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さようなら日本

祖母と母と俺と

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「敬子、今まで本当にありがとう。あんまり待たせたら可哀想よ…」

謎のワードを残して祖母がこの世を去った。
葬儀や諸々の手続きを終えて戻った家の桜は満開で、有紀は初めて母が泣くのを見た。

有紀はおばあちゃん子だ。
明らかな異分子である有紀が、この小さな町で居場所を見つけられたのは間違いなく祖母のおかげだと思う。
少し強い風に散る花びらを見ながら、有紀は祖母と過ごした時間を思い返していた。

三好有紀は父親を知らない。
物心ついた時には三人で暮らしていたし、優しく穏やかな祖母とパワフルな母と過ごす日々は、有紀に寂しいと思う暇を与えなかった。

明らかに周囲の友達と違う有紀の容姿は、小さな町の小さなコミュニティの中ではどうしても目立つ。けれど色素の薄い髪と瞳の有紀少年は、近所の猛犬を手懐け、誰よりも速く走れた。
有紀は仲間たちと楽しい幼少期を過ごす。
祖母が「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれる有紀の家は、友人たちにとっても大事な場所になった。

けれども楽しかった日々は長くは続かない。
有紀が高校生になる頃には周囲の状況が激変する。有紀はとにかくモテた。
モテすぎた有紀は、女子のいない男子校に進学するが、行動範囲が広がったことで有紀を追いかける人間は激増する。

断っても断っても男女を問わず追い回され、同じ高校に進学した春斗と共に追いかける輩から逃げるまくる日々…
大好きな人たちに守られていた有紀の世界は、本人の意思を無視して変化していく。

「おかえりなさい」

いつもと変わらない笑顔で迎えてくれた祖母がいるのは家ではなく病院だ。
あの暖かい場所に祖母が戻る日はこないと知ったあの日…俺は悲しい顔をしてたんだろう。
そして祖母は残された時間が多くない事を知っていたんだろう。

「どうしたの?悩み事?」

そう聞いた祖母に、誤魔化すように騒がしくなった日常の愚痴をこぼす。

「俺が王子様っておかしいでしょ!せっかく男子校に行ったのに、前より悪化してる気がする…」

「有紀は私のかわいい王子様なんだから、間違ってないじゃない。貴方がのびのびと暮らせる場所がきっとあるから。世界は広いのよ……見届けられないのは残念だけど貴方ならきっと大丈夫よ。」

そう言ってふんわりと笑った祖母は美しかった。
桜の花みたいな人だったな、と思う。
舞い散る花びらに祖母の人生を重ねて、有紀も少し泣いた。

ばあちゃん見ててね…
俺頑張るから、母さんも守るから…
今までありがとう…
涙を拭って見上げた空は、青かった。




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