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それぞれの二人
2.摩耶ふたたび・・・
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斜め下向きの視線をゆっくりと凜に向けた摩耶は蚊の鳴く様な小さくて聞き取りにくい声で一言呟いた。
「あ、朝なら大丈夫かと思ったんだけど……」
何時もは明快で歯切れの良い摩耶だったが今朝の様子は少し違っていた。勿論、いつも部室で顔を合わせていた仲だからその違和感を不審に思い、出来るだけ刺激しない様に気遣いながら彼女に近づいて行った。
「お、おはよう、摩耶さん」
出来るだけの笑顔を浮かべてそう言った凜に、摩耶は小さく頷いただけだった。それを見て紗久良は凜に後ろからそっと近づくと耳元で小さな声で問うてみる。
「あの、どなた?」
「え、ああ、こちら、吹奏楽部でクラリネットのパートリーダーしてる摩耶さん」
全体で吹奏楽部、大きなくくりでバンドメンバーとして捉えられる場合が多いから、莉子の様にバスケ部で目立って有名人と言う訳では無い摩耶は同学年とはいえ紗久良と莉子とはほぼ初対面と言ってよかった。そして二人は摩耶の顔を見ながらちょこんとお辞儀をして見せる。
「どうしたの、何か有った?」
「……う、うん、朝、学校行く時なら話せるかと思ったんだけど」
「うん、ん……」
摩耶の視線は紗久良と莉子に向けられた。そして舐める様に上から下まで眺めてから再び小さな声で呟いた。
「そうよね、お友達……居るものね…」
そして無理矢理の笑顔。
「ごめんね、お邪魔しちゃった。じゃ、じゃぁ……」
気まずさを滲ませながら去っていく摩耶、硬直していると言っても過言ではないその様子を三人は何も言えずにそのまま呆然と見送った。その乾いた感じの雰囲気を最初に破ったのは莉子だった。
「……新たなライバル出現?」
紗久良は胸に右手の拳を当てながらゆっくりと目線を移動させる。
「大丈夫、凜君って、そんなにモテるタイプじゃないから」
「あら、人間裏の顔って必ず持ってる物よ」
「裏の顔?」
「そう、ああ見えて実は裏で思いっきりハベらかしてるって可能性って……有ると思わない?」
妙な雰囲気を纏いながらその視線を束ねて向けられた凜はその迫力に押されて額に汗を滲ませながら思わずずりっと後ずさる。
「な、なんだよぉ……」
二人は眉間に皺を寄せながらその鋭さをパワーアップさせる。
「……莉子、大丈夫よ」
「何が」
「凜君て、そんな甲斐性無いから」
「……なるほど。私達がマニアックなだけね」
二人の呟きと考えが把握できない凜は額にさらに汗を滲ませる。
「だ、だから、なんだよぉ」
その額に滲む汗は紗久良がプレゼントしてくれたマフラーの暖かさが齎したものでは決してなかった。朝のからっ風は十分に冷たかったから。
★★★
譜面台を見詰め、音符の動きを目で追いかけながら指使いを確認する摩耶だったが正直練習に身が入っている訳では無かった。どこか上の空で、楽譜の読解スピードは何時もの半分以下。おまけに良いと思って新しく購入したクラリネットのリードの加減も芳しくなく、イライラだけが募って行く。顧問の先生がまだ練習を解禁した訳では無いからもう切り上げて帰宅しようかと思ったその瞬間クラリネットが『キイッ』と言う異音を放つ。
「はぁ……」
不快な振動から逃れる様にマウスピースから口を離して大きく溜息を一つそして、それを見詰めながらマウスピースにリードを固定する為の金属製の金具の螺子を唇を尖らせながら緩めて行く。そして、その指先を動かしながら脳裏に浮かんだのは朝の光景、凜と紗久良、そして莉子が凜の自宅玄関で仲良く談笑する姿。別にその姿が見たかった訳では無い。凜に尋ねたい事が有ったのだ、それも誰にも知られない様に。
だがその希望は叶えられなかった物だから、今日一日の全てが上手くいかなかった様な気がして何かに八つ当たりしたい気持ちだけが募っていく。しかし、立場上そんな事をする訳にも行かず、思い切り練習して発散してしまおうと思ったのだが結果は見ての通りの惨敗だった。
朝一の出来事は一日全ての運勢を決める……それを思い知った様な気がした。
クラリネットを分解して中の掃除をしてケースに仕舞い、使っていた教室の椅子と机を元に戻してその場を後にしようとした時、扉の方からノックする音が聞こえた、そして、摩耶を遠慮がちに呼ぶ声。
「……あの、お邪魔します」
そろそろと扉を開いてその隙間から顔を覗かせたのは凜だった。実は部室に入る以前から意識的に凜の事を避けた摩耶は逆に話しかけられてちょっとおどおどとした振る舞いを見せる。
「う、うん、大丈夫よ」
摩耶は今朝と同じ雰囲気の無理矢理な笑顔を浮かべながら半分だけ教室の扉から顔を覗かせる凜に出来るだけ不自然さを見せない様に努力して見せるのだが、それすらも惨敗している事に気付き、今日は何をやっても上手く行かないのだからと自分を言い聞かせてみたりする。
「その、今朝の事だけど……何か、有ったの?」
「え、あ、ああ……」
だが摩耶は思い返す。今、凜の方から話しかけてくれた事は今日一番のラッキーかも知れない、そしてこんなチャンスは以降訪れない気がしたから摩耶は思い切って口を開く。
「あの、凜君に教えて欲しい事が有るんだけど」
「僕に?」
改まった表情で、でも少し躊躇いがちに尋ねた摩耶の心情を察して凜は一度廊下に引っ込んで周りに誰も居ない事を確認してから静かに教室に入り込む。そして、摩耶のすぐそばまで近づくと少し神妙な面差しで尋ねる。
「何、教えて欲しい事って」
「うん、あのね、凜君は佐藤先輩の病院に行ったのよね」
「……う、うん」
「それ、どこの病院か教えてくれないかしら。なんかホントにガードが固くてその辺の話が全然伝わってこないのよね」
「お見舞いに行きたいの?」
摩耶は小さく頷いて見せる。
「それで……」
「私、もう一度告白してみようと思う」
「え?」
「答えは同じ、しつこい奴だと思われるかも知れないけど、でも、放っておけなくなっちゃって。もし今、このまま何にも言わなかったら一生後悔しそうな気がして」
まっすぐな瞳で語る摩耶の思いに自分の心が重なっていく。少なくともこれは共感ではない、そう感じられ、それは確信でもあった。
「あ、朝なら大丈夫かと思ったんだけど……」
何時もは明快で歯切れの良い摩耶だったが今朝の様子は少し違っていた。勿論、いつも部室で顔を合わせていた仲だからその違和感を不審に思い、出来るだけ刺激しない様に気遣いながら彼女に近づいて行った。
「お、おはよう、摩耶さん」
出来るだけの笑顔を浮かべてそう言った凜に、摩耶は小さく頷いただけだった。それを見て紗久良は凜に後ろからそっと近づくと耳元で小さな声で問うてみる。
「あの、どなた?」
「え、ああ、こちら、吹奏楽部でクラリネットのパートリーダーしてる摩耶さん」
全体で吹奏楽部、大きなくくりでバンドメンバーとして捉えられる場合が多いから、莉子の様にバスケ部で目立って有名人と言う訳では無い摩耶は同学年とはいえ紗久良と莉子とはほぼ初対面と言ってよかった。そして二人は摩耶の顔を見ながらちょこんとお辞儀をして見せる。
「どうしたの、何か有った?」
「……う、うん、朝、学校行く時なら話せるかと思ったんだけど」
「うん、ん……」
摩耶の視線は紗久良と莉子に向けられた。そして舐める様に上から下まで眺めてから再び小さな声で呟いた。
「そうよね、お友達……居るものね…」
そして無理矢理の笑顔。
「ごめんね、お邪魔しちゃった。じゃ、じゃぁ……」
気まずさを滲ませながら去っていく摩耶、硬直していると言っても過言ではないその様子を三人は何も言えずにそのまま呆然と見送った。その乾いた感じの雰囲気を最初に破ったのは莉子だった。
「……新たなライバル出現?」
紗久良は胸に右手の拳を当てながらゆっくりと目線を移動させる。
「大丈夫、凜君って、そんなにモテるタイプじゃないから」
「あら、人間裏の顔って必ず持ってる物よ」
「裏の顔?」
「そう、ああ見えて実は裏で思いっきりハベらかしてるって可能性って……有ると思わない?」
妙な雰囲気を纏いながらその視線を束ねて向けられた凜はその迫力に押されて額に汗を滲ませながら思わずずりっと後ずさる。
「な、なんだよぉ……」
二人は眉間に皺を寄せながらその鋭さをパワーアップさせる。
「……莉子、大丈夫よ」
「何が」
「凜君て、そんな甲斐性無いから」
「……なるほど。私達がマニアックなだけね」
二人の呟きと考えが把握できない凜は額にさらに汗を滲ませる。
「だ、だから、なんだよぉ」
その額に滲む汗は紗久良がプレゼントしてくれたマフラーの暖かさが齎したものでは決してなかった。朝のからっ風は十分に冷たかったから。
★★★
譜面台を見詰め、音符の動きを目で追いかけながら指使いを確認する摩耶だったが正直練習に身が入っている訳では無かった。どこか上の空で、楽譜の読解スピードは何時もの半分以下。おまけに良いと思って新しく購入したクラリネットのリードの加減も芳しくなく、イライラだけが募って行く。顧問の先生がまだ練習を解禁した訳では無いからもう切り上げて帰宅しようかと思ったその瞬間クラリネットが『キイッ』と言う異音を放つ。
「はぁ……」
不快な振動から逃れる様にマウスピースから口を離して大きく溜息を一つそして、それを見詰めながらマウスピースにリードを固定する為の金属製の金具の螺子を唇を尖らせながら緩めて行く。そして、その指先を動かしながら脳裏に浮かんだのは朝の光景、凜と紗久良、そして莉子が凜の自宅玄関で仲良く談笑する姿。別にその姿が見たかった訳では無い。凜に尋ねたい事が有ったのだ、それも誰にも知られない様に。
だがその希望は叶えられなかった物だから、今日一日の全てが上手くいかなかった様な気がして何かに八つ当たりしたい気持ちだけが募っていく。しかし、立場上そんな事をする訳にも行かず、思い切り練習して発散してしまおうと思ったのだが結果は見ての通りの惨敗だった。
朝一の出来事は一日全ての運勢を決める……それを思い知った様な気がした。
クラリネットを分解して中の掃除をしてケースに仕舞い、使っていた教室の椅子と机を元に戻してその場を後にしようとした時、扉の方からノックする音が聞こえた、そして、摩耶を遠慮がちに呼ぶ声。
「……あの、お邪魔します」
そろそろと扉を開いてその隙間から顔を覗かせたのは凜だった。実は部室に入る以前から意識的に凜の事を避けた摩耶は逆に話しかけられてちょっとおどおどとした振る舞いを見せる。
「う、うん、大丈夫よ」
摩耶は今朝と同じ雰囲気の無理矢理な笑顔を浮かべながら半分だけ教室の扉から顔を覗かせる凜に出来るだけ不自然さを見せない様に努力して見せるのだが、それすらも惨敗している事に気付き、今日は何をやっても上手く行かないのだからと自分を言い聞かせてみたりする。
「その、今朝の事だけど……何か、有ったの?」
「え、あ、ああ……」
だが摩耶は思い返す。今、凜の方から話しかけてくれた事は今日一番のラッキーかも知れない、そしてこんなチャンスは以降訪れない気がしたから摩耶は思い切って口を開く。
「あの、凜君に教えて欲しい事が有るんだけど」
「僕に?」
改まった表情で、でも少し躊躇いがちに尋ねた摩耶の心情を察して凜は一度廊下に引っ込んで周りに誰も居ない事を確認してから静かに教室に入り込む。そして、摩耶のすぐそばまで近づくと少し神妙な面差しで尋ねる。
「何、教えて欲しい事って」
「うん、あのね、凜君は佐藤先輩の病院に行ったのよね」
「……う、うん」
「それ、どこの病院か教えてくれないかしら。なんかホントにガードが固くてその辺の話が全然伝わってこないのよね」
「お見舞いに行きたいの?」
摩耶は小さく頷いて見せる。
「それで……」
「私、もう一度告白してみようと思う」
「え?」
「答えは同じ、しつこい奴だと思われるかも知れないけど、でも、放っておけなくなっちゃって。もし今、このまま何にも言わなかったら一生後悔しそうな気がして」
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