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7 ルーシャス視点
しおりを挟むガタガタと揺れる馬車の中。
小窓から外を眺めているが、頭の中は数十分前までの彼女の顔でいっぱいだった。
「何にやけてるんですか」
「ん?顔に出てたか?」
「はい、気持ち悪いほどに」
正面に座る部下は冷たい声で言い捨てる。
仮にも上司に対する言葉ではないが、長い付き合いである宰相補佐官であるシノだけは特例で見逃していた。
「ご成婚おめでとうございます」
「?まだ何も言ってないだろ」
「言わなくても分かりますよ。そのご様子だとオスカート侯爵令嬢からは良い返事を貰えたようですね」
呆れながらの祝辞でさえ笑みが溢れてしまう。
『私は……ルーシャス様と共に生きていきます』
遠慮がちに話す彼女がまさかあのようにはっきりと宣言してくれるなんて。
思えばあの時もそうだ。
めちゃくちゃな殿下の怒りに耐えてきたステラが自分以外を否定された時、今日と同じく決意を固めた目をしていた。
周りからは反論も出来ない温室育ちと思われているだろうが、実際のステラは芯が強く逞しい。
(流石はオスカートの血、といったところか)
「ですがこの3日間の貴方は凄まじかったですね。通常業務に加えて婚約破棄の書類作りに周辺調査、更には諸外国への根回しまで……とてもじゃないが1人でこなしきれませんよ」
「ああ。おかげで寝不足だ」
「寝不足で済まないはずですけど……」
くわぁっと大きな欠伸をする。
ステラの前ではこんな腑抜けた姿は見せられないが、気心知れた友人の前でなら話は別。
整えていた髪をくしゃりと見出すと、シノは持っていた懐中時計を確認した。
「王宮まではまだ時間がありますから、少し仮眠を取ったらどうです?起こしますから」
「ああ。……あー、そうだ。頼んでおいた件は調べ終わったか」
「はい」
「それを確認したら寝よう」
力の入らない身体を無理矢理叩き起こせば、シノは「ワーカーホリック……」と呟く。そして鞄の中から数枚の書類を取り出し渡してきた。
その書類の一番上には『オルガン=ロブスに関する報告』という文字が。
数分かけてざっと目を通した後、その書類の束は座席の横にぽいっと放り投げた。
「もう宜しいのですか?」
「ああ」
こんな仕事を続けていると速読や暗記は嫌でも得意になってしまう。
ロブス子爵の生い立ちやこれまでの経歴、女性関係や最近の趣味まで全て事細かに書いてあったが、どれも退屈すぎて余計に眠たくなってきた。
「オルガン=ロブス……確か我々と同じアカデミーで同じ学年でしたね」
「あー……」
「……まさか覚えてなかったんですか?学力テストやスポーツテスト、全て僅差で貴方に負けていたあのロブスですよ?いつもやっかまれていたではないですか」
「そんなこといちいち覚えてないさ」
「……可哀想に」
ハァと大きなため息をつかれる。
(?何か変なこと言っただろうか……)
俺たちが通っていたアカデミーは身分不問のため、奴と俺が同じ学舎だったとしても不思議ではない。
……が、どんなに思い出そうとしても奴の記憶は一切残っていなかった。
「しかし、そのロブスがオスカート侯爵令嬢と義家族の関係にあったとは……世間は狭いですね」
「結婚していないのだからまだ義家族じゃない」
「はいはい、そうですね」
宥めるような言い方にムッとする。
ステラがあの男と婚約していた事実ですら腹が立つというのに……。
「でも正直驚いています。実らないと思っていた初恋を、まさか自力で実らせるとは……執念に近い」
「これも王女殿下のおかげだな」
「……仰る通りで」
なかなか子宝に恵まれなかった国王夫妻が、蝶よ花よと可愛がって育てたハンナ様。
そして彼女を本気で叱る人間はいなくなった。
欲しいものは全て与え、嫌うものは遠ざけた。俺がミリオン家でなければ今頃口うるさい宰相だと解雇されていただろう。
いつしか彼女は自分の言葉こそ正義だと考える。それと同時に、王族である自分は周りよりも力を持つ選ばれた人間だと錯覚してしまった。
当たり前だ、誰一人として彼女の間違いを指摘しないのだから。
「だからといってステラが攻撃されてもいい理由にはならない」
上級貴族の中には王家に見切りをつけ、既に出国の準備をしている者もいるらしい。そうなるとますます国力は下がっていく。
(このままステラだけを連れて国を出ていっても良いんだが……)
そうなると責任感の強い彼女のことだ、きっと自分を責めてしまうに違いない。
となれば……
「腐った部分だけくり貫くか」
「?」
「シノ、しばらく苦労が続くが辛抱してくれよ」
「……承知いたしました、宰相殿」
皮肉めいた言葉にシノは顔を歪めるが、観念したらしく呆れながらも小さく笑った。
こうなった俺を止められる訳がないとシノ自身も気付いている。だからこそ、全てを預けられるんだ。
「さて、では会いに行こうか。我らが偉大なるアレキウス殿下に」
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