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しおりを挟む「おはよう」
食堂で顔を合わせた公爵は、特に服装のことを責めることなく普通に挨拶をして下さった。
「おはようございます。あの、お待たせしてしまい申し訳ございません」
「構わない、女性の支度は準備がかかるものだ」
(……何か、本当に申し訳ない)
清潔な服とはいえパッと見た感じ夫婦には思えないだろう。それもこれも背が高すぎる私のせいなんだけど。
「さっそく食事にしよう。昨日忙しくて食事を取っていないだろ?沢山食べてくれ」
「は、はいっ!」
案内された席につくなり、てきぱきと目の前に食事が用意されていく。
焼きたてのパン、みずみずしいグリーンサラダ、ふわふわのエッグにとろりとしたコーンミルクのスープ。朝から豪勢すぎるラインナップに思わずよだれが垂れそうになった。
(誰かと一緒に食事を取るのは久しぶり……)
いつもは自室にサンドイッチと水だけが運ばれてきて、それを簡単に済ませるだけ。生きるためだけに食事をしていただけに、まさに夢のようなご馳走だった。
夢中でパクパク食べ進めていると、いつの間にか沢山あったはずの料理が綺麗さっぱりなくなってしまった。
「美味しいか?」
「ふぇっ?!は、はいとっても!」
「ふっ、俺の分のデザートもやろう」
公爵は食後のフルーツを私に差し出してくれた。
……これは確実に食い意地はってると思われた。正直かなり恥ずかしい。
「あの、公爵様」
「ルドでいい」
「えっと……では、ルド様。こちらで私はどのように過ごせばいいのでしょうか。昨夜は詳しいことをお聞き出来なかったので」
ヴィアイント公、でなくルド様が私を迎えてくれたのには何か深い理由があるはず。
そうでなければドレス一着も持っていない女を、わざわざ公爵夫人なんかにするわけではがない。
(だったら少しでも良いから期待に答えなきゃ……!)
使えないと知られたら捨てられてしまうかもしれない。
「剣術はまだまだ未熟ですが、どちらかというと体術の方が得意です。なのでパーティーなどの服装チェックが厳しい場ではご期待に添えるかと……」
「君をボディーガードとして扱うつもりはないぞ」
「………ん???」
まさかの回答に目をまん丸くしてしまった。
「え、じゃあ何故私を拾って下さったのですか」
「………」
「?」
凛々しいルド様の顔がきょとんと可愛らしくなる。
何か言いたげな顔をしていたが、すぐに周りに控える侍女たちを見てコホンと咳払いされた。
「……この話は、また2人きりの時に。朝からするような話でもないしな」
「はぁ」
「それより今日の予定は?俺はこれからすぐに王宮に向かうんだが」
今日の予定……?
役割をはぐらかされてしまっては今後どう動けばいいか分からない。あたふたとしていると、後ろに立っていたフルールさんが代わりに答えてくれる。
「本日は仕立て屋を呼びつけましたので、奥様のドレス一式をご準備するつもりでございます。お手持ちのお洋服では不足があると判断しましたので」
「そうか。近々王宮に2人で呼ばれるかも知れない、俺とのペアカラードレスも2、3着作らせてくれ」
「承知致しました」
「ジュエリーも靴も彼女の好きなものを。請求書は俺個人宛に出しといてくれ」
「はい」
すらすらとメモを取るフルールさんの手元を眺める。
(何の話をしてるんだろう……)
「リゼ」
「はいっ」
「金のことは気にせず、君が気に入ったものを好きなだけ揃えればいい。これから何かと社交場に赴くことになるだろうから」
不意に名前を呼ばれた後、席を立ったルド様はポンと頭を優しく撫でてくれた。
「っ!!」
男の人に優しく触れられたのは初めてで、思わずカァッと赤くなる顔を急いで伏せる。
「あぁ、それから。俺が不在の時は誰が来ようとも屋敷に入れなくていいからな」
「えっ……そ、そうなんですか」
「女主人としての教育やルールは近々教えるつもりだ。だがそれまでは特別なことはしなくていい」
「わ、分かりました」
その言葉だけを残し、ルド様は颯爽と出掛けていった。
「………」
「奥様、どうかされましたか?」
「……何でもないです。ないんですけど、」
告げられた言葉を思い返すとチクッと胸が痛む。
「ただ…、余計なことはするなと言われているようで、その……ご迷惑にさっそくなっていると思うと情けなくて」
「迷惑だなんてそんなっ!旦那様は奥様のことを誰よりも深く想っておいでですよ?先程の言葉だって、奥様を危険な目に合わせないためですし」
慌ててフォローを入れるフルールさんに、私は思わず苦笑してしまう。
(そんな事言われても、私とルド様は決闘で初めて顔を合わせたばかりなのに)
深く想ってもらえるなんて、そんな夢物語………
『泣くな。泣いたってだれも助けてくれない!』
「あれ……?」
「奥様?」
「あ……い、いえっ大丈夫です。私たちもそろそろ行きましょうか」
そう言って私たちは部屋へと戻ることにした。
古い記憶の底から、一瞬だけ懐かしい声が聞こえた。
ほこりと汗の匂いが混じった夏の夜。
小さな私はあの日、誰かと一緒にそこにいた。
何も見えなくて、何も分からなくて……それでも心だけが強く保っていられたのは、あの綺麗な瞳がずっと側にいてくれたからだ。
そう、確かあれは……柔らかい水面のような青。
ルド様と同じ、綺麗なアイスブルーの瞳だった。
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