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シルビア嬢とアシュレイ様の一件以来、私の周りはとても静かだった。
取り巻きたちから地味な嫌がらせをされる事はなくなったし陰口も目立たない。その代わり、今度はシルビア嬢の悪い噂が目立つようになった。

『シルビア=バレインはスプラウト侯爵家の正妻の座を狙っている』
『アシュレイ=スプラウトに付き纏っている』
『偽の王子、実は嫉妬丸出しのただの令嬢』

きっとあのやり取りを目撃していた一部の生徒が言い始めたに違いない。それまで人気者だったシルビア嬢の株は一気に下がり、気付けば学校内は彼女のファンと否定派の真っ二つに分かれる現象となる。そして事実上の冷戦状態が今も続いていた。

(少し可哀想だとも思うけど、私がわざわざ庇ってあげる義理もないし。また刺激して巻き込まれるのも勘弁だわ)

彼女のファンを刺激して厄介事になっては困る。出来ればこのまま何事もなく卒業を迎えたいが……



「やぁ、急に呼び出してしまってすまないね」

私はシルビア嬢に呼び出された。
滅多に人の来ない資料室、そんな場所に呼び出されれば当然身構えてしまう。でも、そんな私とは対照的にシルビア嬢はニコニコと相変わらずの王子様スマイルを向けた。

「そう怖がらないで、私は君に危害を加えるつもりはもちろんないよ」
「……どうかしら」
「ハハッ!うちは男爵家だよ、天下のノーストス伯爵家に手を出すなんて命知らずなことはしないさ」

(その割には相変わらずのタメ口……)

「君とはゆっくり話をしたいと思って。人目があるところではお互い本音が出せないだろ?」

それは一理ある。
今、私たちが二人で話していれば周りがうるさいだろう。場外乱闘が始まってしまうのは避けたい。
私は近くにあった椅子にそっと腰掛ける。

「何の話をするの?」
「もちろんアッシュのことさ」

シルビア嬢は向かい側にある机に寄りかかる。

「単刀直入に言う。アッシュと婚約破棄をするんだ」
「何故?」
「君ではアッシュを幸せに出来ない」

出来るだけ冷静に、そうは思っててもいざ彼女の言葉を聞けばイラついてくるのが分かった。

「あいつは責任感が強い男だ。家のために結んだ婚約を簡単に自分から投げ出せずに苦しんでるはずだ。君から申し出があれば話は別だろう」
「……お断りします」
「何故っ!」

穏やかだった彼女の表情が変わる。

「私は婚約破棄をしません」
「……侯爵夫人という肩書きが欲しいのかい?」
「アシュレイ様が好きだからです」

真っ直ぐに伝えればシルビア嬢の目が見開く。
こんな事、本当は彼女に言うつもりはなかったが……ここまで的外れなことばかり言われてはこちらも黙っていられない。

「アシュレイ様は言っていました、シルビア嬢に恋愛感情はないと。ただの幼馴染だからと。そんな貴女が私たちのことに口を挟まないで」

それだけを言い捨てて部屋を出ようとする。
わざわざ私を脅迫してくるなんてよっぽど余裕がないんだろう。

(時間の無駄だったわ)

「……じゃあ君はどうなんだい?」
「え?」

振り返れば悲しそうな顔で微笑むシルビア嬢。

「君はアッシュに好きだと言われたの?」

その言葉にドクンと心臓が脈打った。

「君たちの仲がちょっとずつ縮まっているのは知ってるよ。でもアッシュは君を愛していると言ってくれた?一生側にいて欲しいとは?愛を囁きながら沢山キスをしてくれたかい?」
「………」
「ああ、言われてないんだね」

可哀想に。
シルビア嬢は私に歩み寄りニヤッと笑った。

「私はただの幼馴染かも知れないが、君こそただの婚約者だ。アッシュに愛されてる訳じゃないだろ?」
「……そんなの、」
「ないって言えないだろ?愛を伝えられていない、それがすべての答えじゃないか」

はははっと響く笑い声に何も言い返せない。

(私だけ……なのかしら、この気持ち)

アシュレイ様との時間は幸せだった。
増える会話も、重ねたデートも、婚約者だと紹介される時の気恥ずかしさも、全部心地良かったのに。

「ミハエルのパーティーでアッシュに告白するよ」
「!!!」
「正々堂々と。君に止める権利はないよね?」

こそっと耳元で囁きシルビア嬢は部屋から出て行く。
一人取り残された私はしばらくぼんやりとしていた。

『俺を信じてくれ』

あの日、アシュレイ様は確かにそう言った。
それなのに何故私は……。
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