここに……そしたら野犬が来て、私を食べようと近寄ってきたんだ)

思い出した。それは私の記憶だ。

「私、怖くて動けなくて……そしたら知らない男の子が助けてくれた」
「ああ。近くに落ちていた枝を振り回してな」
「お礼を言ったら安心しちゃって、それから私号泣して……男の子がもう帰る時間だっていうのに、ずっと服の裾を掴んで離さなかった」

怖い思いをした私にとって、その彼の存在だけが救いだった。だからどうしても離れたくなくて……

「そこまで思い出せたなら、あの時俺に向けた言葉も覚えてるだろ?」
「………は、い」
「教えて」

顔を覗き込まれ、思わず顔を背けてしまう。

(思い出した……けど、これは流石に恥ずかしいというか、昔の私はなんてことを)

「俺にとって命よりも大切な言葉なんだ。大人になった君からも聞きたい」
「……笑わないでくれますか」
「当たり前だ」
「……"私だけの騎士になって下さい"」

これじゃまるでプロポーズみたいだわ。
チラリとルーシャス様の顔を伺えば満足そうに、でもどこか気恥ずかしそうに笑っている。

(あの頃と同じ顔してる……)

いつもは大人な表情ばかり彼が、今はちょっとだけあの頃の少年のように見えた。
そしてルーシャス様はそっと私の頭を撫でた後、何かを思い出したようですくっと立ち上がる。

「これで正真正銘、君だけの騎士になった訳だが……実はまだやることが沢山あるんだ」
「やること……それってフェルナンドですか」

そうだ、すっかり忘れていた。
騎士にはなれなかった彼が私たちに何をするか分からない。王女殿下だってどう動いてくるか。

「んー、正確には兄の方だけど」
「兄?」
「今頃真っ赤になって無い脳みそをフル稼動させてるはず。まぁどうせボロが出て自滅だろうけど」

優しくエスコートされながら闘技場までゆっくり戻る。

「反撃開始だ、1人残らず徹底的に潰してやる」
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