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しおりを挟む私の両親は、とてもいい親だったと思う。
引っ込み思案な娘のために最良の結婚相手を見つけてくれて、その2人のためにあっさり爵位や屋敷を明け渡してくれた。
そして自分たちは早々に田舎の地に隠居しフォロー役に徹する。全ては婿養子で来たドレイクの立場を守るための行動なのだろう。
結婚してからはなかなか会いに行くことも許されず、手紙のやり取りもどんどん少なくなって……
(最後の方はどんな声だったかも忘れちゃってたけど……)
「もう!カトレア、ちゃんと聞いてる?」
「う、うん……聞いてるよ」
食後の紅茶が運ばれてからどのくらい経っただろう。
未だおしゃべりが止まらないお母様に、ついひきつった笑いで返してしまった。
(久しぶりだわ。お母さまのマシンガントーク……!)
母のリリスは私と違って一度話し出したら止まらない、とてもおしゃべり好きな人だった。
聞き逃したら最後、そのまま突っ走るものだからよく愛想笑いで誤魔化していたものだ。
「それでね、お目当てのパヒュームを買いに行ったらちょうど目の前で売り切れちゃったの。次の入荷は半年後なんですって、もう諦めるしかないわよねぇ」
「う、うん……」
「でもやっぱり諦めきれないわー!」
(ま、まずい……今日の話をするタイミングが……)
「リリス、いい加減にしなさい。話はあとで私が聞くから今はカトレアの話を聞こうじゃないか」
「あ、そうよね!私ってばまた暴走しちゃった!」
むぐっと口を抑えて申し訳なさそうにするお母様。そんな姿を優しく見守るお父様に微笑んだ。
暴走気味のお母様をなだめながら、いつも私のことを心配してくれる。そんな対照的な両親のやり取りが懐かしくて涙がじわっと出ててしまった。
「それで」
お父様は仕切り直すように咳払いを一つ。
「今日のパーティーはどうだったんだい?」
(来た……!!)
ゴクッと唾を飲み込み姿勢を正す。
変な嘘はすぐにバレる、ここは正直に伝えなきゃ。
「子爵令息の何人かとお話を……ですが特にデートのお誘いはなかったです」
「……そうか、やはり一度でそう易々と声はかからないか。ああいったパーティーは2、3度顔を合わせてから誘うというのがセオリーだしな」
「でもそれを待ってて何度も参加していたら売れ残りのイメージがついちゃうわよ?特に女性は」
ふむ、と考え込んでしまう2人。
私が積極的でないと分かっているからこそ、今後の動きに悩んでるのだろう。
(私って本当に甘えたな子供ね……)
「カトレア、もし気になっている人がいないならドレイクはどうだ?」
「!」
「彼は優秀だし、何より昔からずっとお前を支えてくれている。本当は良家へ嫁がせてやりたいが、ドレイクと共にこの家を守る未来もいいんじゃないか?」
心配そうに反応を伺うお父様は、一度目のときと同じ顔をしている。
「そうよ!ドレイクがいいじゃない!」
「お母様……」
「顔も悪くないし気も遣えるわ!」
忘れていた。この婚約話、誰よりも乗り気だったのはお母様だった。
お母様は特にドレイクのことを気に入っている。
会うたびにプレゼントや花を持ってくるドレイクに『王子様みたいね!』とときめいていたくらい。……まぁ、今思えばそれも作戦なんでしょうけど。
強引で行動力あるお母様と、流されやすく意思のない私。
どちらに媚びればいいかなんて……愚問よね。
「そうと決まれば早速バーモン家と合同でお食事会を開きましょ!お式もなるべく早い方がいいでしょうし!」
「……お母様、」
「おいリリス、まだそうと決まった訳じゃ……」
「これから出会う男よりも気心知れたドレイクの方が絶対にいいわよ!ね?カトレアもそう思うでしょ?」
止まらないお母様についイライラしてしまう。
ここまで人の話を聞かない人だった?
もしかして私が引っ込み思案なのも、お母様のせいなんじゃ……いや、それはさすがに言いすぎね。
とにかくここで私が変わったところを見せないと。
「お母様」
「ん?なぁに?」
「私、ドレイクとは結婚しないわ」
「……え?」
冗談だと思われないようにはっきりと断言する。
「え、え?どうして?ドレイクいい男じゃない」
「彼を異性として見たことがないの。ただの幼なじみだし、それはこれからも変わらないわ」
「わ、分からないでしょ?そのうち恋愛感情が芽生えるかもしれないし!」
「ないわ絶対に」
「どうしてそう言い切れるの?!」
初めての反抗的な態度にお母様もムッとしていた。
「私、結婚したい人がいるから」
「「……………え、?」」
「エドリック=ユーフェリオ。初恋の人なの」
(言った……言ってやったわ!!)
確実に変わった未来に心の中でガッツポーズする。
これは私にとって大きな第一歩だ。
「ユーフェリオって……確か、男爵家の?」
「い、いや……甥のエドリックが引き継いで数々の武勲を立てたと聞く。彼は今や伯爵位だ」
さすがにお父様も動揺を隠しきれていない。
(まぁそうよね、エドリックの名前なんか今まで一度も出したことないんだもの)
そこで改めて今日のことを思い出す。
『返事は急がないから』
エドリックはそう言って立ち去っていく。その時、彼の耳たぶが真っ赤になっているのに気付いた。
あれは冗談なんかじゃなく、本気の告白だった。
あんなに大きくて強いエドリックが、耳を真っ赤にして伝えてくれた想いがとても愛らしくて……嬉しかった。
「今日、パーティーで久しぶりに再会したの。身体もたくましくなって爵位だって高いのに……彼は全然変わってなかった」
「カトレア……」
「後悔したくないの」
今度こそ、自分の気持ちに正直でいたい。
人生やり直しという奇跡を手に入れたんだから、諦めた初恋の人を選んでもいいのよね……?
「お父様、お母様。今まではっきりしなくてごめんなさい。でも……これだけは譲りたくない」
「カトレア」
「お願いだから、私の気持ちを受け止めて……?」
言いたいことはまだ半分くらいしか言えてない。でも……
(お願いっ!ちゃんと伝わって!!)
きゅっと目をつむって2人の言葉を静かに待つ。
「……カトレア」
しばらくして、お父様がようやく口を開いた。
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