上 下
23 / 32

23 ルドルフ視点

しおりを挟む




「ルドルフ様」

媚びるような甘い声に、思わず口角が上がった。

(……リゼでなく俺に仕掛けてきたか)

ゆっくりと振り替えれば忌々しくも思える金糸の髪が。似たような色味のドレスを纏った彼女──リアンナ=コルトピアの登場に、それまで張り付いていた人だかりがサッと道を作る。

「義姉殿」
「ふふっ、やだルドルフ様ったら。だったらそんな堅苦しい呼び方なさらないのに」

頬を少し赤らめながら、彼女は“いつも”の部分を強調させる。その異様な空気感に数人の貴婦人たちがピクッと反応した。

(……なるほど、役者だな)

妻である妹がいなくなった直後に接触し、似たような色のドレスを着てくることで関わりの少ない他国からの要人には夫婦に見えるだろう。0だった疑惑を1に引き上げ、あとはそれを2,3と上げるのは彼女の演技次第、というところだろう。

「あ、あの……」
「そのぉ、お二人のご関係って」
「ただの義家族ですわ。今はね」
「い、今は……?!」

混乱はどんどん広がり、気付けば会場にいるほとんどがこちらの会話に耳を済ませていた。そんな様子に満足げな笑みを浮かべ、リアンナ嬢は更に喋り続ける。

「この間もお屋敷にお邪魔致しましてね?それはそれは楽しいひとときを過ごさせてもらいましたの。その時は偶然妹は不在でしたが……ね?ルドルフ様」
「お、奥様がご不在の時に……!」
「そういえば、あの時お渡しした焼き菓子食べて頂けました?甘いものが苦手な貴方のために、少しビターに作ったんですよ?」

調子が上がってきた彼女はぷくぅっと頬を膨らませ、さも俺と親しい間柄だと思わせる素振りを見せつける。
嘘と呼べるようなことは言っていない。が、含みを込めた彼女の言葉は正直気分が悪かった。そんな茶番に付き合ってられるはずもなく、あからさまに大きなため息をついてやる。

「誤解を生む発言はどうかと思いますよ、義姉殿。貴女がアポイントを取って訪問して下さればリゼリアも予定を空けたでしょうに」
「それはどうかしら。あの子は鋭いから、私たちに気を遣って2人きりにしてくれるはずですわ」
「リゼの私への愛はこの色のように深く濃厚だ。どんな異色が混ざろうとも変わりませんよ」

自分の燕尾服を見せつければ、彼女の表情が歪み始めた。

「わ、私だって同じ色で……!!」
「この服はロスターダム王室御用達の仕立て屋にわざわざ染織させたもの、当然妻も同じ生地を使用している。貴女とはそもそも価値が違うんですよ」

この世でたった1つしかないオーダーメイドドレスと既製品じゃ、その価値には天と地ほどの差がある。……少なくともこれで彼女が本命だという線は消えただろう。

リアンナ嬢もそれに気付いたのか、すぐさま次の一手を出してきた。

「ひ、酷いですわっ!そうやって私を弄ぶのですね?!」

わぁぁっと盛大に泣き真似をする彼女は、両手で顔を隠しその場にしゃがみこんだ。

「あんなに深く、愛し合ったというのにぃ……っ!」
「……嘘ならもう少しマシな嘘を付くと良い」
「本当よっ!ヴィアイント家を訪れたあの日、私は貴方に激しく抱かれたではありませんかっ!」

キンという金切り声が広い会場に響き渡った。

「リゼリアでは満足できないと、何度も何度も私を揺さぶって!なのにそれすらも権力で隠蔽しようとなさるの?!ヴィアイント公爵ともあろうお方が!」
「証拠があるのか?」
「あるわ!私のお腹の中にね!」

衝撃的な言葉に思わず目を見開いた。

(……まさか、本当に身籠っているのか)

俺ではない、誰かとの子供を。

「り、リアンナ嬢……そ、それは真実ですか?」
「だとしたら王国最大のスキャンダルだぞ?」
「あのヴィアイント公が不貞を犯すなんて……」
「それも姉妹で……なんて穢らわしいのかしら」

彼女のたった一言で全ての人間が俺を疑った。当たり前だ、子を成すことは容易ではないのだから。

……そうまでして公爵夫人になりたいか。

「貴方が私を愛していなくてもいい。でもっ産まれてくる子に罪はないはずです!」
「……だから自分を公爵家に迎え入れろと?」
「この子はヴィアイント家の跡継ぎですよ?!」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げるリアンナ嬢に、周りの人間は皆心を揺さぶられていた。その表情はまさしく子を思う母親の顔で……誰も彼女を疑うことはしなかった。

ある一人を除いては。

「……貴女に少しでもリゼリアへの愛情が残っていたならば、手酷いことはしないつもりだった」
「……は?なんですの急に、」
「だが、もういい」

この女は、人を傷つけ過ぎた。
そしてこれからもリゼリアを苦しめる可能性がある。その芽だけは何としても摘んでやらないと。

「貴女が訪れたあの日、邸には貴女の他に来客がいた」
「?そうよ、イーサンも一緒に居たわ」
「イーサン=ネクトだけではない」

じっと彼女を見つめると、まだ状況を理解していない顔で首を傾げた。

そう。あの日、屋敷には他の客人がいた。それも彼女たちが訪れるより前から……

「そんなの、他に誰が……」
「僕だよ」

聞こえるはずのない高い場所からその声は聞こえる。
誰もが声の主へと顔を向け、そして呆然とした。

王家の血を継ぐ者しか立ち入ることが出来ない王室専用デッキ。現国王の隣に堂々と座る奴の名を、この場にいる全員が知らないはずもない。

「このセオドラ=ロスターダムが証人だよ、お嬢さん」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖人の番である聖女はすでに壊れている~姉を破壊した妹を同じように破壊する~

サイコちゃん
恋愛
聖人ヴィンスの運命の番である聖女ウルティアは発見した時すでに壊れていた。発狂へ導いた犯人は彼女の妹システィアである。天才宮廷魔術師クレイグの手を借り、ヴィンスは復讐を誓う。姉ウルティアが奪われた全てを奪い返し、与えられた苦痛全てを返してやるのだ――

完 弱虫のたたかい方 (番外編更新済み!!)

水鳥楓椛
恋愛
「お姉様、コレちょーだい」  無邪気な笑顔でオネガイする天使の皮を被った義妹のラテに、大好きなお人形も、ぬいぐるみも、おもちゃも、ドレスも、アクセサリーも、何もかもを譲って来た。  ラテの後ろでモカのことを蛇のような視線で睨みつける継母カプチーノの手前、譲らないなんていう選択肢なんて存在しなかった。  だからこそ、モカは今日も微笑んだ言う。 「———えぇ、いいわよ」 たとえ彼女が持っているものが愛しの婚約者であったとしても———、

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

就活婚活に大敗した私が溺愛される話

Ruhuna
恋愛
学生時代の就活、婚活に大敗してしまったメリッサ・ウィーラン そんな彼女を待っていたのは年上夫からの超溺愛だった *ゆるふわ設定です *誤字脱字あるかと思います。ご了承ください。

完結/クラスメイトの私物を盗んだ疑いをかけられた私は王太子に婚約破棄され国外追放を命ぜられる〜ピンチを救ってくれたのは隣国の皇太子殿下でした

まほりろ
恋愛
【完結】 「リリー・ナウマン! なぜクラスメイトの私物が貴様の鞄から出て来た!」 教室で行われる断罪劇、私は無実を主張したが誰も耳を貸してくれない。 「貴様のような盗人を王太子である俺の婚約者にしておくわけにはいかない! 貴様との婚約を破棄し、国外追放を命ずる! 今すぐ荷物をまとめて教室からいや、この国から出ていけ!!」 クラスメイトたちが「泥棒令嬢」「ろくでなし」「いい気味」と囁く。 誰も私の味方になってくれない、先生でさえも。 「アリバイがないだけで公爵家の令嬢を裁判にもかけず国外追放にするの? この国の法律ってどうなっているのかな?」 クラスメイトの私物を盗んだ疑いをかけられた私を救って下さったのは隣国の皇太子殿下でした。 アホ王太子とあばずれ伯爵令嬢に冤罪を着せられたヒロインが、ショタ美少年の皇太子に助けてられ溺愛される話です。 完結、全10話、約7500文字。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 他サイトにも掲載してます。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。
ファンタジー
※第12回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました!  勇者に裏切られ、剣士ディックは魔王軍に捕まった。  勇者パーティで劣悪な環境にて酷使された挙句、勇者の保身のために切り捨てられたのだ。  そんな彼の前に現れたのは、亡き母に瓜二つの魔王四天王、炎を操るサキュバス、シラヌイだった。  ディックは母親から深い愛情を受けて育った男である。彼にとって母親は全てであり、一目見た時からシラヌイに母親の影を重ねていた。  シラヌイは愛情を知らないサキュバスである。落ちこぼれ淫魔だった彼女は、死に物狂いの努力によって四天王になったが、反動で自分を傷つける事でしか存在を示せなくなっていた。  スカウトを受け魔王軍に入ったディックは、シラヌイの副官として働く事に。  魔王軍は人間関係良好、福利厚生の整ったホワイトであり、ディックは暖かく迎えられた。  そんな中で彼に支えられ、少しずつ愛情を知るシラヌイ。やがて2人は種族を超えた恋人同士になる。  ただ、一つ問題があるとすれば……  サキュバスなのに、シラヌイは手を触れただけでも狼狽える、ウブな恋愛初心者である事だった。  連載状況 【第一部】いちゃいちゃラブコメ編 完結 【第二部】結ばれる恋人編 完結 【第三部】二人の休息編 完結 【第四部】愛のエルフと力のドラゴン編 完結 【第五部】魔女の監獄編 完結 【第六部】最終章 完結

「不吉な子」と罵られたので娘を連れて家を出ましたが、どうやら「幸運を呼ぶ子」だったようです。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
マリッサの額にはうっすらと痣がある。 その痣のせいで姑に嫌われ、生まれた娘にも同じ痣があったことで「気味が悪い!不吉な子に違いない」と言われてしまう。 自分のことは我慢できるが娘を傷つけるのは許せない。そう思ったマリッサは離婚して家を出て、新たな出会いを得て幸せになるが……

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...