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第一章
これからどうなる
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◯
(状況を整理しよう)
寝台に寝かされたカイはくたびれ果てていた。起き上がる気力はない。かといって眠気も遠い。先ほどまでの目まぐるしい騒動と、それに伴った興奮と緊張が彼の頭からまだ抜けていない。おまけに寝息が頬に触れるような距離で見知らぬ男が眠っている。
(寝れるわけないよなあ)
カイは横目で男を見る。眠る男の表情からも威圧感は抜けていないが、毛髪と同じ象牙色のまつ毛が豊かに生えた目元を見るだけでも、他のふたりに負けず劣らない美形だとわかる。
(やっぱこれ乙女ゲームの世界なんじゃないの?)
(おれ含め顔のいいやつしか見てないんだけど)
カイは男から少しでも距離をとろうと身じろぎしたが、男が低く唸ったので諦めてその場で目を閉じた。
(……状況を整理しよう)
(ここが異世界であることは間違いない。現実世界にあんな風景はないし、空飛ぶ絨毯もドラゴンも、おれの知ってる地球には存在しない)
(あのイケメン……シェルが言ってたけど、おれはこの世界のこの身体に召喚された。そんで三年間ここで過ごして、五年間眠ってた)
(……なんで五年間眠ってたのかは、一番気になるとこだけど、現状ある情報じゃ憶測も立てられないから、まあ保留するとして)
(問題は記憶のない三年間、おれがどう過ごしたかってことだ)
(……)
(やっぱ、女のフリしてたのかなあ!?)
(マジでそうだったらどうしよう、いやほとんど確定してるけど、ああ、もう!)
(じゃあこれからもおれ女として振る舞わなきゃいけないってことでしょ!?)
(……もっとほかに懸念すべきことはあるんだろうけど、とりあえず寝て起きたら現実に
戻ってました、なんて都合いいことが起きなきゃ、おれはこれからここで生活しなきゃいけない)
(そんでその場合、たぶんあの三人がおれを助けてくれるわけだ)
口ぶりから察するに、昏睡状態のカイの身の周りの世話をしていたのは彼らだ。
そして目覚めはしたものの、歩くこともままならない衰弱した身では、彼らの助力はまだまだ必要となる。
(あいつらがなんでおれの世話をしてたのか、過去になにがあったのか、わからんことだらけだが……ひとつ言えるのはおれとあいつらの関係はかなり良好であったということだ。そしてそれは、たぶん……)
(おれが美少女であることをフル活用した結果なんだろう……)
(じゃなきゃあんな顔のいい連中がおれに傅くわけがない!)
カイは愛らしい顔に似つかわしくない、自虐的な歪んだ笑みを浮かべた。
(自分で言ってて悲しくなってきたな)
(いや事実なんだけど)
(あいつらがおれを奪い合うみたいにして修羅場つくってたのも、それだと納得いくんだよなあ)
目覚めてから常に視界に映る、ふわふわとした長い髪の毛をつまみあげ、カイはため息をつく。
(……おれ、これから、女の子としてやってかなくちゃいけないのか)
(もしおれが男だってバレて、あいつらに捨てられるようなことがあったら……。まずこの世界では生きていけない。それどころかあいつらを騙してたなんてしれたら……)
カイは険悪な雰囲気で罵り合っていた三人の姿を思い返し、身震いする。
(殺される!間違いない!)
(……覚悟を決めよう。仕方ない。なにごとも命あっての物種だ)
(美少女として、やっていってやろうじゃないの!)
空元気で、カイは小さくガッツポーズする。
(記憶はないが今までバレずに演じられてたんだから、いまのおれにだってできるはずだ!)
(でもおれ、どういうかんじで女やってたんだろう?素のままか?それともキャラづけしてぶりっこしてたのか?)
(うーん……)
(まあ細かいことはいいか。記憶がなくなったせいで性格も多少変わった、ということで勘弁してもらおう)
(大事なのは中身が男だとバレないこと!)
カイが覚悟を決めると同時に、隣のレオンがまた低く唸り、くぐもった声で言った。
「寝れないのか」
レオンは目を閉じたままカイを自らの懐に抱き込む。
「あ、あの!?」
「うるさい。寝ろ」
(だからよけい眠れねえって!)
レオンはまたすぐ寝息を立て始める。カイは懐から抜け出そうとするが、レオンの腕はぴくりとも動かない。
固めたばかりのカイの覚悟は、はやくも綻びを見せる。
(男に抱き枕にされるなんて……)
(でもこのひともやっぱ、なんかめちゃくちゃいいにおいすんだよな……)
(土と草と、なんか獣のにおいだ。雄のにおいってかんじ。男くさいのに、イヤじゃない……)
(……)
(うわあああああ)
(いま!おれ!なに考えた!?)
(なんだなんだおれその気ないよな!?たしかにこの人男のおれからみても超かっこいいけど!!だからって!!女子か!?)
(……そうだ身体は女子だった)
(身体に心がひっぱられてんのか……?)
(……)
(そういえば、おれはこいつらとどこまでいってたんだ……?)
(イケメンも美人も距離感おかしかったけど、つまりそれっておれがこの人たちともう一線超えてるからということでは……)
(うわああああ)
(記憶!今すぐ!もどってきてくれ!!)
(ハーレムものの主人公さながら全員と関係もってたらどうすれば!?)
(おれまだ童貞なのに!身体だけ先に経験済みって……)
(……)
(ああ、やっぱり思い出したくない……)
(あの美人さんとならまだしも、野郎二人となにをしたかなんて、想像もしたくない……)
(たしかにイケメンだけど、おれはあくまでノーマルだから……)
(あ、でもいまは女の身体だから、むしろ野郎相手の方がノーマルってことになるのか?)
(なら問題ないか)
(……)
(いや問題しかねーよバカ!!)
(今は病み上がりだから見逃してもらえてるだけだったらどうしよう!)
(この人たちに迫られたら……受け入れなきゃいけないのか!?)
(絶対いやだ!!)
(……)
(でもあの美人に迫られたら……それは……)
(しかもこの身体だと……百合だよな)
(百合に挟まるやつは万死だけど、おれ自身が当事者なら、無罪だよな)
カイはそれまで絶望で強張らせていた表情を弛緩させる。
だらしないにやけ面だったが、アフィーとの睦事を想像してしばらくすると、それは再び強張っていった。
(……いや)
(たしかに超美人だけど、でもあのひと、すごい怪力なんだよな)
(やってる最中に勢い余ってひねりつぶされるかもしれないよな)
(そういう場合も腹上死になんのかなあ)
(童貞のくせに死因が腹上死ってウケるな)
(……)
(いやなんもおもしろくねえ……)
カイはそっと自身の身体をかき抱いた。
(くそ、死ぬのも犯されるのもごめんだ!)
(おれは貞操も生命も守る!)
(もう奪われてるかもしれないが!記憶にないのでノーカン!)
そう自分に言い聞かせ、カイは決意を新たにする。
(どうにか身体を回復させよう。せめて歩けるようになるまで。そんでなるべくはやくこいつらから離れよう)
(好かれるのは嬉しいが、掘られるのはごめんだ)
(……ん?いまのおれには正規の穴があるから、掘られるとは言わないか?でも魂が男なら概念的には掘られることになるか?)
(……)
(どうでもいい!!)
カイは両手で顔を覆った。
(チクショウ……)
(おれこれからどうなるんだ……)
(だいじょうぶなのか……)
そこまで考えて、カイは、三人が三人とも自分に向けて「大丈夫」、「安心しろ」といったことを思い出した。
なぜ三人がカイに向けてそう言ったのか、真意を、カイは知らない。
しかし三人のその言葉を思い出すと、胸が熱くなるような、下腹が締め付けられるような気分になった。
カイは目を閉じた。
眠りたい、と思った。
耳をすますと、レオンの心音が聞こえてきた。
一定の速さで、穏やかに脈打つ心音に合わせて、カイの気分も次第に落ち着いていった。
やがてカイは眠りについた。
浅い眠りだった。断片的な夢をいくつも見た。
しかし目覚めたときにはそれがどんな内容のものだったかすっかり忘れてしまっていた。
(状況を整理しよう)
寝台に寝かされたカイはくたびれ果てていた。起き上がる気力はない。かといって眠気も遠い。先ほどまでの目まぐるしい騒動と、それに伴った興奮と緊張が彼の頭からまだ抜けていない。おまけに寝息が頬に触れるような距離で見知らぬ男が眠っている。
(寝れるわけないよなあ)
カイは横目で男を見る。眠る男の表情からも威圧感は抜けていないが、毛髪と同じ象牙色のまつ毛が豊かに生えた目元を見るだけでも、他のふたりに負けず劣らない美形だとわかる。
(やっぱこれ乙女ゲームの世界なんじゃないの?)
(おれ含め顔のいいやつしか見てないんだけど)
カイは男から少しでも距離をとろうと身じろぎしたが、男が低く唸ったので諦めてその場で目を閉じた。
(……状況を整理しよう)
(ここが異世界であることは間違いない。現実世界にあんな風景はないし、空飛ぶ絨毯もドラゴンも、おれの知ってる地球には存在しない)
(あのイケメン……シェルが言ってたけど、おれはこの世界のこの身体に召喚された。そんで三年間ここで過ごして、五年間眠ってた)
(……なんで五年間眠ってたのかは、一番気になるとこだけど、現状ある情報じゃ憶測も立てられないから、まあ保留するとして)
(問題は記憶のない三年間、おれがどう過ごしたかってことだ)
(……)
(やっぱ、女のフリしてたのかなあ!?)
(マジでそうだったらどうしよう、いやほとんど確定してるけど、ああ、もう!)
(じゃあこれからもおれ女として振る舞わなきゃいけないってことでしょ!?)
(……もっとほかに懸念すべきことはあるんだろうけど、とりあえず寝て起きたら現実に
戻ってました、なんて都合いいことが起きなきゃ、おれはこれからここで生活しなきゃいけない)
(そんでその場合、たぶんあの三人がおれを助けてくれるわけだ)
口ぶりから察するに、昏睡状態のカイの身の周りの世話をしていたのは彼らだ。
そして目覚めはしたものの、歩くこともままならない衰弱した身では、彼らの助力はまだまだ必要となる。
(あいつらがなんでおれの世話をしてたのか、過去になにがあったのか、わからんことだらけだが……ひとつ言えるのはおれとあいつらの関係はかなり良好であったということだ。そしてそれは、たぶん……)
(おれが美少女であることをフル活用した結果なんだろう……)
(じゃなきゃあんな顔のいい連中がおれに傅くわけがない!)
カイは愛らしい顔に似つかわしくない、自虐的な歪んだ笑みを浮かべた。
(自分で言ってて悲しくなってきたな)
(いや事実なんだけど)
(あいつらがおれを奪い合うみたいにして修羅場つくってたのも、それだと納得いくんだよなあ)
目覚めてから常に視界に映る、ふわふわとした長い髪の毛をつまみあげ、カイはため息をつく。
(……おれ、これから、女の子としてやってかなくちゃいけないのか)
(もしおれが男だってバレて、あいつらに捨てられるようなことがあったら……。まずこの世界では生きていけない。それどころかあいつらを騙してたなんてしれたら……)
カイは険悪な雰囲気で罵り合っていた三人の姿を思い返し、身震いする。
(殺される!間違いない!)
(……覚悟を決めよう。仕方ない。なにごとも命あっての物種だ)
(美少女として、やっていってやろうじゃないの!)
空元気で、カイは小さくガッツポーズする。
(記憶はないが今までバレずに演じられてたんだから、いまのおれにだってできるはずだ!)
(でもおれ、どういうかんじで女やってたんだろう?素のままか?それともキャラづけしてぶりっこしてたのか?)
(うーん……)
(まあ細かいことはいいか。記憶がなくなったせいで性格も多少変わった、ということで勘弁してもらおう)
(大事なのは中身が男だとバレないこと!)
カイが覚悟を決めると同時に、隣のレオンがまた低く唸り、くぐもった声で言った。
「寝れないのか」
レオンは目を閉じたままカイを自らの懐に抱き込む。
「あ、あの!?」
「うるさい。寝ろ」
(だからよけい眠れねえって!)
レオンはまたすぐ寝息を立て始める。カイは懐から抜け出そうとするが、レオンの腕はぴくりとも動かない。
固めたばかりのカイの覚悟は、はやくも綻びを見せる。
(男に抱き枕にされるなんて……)
(でもこのひともやっぱ、なんかめちゃくちゃいいにおいすんだよな……)
(土と草と、なんか獣のにおいだ。雄のにおいってかんじ。男くさいのに、イヤじゃない……)
(……)
(うわあああああ)
(いま!おれ!なに考えた!?)
(なんだなんだおれその気ないよな!?たしかにこの人男のおれからみても超かっこいいけど!!だからって!!女子か!?)
(……そうだ身体は女子だった)
(身体に心がひっぱられてんのか……?)
(……)
(そういえば、おれはこいつらとどこまでいってたんだ……?)
(イケメンも美人も距離感おかしかったけど、つまりそれっておれがこの人たちともう一線超えてるからということでは……)
(うわああああ)
(記憶!今すぐ!もどってきてくれ!!)
(ハーレムものの主人公さながら全員と関係もってたらどうすれば!?)
(おれまだ童貞なのに!身体だけ先に経験済みって……)
(……)
(ああ、やっぱり思い出したくない……)
(あの美人さんとならまだしも、野郎二人となにをしたかなんて、想像もしたくない……)
(たしかにイケメンだけど、おれはあくまでノーマルだから……)
(あ、でもいまは女の身体だから、むしろ野郎相手の方がノーマルってことになるのか?)
(なら問題ないか)
(……)
(いや問題しかねーよバカ!!)
(今は病み上がりだから見逃してもらえてるだけだったらどうしよう!)
(この人たちに迫られたら……受け入れなきゃいけないのか!?)
(絶対いやだ!!)
(……)
(でもあの美人に迫られたら……それは……)
(しかもこの身体だと……百合だよな)
(百合に挟まるやつは万死だけど、おれ自身が当事者なら、無罪だよな)
カイはそれまで絶望で強張らせていた表情を弛緩させる。
だらしないにやけ面だったが、アフィーとの睦事を想像してしばらくすると、それは再び強張っていった。
(……いや)
(たしかに超美人だけど、でもあのひと、すごい怪力なんだよな)
(やってる最中に勢い余ってひねりつぶされるかもしれないよな)
(そういう場合も腹上死になんのかなあ)
(童貞のくせに死因が腹上死ってウケるな)
(……)
(いやなんもおもしろくねえ……)
カイはそっと自身の身体をかき抱いた。
(くそ、死ぬのも犯されるのもごめんだ!)
(おれは貞操も生命も守る!)
(もう奪われてるかもしれないが!記憶にないのでノーカン!)
そう自分に言い聞かせ、カイは決意を新たにする。
(どうにか身体を回復させよう。せめて歩けるようになるまで。そんでなるべくはやくこいつらから離れよう)
(好かれるのは嬉しいが、掘られるのはごめんだ)
(……ん?いまのおれには正規の穴があるから、掘られるとは言わないか?でも魂が男なら概念的には掘られることになるか?)
(……)
(どうでもいい!!)
カイは両手で顔を覆った。
(チクショウ……)
(おれこれからどうなるんだ……)
(だいじょうぶなのか……)
そこまで考えて、カイは、三人が三人とも自分に向けて「大丈夫」、「安心しろ」といったことを思い出した。
なぜ三人がカイに向けてそう言ったのか、真意を、カイは知らない。
しかし三人のその言葉を思い出すと、胸が熱くなるような、下腹が締め付けられるような気分になった。
カイは目を閉じた。
眠りたい、と思った。
耳をすますと、レオンの心音が聞こえてきた。
一定の速さで、穏やかに脈打つ心音に合わせて、カイの気分も次第に落ち着いていった。
やがてカイは眠りについた。
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