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愛・響き合う
5.ロング・グッドバイ
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「ちゃんと謝ったよ、両親にも弟にも」
「そう、それは良かった」
「簡単に許してくれるとは思ってないけどね。これから時間かけて応えないとだよ」
「そっか、でも、家族だもん、きっと許してくれる」
「うん、うちの家族は優しいのさ」
再び学校に顔を出す様になり、笑顔と明るさを取り戻した摩耶は部室の箱椅子に座り、天井を見上げ、クラリネットを抱きしめながら嬉しそうにその後の顛末を報告した。彼女の横に箱椅子を並べて座り、ユーホニアムを抱きながら聞き入る凜は心からの安堵の表情。でんうんと頷くばかり、物語は暗雲をかき消してようやく好転し始めたのだ。
摩耶は頻繁に傑の病院に顔を出し、話しを重ねて行く中で傑は明るさと将来への希望を取り戻しつつ有る事、彼の母親も自分を歓迎してくれている事、そして、これから凜がへべれけになる迄勉強して彼と同じ志望校に合格して同級生になれる事を彼は楽しみにしている事等々を嬉しそうに話す。
その彼女に部室の小さな窓から差し込む少し傾いた陽の光が顔の産毛にきらきらと反射して眩しさをさらにパワーアップさせている様に見えた。その摩耶が不意に真顔に戻る。そして少し躊躇いながら口を開く。
「あのさ……」
「え?」
「凜君の方はどうなの」
「……どう…って?」
質問の意味を全く介していない凜の顔をじっと見つめながら摩耶はむっとした面差しを見せる。
「人の事ばっかりにかまけてないで、そろそろ自分の問題に蹴りつけたら?」
そこまで言われても訳分からない様な顔をしている凜の事を呆れ顔に変わった摩耶が溜息と共に言葉を吐き出す。
「嫌われても知らないからね。いい人なだけじゃ好かれないよ」
「……だ、だから、何の事…かな?」
項垂れて大きく溜息を吐き出す摩耶の様子を見ても凜はその意味にまだ気づかない。きょとんとしている凜の額に手を当てるとその掌の甲に自分の額を押し当てる。
「紗久良……」
凜はやっと彼女の言葉の意味に気付いて摩耶から離れると気まずそうに視線を外す。そして呟くように小さな声で一言。
「うん……」
「まぁ、人生長いとは言うから、まだ中学生の段階でけりを付ける必要は無い問題ではあるのかも知れないけど、こういう問題って、結構後悔する物なんじゃないかな、言える時にちゃんと言っておかないと」
抱きかかえていたユーホニアムに体を預ける様にして背中を丸めると上目遣いに麻耶の顔を見る。
「ほら、そんな顔しないの」
麻耶は困り顔でそうい言った後、徐に立ち上がると、クラリネットと譜面台を持って歩きだす。そして部室の入り口から出て行こうとした時に一度振り向いて苦笑い。
「凜君……ありがと…」
そして、そう一言残すと部室から出て行った。凜は背中を伸ばして体を伸ばし、窓の外に視線を移す。
「……いい奴なだけじゃダメか…分かってるつもりなんだけどな」
そう言い終わった後、脳裏に浮かんだのは紗久良の『あっかんべー』をする姿。そして溜息を一つ。確かに自分も紗久良もまだ中学生、結論を急ぐ必要は無い。しかし気が付いたら結論は無限ループ的な先延ばし状態に陥って、振り返る事すらままならない事になってしまうかもしれない。
焦る必要は無い、でも、はっきりはさせなければいけない。それが今なのかどうか、凜には判断する事が出来なかった。
★★★
「え……」
箸を口元に当てたまま紗久良は石の様に固まってしまった。母親から聞かされた言葉があまりにも現実味が無くてあまりにも突然だったからだ。
「ほんとはもっと早く話しておかないといけなかったんだけど、凜君の事とか、色々有ったでしょ、中々言い出せなくて」
「……でも、海外転勤なんて」
「お父さんも勤め先とは色々話をしたみたいなんだけどどうしても調整がつかなかったらしくて」
「そう……」
暖かな夕食の席筈だったが雰囲気は一気に冷え込んで行く。母の話によれば次の春、父親は仕事の都合で海外赴任になる可能性が高いという事。単身赴任になるのか家族も同行するのかはまだ詰められてはいないそうだが、両親の希望が家族で赴任先に赴くというのが希望との事。
移動手段も通信手段も目に見えて発達した昨今だから、欧米諸国とは言え永遠の別れと言う事になる筈は無いのだが、距離は心の疎通を途絶えさせる場合が多い。いくら親しくてもそのまま永遠の別れと言う最悪の状態は想定出来ない訳ではない。
「私は……ここに残りたいな…」
儚げな口調で呟いては見た物の未成年と言う立場からその希望をかなえる事はかなり難しい物が有った。せめて高校生なら考えられない事では無いが中学生と言う立場で一人暮らしなど許されることは無い筈だ。親戚に頼るとしても近郊に住む者は無く転校やむなしという事になってしまうのだ。
「お父さんには何とかならないか、勤め先ともっと話してみる様に言うけど、紗久良、一応覚悟はしておいてね」
母親の言葉に紗久良は頷くしかなかった。そして、浮かんだのは凜の笑顔と確かめられていない意思に対する焦り。今は事態が好転する事を祈る以外の行動を彼女は持ち合わせていない、そして強く願う、運命に翻弄されない事を。
「そう、それは良かった」
「簡単に許してくれるとは思ってないけどね。これから時間かけて応えないとだよ」
「そっか、でも、家族だもん、きっと許してくれる」
「うん、うちの家族は優しいのさ」
再び学校に顔を出す様になり、笑顔と明るさを取り戻した摩耶は部室の箱椅子に座り、天井を見上げ、クラリネットを抱きしめながら嬉しそうにその後の顛末を報告した。彼女の横に箱椅子を並べて座り、ユーホニアムを抱きながら聞き入る凜は心からの安堵の表情。でんうんと頷くばかり、物語は暗雲をかき消してようやく好転し始めたのだ。
摩耶は頻繁に傑の病院に顔を出し、話しを重ねて行く中で傑は明るさと将来への希望を取り戻しつつ有る事、彼の母親も自分を歓迎してくれている事、そして、これから凜がへべれけになる迄勉強して彼と同じ志望校に合格して同級生になれる事を彼は楽しみにしている事等々を嬉しそうに話す。
その彼女に部室の小さな窓から差し込む少し傾いた陽の光が顔の産毛にきらきらと反射して眩しさをさらにパワーアップさせている様に見えた。その摩耶が不意に真顔に戻る。そして少し躊躇いながら口を開く。
「あのさ……」
「え?」
「凜君の方はどうなの」
「……どう…って?」
質問の意味を全く介していない凜の顔をじっと見つめながら摩耶はむっとした面差しを見せる。
「人の事ばっかりにかまけてないで、そろそろ自分の問題に蹴りつけたら?」
そこまで言われても訳分からない様な顔をしている凜の事を呆れ顔に変わった摩耶が溜息と共に言葉を吐き出す。
「嫌われても知らないからね。いい人なだけじゃ好かれないよ」
「……だ、だから、何の事…かな?」
項垂れて大きく溜息を吐き出す摩耶の様子を見ても凜はその意味にまだ気づかない。きょとんとしている凜の額に手を当てるとその掌の甲に自分の額を押し当てる。
「紗久良……」
凜はやっと彼女の言葉の意味に気付いて摩耶から離れると気まずそうに視線を外す。そして呟くように小さな声で一言。
「うん……」
「まぁ、人生長いとは言うから、まだ中学生の段階でけりを付ける必要は無い問題ではあるのかも知れないけど、こういう問題って、結構後悔する物なんじゃないかな、言える時にちゃんと言っておかないと」
抱きかかえていたユーホニアムに体を預ける様にして背中を丸めると上目遣いに麻耶の顔を見る。
「ほら、そんな顔しないの」
麻耶は困り顔でそうい言った後、徐に立ち上がると、クラリネットと譜面台を持って歩きだす。そして部室の入り口から出て行こうとした時に一度振り向いて苦笑い。
「凜君……ありがと…」
そして、そう一言残すと部室から出て行った。凜は背中を伸ばして体を伸ばし、窓の外に視線を移す。
「……いい奴なだけじゃダメか…分かってるつもりなんだけどな」
そう言い終わった後、脳裏に浮かんだのは紗久良の『あっかんべー』をする姿。そして溜息を一つ。確かに自分も紗久良もまだ中学生、結論を急ぐ必要は無い。しかし気が付いたら結論は無限ループ的な先延ばし状態に陥って、振り返る事すらままならない事になってしまうかもしれない。
焦る必要は無い、でも、はっきりはさせなければいけない。それが今なのかどうか、凜には判断する事が出来なかった。
★★★
「え……」
箸を口元に当てたまま紗久良は石の様に固まってしまった。母親から聞かされた言葉があまりにも現実味が無くてあまりにも突然だったからだ。
「ほんとはもっと早く話しておかないといけなかったんだけど、凜君の事とか、色々有ったでしょ、中々言い出せなくて」
「……でも、海外転勤なんて」
「お父さんも勤め先とは色々話をしたみたいなんだけどどうしても調整がつかなかったらしくて」
「そう……」
暖かな夕食の席筈だったが雰囲気は一気に冷え込んで行く。母の話によれば次の春、父親は仕事の都合で海外赴任になる可能性が高いという事。単身赴任になるのか家族も同行するのかはまだ詰められてはいないそうだが、両親の希望が家族で赴任先に赴くというのが希望との事。
移動手段も通信手段も目に見えて発達した昨今だから、欧米諸国とは言え永遠の別れと言う事になる筈は無いのだが、距離は心の疎通を途絶えさせる場合が多い。いくら親しくてもそのまま永遠の別れと言う最悪の状態は想定出来ない訳ではない。
「私は……ここに残りたいな…」
儚げな口調で呟いては見た物の未成年と言う立場からその希望をかなえる事はかなり難しい物が有った。せめて高校生なら考えられない事では無いが中学生と言う立場で一人暮らしなど許されることは無い筈だ。親戚に頼るとしても近郊に住む者は無く転校やむなしという事になってしまうのだ。
「お父さんには何とかならないか、勤め先ともっと話してみる様に言うけど、紗久良、一応覚悟はしておいてね」
母親の言葉に紗久良は頷くしかなかった。そして、浮かんだのは凜の笑顔と確かめられていない意思に対する焦り。今は事態が好転する事を祈る以外の行動を彼女は持ち合わせていない、そして強く願う、運命に翻弄されない事を。
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