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「アッシュ!」
「グラシャさんっ!」

遠くから私たちを呼ぶ声が聞こえる。
咄嗟に抱き締めるアシュレイ様を押し退け離れようとするものの、非力な私ではそれも出来ず再び彼の胸に顔を押し付けられる。

「あのっアシュレイ様!そろそろ離れて下さい」
「……もう少しこのまま」

耳にかかる吐息に背筋がゾクッとなる。
もうちょっとだけなら……、と流されそうになるのを何とか振り切った。

「人が来ますからっ!は、離れて下さいっ」
「……仕方ない」

アシュレイ様は残念そうな顔をしてゆっくり離れる。そして離れ際にちゅっとおでこにキスを落とされ、私は口をぱくぱくさせながらその部分を手で押さえる。

(な、何か急に大胆になってない?!アシュレイ様ってそういうタイプ?)

さっきまでの彼とは違い今では私でも分かるくらい甘い雰囲気を醸し出している。その変わりっぷりに少し驚くが、不思議と嫌じゃない自分もいた。

「アッシュ!グラシャ嬢は無事か?!」

駆け寄って来てくれたのはミハエル様とエリザベスさん、そしてケインと数人の自警団の方たちだった。しばらく姿を見かけない私たちを探しに来てくれたんだ。

「私は大丈夫です!ですがアシュレイ様が」
「ただのかすり傷だ。先にグラシャを医者に見せてやってくれ、あの部屋から飛び降りたからどこか怪我しているかも知れない」
「飛び降りって……」
「あの部屋に閉じ込められてたらしい」

アシュレイ様は窓が開いたその部屋を指差すと全員が困惑した顔になる。もう一度その部屋を見上げれば、上から見てた時とは違う高さにゾッとした。

(あんな高いところから、私飛び降りたんだ……)

我ながら何て大胆なことを。

「あの部屋は倉庫の中でも特に使われていないんだ……本当に用がなければ、一ヶ月以上誰も近寄らないなんて事は大いにあり得るよ」
「じゃあグラシャさんは……」
「ああ。最悪の場合、命の危険があったかも知れない」

ミハエル様がそう言うとエリザベスさんは泣きそうに顔を歪める。一ヶ月以上助けが来ない……事態はただのイタズラでは済まされないほど深刻な問題となった。
すると突然アシュレイ様がスッと立ち上がる。

「アッシュ、どこ行くの?」
「決まってる。シルビアのところだ」

唸るような低い声に背筋がゾクッとなる。

(アシュレイ様……とても怒ってる)

表情は見えなくてもその背中から感じ取れるオーラが禍々しい。

「気持ちは分かる。が、今あいつを怒鳴ったところではぐらかされるのがオチだ」

そう、この件に関してシルビア嬢が関わってるのは一目瞭然。ただ実行犯は彼女の取り巻きである子爵令嬢たちだ。当然罪に問われるのも彼女たちで、核となる証拠がなければシルビア嬢に罪を白状させることは出来ない。

(そんなこと、アシュレイ様はとっくに分かってる。でも怒りで冷静さを見失ってるみたい)

「ではどうすればいい?このままグラシャがされた事を黙って見過ごせと言うのか?もしかしたら彼女は餓死や脱水症状で命を落としていたかも知れないんだぞ!」
「落ち着けって!」

強引に戻ろうとするアシュレイ様の両肩をガシッと掴むミハエル様。この状態で会場に戻らせたら今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。

「……私にいい考えがありますわ」

ポツリとエリザベスさんは言う。

「エリザベス?」
「ミハエル様、招待客の皆さんはまだパーティー会場にいますよね?もちろん主犯である彼女たちも」
「あ、ああ。なるべく騒ぎを起こさず、少しだけ席を外すと言って全員待たせてある」
「ならこの場を生かすべきですわね」

パッとこちらを見たエリザベスさんはニコニコと私の顔を見る。

「グラシャさん、私こんなに怒ったのは生まれて初めてです。大切なお友達をこんな目に……しかも大事な結婚披露パーティーで」
「え、エリザベスさん?」
「ただじゃ済ましません。ねぇミハエル様?」
「あ、ああ」

(え、エリザベスさんっ?!)

満面の笑みがより恐ろしい。

「ふふふ、グラシャさんとスプラウト様。ここはお二人に協力して頂きますわよ」
「「え?」」
「まずは二人とも医務室に行きましょう。詳しい話は手当てをしながら」

そう無邪気に話すエリザベスさん。そんな彼女にミハエル様もケインも呆気に取られている。

私とアシュレイ様は何も知らされないまま、エリザベスさんの後をついて行った。
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