2 / 11
1-2
しおりを挟む
「澄田さん、ご家族にはお話してこちらに来られましたか?」
ぱっとにらむのをやめて、先生からの質問の答えを考える。
「ええっと、スマホにメールは送っておきました」
ここに来る前もだが母親には反対された。胡散臭すぎる、危ない団体とかだったらどうするんだと許してもらえる様子もなかった。仕方なく内緒で先生とのメールのやり取りで病院の入院手続きと、さっきのような止まる場所の予約も自分でやってここに来てしまった。
「やっぱり反対されたんですか?」
わかっていたかのように聞いてきた先生。
「はい、」
先程からスマホには母親からの電話がひっきりなしにかかっていた。一度メールで大丈夫と送ったが、それでもかかってくる。
俺の反応を聞いて理解したように頷く先生。
「そうですよね、ホームページ見てもなんか怪しい感じしますよね。半年前にも澄田さんみたいに駅にお迎えに来たことがあったんですけど、女性の方。その方もご両親の反対を無視して来たみたいで、私がその方を車に乗せようとしたとき、ご両親が警察を連れて止めに来たんです。本当に驚きました」
「うわ、」
「その後は大変でした…。交番で事情聴取され、仕事の内容を伝えても理解してもらえなかったので、パトカーに警察の方と女性とご家族、キャラバンを運転する私は横に警察官を乗せて院に案内することになりました。直接見てもらった方が良いと思ったので、」
「大丈夫だったんですか?」
「ええ、入院している患者さんにお願いして説明しました。初めて見た警察の方は驚いていましたが、ご両親と女性の方は安心されたご様子で。やっと治せるね、とお母様が泣いていらしたのを覚えています」
泣きたい気持ちはわかる。
治るのか、治らないのか。
わからないことを考えるのは、先が見えなくて、寂しくて、怖い。
「もし、澄田さんのご家族が心配されている様子なら、運転中は無理なので、院に付いたら···私と一緒にお電話させてくれませんか。大切な一人息子様を預からせて頂くので…。その方が良いと思います」
バックミラーから先生がこちらに笑いかけてくれているのが見えた。
ここまで話をしている様子を見ると、怪しい団体の類はしない。今のところは信用しておこう。いざとなったら今、膝の上で抱えているバックの中で手で掴んでいるハンマーで殴ればいい。
俺はハンマーを握り直して、浅く腰掛けた。いつでも殴って、逃げられるように。
頭の中ではこんな状態でも、先生の話を聞いていて気になることがあった。その女の人の症状だった。この先生に頼るほどだ、どんな様子だったのか知りたい。
「あの、その女の人は、どんな症状だったんですか?」
バックミラーから、こちらをちらりと先生が見る。
「自分の目に、マルチスクリーンのように周辺が映ってしまう、という症状でした」
先ほどよりは少し低いトーンで話す先生。構わず俺は聞いた。
「マルチスクリーンって…」
いまいちピンと来ない。
「トンボの視界をご覧になったことはありますか?」
俺はスマホのネットでトンボの視界を検索した。丸く区切られた中に花がたくさん分裂して並んでいる画像が出てきた。
これがトンボの視界。一つの視点に慣れた人間にはこれはキツイ。
「どうして、こんな、」
「デリケートな部分は伏せますが、その方はご両親の熱心な教育もあって真面目に進学、就職したのですが、一度小さな失敗をして自意識過剰な性格になってしまいました。お仕事を辞められてからは更に周りの目を気にするようになり、視界の数は今の私たちのような状態から、4つ、6つ…と増えていき、私が診察をした頃には9000個近くになってしまいました」
トンボの目そのものになっている。
「治ったんですか?それ、」
「はい。ご家族からのお話を聞いて原因はわかりましたので、その方の自意識過剰な性格を徐々に柔らかくする所から治療を始めました。もしかしたら精神科の治療に近いかもしれませんね。半年かかりましたが、その方の目は今、私たちが見えている状態に戻すことはできました」
「良かったですね」
先生が嬉しそうに「はい」と言う。
「長い時間をかけて今の性格は作られますので、柔らかくするにはそれなりに時間はかかります。ですが、その方の場合、目の症状が無くなって嬉しかったのか、すぐ再就職したそうです。多くのものが見える経験をしたからか、職場ではよく気の利く人!勘が鋭い!なんて言われることがあるらしいですよ」
「その、病気の経験は無駄にならなかったんですね」
「良い個性になってくれたのかな、と思っております」
バックミラーに安心した表情をした先生の顔が見えた。俺はそれを見ていつの間になのか、ハンマーを握る手が緩んでいたことに驚いた。
「澄田さん、個生院は山の天辺にありますので、ここからは揺れますよ」
先生が言う前にガタンと、車が大きく揺れて俺は窓の外を見た。建物が少なくなり窓枠の景色には徐々に木々が生い茂っていった。
ぱっとにらむのをやめて、先生からの質問の答えを考える。
「ええっと、スマホにメールは送っておきました」
ここに来る前もだが母親には反対された。胡散臭すぎる、危ない団体とかだったらどうするんだと許してもらえる様子もなかった。仕方なく内緒で先生とのメールのやり取りで病院の入院手続きと、さっきのような止まる場所の予約も自分でやってここに来てしまった。
「やっぱり反対されたんですか?」
わかっていたかのように聞いてきた先生。
「はい、」
先程からスマホには母親からの電話がひっきりなしにかかっていた。一度メールで大丈夫と送ったが、それでもかかってくる。
俺の反応を聞いて理解したように頷く先生。
「そうですよね、ホームページ見てもなんか怪しい感じしますよね。半年前にも澄田さんみたいに駅にお迎えに来たことがあったんですけど、女性の方。その方もご両親の反対を無視して来たみたいで、私がその方を車に乗せようとしたとき、ご両親が警察を連れて止めに来たんです。本当に驚きました」
「うわ、」
「その後は大変でした…。交番で事情聴取され、仕事の内容を伝えても理解してもらえなかったので、パトカーに警察の方と女性とご家族、キャラバンを運転する私は横に警察官を乗せて院に案内することになりました。直接見てもらった方が良いと思ったので、」
「大丈夫だったんですか?」
「ええ、入院している患者さんにお願いして説明しました。初めて見た警察の方は驚いていましたが、ご両親と女性の方は安心されたご様子で。やっと治せるね、とお母様が泣いていらしたのを覚えています」
泣きたい気持ちはわかる。
治るのか、治らないのか。
わからないことを考えるのは、先が見えなくて、寂しくて、怖い。
「もし、澄田さんのご家族が心配されている様子なら、運転中は無理なので、院に付いたら···私と一緒にお電話させてくれませんか。大切な一人息子様を預からせて頂くので…。その方が良いと思います」
バックミラーから先生がこちらに笑いかけてくれているのが見えた。
ここまで話をしている様子を見ると、怪しい団体の類はしない。今のところは信用しておこう。いざとなったら今、膝の上で抱えているバックの中で手で掴んでいるハンマーで殴ればいい。
俺はハンマーを握り直して、浅く腰掛けた。いつでも殴って、逃げられるように。
頭の中ではこんな状態でも、先生の話を聞いていて気になることがあった。その女の人の症状だった。この先生に頼るほどだ、どんな様子だったのか知りたい。
「あの、その女の人は、どんな症状だったんですか?」
バックミラーから、こちらをちらりと先生が見る。
「自分の目に、マルチスクリーンのように周辺が映ってしまう、という症状でした」
先ほどよりは少し低いトーンで話す先生。構わず俺は聞いた。
「マルチスクリーンって…」
いまいちピンと来ない。
「トンボの視界をご覧になったことはありますか?」
俺はスマホのネットでトンボの視界を検索した。丸く区切られた中に花がたくさん分裂して並んでいる画像が出てきた。
これがトンボの視界。一つの視点に慣れた人間にはこれはキツイ。
「どうして、こんな、」
「デリケートな部分は伏せますが、その方はご両親の熱心な教育もあって真面目に進学、就職したのですが、一度小さな失敗をして自意識過剰な性格になってしまいました。お仕事を辞められてからは更に周りの目を気にするようになり、視界の数は今の私たちのような状態から、4つ、6つ…と増えていき、私が診察をした頃には9000個近くになってしまいました」
トンボの目そのものになっている。
「治ったんですか?それ、」
「はい。ご家族からのお話を聞いて原因はわかりましたので、その方の自意識過剰な性格を徐々に柔らかくする所から治療を始めました。もしかしたら精神科の治療に近いかもしれませんね。半年かかりましたが、その方の目は今、私たちが見えている状態に戻すことはできました」
「良かったですね」
先生が嬉しそうに「はい」と言う。
「長い時間をかけて今の性格は作られますので、柔らかくするにはそれなりに時間はかかります。ですが、その方の場合、目の症状が無くなって嬉しかったのか、すぐ再就職したそうです。多くのものが見える経験をしたからか、職場ではよく気の利く人!勘が鋭い!なんて言われることがあるらしいですよ」
「その、病気の経験は無駄にならなかったんですね」
「良い個性になってくれたのかな、と思っております」
バックミラーに安心した表情をした先生の顔が見えた。俺はそれを見ていつの間になのか、ハンマーを握る手が緩んでいたことに驚いた。
「澄田さん、個生院は山の天辺にありますので、ここからは揺れますよ」
先生が言う前にガタンと、車が大きく揺れて俺は窓の外を見た。建物が少なくなり窓枠の景色には徐々に木々が生い茂っていった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ようこそ!アニマル商店街へ~愛犬べぇの今日思ったこと~
歩く、歩く。
キャラ文芸
皆さん初めまして、私はゴールデンレトリバーのべぇと申します。今年で五歳を迎えました。
本日はようこそ、当商店街へとお越しいただきました。主人ともども心から歓迎いたします。
私の住まいは、東京都某市に造られた大型商業地区、「アニマル商店街」。
ここには私を始め、多くの動物達が放し飼いにされていて、各々が自由にのびのびと過ごしています。なんでも、「人と動物が共生できる環境」を目指して造られた都市計画だそうですね。私は犬なのでよくわからないのですが。
私の趣味は、お散歩です。いつもアメリカンショートヘアーのちゃこさんさんと一緒に、商店街を回っては、沢山の動物さん達とお話するのが私の日常です。色んな動物さん達と過ごす日々は、私にとって大事な大事な時間なのです。
さて、今日はどんな動物さんと出会えるのでしょうか。
『元』魔法少女デガラシ
SoftCareer
キャラ文芸
ごく普通のサラリーマン、田中良男の元にある日、昔魔法少女だったと言うかえでが転がり込んで来た。彼女は自分が魔法少女チームのマジノ・リベルテを卒業したマジノ・ダンケルクだと主張し、自分が失ってしまった大切な何かを探すのを手伝ってほしいと田中に頼んだ。最初は彼女を疑っていた田中であったが、子供の時からリベルテの信者だった事もあって、かえでと意気投合し、彼女を魔法少女のデガラシと呼び、その大切なもの探しを手伝う事となった。
そして、まずはリベルテの昔の仲間に会おうとするのですが・・・・・・はたして探し物は見つかるのか?
卒業した魔法少女達のアフターストーリーです。
今日から、契約家族はじめます
浅名ゆうな
キャラ文芸
旧題:あの、連れ子4人って聞いてませんでしたけど。
大好きだった母が死に、天涯孤独になった有賀ひなこ。
悲しみに暮れていた時出会ったイケメン社長に口説かれ、なぜか契約結婚することに!
しかも男には子供が四人いた。
長男はひなこと同じ学校に通い、学校一のイケメンと騒がれる楓。長女は宝塚ばりに正統派王子様な譲葉など、ひとくせある者ばかり。
ひなこの新婚(?)生活は一体どうなる!?
リバース─犯罪者隔離更正施設─
閣下
キャラ文芸
──世界が正しくあるために、君はそこに行かなくてはいけない
上官の命令で犬飼賢士が降り立った地は、かつて負の遺産と呼ばれた場所だった
──覚えておけ、救えない者だっていることを
そこで彼が出逢ったのは月の犬の異名持つ女性、雅 狼子
彼女の父で不思議な力を持つ一族の長、雅 虎之助に依頼された犬飼は、狼子と共にある失踪事件を捜査することになるのだが……
──正義とは何か、悪とは誰か
ルール無用の無法地帯で、二人の運命が交差するとき、古からの因縁の物語が静かに動き出す!!
────いつだって正義が正しいとは限らない!────
※小説家になろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる