白百合たちの美々っと

優蘭みこ

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Phase.1『昼休み』

Chapter.3『愛惜の視線-寧々&琴-』

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 カーテンの隙間からふわりと陽の光が差し込んで来る。夜通し愛し合った気怠さに体が覚醒しきれない私が薄目を開けたその先に映るのは恋人である女の子、寧々ねねの頬。乱反射する光が産毛をきらきらと煌めかせ、その姿はまるで微睡まどろみの中に遊ぶ妖精の様。私はその暖かくて滑らかで柔らかな頬に手を触れようとしたが振れる寸前でその手を止める。

 触れれば恐らく目を覚ますだろう。そして寧々は優しく微笑む筈だ。その表情も魅力的だがこの眠り姫的な無邪気さも琴の目を釘付けにする魅力が有る。もう暫く見詰めていたい、彼女は目を細め、寧々の息遣いを感じながら柔らかな寧々を愛惜あいせきの視線で見つめ続ける。

★★★

午前中の講義が終わって私達は学食で待ち合わせる。既に講義は終わっている筈なのだが寧々は姿を現さない。バリバリの理系は講義中に議論が白熱し、講義時間がオーバーするのは日常茶飯事らしいから今回もそんな感じなのだろうか。私は学食の入り口に近い壁に背中をもたれかけ、彼女が現れるのをひたすら待つ。天井が高く、大きな天窓も設けられた天井に目をやるとそれよりさらに高く伸びた銀杏の木、そしてさざめく葉が奏でる木漏れ日のまたたき。

「ほぉ……」

 溜息の意味は複雑で寧々もある程度理解してくれているとは思うけど、私達はいずれ別れの時を迎えるのだから。

こと、お待たせっ」
「ひゃっ!!」

 いきなり肩を叩かれ不意を突かれて私は思わず声を上げる。そして周りの視線が私に一斉に注がれる。その視線は兄事も無かった事を察すると三々五々散って行く。ざわめきだけに戻った学食の中で私は恥ずかしさに耳まで朱に染める。

「ご、ごめん、驚かせちゃった?」
「え、う、ううん……」

狼狽する私を気遣う様に寧々は私の耳元でぼそぼそと囁いた。そして、無事に合流出来た安堵感で私の心も穏やかに凪いで行く。

「いつも通りの侃々諤々かんかんがくがく?」
「うん、もう、なんか知らないけど理系は熱い人が多くて」
「ふふ、良い事じゃ無い。私の教室なんかいつもお通夜みたいに静かなんだから」
「ああ、私もそう言う穏やかな授業を私も受けてみたいわ」

 私からひょこんと離れると寧々は大袈裟に肩を竦めて見せる。その動きが妙に面白くて私はくすくすと笑ってしまう。

複雑な表情で視線を送る寧々の手を引っ張って私達は今何故か話題のキーマカレーの列に並んだりして見る。列は長いが提供までの時間が短い、そして何よりも安価で美味しいらしい、待ち合わせて一緒に食べてみようと昨夜相談していた話題のカレー。学校での楽しみは食べる事とこうして彼女の笑顔を見ながら話す事、今の私はそう言い切れる。

 ……でも

 寧々は卒業したら留学して海外の大学院に学ぶ事を希望している。しかし私にはそんなバイタリティも理想も無いから別れの時は確実に来るのだろう。若い程時間の進みが長く感じると言われているが私にとって時間の流れは光の速度で移動しながら眺める地球の様に早回し。止めようとしてもぽろぽろと指の隙間から零れてしまう砂粒たちと同じだ。

タイムイズマネー、誰かが言った。でも、お金で時間は買えないし、特に寧々と過ごす時間は純金よりも輝いて唯一無二の物。私の命と言ってもいい。寧々の旅立ちを見送る時の私は何を思うのだろうか。

「うん、やっぱり評判通り、美味しいね。学食のレベルじゃないわ」

 そう言いながら微笑む寧々の表情は未来を見詰めているのだろうか清々しく輝いて見える。天窓から瞬いて差し込む陽の光に照らされているからかも知れないが、その表情が少し切なく感じる私はこの時を大切にする以外、考える事が出来なかった。

 愛惜とは……私に出来る寧々に対するたった一つの愛情表現なのだろうか。

Chapter.3『愛惜の視線-寧々&琴-』 End
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