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123 シャーロットの過去⑥

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「シャル! 冒険者ってかっこいいよな!」

 カレンの家で遊んでいる時に突然切り出された。
 急にカレンが言い出したため私は驚いてしまう。

 冒険者という職業は知っている。
 お父さんも冒険者だったから。
 それに詳しいことはカレンの妹であるケレンから教えてもらった。
 依頼を達成することによって報酬がもらえる仕事だ。
 依頼内容は様々で魔物討伐から護衛依頼、簡単なものだとお店の手伝いなど。
 
 興味がないわけではない。
 ケレンからこのスリープシ村以外の話を聞いて、私も他の地域に行ってみたいと思ったから。
 冒険者になれば他国や大きな街に行っても仕事をして生きていける。
 さらに実力があればランクが上がって報酬が多い仕事もこなせるようになる。
 高ランクの冒険者だとものすごい有名になれるし、誰からも頼られる存在になれる。

 私が知らないだけで、この世界には剣や弓だけじゃなくて魔法を得意としている人もいるらしい。
 この村には魔法使いがいないため、私は魔法を見たことがない。
 初めてケレンから魔法という存在を聞いたときは耳を疑った。
 自在に火を出したり、水を出せる?
 そんなことができれば毎日の家事がかなり楽になる。
 わざわざ火を熾さなくてもいいし、井戸に水を汲みに行かなくてもいい。
 そんな便利なことができたらこの村では重宝されそうだと思った。
 さらには魔法で魔物の討伐をしているらしい。
 攻撃魔法についても教えてもらったが、とても信じられるものではなかった。
 私が努力をして弓の技術を磨いたのに、魔法だと詠唱するだけで火の矢を発動させることができるらしい。
 最初はずるいと思ってしまった。
 私が苦労して身に付けた技術を、魔法使いは詠唱するだけで可能にしてしまうんだから。
 でもケレンから聞くとそう簡単なものでもないらしい。

 魔法を使うには魔法スキルと魔力が必要らしい。
 通常の人は魔法スキルが1つあるかどうかで、魔力を多く保有している者も少ない。
 だから魔法を行使するにしても、魔力量が少なければ何度も行使できないらしい。
 さらには詠唱が必要だから、戦闘中にゆっくり詠唱をする時間もないため足手纏いになることもあるそうだ。
 魔法は便利だけど、それなりにデメリットが多いとのこと。
 冒険者として名を馳せている魔法使いも、努力によって成り立っているらしい。
 それを聞いてから私は安心した。
 生まれ持った才能だけで強くなった人はいないのかもしれないと思ったから。
 みんな私と同じように努力をして強くなっている。
 だから私も才能がなくても強くなれるんだと思えた。

 もしかしたら、私も冒険者になって有名になれるのかもしれない。
 そんな未来があるのかもしれない。
 でも今はこのスリープシ村でお母さんとカレンといるのが楽しいのも事実だ。
 冒険者になるならお母さんと離れ離れになってしまう。
 それだけは嫌だった。
 でも冒険者になりたい気持ちもある。
 私の知らない世界をこの目で見てみたいと思うようになったから。
 だから葛藤してしまう。
 今の私には判断ができない。

「うん。そうだね。カレンは冒険者になりたいの?」

 カレンに聞いてみる。
 もしかしたらカレンはこの村を出て冒険者になるのかもしれない。
 そうなったら私と別れることになる。
 寂しいけど、カレンのやりたいことを私が止めることはできない。

「15歳になったら冒険者になれるらしいんだ! だからさ、シャルもあたしと一緒に冒険者になろうぜ!」

 カレンに誘われる。
 話の切り口から私を誘うことが目的だったかもしれない。
 でも私は……。

「カレンと2人で冒険者になるのも楽しいかもね。でも……」

 私にはお母さんと離れ離れになる未来が見えていない。
 大好きなお母さんと離れるなんて私にはできない。
 だからこそ言葉が詰まる。
 私には決断ができない。

「でも……?」

 カレンが首を傾げて聞いてくる。
 カレンの誘いを断ることもできない。
 ……だって私も迷っているから。

「ごめんね……」
「シャル!?」
 
 私はカレンの家から走って逃げ出した。
 お母さんとカレン、どっちと一緒にいるかなんて天秤にかけられないから。
 だってどっちとも一緒にいたいから。
 私にはどっちかなんて選べない。

 私は自分の家に逃げた。
 勢いよく扉を開けてすぐに自分のベッドに寝転んだ。

「シャル何かあったの……? なんで泣いているの?」

 お母さんが私を心配して声を掛けてくれた。
 そして私は泣いていたようだ。
 お母さんに相談してもいいのだろうか。
 でもお母さんはいつも通り「シャルの好きなようにやりなさい」って言うと思う。
 だからこそお母さんに相談ができない。
 そう言われると、私はカレンと冒険者になりたいと思ってしまうから。

「ううん。なんでもないよ……」

 私の言葉を聞いてお母さんは隣に座ってきた。
 お母さんが私に寄り添ってくれた。

「お母さんのことは心配しなくてもいいからね」

 まるでお母さんは全てを理解しているような口ぶりだ。
 私が何に悩んでいるのか。
 私はどうすればいいのだろう。
 答えはいつ出るのだろう。
 今の私には分からない。

 気が付くと私はベッドで眠ってしまっていた。
 外を見ると既に日も落ちて暗くなっている。
 私はベッドから起き上がりリビングへと移動する。

「起きたのねシャル。さっきカレンちゃんがシャルを心配して家に来たわよ」

 どうやら私が寝ている間にカレンが家に訪ねてきたみたいだ。
 さっきは会話の途中で私が逃げ出したから、心配を掛けてしまった。
 明日カレンに謝ろう。

「そうなんだ。明日カレンの家に行ってみるよ」
「カレンちゃんと何かあったの?」
「ううん。私のせいだから。明日謝りに行ってくるよ」

 私はお母さんから視線を外して答える。
 お母さんもカレンも私を心配している。
 こんなつもりではなかったけど、反省だ。
 私が優柔不断だから2人に迷惑を掛けてしまった。
 いつかはちゃんと自分自身で結論を出さないと。
 どっちを選んでも後悔しないように。



「カレン、昨日は急に出て行ってごめんね……」

 翌日、私はカレンの家にやってきた。
 そしてカレンに昨日のことを頭を下げて謝罪する。

「別にいいって。あたしも急だったからさ……。シャルを悩ませちゃったよな」
「いいの。昨日の答えはいつか絶対に伝えるから。それまで待ってもらえる?」
「いいぜ! どんな答えだろうとシャルを嫌いにはならないからな!」

 今私にできる最善の答えだ。
 でもいつまでもカレンを待たせるわけにもいかない。
 早めに決断しよう。

 私はそれからもいつも通りの生活を続けた。
 もしカレンと冒険者の道を選んだ場合に備えて、弓の技術もさらに磨いた。
 どんな環境でも冷静に弓を引けるように。
 自分の狙い通りの場所に矢を射抜けるように。
 今の私にはこれしかできない。

 そしてカレンは私に冒険者の魅力を伝えてくる。
 冒険者は自由にいろんなところに行ける。
 見たことのない景色が見れる。
 たくさんの仲間ができる。
 強くなれば有名になれる。
 もしかしたら大金持ちになれるかもしれない。
 そんなことを繰り返していた。

 この雰囲気からカレンはもう冒険者になることを決めているのかもしれない。
 そして私を勧誘している。
 私と一緒に冒険者になりたいと思っているはずだ。
 カレンと一緒にいろんな街に行って冒険をしたい。
 カレンと一緒に今まで見たことのない景色を見たい。
 そんな思いが強くなっていった。
 もう私自身も冒険者になりたいと思うようになっていた。

 でも……お母さんのことがどうしても脳裏をよぎる。
 本当にそれでいいのか。
 冒険者になって私は後悔をしないのか。
 いつまでも決められない私が心底嫌になる。

 そんなある日、私が狩猟のお仕事を終えて家に帰ってくると、家の明かりが点いていなかった。
 お母さんはいないのだろうか。
 まだお仕事をしていて帰ってきていないだけだと思った。
 私はいつも通り家の扉を開ける。

「お母さん!?」

 扉を開けると、薄暗い部屋の中にお母さんが仰向けで倒れていた。
 私はすぐに駆け寄る。
 お母さんの意識はない。
 呼吸は……している。
 でも浅い。
 声を掛けても反応がない。
 流石にまずいと思った。
 どうすればいいのか分からなかった私は、すぐにカレンの家に助けを求めることにした。
 すぐに家を出て、カレンの家へと全速力で走る。
 無我夢中で。

「カレン!」

 カレンの家の玄関の扉を開けた。
 そしてすぐにカレンの名前を叫ぶ。
 家にはカレンのお父さん、お母さん、カレンにケレンが夕食を食べていた。

「あら、どうしたのシャルちゃん? そんなに慌てて」
「お母さんが……お母さんが!」

 私は息を切らしながらも答えようとする。
 でも頭が混乱していて何を伝えればいいのかよく分からなくなった。

「シャル! まず落ち着け!」

 カレンが私の肩を掴んで言い聞かせる。
 私は深呼吸をして自分を落ち着かせる。
 ……ふぅ。落ち着いた。
 これで冷静に説明できる。

「お母さんが家で倒れてて……。助けてください!」
「なんだって!?」
「本当に!? 急いで行きましょう!」

 カレンのお父さんとお母さんが椅子から立ち上がり、すぐに私の家に走って向かった。
 それに続いて私とカレン、ケレンも走って追いかける。

 最近はお母さんも元気そうにしていたから、体調も治ったものだと思っていた。
 やっぱり元々病弱な身体だから、治るなんて難しかったんだ。
 私の知らないところでお母さんは無理をしていたのかもしれない。
 私が弓の練習に夢中になっていたから、お母さんへの気遣いも配慮も足りなかったのかもしれない。
 でも今更後悔しても遅い。
 今はお母さんの無事を祈るだけなんだ。
 またお母さんと笑顔で過ごせる日々に戻れるように。

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 次回でシャーロットの過去編ラストです。
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