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しおりを挟む「気分が悪いの?」
そう声をかけられハッとする。
ティーカップのお茶はすっかり冷えきっていて、急いで口を付けてみると味も香りも飛んでしまって美味しくなかった。
向かいに座る母上は心配そうにこちらを見つめていた。
「あ……その、ごめんなさい」
「ここのところぼんやりする事が多くなったわね。やっぱりお手伝い、疲れちゃった?」
「い、いえっ!」
ブンブンと勢いよく首を振った。
オスカート侯爵になることは私の幼い頃からの夢。その理由は騎士団団長の妻として、代わりに領地を守ってきた母上の姿を見てきたからだ。
父上は国を守り、母上は父上がいつでも帰ってこられるように領地を守る。
そんな2人が私にとってはかけがえのない誇りだ。
「母上のお手伝いは勉強になります。やはり自分の足で領地に出向かなければ民たちの声は届きませんから」
「特に農地は日照りや台風の影響を直接受けるもの、誰かからの報告よりも直接見に行った方が早くて正確な時があるわ」
「肝に銘じておきます」
くいっと残りのお茶を飲み干す。
「ところで、貴女とミリオン様の結婚式だけど」
「っごほっ!けほっ!」
「あらあら」
(へ、変なところにお茶が……!)
とんとんと背中を擦られながら急いで姿勢を正す。
「き、急に何を……」
「だってほら、合格したらすぐにお式を挙げないと。新人騎士はやることがいっぱいなのよ?」
「実技テストもまだなのに」
「あら?落ちると思ってるの?」
挑発的な母上の笑顔に思わず視線を反らす。
ルーシャス様は学科テストを通過した。そして次の実技テストまで一週間を切っている。
(もちろんルーシャス様が落ちるとは思ってない。でも……さすがに今から準備を進めるのはどうなのかしら)
正直結婚式のことなど頭からすっぽり抜けていた。
だってようやく想いが通じたばかりなのに……
「ドレスはいつも任せているマダムとところで良いわね?あとは招待客リストはある程度こちらで精査しておいて……」
「は、母上。なんか楽しそうですね」
「当たり前でしょ?可愛い娘の晴れ姿がようやく見られるんですもの」
ふふっと無邪気に笑う母上に、私はそういうものなのかと他人事のように思ってしまった。
「ここだけの話、誰よりも緊張しているのはジョバンなの。学科テストの合否発表の日なんか、自分のことのようにそわそわしちゃって」
「父上がですか?あの?」
「何がなんでもミリオン様に騎士になってもらいたいのね」
(意外だわ、父上がそこまで誰かのことを気にするなんて)
「そして、今度こそステラを幸せにしてもらいたいのよ」
「!」
「もちろん私もそう願ってるわ」
母上は少しだけ寂しそうに微笑む。
(そっか……フェルナンドと結婚すること、父上と母上は私以上に不安だったのか)
よかれと思って結んだ娘の縁談、しかし蓋を開ければとんでもない貧乏くじを引かされたんだ。
もちろんフェルナンドを何度も何度も更正させようした。父上も、私も……でも彼は変わらなかった。悔しかったのは私だけじゃなかったんだ。
「あの、母上」
「なぁに?」
「私……ルーシャス様のこと、好きです」
「あらあら知ってるわ。最近の貴女はミリオン様のことを話しているときらきらしているわよ」
「そ、そうですか……?」
バレていたのか。
急に恥ずかしくなってたまらず顔を手で隠す。
「だから……その、もし万が一、私が何かを決断したときは……背中を押してくれますか?」
しどろもどろで上手く言葉が伝わっている気がしない。
(ルーシャス様が誰かの元に行きたいと仰ったら、その時は潔く手を放そう)
彼が好きだから。
彼に幸せになって欲しいから。
「……ステラ、貴女が何に悩んでいるかは分かってあげられないけど、私たちはいつでも貴女の味方よ」
「母上」
「大丈夫、全部大丈夫よ」
抱き寄せられた肩から母上のぬくもりが伝わる。その温かさにじんわりと涙が滲んだ。
「今はただ、ミリオン様の合格を祈りましょう」
「……はい」
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