かしましくかがやいて

優蘭みこ

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はじまる恋

3.大切な出会い

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「ど、どうしたの、その恰好……」

セーラー服姿の凜を見て少し大袈裟おおげさに驚いて見せた高齢の女性は凜の家の近くでお茶の先生をしている佐々木恵美子ささきえみこと言う女性だった。勿論、凜もこの女性の事は知っていて、いつかばったり出会うであろうことは想像に難くはなかったのだが、まさか今ここで出会ってしまうとは思わなかったから、凜はかなり狼狽する。

「え、え~~~と、話せば物凄く長いことになるんですが、まぁ、こんな事になってしまいまして」
「こんな事にって、あなた男の子でしょ。どうして女の子の制服を着てるの」
「実は僕、男の子じゃない事が発覚してしまいまして」
「まぁ……事情は良く分からないけど、なんだか大変なことが有ったみたいね」
「はい、実はそれが元で死にかけまして……」
「えぇぇぇぇ、それは大変、それで今はもう大丈夫なの?」

事情を説明し切れず凜は思わず苦笑い。

「はい、お陰様で体の方は大丈夫です」

凜の『大丈夫』の言葉を聞いて恵美子はほっと胸を撫でおろす。

「私みたいな老人が死んじゃうのはしょうの無い事だけど、あなたみたいに若い子が死んじゃうのは辛すぎるわ、体にだけは気を付けるのよ」
「は、はい、ありがとうございます」

恵美子はもう一度手の届くところまで凜に近づくと理知的な笑顔を見せながら凜の頭を優しく撫でる。

「それにしてもなんだか随分可愛くなたわねぇ、制服も良く似合うわ、とっても素敵よ」
「……あ、あはははは、そ、それはどうも」
「そうだ、折角せっかく女の子になったのならお茶を習ってみない?ついでに着物の着方も教えるわよ、自分一人で着物を着られるようになるのって素敵だと思わない?」
「あ、は?」
「何か特技を身に付けておくと人間いざと言うときに困らないわよ」
「そ、それはどうも」

乾いた笑顔を張り付けて凛はずりずりと後ずさる。このままでは自分の意思とは関係無く茶道の道に引きずり込まれるかもしれないという危機感からの行動だった。そして、二メートル程離れたところでぴょこんと一礼して脱兎だっとの如く自宅に向かって走り出した。

最近運動していなかったから五十メートルも走ると息が上がる。最近、ほぼ運動していなかったから体がなまってしまった様だ。凛は思う、明日からでも何か運動を始めようと。吹奏楽部復帰の為にも体は鍛えておかないとだ。

息を弾ませながら全力疾走する凛は秋風の心地良さを頬で感じた。

★★★

自宅で母と談笑しながらの二人きりの夕食。

「へぇ、佐々木さんとこのお婆ちゃんに会ったの」
「うん、ちょっと焦った」
「でも、これからそう言う事が増えるから、少し覚悟しておいた方がいいかもね」
「……うん、まぁ、そうだね」

勤め先の仕事の関係でたまに帰宅が深夜になる事がある母だったが凛が女の子になってからは必ず夕方には帰宅して夕食を共にする様になった。凛くらいの歳になるとそろそろ親がうざったく感じる様になるのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。何しろ女の子として暮らす術を教えてくれるのは母しか居なかったからべったりと頼り切るしかない。

凛は男の子時代に初潮を迎え、それから二度程生理を体験している。一度目は何が起こったのか理解出来ずに涙目で母の顔を見上げるしかなかったし、おしっこをした後のトイレットペーパーの使い方に気をつけなければいけないことが有る事を教わったのも母からだった。

勿論、紗久良に聞いても良いのだが、こう言う立ち入った内容は気恥ずかしくていくら親しい間柄とはいえ、気軽に聞けるものではなかった。だから、今、母の存在は凛にとって、とても重要なポジションに有るからうざったがるなど神をも恐れぬ行為なのだ。

「危うく茶道教室の生徒にされそうになっちゃったよ」
「あら、やってみればいいのに」
「……え?」
「日本の伝統文化を身に着けてる女性は理知的に見えるわよ。それに何か特技を身に着けておいた方が、将来有利かも知れないじゃない」
「なんか、佐々木のお婆ちゃんとおんなじこと言ってる」
「親心よ」

そう言ってにっこりと微笑む母の顔を見ながら凛はお箸を咥えながら何事かを考える。和服姿でお茶をたててる自分の姿、あまりはっきりと想像することが出来なかった。

「そうそう、学校初日はどうだった?」
「うん、嫌われはしなかったみたい」
「そう、それは善戦ね。お母さん、会社でお仕事手が手に付かなかったわ。もしも嫌われて虐められてたらどうしようって思って」
「うちのクラスは結構雰囲気がのんびりしてるから」
「うふふ、なら良いわ」

二人だけの夕餉ゆうげの時は暖かくゆっくりと過ぎて行った。

★★★

次の日の朝、ちょっとした異変が起こる。

「凛、お迎えよ、早く支度しなさい」

一階から聞こえた母の声に凛は少し違和感を感じる。それは『お迎え』と言う言葉に全て凝縮されていた。取り合えず、登校する準備は出来ていたから、なんとなく不思議に思いながらも自室を出て一回の玄関に向かう。そして、そこで彼女を待っていたのは紗久良、そして莉子だった。

「お、おはよう……ど、どうしたの」

男の子時代、学校へ向かう時は近所に同じ学校に通う友人が居なかったから一人で登校していたから、誰かが迎えに来るという事は無かったのだが、今日は何故かこの二人が玄関に立っている。

「うん、今日から一緒に学校行こうと思ってさ」

莉子が右手を上げながら、はち切れんばかりの眩しい笑顔で元気に話すが凛の脳裏は更なる違和感に襲われる。莉子の自宅は凛の近所ではなく、逆にここに寄ってから学校に向かうのはかなりの距離と時間のロスになる筈だ。そして、その横に立つ紗久良は凛以上に不審な表情を見せる。

波乱の朝が始まった……
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