かしましくかがやいて

優蘭みこ

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はじまる恋

7.想定外の告白

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「ホントに無理しないのよ……」
「分かってるよ、今は比較的シーズンオフだから根を詰めて練習する必要もないから」
「……なら、良いんだけど」

昼休み、凜、紗久良、莉子の三人は教室で机をくっつけてお弁当。凜が部活を再開したことを聞いて紗久良は心配そうな表情。又無理をして倒れるのではないかという心配だった。だが、コンクールも演奏会も文化祭も終わって三年生は引退、そういう状況だから部は完全にシーズンオフ状態であまり力を入れて練習に励む必要は無い。

個人練習が主で、合奏は週に一回程度しか行われないからそれ程帰宅が遅くなる事も無い。凜にとっては体を慣らしながら勘を取り戻すには今が最適な環境かも知れなかった。本格的な活動再開は入学式後、新入部員を迎えてからという事になる。

「でも、凜君真面目だから力入れちゃいそうだよね」

そう言う莉子の発言で紗久良の不安が更に煽られ、表情が急速に曇って行く。莉子は悪い子は無いのだが、場の空気を読む能力が少し不足している様だったから、思いついた事を躊躇せず行ってしまう傾向が有るから敵を作ってしまう場合が有ったりするが、紗久良はそれを何となく察していたから、またか、程度の感じで受け入れてしまう。

ただ、凜に関係する発言は少し心に刺さる。

「も、もう、あんまり変なこと言わないで」
「あ、ゴメン、紗久良、気に障っちゃった?」
「え、ううん……そんな事は無いんだけど」

沈んでいく紗久良を気遣う凜は懸命に平気さっ!!をアピールするが……

「ほ、ホントに大丈夫だから、紗久良、心配しないでよ」
「……ホントに?」

凜は明るく微笑んで見せる。紗久良は小さく溜息をついてからしょうがないなって言う表情を見せながらお弁当のご飯を一口。そして嵐の前の昼休みは平穏に過ぎて行く。

★★★

吹奏楽部の個人練習で使う場所については個人の責任で校内ならばどこでも良い事になっている。人によっては天気が良ければ外に出る者もいるし、反響する感じが面白いから体育館の二階の細長い廊下、つまりギャラリーを選んだり、手っ取り早く音楽室と人によってばらばらで個人の趣味、趣向が反映されていた。

凜は一番落ち着けるという理由で自分のクラスの教室を使う事が多かった。ただ、約三か月ぶりの練習は彼女を少しイライラさせることになる。思った様に音が出ないのだ。長期間何もしなかったから唇が固くなってしまって音が思い通りに出てくれない。バズィングくらいは毎日やっておくべきだったと後悔しては見たものの、ここは時間をかけて元に戻すしかないと覚悟を決めるしかなかった。

はあっと小さく溜息を吐き出して一旦楽器をベルを下にして床に卸す。そしてマウスピースを取り外してバズィングを始める。地味な練習だがリハビリだと思ってここからスタートするしかない、完全復活までの道則みちのりは長い様に感じられた。昼間の紗久良の言葉が浮かぶ『ホントに無理しないのよ……』しかし、無理してしまいそうな予感が心をよぎる。

その時、扉をノックする音が聞こえた。凜はゆっくりとその方向に振り向くと立っていたのは、三年の佐藤傑さとうすぐる。中学三年で身長が百八十センチ近い彼は吹奏楽部前部長、そしてトロンボーンのパートリーダーだった。

「あ、部長……」
「もう、部長じゃないよ。引退したんだからさ」
「あ、そう、でしたね」

何時もの癖でつい部長と呼んでしまつた自分が恥ずかしくて凜はほんのり頬を染める。その凜を傑は彼女を上から下までゆっくりと視線でなぞって行く。そして、壁にもたれ掛りながら右手で拳を作りそれを顎に当て、左手で肘を押さえつつ、少し不思議そうな表情を見せる。

「見事に女の子になったな」
「え、あ、はぁ……」
「……ほぉ」

学ラン姿を見慣れていたから実物の凜を見るまでセーラー服姿に違和感があるのでは無いかと思っていたのだが、見事に女子中学生と化している彼女の姿に傑は思わず感嘆の溜息を吐き出した。三年生は既に引退していて部活にほとんど顔を出さなくなったから凜の姿を見た者は少数で、彼もその中の一人だった。

「あ、あはは、そう、じっくり見られると、ちょっと恥ずかしいかな」
「いや、恥ずかしがることなんかない、想像以上に可愛いよ」
「か、可愛い……ですか」

男子に面と向かって言われたことが無い『可愛い』と言う言葉に凜の頬は更に赤く染めどぎまぎとした様子を見せながら視線を足元に落とす。その彼女の反応を見ながら傑は笑み浮かべてからこう切り出した。

「なぁ凜、俺達、付き合わないか?」

日本語で発せられた言葉の筈なのに凜はその意味を脳内で意味が分かる様に変換する事が出来なかった。

「……え?」

意味不明の言葉が頭の中をぐるぐる回る中、凜はゆっくりと顔を上げて傑に弱々しい視線を向ける。

「正直に言う、凜、俺、お前を始めて見た時から好きだった」
「す、好きって……?」
「恋愛感情を抱いたという意味だ。要は一目惚れという奴だ。ただ、俺達男同士だっただろ、変に思われてそのまま嫌われてしまう可能性の方が大きかったから言い出す事が出来なかった。でも、今、その問題は無くなった訳だ」
「ひ……ひぇ…」

傑は壁から離れて徐に凜に近づくと座っている椅子の横に置いてあった机に向かって屈み込むように手を付き凜の顔に自分の顔をぎりぎりまで近づける。ある意味、壁ドン状態に凜は持ち込まれてしまったのだ。

「さ、佐藤先輩、ち、近いです」
「このくらい近づかないと伝わらないだろ」
「いえその、もっと遠くても聞こえますから……」

今の状態をよく理解出来ていない凜は引き攣った笑顔を張り付けてみるが、怒涛どとうの如く追いこまれて行く。人の顔がここまで近いて来る経験は母の顔以外には初めてだったからどう対応して良いのか分からずにひたすら狼狽するしかなかった。そして、傑は凜の頬に軽くキスしてからゆっくりと体を起こす。

「突然の事で驚いただろうから、返事は今すぐここでとは言わない。決心がついたら言ってくれ」
「け、決心って……言われても…」

そして、教室のドアに向かって歩き出すのを凛は視線で追いかける。傑は教室の扉の前まで移動してそれを開けると一度振り向き凛に向かって微笑んだ。

「いい返事を待ってるよ」

そして、静かに立ち去った。何が起きたのか、状況が丸での見込めない凛は、彼の唇が触れた頬を掌で抑え、意識が有るのかすら判別できない状態に陥ってただただ呆然とする。

その一部始終を見ていた二つの瞳が有った。傑が教室に入った反対側の扉の影に身を潜めていたのは紗久良だった。加減無理をしない様にある程度時間が過ぎたところで彼女は凛に声をかけて帰ろうとしたのだ。そして今のシーンに出くわしてしまったのだ。勿論、紗久良もパニック状態に陥って動くことが出来ない。

秋の日は落とし。傾きかけた日差しはあっという間にビル街の中に沈んで行った。
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