22 / 36
22
しおりを挟む「はぁっ……はぁっ!」
長い廊下を私は全力で走り抜ける。
何人かの候補生たちとすれ違い振り向かれるものの、そんなのお構いなしにただ走り続けた。
建物の中にいても歓声が地鳴りのように響いてくる。興奮は未だ冷めず、新たな騎士の誕生に皆が祝福の言葉を投げ掛けていた。
そして今、その騎士が目の前にいる。
「ステラ」
息が上がり汗だくの私を見て、ルーシャス様は少し驚いていた。
「はぁ……っ、」
「ステラ」
「っ……ルーシャス、さま」
おめでとうございますという言葉よりも先に、私は勢いよく彼に抱き着いた。
この気持ちを上手く表現できず、ただ力いっぱい彼の首にしがみつく。
「約束通り、騎士になったよ」
「はいっ……!」
「これでようやく君を守り続けられる」
「っ…!」
いつものような紳士的なハグとは違い、私の存在を確かめるように力強く包み込まれた。
本当は無茶苦茶な条件をのんでしまった彼に一言文句を言ってやろうと思っていたのに。
「ルーシャス様、騎士団への入団、誠におめでとうございます」
「うん、ありがとう」
ちゅっと額にキスを落とされようやく我に戻った。
「わ、私ってば……ごめんなさい!」
「ん?いいよ、このままで」
「だだだダメですっ!人がいっぱい……」
試合直後の闘技場にはまだ人が沢山残っていた。彼らは私たちをニヤニヤと生暖かい眼差しで見守っている。
咄嗟に離れようとルーシャス様の胸を押し返そうとするけど、やはりびくとも動かない。
(は、恥ずかしすぎる……)
「る、ルーシャス様」
「……そんな可愛い顔をされるとますます離れがたいんだけど」
「うぅっ……!」
「でもその顔は俺にだけ見せて欲しいからね」
ひょいっと身体を抱き上げられ、お姫様のように横抱きにされてしまった。
「それに君に伝えたいことがあるんだ。2人きりになれる場所へ移動しよう」
「え?あ、こ、このまま……?」
「もちろん」
……どうやら私に拒否権はないらしい。
■□■□■□■□■□
「ここは……」
連れてこられた場所は闘技場の裏手にある小さな広場。ベンチが一つと花壇が一つ、周りは少し背の高い植栽があるだけの場所だった。
「君の秘密の場所だろ?」
「どうしてそれを……」
確かに幼い頃よくここへ遊びに来ていた。こっそりお花を育てたり、勉強が嫌な日はここへサボりに来た覚えもある。
(でもそんなこと、ルーシャス様にお話したことはなかったわ)
ましてやこの場所を教えたこともないのに。
「……昔、俺はここに来たことがある」
ベンチにそっと降ろされ、その隣にルーシャス様は静かに腰かけた。
「オスカート家主催の武道会に伯父が出席してそのついでに遊びに来た。子供だった俺にはそれがすごく退屈で、暇だから敷地内を探検してたんだ」
「探検……」
「でも先客がいてね?小さな女の子と大きな犬がいた」
ぽつりぽつりと話して下さる内容が、私には徐々に映像のように浮かび上がる。
「恐らくその犬は野犬だろうね、お腹をすかせているせいか凄く荒ぶっていた」
「黒くて……牙が、鋭くて……」
「そう。涎を垂らしていて今にも女の子に噛み付きそうだった」
(そうよ……あの日、武道会を抜け出してここに……そしたら野犬が来て、私を食べようと近寄ってきたんだ)
思い出した。それは私の記憶だ。
「私、怖くて動けなくて……そしたら知らない男の子が助けてくれた」
「ああ。近くに落ちていた枝を振り回してな」
「お礼を言ったら安心しちゃって、それから私号泣して……男の子がもう帰る時間だっていうのに、ずっと服の裾を掴んで離さなかった」
怖い思いをした私にとって、その彼の存在だけが救いだった。だからどうしても離れたくなくて……
「そこまで思い出せたなら、あの時俺に向けた言葉も覚えてるだろ?」
「………は、い」
「教えて」
顔を覗き込まれ、思わず顔を背けてしまう。
(思い出した……けど、これは流石に恥ずかしいというか、昔の私はなんてことを)
「俺にとって命よりも大切な言葉なんだ。大人になった君からも聞きたい」
「……笑わないでくれますか」
「当たり前だ」
「……"私だけの騎士になって下さい"」
これじゃまるでプロポーズみたいだわ。
チラリとルーシャス様の顔を伺えば満足そうに、でもどこか気恥ずかしそうに笑っている。
(あの頃と同じ顔してる……)
いつもは大人な表情ばかり彼が、今はちょっとだけあの頃の少年のように見えた。
そしてルーシャス様はそっと私の頭を撫でた後、何かを思い出したようですくっと立ち上がる。
「これで正真正銘、君だけの騎士になった訳だが……実はまだやることが沢山あるんだ」
「やること……それってフェルナンドですか」
そうだ、すっかり忘れていた。
騎士にはなれなかった彼が私たちに何をするか分からない。王女殿下だってどう動いてくるか。
「んー、正確には兄の方だけど」
「兄?」
「今頃真っ赤になって無い脳みそをフル稼動させてるはず。まぁどうせボロが出て自滅だろうけど」
優しくエスコートされながら闘技場までゆっくり戻る。
「反撃開始だ、1人残らず徹底的に潰してやる」
74
お気に入りに追加
3,996
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい
今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。
父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。
そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。
しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。
”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな”
失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。
実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。
オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。
その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
【完結】4人の令嬢とその婚約者達
cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。
優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。
年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。
そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日…
有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。
真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて…
呆れていると、そのうちの1人…
いや、もう1人…
あれ、あと2人も…
まさかの、自分たちの婚約者であった。
貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい!
そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。
*20話完結予定です。
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる