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しおりを挟む「すごい人……」
通い慣れているはずの闘技場に、今日ばかりは沢山の人が押し寄せていた。
騎士団の実技テストは未来を担う騎士たちの誕生を間近で見られるということで、貴族だけではなく国民たちの間でも人気のイベントとなっていた。
そして今日の主役でもある騎士候補生たちは、広場に集まり開会の挨拶を今か今かと待ちわびている。
(ざっと見て100人くらい……今年はこの中から何人残れるのかしら)
「静粛にぃっ!これより、本年度の騎士入団テスト2日目、実技テストを執り行う!まずは試験官長である、ジョバン=オスカート侯爵より開会の挨拶を!」
進行役の男に名を呼ばれ彼らの前に登壇したのは、いつにも増して厳つい雰囲気の父上だ。
「諸君らに問う。騎士となり、守るものは何だ」
たった一言、父上は彼らに言った。
「え……?」
「な、なんだ急に」
「これもテストの内か?」
あまりにも突然すぎる問いかけに誰もが混乱する。そんな中、数人の候補生たちが我先にと一歩前に出てきた。
「閣下。守るべきものはこの国でございます」
「お、俺は家族を!母が病身で!」
「俺は……資産?食ってけないと困るし」
「愚問だ。俺は俺自身、誰にも負けん」
彼らにつられるように続々と名乗りを上げる。気付けば会場にいるほとんどの候補生たちが父上に向かって自身の守るべきものを叫んでいた。
ルーシャス様とフェルナンドを除いて。
「では諸君らの決意、思う存分ぶつけてもらおうじゃないかっ!今年の実技テスト、このジョバン=オスカートが全員の相手をしてやる」
「「「「?!?!」」」」
「安心したまえ。諸君らは私から一本取るか、私に合格と認められれば騎士団への入団を認めよう」
会場中がどよめいた。
例年のテストは少なくとも10人の試験官が用意される。それは公平を期すと共に試験官の疲労を緩和させる目的があるはず。
いくら父上でも100人を相手取るなんて無謀だ。
「もちろん国王陛下には事前に許可を頂いている。通年通りでは候補生たちにも甘えが出るだろうと、中には試験官を買収して良からぬことを企む者が出てもおかしくないとも仰っていたな」
そう言って父上は王家専用のテラスをチラリと伺う。遠目からでもハンナ王女が動揺していたのが分かった。
(やっぱり……試験官を買収してたのね)
フェルナンドが学科テストを通っている時点で想像はついていた。
でもまさか王女自らがそんなことをするなんて、なりふり構っていられないほど追い詰められてるの?
「ですが、やはりそんなの不公平ですっ!」
「どこがだ?」
「え?だ、だって……か、閣下が贔屓してわざと負けるかもしれないじゃないですか!」
候補生たちの視線の先にはルーシャス様が。
もちろんそう考える人間がいたっておかしくない。それくらい異例なことなんだもの。
「ふむ……ならばルーシャス=ミリオンだけ私の他にあと二人試験官をつけよう。合計三本取らなければ合格を認めない。どうだ?」
「うぇっ?!そ、それは厳しいような……」
「私は構いませんよ」
「「「?!」」」
涼しい顔をしたルーシャス様にまたもや会場中が騒ぎ出す。
(何言って……そんなの無理に決まってるわ!)
相手は元騎士だ。それも3人。ただでさえ父上を相手に一本取れるかどうかも厳しいというのに。
「うむ。では他に異論がある者はいるか?」
「「「「………」」」」
「開会式は以上だ。試合は今から30分後、試験番号を呼ばれた者は速やかに闘技場に来るように。それ以外は例年のルールに従う」
その言葉を残し父上はさっさと降壇してしまった。
「……は、母上」
「なぁに」
「母上はこの事をご存知で?」
「いやだわもぉ、知ってる訳ないでしょ?」
バキッと何かが折れる音がして、視線をやると母上が持っていた扇子を思いっきり折っていた。
「うふふっ100人をたった一人で?あの筋肉バカは一体何を考えてるのかしら。ねぇステラ」
「いや、その……」
「万が一怪我でもしたらどうするの?それにどれだけ時間がかかると思ってるの?もうそんなに若くないんだから自重して欲しいわよね?あぁもう今晩の夕食は抜きね、今からシェフに連絡いれなくっちゃふふふっ」
「落ち着いてっ!」
完全に怒ってる母上を何とか宥めてみるがまったく声が届いていない。
(とりあえず……父上、御愁傷様)
そんなことより問題はルーシャス様だ。
ぞろぞろと候補生たちが控え室へと帰っていく。その中で、一際目立つ黒髪を見つけ出した。
周りとは違い動揺せず、ただ前だけを向いているルーシャス様。近くまでいって声をかけようとしたけど……言葉が出てこなかった。
ぎゅっと両手を握り目を瞑る。
(神様……お願いです、どうかルーシャス様に御加護を)
私はただ祈ることしかできない。
彼の勝利を。彼の無事を。
そして、運命の幕はゆっくりと上がった。
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